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フィフニルの妖精達28「永遠に」

「――で、あるからして」
 闇に落ちそうな意識を抱える脳に、はっきりとした声が届く。
「そもそも共鳴魔術とは、攻撃のためのものではなかった。攻撃は単なる応用の一側面だったのじゃが、その独特の特性から限定的にではあるが次第に戦争や暗殺に応用されるようになっていった。その為、今も共鳴魔術は攻撃術に比重を置いて開発しておる者が多い。使えるものなら軍事技術に転換させてしまうのは、今昔変わらぬ悪い癖じゃな。人間にもそういうところがあったじゃろう? ……悠?」
 しばしの沈黙。ややあって、びしり、と脳天に響く鋭い衝撃が走った。
「悠、気持ちは分からんでもないが寝るでない。妖精炎魔法と直接の関係はないが、重要なことなのじゃ」
「あ、ああ。すまん」
 あまりの眠気にか朧気に霞む視界を擦り直すと、目の前に紫の妖精――ヅィの顔があった。
 いつも喰えない笑みを浮かべているその顔は、今は少し膨れっ面で、明らかな不満の表情を浮かべている。その手に持った指揮棒のような教鞭が俺の頭の上に載っていて、先程の衝撃はこれだろうかという推測を容易にさせた。
「……まるで他人事のような様子じゃのう?」
「い、いや。そんなことはない」
「悠。眠いならそう言って、今日はここまでにしようと言っても良いのじゃぞ? 加えて言うなら、わらわを抱いて眠りたいと言えばなお良い」
 魅力的な言葉だが、流石にそれを言ってしまうと彼女も別のところで落胆を隠せないだろう。
「悪かった。頑張ると自分で言っておいてなんだが、どうにも座学は苦手で」
「ふむ。成程のう」
 ヅィは笑みを浮かべて、俺の顔にその端正な顔を吐息を感じられるほどに近付け、
「なら、特別にわらわの授業内容を直接頭の中に流し込むという方法はどうじゃ? これなら一瞬かつ完璧じゃぞ? まあ、三日ほどまともに物を考えられぬようになるが、構うまい?」
「い、いや。すまん。遠慮する」
「ではもうしばし聞くが良い。そろそろ一区切りとしよう」
 踵を返して、ヅィは教鞭を掌の中で鳴らす。
「共鳴魔術の攻撃術としては――」
 瞬間、俺の部屋に、ぴりりりりり、という電子音が響いた。
 俺は少しとはいえ瞬間的に冷や汗を掻きながら、そっとジーンズのポケットに手をやる。
「こほん」
 何ともわざとらしく可愛い咳払いをヅィが放つ。
「……よい。ここで一時中断としよう」
「す、すまん」
 本当に誠心誠意頭を下げつつ、俺はこのタイミングで電話してきた輩を心の中で罵倒した。
 いや、勿論、授業があるというのに携帯を持ち込み、その上電源を切らずにいた俺が悪いのだが。
「誰だ、一体」
 ぴりりりりり、ぴりりりりり、と呼び出し音が鳴り響く。この長さは通話か。
 ポケットから携帯を取り出して、液晶の小窓を覗き込む。そこにあったのはここしばらく声も交わさなかった友人の名前。
 俺は心の中の罵倒を二倍増しにしつつ、携帯を開いた。
「もしもし?」
「おう、悠。なんだよ不機嫌そうに」
「気のせいだろう。で、何だ?」
 スピーカーの向こうから流れてくる嫌にクリアな音声に適当に応答しつつ、用件を聞き出す。
 すると向こうの友人――佐藤・信也は、やけに軽快な調子と声色で、
「久々に遊びに来たぜ! 開けるぞー!」
 瞬間、玄関の扉が、がちゃん、と勢いよく開く音がした。
 そして、うひょー、なんていう声と、絹を裂くような悲鳴。
 俺はすぐさま立ち上がって、握り拳を作りつつ部屋を飛び出した。



「いいか、信也」
 俺は出来得る限り、声に怒りを込めて言った。
「お前には二つ選択肢がある。金輪際ここに来ないか、あるいは彼女らには一切触れずにいるか、だ」
「分かった。一切触れないことを誓う」
 台所のテーブル前。椅子に座った信也は、大真面目な顔ではっきりとそう言った。
 ……眼を見れば分かる。こいつ、触れる以外なら何でもやるつもりだ。
「言っておくが。執拗に凝視したり声を掛けるのも禁止だ」
「そりゃないだろ、親友」
「黙れ」
 どん、と拳をテーブルに打ち付ける。その衝撃と音に、俺の背後から服の裾を掴む力が更に強くなった。
「この子達は、お前の脳内を飛んでる妖精さんとは違うんだよ」
「それにしたって、彼女らから仲良くなるなら……」
「だから黙れ。万一にもそれはないし、第一」
 俺はそこで言葉を区切り、はっきりと言い放った。
「彼女らは俺のものだ」
 流石にそこまで言うと、信也は、うっ、と押し黙った。
「畜生、リア充め」
「それほどでもない」
「やはりリア充だ。しかも謙虚にそれほどでもないと言いやがった」
 テーブルに突っ伏してさめざめと泣く真似をする信也。
「何年前のネタだよ。 ……まあいい。本当の用事はなんだ?」
「ヅィちゃんの愛らしい姿を見に」
「帰れ」
 端的な返事に、おーいおい、などと声を上げる信也。
 何と言うか、本当にいつも変わらない奴だ。少しだけ安心する。
 奴が泣き真似をしている間に、俺は俺の後ろに隠れているピアとネイ、ミゥの頭を撫でながら言う。
「ちょっと部屋に戻っててくれ」
「で、でも、ご主人様、大丈夫ですか……?」
 そう半分涙目で聞いてくるのはネイ。
 横目でちらちらと信也を見ているその様子は、明らかな警戒の色。
 まあ無理もない。正体不明の客が突然入ってきて、奇声と共に抱き付こうとしてくるなど下手すればトラウマものだ。
 想像してみよう。扉が開いた音がしたから様子を見に行ってみれば、巨大なリトルグレイがこちらを見るなり奇声を上げて抱き付こうとしてくる光景を。
 ……うん。やっぱり一発殴った方がいいかもしれん。
「あんまり大丈夫じゃないが、君らが心配だからな」
「で、では、こちらに残ります。ご主人様をお護りするのが、私達の使命ですから……!」
 茶化してそう言うと、語尾強く応えて、きっ、と信也の方を睨むピア。俺の足の後ろに隠れながらでなければ格好良かったのだが。
「……まあ、心配ならいつでも飛び出せるようにリビングで待っててくれ。粘ついた視線で見られるのは嫌だろ?」
「う、ぅ…… ご主人様、お気を付けてくださいね……」
 粘ついた視線、という部分に何を想像したのか、小さく身震いして三人はリビングの方へと逃げるように引っ込んでいった。
 その後を、やれやれ、といった様子でヅィとシゥが追う。
 二人は最後にこちらを一瞥して、同じくリビングに入っていった。
「……はあ。全く、事前に連絡ぐらいしろ」
「いや、すまん。どういうわけか失念してたんだ。マジだって」
 振り返りながら言うと、信也は先程までの嘘泣きで見せていたふざけた調子などまるで無かったかのように頭を下げた。
「あの可愛い赤い子を見た瞬間、そう言えばヅィちゃんが…… って思い出してさ。いや、流石に焦った」
 涙目で叫ばれちゃな、と頭を振りながら言う信也。
 その様子は嘘を吐いているようには見えなかった。恐らくは、あの日にヅィが使っていた忘却の魔法が効いていたのだろう。
「……まあ、仕方ない。で、用事は何だよ」
「夏休み前に約束したのを持ってきたのと、前に貸したのを返して貰おうと思ってさ。お前、夏休み直前で休んだろ?」
「ああ、あれか。すまん。夏美さんがマンションの改築をするって言うから、急に旅行に行く羽目になってな」
「まー夏美さん絡みだとは思ったけどな。本当に唐突な人だよな」
 信也は笑いながら、足元に下ろしていた鞄をテーブルの上に上げ、そこから黒いビニール袋を幾つか取り出して、
「あー、しかし。もう要らなかったか?」
 と、何やら意地悪い笑みを浮かべた。
「ん?」
「いや、あんな可愛い子らがいるんなら必要ない、というかむしろ邪魔だろ? 俺のものだ、なんて言うぐらいだから毎晩毎晩あんなことやこんなことまでしてるんじゃねえのかおい」
 くっくと下品な笑いと一緒にそう突っ込んでくる信也。
 俺は奴の顔を数秒見つめて、同じく意地悪い笑みを返し、
「勿論。実に可愛い声で鳴いてくれるんだよな」
 そう言ってやった。
 途端に、信也の笑みが張り付いて止まる。数秒経って、え、と呟いた後、
「……マジで?」
「大マジだ」
 またまた嘘言っちゃって、なんて様子で問い返してくる信也を、俺はわざわざ真剣な表情を作って両断した。
 信也も真剣な表情になり、そのまま沈黙。ややあって気まずげに視線を逸らし、
「……悠。すまんが弁護はできそうにないぞ」
「して貰う予定がない。第一、あれで彼女らは俺らより遥かに年上だ」
「いや、まあ、小さい割に立派な身体つきからして十代後半から二十代前半ぐらいってのは分かるけどな…… その」
「何だ。まだ何かあるのか?」
「入るのか?」
「すまんがコメントは控える」
「そうか…… 貸す奴、もっとロリ系のに重点を置いた方が良かったか?」
「いや、今まで通りの比重でいい」
「そうか」
 馬鹿な会話を交わしつつも、鞄から黒いビニール袋を取り出し続ける信也。
 計五つの袋を取り出して、その四角い塔のように積み上がったそれを俺は丁重に受け取った。
「じゃあ取ってくる。ちょっと待っててくれ」
「あいよ」
 黒い塔を抱えて、俺は台所を出る。
 一直線に自分の部屋に向かい、ベッドの下に置いてある黒いビニール袋と入れ替えていく。一応言っておくと、中身は全て本だ。あまり健全とは言えない内容の。
 再び黒い塔を抱えて台所に戻る。
 台所の扉を開けた瞬間、そこにはあまり信じたくない光景が広がっていた。
「やほー、ゆーくん。お邪魔してます」
「……先輩?」
 つい先程まで信也がいたはずのテーブルの前には、何故か俺の学校での先輩である佐藤・瑞希先輩が座っていた。
 綺麗な黒髪。上品な、しかし勝気で元気そうな笑みを浮かべた顔。
 いつ見ても変わらない人だ。
「何故、先輩がここに?」
「愚弟を探しにね。見たいものもあったし?」
「……信也は?」
「ここに居るわよ」
 ここ、と言いながら先輩は片足を上げて下げた。どす、という音と共に、ぐえ、という声が発される。
 どうやらテーブルの影で眠っているらしい。
「見たいもの、とは?」
「ふふ、ゆーくんの新しい彼女をちょっとね。そこで覗いてる子達がそう?」
 くすくすと笑って、先輩はリビングに通じる扉へ視線を向ける。そこは普通に見れば扉が僅かに開いているだけだったが、今の俺にはそこに何ががいることを朧気ながら感じ取れた。
「見えるんですか?」
「まー、ほんのちょっとだけね。半分は勘みたいなものだけど」
 別段特別なことではないとでも言いたげに小さく笑って、先輩はその何もない空間に向かって手招きし、
「怖くないから出ておいで。さもないと、ゆーくんを攫っていっちゃうわよ?」
「そ、それは駄目です!」
 そう言った途端、抗議の声を上げながらじわりと滲み出すように現れたピアに続き、他の五人も顕現した。


 リビングの空気はぴんと張り詰めていた。
 ソファに優雅に腰掛けて、そんな空気など何処にもないと言わんばかりに落ち着いてお茶を飲む瑞希先輩。
 その対面に腰掛ける俺。
 そして、俺の服やら腕やら太股やらを左右から痛いほどに掴み、警戒を通り越して敵意剥き出しの視線を注ぐ六人。
 言うまでもなく、ピア、ミゥ、シゥ、ヅィ、ネイ、ノアの六人だ。
 ちなみにニニルは今日の朝からふらりと何処かに出かけている。いなくて幸いだったと言う他ない。
「ふう」
 お茶を一口。落ち着いた息を吐いて、こちら――俺の周囲の六人に向けて微笑みかける先輩。
 だがそんな友好的な態度でも、六人の態度は軟化するどころか悪化しているのが分かる。いい加減に服が千切れそうだったし、俺の周囲が彼女達の翅から漂っている色とりどりの燐光で眩しかった。
「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいのに」
「ですが貴方はご主人様を攫っていくと」
「冗談よ。だってそうでもないと出てきてくれそうになかったし?」
 こともなげに先輩はそう言うが、ピアの疑わしい視線は絶えない。油断すれば本当に俺が攫われる――そう思っているとしか見えない敵意の向け方だ。
 確かに今の俺と彼女達が置かれている状況を思えば、攫うなどという発言が非常にまずいものであることは間違いないのだが。
「ええと…… ヅィちゃん、だっけ? 前に会ったわよね、確か。私がそんなことをする人に見えた?」
「ふむ。確かにそうは見えぬと言うのは簡単じゃが、以前とは状況が違うからの。はっきり言って主は油断ならぬ」
「あらら」
 苦笑して、また一口お茶を飲む先輩。
 その余裕綽々の様子に、ピアが苛立ったように声を上げる。
「それにですね、貴方はご主人様の何なんですか?」
「ゆーくんの何、ねえ」
 その不躾な質問に、先輩はそれを待っていたと言わんばかりに笑って、
「同じ学校の先輩で、元通い妻――って言ったところかしら?」
「か、通い……妻?」
「ええ。知らない?」
 困惑するピアに対し、まるで蛇のような笑みを浮かべて得意げに語る先輩。
「同棲してないだけの夫婦、みたいなものかしら? 夫婦は分かる?」
「ばっ、馬鹿にしないでください!」
「そう? ごめんなさいね、失礼なことを言っちゃって」
 先輩の物腰は柔らかいが、明らかに喧嘩を売っている。
 ますます強まる敵意を受けながら、しかし先輩は意にも介してはいない。
「私の家で朝早く起きてここに来て、朝ご飯とお弁当を作って一緒に食べて、一緒に学校に行って、一緒に帰ってきて、晩ご飯を作って一緒に食べて、それから色々やって、帰るの。私とゆーくんはつい一年ぐらい前までそうやって過ごしてたの」
「な……!」
「一緒に住んでるんだから、貴女達もそれぐらいはやってるわよね?」
「……当然です!」
「それを聞いて安心したわ」
 くすくすと笑う先輩。それを今まで以上に睨み付けるピア。いい加減、俺の腕を折るかのような剛力で抱き締めるのを止めて欲しいのだが、この状況で無闇に口を挟むほど俺は命知らずではなかった。
「――なあ、あんた。瑞希だっけ?」
 と、不意にそれまで沈黙を保っていたシゥが口を挟んだ。
「なあに?」
「あんたさ、今は距離を置いてるよな。少なくともここ数ヶ月は来たこともない」
「そうよ」
「なんでだ?」
 それを聞かれると、先輩はまた笑みを浮かべた。
 しかし今度は性質の違う、やや寂しげな笑み。
「色々と事情があるの。今はもう、私はゆーくんの隣には立てないわ。だから、安心した、って言ったの」
 貴女達が跡を継いでくれているから。と。
 先輩は呟くように言って、お茶を飲み干した。
「……まだ、教えてくれないんですね?」
「うん、ごめんね。ゆーくんには悪いけど、これはお墓まで持っていくつもり」
 俺の、かつて何度も繰り返した質問に、先輩は、かつて何度も繰り返した答えを返した。
「……ご主人様?」
「だ、大丈夫ですか?」
 ミゥとネイが俺の顔を心配げな表情で覗き込んでくる。その視線から逃れるように俺は目頭を押さえ、はあ、とひとつ息を吐いた。
「……済みません、先輩。今日はもう帰って頂いてもいいですか?」
「ゆーくんがそう願うなら、私は従うわ。愚弟も引き取っていっていいのよね?」
「お願いします」
「分かったわ。お茶、ありがとう」
 ゆっくり腰を上げ、瑞希先輩がリビングを出て行く。
 俺は見送りもせずに座ったままで――
「あ、あの!」
 思い詰めたような呼び声に、先輩の足が止まる。
 呼び止めたのはピアだった。ピアはいつの間にか俺の傍から離れ、リビングを半歩出た先輩の後ろから見上げて、
「その、良かったらもっと話を聞かせて頂けませんか?」
 と、先程まで剥き出しにしていた敵意など欠片も見せずにそう呼びかけた。
「だ、そうだけど、いいかな? ゆーくん」
「……どうぞ。済みませんが、俺は部屋に戻りますね」
 腰を上げて、足早にリビングを立ち去る。
 自分の部屋に入ると、俺はベッドに身体を投げ出すように寝転がって、ひとつ息を吐いた。


 目を閉じれば、今でも思い出すことができる。
 おおよそ半年前。いつものように唐突に俺の元に現れた先輩は、いつもの笑顔で、
「別れようか。ごめんね」
 とだけ言った。
 それ以来、俺は先輩の美味しかった手料理や、あの瑞々しい豊満な身体を味わったことはない。
「……」
 部屋は静かだ。これほど静かなのは久々かもしれない。
 俺がリビングを出てから何分経ったのか。時計を見るのも億劫だから正確には定かではないが、三十分は経っているような気がする。
 先輩と彼女達は、何を話しているのか。
 気にはなるが、反面どうでもいいような気がする。
 体力的には問題ない気がするのに、どっと疲労が押し寄せてきている気がする。
「――悠?」
 不意に、俺を呼ぶ声がした。
 寝返りを打つと、声の主の姿が目に入る。紫電の綺麗な髪。老獪さと無邪気さが入り交じったような顔。背中の抽象的な翅。
 紫の妖精、ヅィだった。
「座ってもよいか?」
 そう尋ねる彼女に、俺はわざと答えなかった。視線も逸らす。自分でも何故そんなことをしたいのか分からなかったが、とにかく今はそういう気分だった。
 ややあって、ベッドの縁、俺の腹がある位置の近くに、ぱふり、と軽い物体が乗った気配があった。
「……話、終わったのか?」
「まだ続いておる」
「聞いてなくていいのか」
「悠のことが気になっての。話など後でピアから聞けばよい」
「いいのか」
「いいのじゃよ」
 短いやり取りを交わしている間に、ヅィの小さい身体が俺の胴へとしなだれかかってくる。
「悠」
 小さく呼吸をするように一拍置いて、
「我らは――少なくともわらわは、これから先、永遠に主と共に在る」
 ぎゅっと、柔らかい身体が強く抱き付いてくる。
「あの時の言葉は嘘や伊達ではない。確かに、まだわらわには愛や恋というものが分からぬ。だが、わらわの胸の内にあるこの灼熱の想いは、それに相違ないと思うのじゃ」
 視線を向けると、すぐ近くに彼女の真摯な表情の端正な顔があった。
「悠。主の為なら、わらわは全てをかなぐり捨てることが出来ると誓おう。この日毎に募る想いが嘘ではないこと。主と永遠に共に在ることの証明として、そう誓う」
 目を閉じて、彼女は祈りを捧げるかのようにそう言った。
 俺の懐に入り込む位置に座って、その小さな額を俺の胸元に押し付けて。
「悠がわらわを求めるなら、わらわは何時でも応えよう。傍らにいて欲しいと願うなら、いつ如何なる時も傍に居よう。主のために歌い踊れと言うなら、力尽き声枯れるまで歌い踊ろう。主のために戦えと言うなら、この身が魔法素の塵となり妖精樹に帰依するまで戦おう。 ……そして主がわらわを必要としなくなった時は、この妖精石を刳り抜いて捧げよう。故に――」
 胸元に――彼女自身の妖精石に手を当て、悲痛な表情でヅィは懇願した。
「故に、主よ。笑っていてくれ。主がかような表情でいると、わらわの胸も張り裂けそうじゃ」
 胸が暖かい。気付けば、俺はヅィを抱き締め、押し倒していた。
「悠……」
「ごめん、ヅィ。不安にさせちゃったな」
「くふ。謝る必要など何処にもない。わらわの全ては主のためにあるのじゃから」
 どれほどそうしていただろうか。
 ややあって、俺は衝動のままにヅィの身体を弄り、服を脱がせ始めた。
 ヅィが欲しい。その一心のままに、彼女に口付けをしながらその服を剥いていく。
 抵抗は一切なかった。
「ん、ふ、悠……」
「すまん、今日はちょっと優しく出来ないかもしれん」
「よい。わらわを好きに弄ぶがよい」
 ヅィは笑う。その笑みは綺麗で可愛い、純粋な笑顔だった。


 日はまだまだこれからというところで、実際昼ご飯も食べていない。
 耳を澄ませば窓の向こうから車のエンジン音や人の声が聞こえてきそうな時間帯にも関わらず、俺はヅィの小さく柔らかく、均整の取れた美しい裸身を撫で回していた。
 近くには先輩もいるし、信也もまだいるだろう。
 今日のようなことさえなければ、他の五人と一人も勿論、頻繁に俺の部屋へとやってくることもある。
 しかしそんなことを無視してでも、俺はヅィを一杯に愛して――
「悠…… ふ、あぁ…… よい、よい、ぞ…… ああっ」
 うなじから始めて、綺麗なラインを見せる鎖骨、仰向けであっても見事な釣鐘の形を崩さない乳房の谷間、ほどよく肉のついたお腹、きゅっとしたアクセントになっている臍。それらの上へつつっと舌を滑らせながら、乳房や太股をそれぞれの手で撫でる。
「ふ、うっ…… あっ、優しくできないのでは、なかったの、かの? っあっ」
「すぐに分かる」
「そ、そうか。あうっ」
 味見をするように、ヅィの艶やかな肌に舌を這わせる。
 敏感な部分を通る度にその小さな身体が怯えるように震えるのは、楽しさと同時に愛しさが込み上げてくる。
「あっ、悠、んっ、愛しておる、ぞ」
 告白の言葉を聞きながら、右の乳房を食べるように舌を這わせ舐め、先端に軽く歯を立てる。
 既に固くなり始めてその存在を主張している乳首は、まるでケーキに乗った美味しそうな苺のようだ。
「っあ、た、食べる、のか……? くあっ、つっ…… っあ!」
 こりこりとした感触。乳房のマシュマロのような柔らかさも楽しみながら、舌と唇でヅィの乳房を堪能していく。
「っ、あぁ…… 悠になら、わらわは、食べられてもっ…… ふう、っう、あっ……!?」
 ふと見れば、左側の乳房が寂しいのか自分の手でぎこちなく揉んでいたので、手を掴んで止めさせる。それぞれの手でヅィのそれぞれの手を掴んでベッドに押し付け、磔のような態勢にした彼女の身体を口だけで貪っていく。
「ゆ、悠…… っっ、あ、はぁっ……!」
 両足もそれなりに開かせて、こちらの足で上手く拘束する。そうやって四肢を拘束したせいか快感に身悶えることが出来ず、唯一自由になる首をいやいやをするように振っている様子が愛らしい。
 口での愛撫はまだまだ続く。顎を舐め、耳を舐め、脇を舐め。時折口付けに戻して、また胸へ、腹へ。
「は、あっ、悠、あぁ、悠……! わらわは、かように、美味しいか……?」
 脇腹を掠めるようにして腰を舐め、太股へ。外側から内側へ回り込むように舐め、
「っ……!」
 しかし、それより奥へは進まない。再び外側に行き、腰の方へと戻っていく。
 ちらと見る。切なくて堪らない――ヅィはそんな顔をしつつも、その口を要求のために開こうとはしていなかった。
 既にヅィの綺麗な縦筋からは透明な愛液がとろとろと湧き滴り、尻の方へと垂れ零れている。彼女が快感に声を漏らす度、清流の源泉のようにこぷりと縦筋の奥から新しい蜜が出てきているようだ。
 普段ならもうとっくにそこへの行為を要求してきてもおかしくない状態だというのに。今日は何から何まで俺の自由にさせるつもりなのだろうか。
 そう思うと、愛しさが溢れると同時に――もっと虐めたくなる。
「ヅィ」
「悠、悠……!」
 口付ける。そのまま唇を下ろし、ヅィの身体の正中線を辿るように舌を滑らせていく。臍を越えて、下腹に辿り着き、
「っ、あぁ……」
 縦筋の上端に到達する寸前で、ヅィが感極まったような吐息を漏らした。やっとそこに触れて貰える。そんな想いの詰まった吐息を前に、俺は唐突に舌を止めた。
「ゆ、悠?」
 期待していた刺激がなかなか来ないからか、すぐに戸惑いの声を上げるヅィ。俺は彼女の下腹から唇を離すと、少しだけ笑って言った。
「今日は優しく出来ないって言ったろう?」


「っ、あぁ、悠、ゆう、ゆうっ……! は、あ、うあ、あっ……!」
 引き締まりつつも豊かな尻を舐め、空いた片手でベッドの間で潰れる乳房をゆるく揉む。
 あれから数十分。ヅィは激しくはなく、かと言って余裕でいられる程でもない快感を休む暇もなく受け続けた。
 今、彼女はうつ伏せになって、可愛い尻と背中の綺麗な翅をこちらへ無防備に差し出している。両手は俺の左手一本で頭の上に拘束され、足は変わらず開いたまま。
 太股の間から覗く縦筋は、洪水と評してもさほど問題ない状態になっていた。
 ぽたぽたと引っ切り無しに愛液を滴り零し、直下のシーツには小水でも漏らしたかのような大きな染みが出来上がっている。
「ゆ、う、ゆうぅ……! あ、いっ、あぁ……!」
 ヅィは緩い、しかし積もり積もった快感に喘ぐ以外には、俺の名前を呼ぶことしかしていない。
 この状態になってまだ懇願のひとつも出てこないというのは、はっきり言って大したものだ。恐らくは、俺の名前の後ろに股間への行為の懇願を続けたくて堪らないはずなのに。
 今日は何が何でも俺の自由にさせたいのだろう。
 そこまでする理由も分かる。健気なのではない。自分が口にした言葉が自分にとって絶対だと俺に分からせるためなのだろう。
 そんな彼女に対する、俺という奴は――
「あっ、あ、くあぁ……! ゆ、う、っああ……!」
 責めを続ける。いい加減に舌が疲れてきた。俺も、股間で屹立し熱く滾るモノで、ヅィの胎内を味わいたかった。
 けれど、それをする気は起こらない。
「っく、あ、はぁ…… ふ、あ、ゆうっ、ああ……!」
 俺は、ヅィの言葉を彼女自身に破らせたかったのだ。
 あれだけ愛しいと思いながらも、同時に俺は彼女を疑っていた。そして試しているのだ。最低なやり口で。
 彼女自身から、欲しい、と言わせることで、そんな想いなどいつ翻るか分かったものではないと、教えてやりたかったのだ。
「あ、あぁ、ゆう、ゆうっ、ゆ、あっ、くあ、ゆう、ああぁ……!」
 あともう少しのはずなんだと、先輩の身体で培った性行為の技術は教えてくれる。
 快感への耐性を鍛えることは難しい。快感だけで心を折ることは難しいが、膨大な快感と共に苦痛を与えるか、あるいは大き過ぎず小さ過ぎない快感を与えることでやがて苦痛とする。そのどちらかによって生まれた、快感が入り混じる苦痛、というのは生半可な理性で押し留めることは出来ない――はずなのだ。
 ましてや、ヅィは性的な快楽を知ってから三ヶ月も経っていない。行為の回数もまだ数えることが出来る範囲内だ。
 耐えられるはずがないのだ。絶対に言うはずだった。止めて、あるいは、お願い、と。そのどちらかが必ず、喘ぎに混じって出るはずだった。
 そうすれば、好きにさせてくれるんじゃなかったのか、と言葉の刃を突き付けるだけなのだ。
 そうすれば、君だって言葉を翻すんだな、と言えて、安心を得られるはずなのだ。
 なのに。
「っ……!」
 自分でも理不尽だと分かる苛立ちがヅィへと募る。
「く、あっ、あぁ……! ゆ、ゆう……!」
 気付けば、ヅィの乳房を揉んでいたはずの手が、彼女のそれを力を持って掴んでいた。
 ヅィの声に明らかな苦痛が混じる。それを耳にして、逆の方法――膨大な快感と共に苦痛を与える方法で彼女の心を折ってやろうかという考えが脳裏を掠める。
 だがそちらの方法は言い訳のできない「拷問」だ。性行為の一環としてやるには著しく度が過ぎている。
 だが、それでも、彼女の言葉を、確かめるには。
 俺は――
「く、そっ」
「ゆ、う……?」
 俺はヅィの拘束を解き、彼女に覆い被さっていた身体を横へと投げ出した。
 流石にそんなことは出来ない。愛しさがなければやったかもしれないが、それ故に俺には無理だった。
「悠、何故、やめるのじゃ? わらわを好きに弄んでよいと、言うたじゃろう?」
「……ああ。聞いた」
「ならば――よく分かったかの? わらわは決して悠を裏切らぬ、と」
 視線を向ける。そこにはヅィの、よく見知った意地の悪い笑みがあった。
「確かに凄まじかったがな。ただの口約束程度であれば、もう遥か前に口を割っていたじゃろうな。ただの口約束程度であれば、の」
「……ヅィ」
「だが、先程の悠との誓いを破らせることは、悪いが悠にも出来ぬ」
 言い切って、ヅィは先程のお返しとばかりに俺の上へと乗り込んだ。
「幾度か心が揺らぎはした。言いさえすれば悠は必ず聞き入れて、必ず楽にしてくれると分かっている以上、悪魔の甘言よりも甘く惹きつけ魅力するものであった。それは否定せぬ。だが口にしようとする度に、悠の苦しい顔が脳裏を過ぎっての」
 ヅィは笑みを強くして、くふ、と声を漏らす。
「口にすれば、悠は苦しむ。悠の苦しみはわらわの苦しみじゃ。その苦しみの上で快楽を得て何とするのか。そう思えば、わらわの口は決してそれ以上は開かぬ。決してじゃ。分かったかの?」
「……ごめん」
 俺は喉をぎりぎりと締め付けられるような苦しみを覚えながら、何とかそれだけを口にした。
 先程までの自分がとても愚かで、不愉快だった。まるで俺ではない誰かにヅィを陵辱されたような、そんな最悪の気分が頭にのし掛かった。
「くふ。分かればよいのじゃ。まあこれが――わらわの、悠への愛というやつかの!」
 気恥ずかしいのか、やたら大声でそう言って――ヅィは穏やかな笑みへと戻った。
「さて。悠よ、如何するかの? 本当に悠の好きにしてくれるのか? それともわらわがお返しとやらをすればよいのかの?」
「ヅィはどっちがいい?」
「くふ。ならば、今度はわらわの凄まじさを教えてやるとするかの?」
 穏やかな笑みのまま、ヅィは俺の胸板の上へつぃ、と指を滑らせた。


「では、行くぞ?」
「ああ」
 眼前、俺の腹の上でヅィの翅が揺れている。
 彼女は今、俺の下腹の上に跨って、痛いほどに屹立した俺のモノと対峙していた。
 モノの根元と、幹の二箇所が妙に熱い。恐らくは彼女の縦筋と両の手それぞれがモノに当たっているからだろう。
「うーむ、相変わらず大きいのう、おちんちんは」
 呟きながら、彼女の手が動き始めた。片方は幹を上がってカリを触り、もう片方は亀頭ヘと被せて、掌と思しき部分でゆっくりと回すように撫でてくる。
 それらまで妙に暖かく濡れているのは、彼女の愛液を乗せているからだろうか。
「濡れてるな」
「痛くはないか? わらわの快楽の液を塗ってみたのじゃが」
「いや、気持ちいいよ」
「くふ、ならばよい。堪能しておれ」
 言って、ヅィはその言葉を証明するように、腰を浮かせてモノの幹へと濡れた縦筋を強く押し付けて擦ってきた。
 瞬く間にぬるぬるとしてくる俺のモノ。まるで天然のローションだ。
「っ、あっ、こういうのも、悪くないものじゃな」
 幹に触れるヅィの割れ目はまるで確たる形を持った湯を押し当てているようで、非常に気持ちがいい。
「くっ、あ、っあっ! ふ、あっ、くふうっ……!」
 時折、彼女の陰核らしき少し硬い感触が幹に擦り当たって、その度に彼女も甘い声を跳ねさせる。先程まで散々焦らしていたせいだろう。その声は大きい。
「っあ、悠のおちんちんは、くっ、やはり気持ちよいのぅ…… っく、あっ!」
「っう、中に、入らなくていいのか?」
「それは、もう少し後のお楽しみ、じゃ……! あっ、あぁ!」
 快感が閾値を超えたのか、絶頂の時ほどではないものの、ぶるりと身体を震わせるヅィ。
 それに合わせて腹の上で可愛いお尻と綺麗な翅も震える。何とも愛らしい光景だ。
「はっ、はぁ……! あまり、長くは持たんの。じゃが、出来うる限り努力する故、見ておってくれよ?」
「ああ。頑張れ」
「くふ」
 ヅィは笑って、動きを再開させる。
 股間をモノに擦り付けながら、零れた愛液を両手でモノにまぶし付けていく。
 その指の動きはなかなか巧みだ。一体いつの間に学んだのか、カリや亀頭、裏の筋など男の感じるところを重点的に攻めてくる。
 俺も今まで我慢していただけあって、あっという間に射精が近付いてくる。
「く、ヅィ……」
「はっ、んっ、悠、そろそろか、の?」
「あ、あ」
「もう少し、もう少しだけ、っあ、待つがよい…… っあ!」
 またふるりとヅィが震える。今度は背中の翅から紫の燐光までもが零れ落ちた。
 もう少し強い刺激を与えれば、ヅィも絶頂に達するはずだ。しかし彼女は何かを我慢するように、それでいて刺激は加減せずといった様子で俺のモノへと股間を押し付けている。
 一体何をする気なのか――そう思ったところで、ようやくヅィが腰を今まで以上に上げた。
「ふ、ふ…… 悠、待たせたの」
 くるりと身体の向きを変えて、ヅィがこちらを向く。表情は期待に満ちたもので、唇の端から僅かと言えど涎さえ零していた。そして洪水と言うのも生ぬるい、濡れに濡れた股間の縦筋。
「では、頂くぞ…… 悠の、おちんちんを」
 言って、ヅィは持ち上げた腰をモノの上へと据えた。
 縦筋にモノの先端を合わせ、軽く腰を落とす。ぬちりという濃厚な水音と共に、モノの先端が熱い肉にきつく包まれ、
「っ、あああああぁぁぁっ!」
 次の瞬間には、ずぶり、と一気に最奥まで入り込んだ。
「っ……!」
 当然と言うべきか、俺もヅィも盛大に震えて、同時に絶頂へと達した。
 精を吐き出す俺のモノ。それを受け入れるヅィの子宮。いつものように、どくり、どくり、と俺の身体に脈動の震えが走り、それに応じるように俺のモノで押し上げられた彼女の下腹が余計に膨らんでいく。
「っ、あっ、あっ、あぁ……!」
 恍惚としたヅィの吐息。俺のモノがひとつ脈動する毎に、精液を注がれる衝撃で彼女は小刻みな絶頂に達しているようだった。
 そんなヅィが可愛くて、つい腰を捻る。ごりごりと最奥を削るような動きに、彼女の震えと声が少しだけ強くなった。
「あっ、はっ、あっ、いいっ、ゆうのっ、せいえきがっ、いっぱいっ、入ってくるのじゃ……!」
 感極まった声。最後に一際強くぶるりと震えて、ヅィの絶頂は止まった。反らせていた背を戻し、浅く荒い息を吐く。
「ふ、ふ…… 悠の熱い精液を、腹の中に感じるのう…… とても、よい気分じゃ」
「そんなものか?」
「今の気持ちを悠にも教えられたらよいのにのう…… ふふ、ほんによいものじゃぞ?」
 呟くように言って、ヅィは膨れた下腹を撫でた。まるでそこに出来た子供をいたわるような仕草。
 俺も手を伸ばして、そのお腹を撫でる。妙に柔らかい感触は不思議なもので、気持ち悪くはないのだろうかと心配してしまう。
「ふふ…… さて、悠よ。今日はここからが本番じゃぞ?」
「うん?」
「悠はこれを不満には思わぬか?」
 何を言い出すのかと思っていると、ヅィは下腹を撫でていた手を更に下へとやり――彼女の股間から生えるようにして余っている、俺のモノの幹に触れた。
 モノの全長の三分の一程度の部分。そこはヅィの暖かい愛液で濡れてはいるが、確かに彼女の胎内に入っている部分と比べれば寒々しい。
 しかし仕方のないことだ。いくら彼女達の身体が柔らかいとは言え、限界は当然ある。先端を咥え込むだけでも縦筋は痛々しさを感じるぐらいに凄まじい広がり方をしているのだ。これに加えて奥行きまで、などと言い出すのは鬼畜にも程がある。
「……いや、まあ、仕方ないだろう。これ以上無理はできないし、今でも満足だよ、俺は」
「嘘をつけ」
 答えた途端、ヅィは意地悪い笑みと共に俺の答えを一刀両断した。
「わらわを誤魔化せると思うたら大間違いじゃと言うとるじゃろう。わらわは知っておるぞ。悠がわらわの後ろの穴に入れた時、根元まで入っていることに執着しておったのを」
「……いや、それはだな」
「更に付け加えるなら、ニニルは全て受け入れることが出来るじゃろう? あ奴との行為で、わらわなどには見られない性質の満足が主に見られたからのう。どうじゃ? 間違いではあるまい」
 むしろ後者の理由が重要なんじゃないか、と言いたかったが、ヅィは肛姦にかなり抵抗があるようなので、前者もそれなりに重要な理由なのだろう、多分。まあ仮に前で全部入るようになったとしても、後ろは後ろで独特の良さがあるので止めるつもりはないのだが――
「……まさか。ヅィ、無理はしなくていいんだぞ?」
「そうはいかぬ。主を愛している者として、この行為で遅れを取るわけにはいかんからの」
 そのまさか。ヅィはニニルに倣って、膣で俺のモノの全てを受け入れるつもりのようだ。
 しかしどうやって、と思っていると、ヅィは俺の腰の上から足を外し、尻をモノの根元まで落とす準備に入る。
 まさか、強引にやるつもりなのか。
「ニニルの腹を見る限りは問題ないはずなのじゃ。あ奴ほどではないものの、わらわでも悠のおちんちんが腹を持ち上げておるからの。この要領で行けば、もう少しは悠のをっ……!」
「ま、待て待て待て!」
「待たぬ…… っ、く、ああっ……!」
 モノ先に感じる強い抵抗。それを無理やり押し広げて、モノが徐々に埋まっていく。
「ぐ、ほ、ほれ、まだ、入るっ…… もう、少し…… く、うっ……!」
 目に見えてヅィの下腹が歪に盛り上がっていく。いや、変化はもう下腹に留まらず、臍の上辺りにまで到達しようとしていた。
「止めろ! 怪我したらどうするんだ!?」
「多少のことなら心配は要らぬ、っぐ、うぅ……! あと、少し……!」
 確かにヅィの言う通り、余っていた部分が彼女の胎内に飲み込まれて十分な熱を得ていく。残りは五分の一程度になり、本当にあと少しで彼女の尻が俺の腰に密着するところまで来ていた。
 だが、本当に僅かな隙間を残して、ヅィの尻の降下が完全に止まる。
「く、ぬうっ……! あと少し、じゃと、言うのに……!」
 そう呻くヅィの声は苦痛と屈辱に満ちていた。
 そんな彼女があまりにも痛々しくて、俺は上体を起こして彼女を抱き締める。
「もういい。分かったから。もう絶対にヅィを試したりしない。だから無理しないでくれ」
「そ、それとは、関係ないのじゃ……! これは、わらわの面子の問題で……!」
「それでもだ。ヅィが苦しいと俺も苦しい。だから俺のために止めてくれ。いいだろ?」
「あ、う、ぬう……」
 ちょっとした言葉返し。
 俺の苦しみは自身の苦しみだと言ってくれたヅィへの、反撃のようなもの。
 その意図も伝わったのか、ヅィは俺に弱々しい視線を返して、肩を落とした。
「……すまんの」
「いや、君の気持ちは素直に嬉しいんだが、無理だけはして欲しくない」
「……くふ、お互いに、のう?」
「ああ」
 俺とヅィは微笑み合う。
 俺が無理をしないよう、ヅィは無理をしない。
 ヅィが無理をしないよう、俺は無理をしない。
「これも誓いじゃな」
「分かった。俺もヅィに倣って、決して破らない」
「そうまで言うなら、わらわを庇って轢かれたり、わらわを庇って殴られたりはもう起きないのじゃろうな?」
「……君が俺を庇わなければしないよ」
「……このたわけ」
「あと、また近い内にお尻でやりたい」
「ぬ、う…… あそこは、入れる場所ではないと思うのじゃが」
「ミゥはやらせてくれるぞ」
「く…… その手は卑劣じゃと思わんのか?」
「……そんな風に言うなら、さっき何でもしていいって言ってた時にやるべきだったか」
「この……」
 ヅィは苦笑する。俺も苦笑する。
 永遠に一緒に居て、永遠にこうしたやり取りが出来ればいいのに、と思う。
 だが俺は普通の人間で、彼女達とは違って老い、いつかは必ず死んでいく。
 だから、避けようのない決別が来るその日まで。
「ヅィ、もう少し君を味わいたい。いいか?」
「悠の好きなようにするがよい。悠の至福がわらわの至福じゃ」
 ヅィを強く抱き締めたまま、腰を揺らす。
 今までにない深さまで飲み込まれているせいだろう。先程までのヅィの中よりも締め付けがきつく、暖かい。
「つっあっ、ふ、深いっ、あっ、悠のおちんちんが、わらわの腹の奥まで、くああっ」
「痛くないか?」
「わ、僅かに、の。でも、それよりも、いい、あっ、いいの、じゃ」
 腰を抱き込むようにヅィの足が挟んでくる。
 視線を落とせば、本当に大丈夫なのだろうかと思うほどにヅィの腹は盛り上がっている。
 明らかに俺のモノの形を写しているそれは、危なげで、卑猥で、愛しい。
「く、ああっ、悠、ゆうっ、あ、ひっ、あ、もっと、腹の中を、くうっ」
 要望の通り、上下運動を避けつつ、ヅィの腹の中をこねくり回すように旋回運動を加えていく。
「ひっ、ぐうっ」
 ヅィが鳴いて、その身体が痙攣するように跳ねる。
 それを押さえ込むように更に強く抱いて、モノを捻り込んでいく。
「あっ、おっ、ひっ、く、ああっ、はらのなかが、まわるっ、あ、あ!」
 痙攣が強くなる。それに応じてヅィの膣はきゅうきゅうと締まり、全ての方向から絶え間ない快感を与えてくれる。
 二度目の射精が近い。ヅィに合わせるために、俺は彼女のその盛り上がった腹を強く撫でた。
「いっ、かはっ、だめ、だめじゃ、それはぁ!」
「何が駄目なんだ?」
「ふっ、ふかっ、あ、ひっ、だめ、ふかい、おちんちんが、おちんちんがあっ、ああっ!」
 円を描くように掌でヅィの腹を撫でる。そうすると彼女は頭を強く振って、涎を零しながら激しく喘いだ。背中の翅も震えて、紫の燐光を振り撒いている。
「はらのなかが、ぐちゃぐちゃにっ、あ、こわれっ、あ、らめじゃ、あ、ひっ、あ、あ……!」
 喘ぎが短く、途切れ途切れになる。
 接続部から零れる愛液が白く濁り、俺とヅィとの間まで激しく濡らしていく。
 俺もいい加減に限界で、最後にヅィの最奥へごりごりと先端を押し付けた。
「あ、あ、あ、あああああぁぁぁ!」
 二、三度大きく震えて、ヅィは二度目の大きい絶頂に達した。
 モノを千切らんとばかりに膣が締まり、中がざわりと蠢く。その動きに俺も二度目の射精を開始した。
 どくり、どくりと一度目よりは少ないものの、彼女にとってはまだまだ多量の精液を小さい子宮へと注いでいく。
「っ、く」
「はっ、あっ、あ、あ、あぁ……」
 ヅィが浅く荒い息を吐く度に彼女の胎内が震えて、まるで精液を一滴残さず搾り取るように、ぎゅう、ぎゅうっとモノが締め付けられる。
「っ、あ……!」
 その動きで自身も感じているのか、ぶるりと小さな身体が余韻を楽しむように震えた。
「ふ、ぅ…… ヅィ……」
「ふ、ふ…… ご馳走様、じゃの」
 ヅィが膝を立て、腰を浮かせる。んっ、という短い呻きと同時、にゅるりと半萎えのモノが抜け落ちた。多量の愛液を纏っていたそれは、ヅィの胎内が惜しいとでも言うかのように彼女の股間と糸を引く。
「わらわは、美味じゃったか?」
「とても美味しかったよ。ヅィは?」
「くふ。美味である上、必ず満腹にしてくれるからのう。最高の食事じゃよ」
「そりゃ良かった」
 二人で笑う。
 久々の激しい行為に、ベッドの上は酷い有様になっていた。俺の汗とヅィの愛液が染みてシーツの半分は薄暗く染まっている。俺が強引に剥いた彼女の服もその水害を受けて、裾の方が濡れてしまっていた。
 しかしそんなことを気にした風もなく、ヅィはボディスーツのような下着を摘まんで丸め、護服を手に取る。
「悠、しゃわーでも浴びんか? 主もおちんちんがそれでは気持ち悪かろう?」
「そうだな、そうするか」
 ヅィを連れて浴室に向かう。
 向かう途中、リビングから先輩の声が聞こえたが、何を話しているのかはさほど気にはならなかった。


 先輩は昼を少し過ぎた時間までピア達に話をして、信也を引きずって帰っていった。
 それを俺が知ったのは昼食の完成をノアが伝えにきてくれた時で、その時には既に先輩と信也の姿はなかった。
 見送りぐらいはするべきだったのかも知れないが、ノアが伝えに来てくれた時間からしてピアが気遣ってくれたのだろう。その判断を俺は責めるほど、先輩と信也の見送りには固執出来なかった。
「――ご主人様、いらっしゃいますか?」
「いるよ」
 昼食を終えて部屋に戻ると、直後にピアが訪ねてきた。
 返事を返すと、失礼します、と言っていつものように一礼しながら入ってくる。
 そしてこちらを見て――
「……ピア?」
「……あ、は、はい!?」
 ピアは入って来て俺を見るなり、呆とした様子で固まってしまった。
 不思議に思い声を掛けると、慌てて反応する彼女。だが、入ってきた時の様子とは打って変わって頬が紅潮している。
「どうしたんだ?」
「いえ、その、あの。お側に行っても、宜しいでしょうか?」
「ん? ああ。いいよ」
 少し恥ずかしげな様子でそう切り出してきたピアに自然と笑みを返し、俺は机の前から立ってベッドに腰掛け、傍らをぽんぽんと叩く。
 そうすると、ピアはとことこと背中の翅を揺らしながらベッドのところまで歩いてきて、おずおずと足を掛けて登り、遠慮がちに腰掛けた。
 何だろう。ヅィにあそこまでしてもらったせいか、ピアの行動が何ひとつ取っても可愛く感じる。
「で、どうしたんだ?」
「……ええ、と、その、ですね」
 ピアにしてはなかなか煮え切らない態度だ。俺の顔を見ては逸らし、見ては逸らし。彼女がこういう様子になるのは、決まって俺に何かを、それも性的なことを頼む時なのだが。
「言ってみな。何を言っても笑ったり怒ったりはしないからさ」
「う…… そう言われてしまうと、余計言いにくいです……」
 そう言ってピアは肩を落として、それから俺にしっかりと視線を合わせ、
「あ、あの、ご主人様」
「ああ」
「私に、何かお頼みすることはございませんか?」
 と、そんなことを聞いてきた。
 はて。何か頼むことはあっただろうか。晩ご飯、風呂洗い、洗濯物、掃除。あると言えばあるのだが、彼女達はそれらのことぐらいは何も言わずともやってくれるので言い付けたことはない。
 となると、毎日の日課ではない、特別なことになるが……
「――な、何でもしてみせますから。どんなことでも、必ず」
 俺の沈黙をどう受け取ったのか、そう言ってくるピア。
 何か急かされている気がして、彼女に頼みたいことを頭の中で探すが、やはりこれといったものは思い浮かばない。
「と、急に言われてもな」
「そ、そう、ですか……」
 何も思いつかないと頭を掻きながら言うと、がくりと肩を落とすピア。
 何故そんなに残念がるのだろうか。会話を最初から振り返る。顔を赤くしながら遠慮がちに入ってきて、何かすることはないか、何でもする、どんなことでも、という台詞。
 ……思い当たる節がひとつだけ存在する。
「何でもするのか?」
「は、はい」
「絶対に?」
「勿論、です」
 少し言葉に翳りがあるものの、返事自体には迷いのないピア。
 俺はふむ、と頷いて、
「じゃあ、頭を撫でさせてくれ」
「は、はい――え?」
 言って、ピアの身体を抱いて膝の上に座らせると、その小さな頭をゆっくりと優しく撫でた。
「あ、あの、ご主人様?」
 戸惑うような声。俺はそんなピアの反応に喉の奥で笑って、その長い耳に背後から囁く。
「無理しなくていいんだぞ? ヅィだけで十分だ」
「――っ」
 息を呑む気配。やはり正解だったかと、ピアの頭を撫で続ける。
 彼女達は口付けによって記憶を交換出来るということを忘れていた。ヅィとピアで、俺との行為の記憶と先輩の話の記憶を交換、共有したのだろう。
 他の五人のことに責任を持とうとするピアのことだ。その結果、ヅィだけではなく自分も俺に試されるべきと判断して、何でもやってみせる、なんてことを言い出したのだろう。
「何でもやる、なんて言ってると、俺は酷いぞ?」
「そ、そうなのですか?」
「君みたいに可愛い子に言われて興奮しない男はいないだろうな」
「……でも、ご主人様に、信頼して頂くためですから」
 言って、ピアは心なしか震える声で続ける。
「私達はあの方とは違います。永遠にご主人様と共に在るのです。ですから、信頼して頂かなければ、いけないのです」
 まるで自分に言い聞かせているような台詞だと感じたのは気のせいではないだろう。
 気付けば、ピアの小さな身体は凍えるようにかたかたと震えていた。
 どうしてそこまで気負うのか。俺は彼女の震えを取り除こうとして、強く抱き締める。
「なあ、ピア」
「は、い」
「どうして、そこまで俺に尽くしてくれようとするんだ?」
 最近は少し不思議に思うこともあった。
 それは、ピアが俺を好きになった理由。
「それは、ご主人様がご主人様だからで」
「そういう風に言うんじゃない。本心では嫌がってるように聞こえるって前にも言ったろう?」
 はっきり言うと、さっぱりなのだ。俺がピアにしてあげたことと言えば、ここに住んでいいと言ったことぐらい。それからピアが俺のことをはっきりと好きだと分かった旅行の時まで、特に目立ったことはしていない。
「ご主人様が、好きだから、です。愛しているから、です」
「それは光栄だな。でも、俺はピアにそれほど何かをした覚えはないぞ?」
「それは……」
 聞きようによっては「俺は別に君のことはそれほど好きじゃない」という風にも取れる酷い台詞だ。
 しかし本当に、ピアにこれといって何かをしたわけじゃない。シゥやミゥ、ヅィやネイのように特別切っ掛けがあったわけでもない。
 なら一目惚れか? とも不遜な考えが一瞬脳裏を過ぎったが、それはないはずだ。何しろ俺のところに来た時、本心では彼女達は人間をこれっぽちも信用していなかったはず。その考えの上で一目惚れはないだろう。
 だから分からない。
 だから、そんなにも尽くしてくれようとすると、何か裏があるのでは、と疑ってしまう。
「無理に答えなくていいんだ。ピアが思っていることを、素直に話してくれ。そのことで君を嫌ったりはしない」
 頭の中で何かを探しているのか、しばし沈黙するピア。
 ややあって、彼女はおずおずとその小さな口を開いた。
「最初にご主人様のことを信じてみようと思ったのは、最初の日の夜のことでした」
 思い出しながら言葉を綴るように、少しずつ区切りながら話すピア。
「私、自分はどうなっても構わないと、その覚悟だけをしていて。だからご主人様に気遣って頂いただけで、あまりにも意外すぎて、そう思ったのかも知れません」
「特に気遣った覚えはない、と思うんだが」
「はい。今は十分に理解しました。あれがご主人様の普通、なんですよね」
 落ち着いてきたのか、少しだけ笑って、
「その、もっと酷いことばかりを想像していましたので。妖精炎の力で心を落ち着かせてから向かったんですよ?」
「それは悪かった」
「いえ、結局は私の勝手な想像で終わりましたから」
 馬鹿みたいですよね、と笑って言って、ピアは続ける。
「それからミゥのことがあり、シゥのことがあり、ヅィのことがあり…… いつの間にか、私の中でご主人様はご主人様になって、好きになって、愛したくなって、それで、出来ることなら、愛されたいと、そう思うようになって」
「でも、それは君の……」
「ご主人様。好きになるということは、必ず何かしらの切っ掛けが必要なのですか?」
 気付けば、こちらを振り向いたピアの黒曜石の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「もしかすると、これは好きとか愛とかではなくて、最初の日の夜から、私は何か勘違いをしているだけなのかもしれません。でも、私はこの想いを、勘違いであって欲しくないと思っています」
 言って、ピアは一呼吸して、
「私は、ご主人様を、今、愛しています。切っ掛けとか、その過程なんか、もうどうでもいいんです。好きなんです! 愛して、いるんです! だから――」
 最後は殆ど絶叫になって、嗚咽を漏らしながら彼女は続けた。
「ご主人様に信頼して貰いたいんです! 私の言葉を! 私の、愛を……!」
 小さな肩が俺の腕の中で震えている。彼女の額に強く押される胸板から、熱く濡れる感覚があった。
「ピア……」
「信じて下さい……! 私は、私達は、絶対に、ご主人様と、永遠に……!」
 あまりにも激しい感情の吐露と、どう応えていいか分からなくなるほどの告白。
 素直に、分かった、だとか、信じるよ、と言うだけでは到底足りない気がして、俺は何も言葉を返せなくなってしまう。
 どうすればいいのだろうか。彼女の言う通りに何かを言い付ければいいのか? それを成し遂げるだけで、彼女の言葉が絶対に信頼出来ると判断するに足るようなことを?
 つい数時間前に、もう絶対に試すようなことはしない、とヅィに言ったばかりだというのに。
「ピア、落ち着いて」
 俺にしがみついて涙を流し続ける彼女にそう言葉を掛け、頭を撫でる。
「ピアは知ってると思うが、俺はヅィに対して酷いことをしたから、もうああいうことはしないと言ったんだ。だから君にも、試すようなことはできない」
「でも、でも……!」
「すまない。俺が愚かだったんだ。永遠に一緒にいるっていう、ヅィの言葉をあの時に信じられなかった俺が」

『ふふ、ずっとこうしていようね、ゆーくん』

 脳裏に浮かぶのは、先輩の昔の言葉。
 冷静になって考えれば、仲のよい男女なら普通に睦み合う言葉のひとつやふたつに過ぎない。
 それを馬鹿正直に受け止めておいて、裏切られたなどと思っていた俺が、単純に愚かだったのだ。
 だからあの時のヅィの言葉を、試してやろうという気分になった。
 ただの睦み言なのか。それとも本気なのか。本気ならばそれを守れるのか。
 それを知りたくて――
「ご主人様は悪くありません! だって、あの方は――!」
「先輩が?」
「――っ!」
 瞬間、ピアは口を噤んだ。
「……申し訳、ありません。そこからは、ご主人様に話してはいけないと」
「約束した?」
「はい……」
「じゃあ、俺が言って欲しい、って言ったら言うか? 『何でもする』んだろう?」
「! ……は、い。ご主人様が、そう望むのでしたら」
 びくりと強く震え、項垂れて視線を落としながら、ピアは喉から絞り出すように頷いた。
 先輩が俺から離れた理由。今、それをピアに問い質せば、俺は聞くことが出来るのだろう。
 ならば――
「分かった。じゃあ、聞かない」
「え――」
「だから言ったろう。そういうことはしないって」
 苦笑して、また頭を撫でる。こんな安っぽい方法でしか彼女の緊張を和らげることが出来ないことを少し悔しく思いながら。
「俺が何故ヅィの言葉を疑ったか、先輩の話を聞いて分かってるんだろう?」
「……はい。色々と話して下さいましたから」
「俺は先輩が何故別れたがったのか分からないから色々とは言えないが、ひとつ確かなことはある。俺が愚かだったことだ」
「でも、でも、ご主人様は――」
「まあ、先輩の理由を聞けば、そう思うのかも知れない」
 必死に俺へと訴えようとするピアの頭を撫でて、ゆっくり強く抱き締める。
 ふわりと鼻に匂う、甘い香り。
「でも俺は知りようがないし、無理に知りたくもない。それに先輩とは全く関係がないのに、ヅィの言葉を疑ってしまった」
「それは無理のないことです。ご主人様は、決して」
「そういうわけにはいかない。俺はそれで君のことも傷付けている。引いては皆をだ。だから俺は愚かで間違いないんだよ」
「でも――」
「ピア」
 なお俺を庇おうとする彼女に、俺はしっかりと視線を合わせた。
 綺麗な黒曜石の瞳の中に、俺の顔が映り込む。
「俺は愚かだ。だから人間の言葉でも、妖精の言葉であっても、出来るかどうか疑わしい言葉は信じない。今も、これからも」
「っ――」
「でも、君達の言葉は信じる。人間だからとか、妖精だからとかじゃなく、君達だからこそ信じる。君達が俺という俺を信じるように」
「ご主人、様……」
「駄目か?」
 問い返す。
 答えは、強い抱擁と再度の号泣だった。
 
 
「それにしても、ピアがあれだけ泣いてるなんて、ご主人様は凄いですねー」
「だ、黙りなさい。仕方ないでしょう」
「仕方ない、ねえ」
「っ――!」
 あれからピアが泣き止んで落ち着くのに数分を要し、その間に示し合わせたかのようにミゥ、シゥ、ネイ、ヅィ、ノア――残りの五人全員が俺の部屋にそれぞれやってきて、目元を真っ赤にしたピアを見ては笑みを漏らしていた。
 それにいちいち反応するピアの怒声に引き寄せられたかのように、部屋の窓からニニルが怪訝な顔で戻ってきて、今、俺の部屋には七人の妖精が集合していた。
 ベッドの上で俺の両隣に座り、腕を掴むピアとミゥ。椅子の上に座るシゥ。床の座布団の上に腰を下ろすヅィとネイ、ニニル。部屋の扉の傍で警備員のように立っているノア。
 華やかな光景ではあるが、流石に部屋が少しだけ狭く感じる。
「それで? 私はおめでとうございますを言えばいいんですか?」
「そうじゃのう。後は花束のひとつでもあれば良いかもしれんな」
「ニニル! ヅィ! いい加減になさい!」
「だって、なぁ?」
 くっくっく、とシゥが笑いを漏らす。
「もう涙を流すことはないでしょう、なんて言ってたのは何処のどなたでしたっけ?」
「何年前の話ですかそれは! もう無効ですそんなもの!」
「いえ、族長。貴方が族長になった時のその台詞を無効にするのは如何なものかと思うのですが?」
「く……!」
 そう言われると、ピアは俺の腕を強く抱き寄せ、
「もういいのです! 私はもう族長ではありません! ご主人様のためだけに存在する、普通の妖精です!」
 なんてことを部屋に響くほどの大声で叫んだ。シゥとヅィが視線を見合わせ、こりゃ駄目だ、とでも言うかのように肩を竦める。
「い、いいんですか? そこまで言ってしまって」
「族長の交代は現族長が死亡した場合に限られるため、現族長の意思であっても族長を辞退することは出来ませんが」
「――とにかく! 私の喜びに水を差さないで下さい!」
「ふふ、ピアったらー」
 言葉が飛び交う度に、ピアに掴まれている腕が悲鳴を上げる。無意識に妖精炎魔法で筋力を上げ、その上で抱き締めているのか。
 流石にこのまま続けられると腕が折られてしまう恐れがあったので、彼女を抱き寄せて膝の上に乗せる。
「俺のためだけに、か。嬉しいよ」
「え、あう、ご主人様……」
 背後から抱き締め、長い耳に囁く。それだけでピアは面白いように頬を染め、先程まで見せていた照れからの怒りの感情が嘘のように消える。
「今日はすまなかったな。それに、ピアから教えられるとは思わなかった。好きになるのに切っ掛けは要らない、か。確かにそうだよな」
「あ、あれは……! も、申し訳ありません、私、出過ぎた口を」
「何じゃピア。そんな啖呵まで切りおったのか? 一歩先じたかと思ったが、これは油断ならんのう」
 服の上からでも分かる膨らんだ下腹を撫でながら、からからと笑うヅィ。
 そんな台詞とは裏腹に余裕のある態度の彼女に、ピアは少し口を尖らせつつも、どこか得意げに説く。
「先じたとかそういうのはなしです。ご主人様が仰られたように、私達はご主人様のものなのですから」
「悠? そんなことまで言ったのですか?」
 眉を顰めたニニルに指摘されて、俺は自分の発言を振り返る。
 確かに信也の前でそんなことを言った覚えがあるが。
「あれは――」
「そういや、確かに言ったよな」
「言ったのう」
「え、ええ。言いましたよね」
「言いましたよー」
「肯定。確かに仰いました」
 残り五人の同意と視線がこちらに向く。もう既に、信也を遠ざけるための方便という言い訳は通用しそうにない雰囲気がそこにあった。
「悠。事実かどうかはさておき、所有物発言はどうかと思うのですが」
「いや、その、なんだ」
「あはは。ボクは凄く嬉しかったですけどねー?」
「わらわも満更ではないのう」
「ご主人がそうしたいなら、それで構わないけどよ」
 許容の声に、言い訳という砦の堀が急速に埋められていくのを感じる。
 その声は朗らかだが、それが何を意味するのか彼女達は本当に理解しているのだろうか。
 確かめれば色々な意味で後に引けなくなる気がして、俺は慌てて話題の変更を試みる。
「そう言えば、君らは何で俺の部屋に? すっかり忘れてたが、何か用事があったんじゃないのか?」
「いや、まあ。ピアの様子を見れば、俺らの用事は八割方解決したって言っていいっつーか」
 答えたのはシゥ。首元を指で掻きながら、俺と微妙に視線を合わせずに喋る。
「ご主人が心配だったんだよ。自分で分かってるとは思うが、割と思い詰める性質だろ? ご主人は」
「全員で行くのも何だから、ということでピアにお願いしたのですが、ヅィと幻燐記憶の交換をしてからというもの、ピアの様子も少し妙だったので、時間を空けてから全員で行こうということになりまして……」
「ふふ、抜け駆けされたみたいなので、最初から全員で押しかけちゃえば良かったですねー?」
「ミゥ!」
 心外とばかりに叫ぶピア。しかしシゥ、ネイ、ミゥからの、からかいと不信と興味が入り交じったような視線が止まることはない。
 確かにピアが俺との会話の中で吐露した言葉は、全員の間で均等を守る協定のようなものがあった場合は抜け駆けとも取れなくはない。それを規定したであろうピア自身の行為なら尚更だ。
 そんなピアに追い打ちを掛けるように、ミゥは笑みを浮かべて言う。
「ふふ、そう叫ぶなら、ボク達にも幻燐記憶の交換をお願いしたいんですけどー?」
「そう、ですね。ご主人様が何て言ったのか、気になります」
 興味を抑え切れないといった様子のネイ。シゥも言葉は発しなかったが、少しだけ視線を合わさないその態度は、興味があるのだということを十分に理解させるものだった。
 ピアは少しだけ不満そうな様子でヅィに視線を送り、
「構わんよ。わらわの分も交換してやるがよい。その代わり、主の分はわらわにも頼む」
「分かりました」
 同意を得て、ピアはまずミゥに近付いた。
「ん……」
 両者ともに軽く瞼を閉じ、軽い口付けを交わす。薄桜色の小さな唇同士が触れ合った瞬間、ピアとミゥの翅が瞬くように白と緑の燐光を発する。
 その後一秒ほど呆とした様子で見つめ合い、先に瞳に色を取り戻したピアはそのままシゥへ。ミゥはしばしの間、呆けたように微動だにせず、ややあってその肩がびくりと少し震えて――
「ご主人、様ぁ……」
「み、ミゥ?」
 戸惑うような声は、俺とネイのもの。
 そのミゥがこちらを振り向いた時には、その鳶色の瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢れさせていた。
「ふ、えええぇぇぇ……!」
 飛び込むように、俺の胴を掴み胸元へ顔を押し付けてくるミゥ。子供のように可愛く悲痛な泣き声は俺から正常な判断力を奪っていく。
「ミゥ!? 一体――んむっ!?」
 俺と同様に判断力の低下したネイにも、シゥとの交換を終えたピアがすかさず口付けを交わした。驚いた顔から一転、呆けたような顔になり、やがてそのルビーの瞳に大粒の涙が浮かんでくる。
「ご主人様……」
 飛びついては来ないものの、シゥとネイもミゥと同じ状態になっていた。頻繁に鼻を鳴らし、嗚咽を漏らす。恐らくはあの瞬間のピアの感情まで再現されたのだろう。そうとしか思えない感情の発露だった。
「ほほう、これはなかなか…… 惚れ直すとはこういう時に使うものなのかのう?」
 ヅィは彼女らしく泣きはしなかったが、意地の悪い笑みを浮かべ、頬は僅かに紅潮し、その視線は熱い。まるで彼女が誘惑する時に使うような視線だと思った時には、手遅れだったのだろう。
「ちょ、ちょっと気味が悪いですね…… そんなに変なことを言ったんですか? 悠は」
「なら貴方も受け取ってみますか? 少々不本意ですが、ご主人様が仰った中には貴方も入っているはずです」
「……いいでしょう、受け取りましょうか」
 唐突に泣き出した三人を引いた視線で見ながらも興味はあったのか、あっさりとピアの提案を受け入れるニニル。口付けを交わし、呆として。そしてやはり涙を滲ませ始めた。
「あ、なんで、私まで…… っ、悠、見ないで下さい……」
「あー……」
 何と言えばいいのか。ある意味で大惨事である。
 四人が泣き止む気配はいまだなく、部屋に響く泣き声の唱和はまるで葬式を思い起こさせる。違うのはミゥと、いつの間にか俺の隣に戻ってきたピアによる熱い抱擁があることか。
 それでも、四人を泣かせた原因が俺にあることで、自分がとんでもない悪人になったような気になってしまう。
「落ち着いてくれ。そんなに泣くことじゃないだろう」
「でも、でも……」
「あー、よしよし」
 わしわしとミゥの頭を撫で、ぎゅっと抱き締める。ピアの時と同様に、花の甘い蜜のような匂いが鼻先に漂う。
「ふふ、いい気味です」
「こら、ピア。そういうことは言うものじゃない」
「す、すみません…… でも、ご主人様?」
 うん? と聞き返す前に、ピアは泣きじゃくるミゥの長い耳にそっと口許を近付け、小さな笑みと一緒に何事かを囁いた。
 何を言ったのかは聞き取れなかったが、その時のピアの笑みは小悪魔のような艶のある笑みで。
「――ご主人様」
「う、ん?」
 ミゥが顔を上げる。濡れた鳶色の瞳が俺を真っ直ぐに、真剣に見つめ、
「抱いて欲しいです」
 と告げて、言うが早いが自身の胸元のボタンに手を掛け始めた。
「な、ちょっ――」
 止める間もなく、皆の視線がある中でミゥの服がするりと彼女の足元に落ちる。何故か下着を着けておらず、それだけで一糸纏わぬ姿になった彼女は、その小さな身体からは想像出来ないほど力の篭った抱擁をしてきた。
 着衣の時はそれほど気にはならなかったのに、今は押し付けられる乳房の感触に否応なく身体が反応する。
「ヅィだけあんなにされて、ずるいです。ボクにも、ボクにも何かしてください。何だって受け入れますから」
「いや、しかし――」
「ご主人様、私からもお願い致します」
 今ここでは、と言おうとしたが、それはピアの声によって遮られた。
 腕に押し付けられる、腹にあるのとは別の柔らかい感触。見れば、そこにも小さく綺麗な裸身がひとつあった。勿論と言うべきか、それはピアの身体で。
「私も抱いて頂きたいです。ヅィのように、あるいは、ご主人様のお好きなように」
「ご主人……」
「ご主人様、その、私も……」
 うっとりとしたような声に視線を向ければ、シゥもネイもその服のボタンに手を掛け、こちらに歩み寄ってきていた。
 良識ある人間としては止めなければいけないと思ったのだが、その為の言葉は脳内で空回りするばかり。そもそも何を言えばいいのか。陳腐な言葉では彼女達を止めるには到底至らないだろう。
 そうこう悩んでいる間に、俺の身体は一糸纏わぬ姿の四人の妖精に取り囲まれてしまっていた。
「ご主人様……」
「ご主人様ぁ……」
「ご主人……」
「ご、ご主人様……」
 小さいけれど、それぞれ特徴付いた綺麗な身体が視界一杯に映る。豊満な乳房から控えめな胸と揃い踏んだその頂にある桜色の乳首も、すらりとした下腹の更に下、つるりとした無毛のそこにある綺麗な縦筋も、全部が見えている。
 それらを隠さず、誘うように手を伸ばし、絡めてくる彼女達の姿を目にして、俺の理性は限界に近かった。
「人間の間ではこれをなんというのじゃったかの。酒池肉林、じゃったか?」
 他人事のようにからからと笑うヅィの声が聞こえる。
 確かに、無性にアルコールを摂取したい気分だった。

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No title

更新お疲れ様です
タイトルが終わりっぽいのであせりましたwww

お疲れ様でした!
姉弟強襲の精神ダメージ(弟の方が大ダメージだったけど)でネガった主人公もイイですね(⊃∀`)
俺もタイトルで最終回かとあせりました( ̄▽ ̄;)

No title

更新お疲れ様です
また主人公の腰が心配にwwwww
やばくなったらアルコール摂取で暴走モード突入ですねwwwわかりますwww

No title

更新お疲れさまです。
いつも楽しませて頂いています。

ノアは何処へ・・・。

続きがあったとは!?
補完分読んで大満足です。
ピアの告白から記憶を配られるまでの描写が凄い盛り上りでした。最近気に入っているlelaという歌手の光という歌を聞きながら読んでいてサビの盛り上りにマッチして頭クラクラしてました(⊃∀`)
ところで、ブロントさんネタって…某ネトゲやってます?カカッと更新お待ちしてますm(__)m
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