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フィフニルの妖精達27「閑話・不確かな世界の三人組Ep2」

「ライ、グリン――行ったよ!」
 耳飾りから聞こえてきた同僚――フェイ・ブルード・ディアディシウスの声に、ライ・ゴルディス・アンカフェットは隣に立つグリン・グラウル・グランワルトと共に身構えた。
 刹那の間を置いて、二人の眼前に生える草むらが音を立てて揺れる。次の瞬間、飛び出してきた茶色の巨体に、ライは右手の盾を構えて突進した。
 衝突の寸前、ライの背中にある三対六枚の金色の翅と、左手に着けられた小手の白色妖鉱石が輝きを増す。
 次の瞬間、ライと、彼女の二倍近い巨躯を持つ茶色が猛烈な勢いで激突した。傍から見れば目を覆うような光景だったが――しかし何事もなく、ライはその手に構えた小さな円形の盾ひとつで、茶色の――猪によく似た生物の突進を完全に食い止めていた。
 間髪入れずにそこへ割って入ったのがグリン。猪の鼻横から生えて、ライの盾に押し付けられている二本の角をそれぞれの手で掴み、
「っやあ!」
 と、一声上げると同時、猪の巨躯が宙へと浮いた。
 猪はグリンの細腕によって低く宙を浮き、そのまま横へ。いとも容易く横倒しになった獣に、今度は再びライが動いた。
 盾を下ろし、左手で腰の剣を抜いて、
「せりゃっ!」
 跳んで猪の前足を越えると、その先に広がる横っ腹へ剣を振り下ろした。瞬間、再び翅と小手が輝く。
 まるで布を切り裂くように刃が深々と埋まり、獣の悲痛な断末魔が森の静寂を切り裂いた。
「……ふー」
 突き立てた剣をそのままに、柄から両手を離して額の汗を拭うライ。
 小手の白色妖鉱石の輝きが明滅して薄れる。それと同時に、彼女の金色の翅も燐光を残して消え失せた。
「ライ、終わった?」
「ああ、終わった。ちょっと冷や汗かいたけど」
 耳飾りからのフェイの声に答えて、ライは両手首をほぐすようにぶらぶらと振りながら、足元へ流れてきたどす黒い血を避ける。
 その生々しい赤に獣血特有のあの鼻につく臭いを思い起こし、ライは咄嗟に鼻へと手をやって、すぐに今はその必要がないことを思い出した。
 持つべきものは満足に妖精炎を使える友人だと、ライは本当に思う。
「グリン、お願い」
「はーい」
 そうライがいつものように合図すると、後ろで深呼吸していたグリンが一歩前に出て、獣の死体へ両手を突き出した。
「んっ」
 鳶色の瞳を力強く閉じ、ぐっと一際両手を突き出す彼女。同時に彼女の岩石じみた翅が茶色の燐光を放ち、妖精炎魔法を練り上げていることを知らせる。
 不意に、音もなく死体の周囲の地面が割れて、そこから無数の蔦が伸びてきた。蔦は死体を絡み包んで完全に覆い隠すと、また音もなく地面へと溶けるように引っ込んでいく。その後にはもう何も残ってはいなかった。
「お疲れ様。手、怪我してない?」
「大丈夫ですよ。ライこそ大丈夫でしたか?」
「まあね。ちょっとひやっとしたけど、なんともない」
 もっと素早く切り換えれないかな、と呟きながら左手の小手を見遣る。
 小手に嵌った白色妖鉱石の輝きは今は失われており、その縁に入った真新しいヒビがはっきりと分かるようになっていた。
「もうヒビが入ってる…… やっぱり、どうあっても今日のぐらいが限界か」
「仕方ないですよ。それ以上はもっと純度の高い妖鉱石を使わないとです。白じゃなければ、昔のツテで手に入るですけど」
「んー…… 難しいなあ」
 妖鉱石は純度によってその内に内包する妖精炎の量が異なる。そしてその色によってそこから取り出せる妖精炎の色も違う。
 ライが求めている白色妖鉱石はつまるところ色がついていないもので、そこから取り出した妖精炎は術者が好きに染めることが出来る。その利便性の高い特性故に希少であり、その上純度も高いとなれば入手の難度は想像を絶する。
「落ちてないかな、その辺に。妖精竜の核石とか」
「……どれぐらい運があれば実現するですかね、そういうの」
「世界樹の枝が一本ぐらいあればいけそうだけど。まあ残念なことに、私の力は自分が得をしたいっていう意思を持っては使えないのよ」
「そうなんですか?」
「使えたら、今頃こんなに苦労してないって」
「だろうね」
 言葉を交わす二人の横、先ほど獣が突っ込んできた茂みから青い妖精――フェイがそんな言葉と共に姿を現した。
 ぱっと見、傷ひとつない様子にライは小さく息を吐く。
「お疲れ様。怪我してない?」
「大丈夫。それじゃあ、ぼちぼち帰ろうか」
「そうですね」
 三人は揃って踵を返す。
 深い、深い深い森の中、獣の鳴き声や風の囁きの中に、その三人の足音は混じり続けた。



「――で、結局どうするつもりなのさ?」
 フェイの声に、ライは焚き火の火種をつつき回す行為を止めた。
「どうする、って?」
「移動手段。毎回こうするのは君も本意じゃないだろう?」
「んー、まあね」
 夜の森の中の暗闇を頼りなく照らす焚き火の光に当てられながら、ライはぽつりと呟くように言う。
「何かに乗るようにしようかなって思うの」
「乗る? 君、乗る技能あったんだ?」
「いつだったか、ニルブスになら乗ったことがある。その時は上手く乗れたから、多分」
「ニルブス、ねえ」
 その名前を呟いて、フェイは脳裏にその四足歩行でゆっくりのっそりした胴太の生き物を思い浮かべる。荷物運搬に使われることの多い獣で、温厚かつ力はあるが非常に鈍重だ。
 お世辞にも、あまり技術の要る騎乗生物ではない。
「でも実際ニルブスじゃ歩いた方が速いだろう? 勿論、それなりに速いのを探すんだよね?」
「当たり前でしょう。良い子が見つかるかどうかは分からないけど、イェント辺りを当たろうと思う」
「……いきなりは難しくない?」
「当然、すぐに乗りこなせるとは思ってない。ま、ぼちぼちやるわ」
 何を思ったのか、はあ、と息を吐くライ。
「憂鬱な問題だけど、すぐに解決するものでもないし。心配してくれてありがとう」
「いや、まあ、僕の為でもあるしね」
 言って、フェイは首を人差し指でぽりぽりと掻き、
「そう言えば、ライはなんで妖精騎士になりたいんだっけ?」
 と、橙色に照らされるライの横顔から少しだけ視線を逸らして問うた。
「言わなかったっけ。夢だったからよ」
「忘れちゃって。夢、かぁ」
 夢、夢。そう何度も呟いて、フェイは自分の動機を思い返す。
 目を閉じて思い出せば、すぐに脳裏に蘇る。あの地獄を。そして討つべき相手の姿を。
「フェイは…… 復讐だっけ?」
 ライが問い返した。少し遠慮がちに言葉を綴るその様子は、フェイを気遣ってのものか、それとも。
「そうだよ。あいつを殺す。それがあの日以来、僕の全てだ」
「そう…… あと少し、だものね」
「ああ、あと少しだ」
 治安管理官の仕事を手に入れてそろそろ百年。百年のこの職歴があれば、妖精騎士として志願することが出来る。
 妖精革命によってこの法が律された時は凄まじく遠のいたと思った。だが、雌伏の時はもう終わりを告げる。
 ようやく本番。討つべき敵の居場所を突き止め、殺すのみ。
 その瞬間を思えば、フェイのあの瞬間からの年月など取るに足りないものだった。
「復讐はいいけど、フェイも無事じゃ済まないわよ」
「僕のことはどうでもいいんだ。あいつを殺せさえすれば、それでいい」
「……そう」
「今更、止めておいた方がいいなんて言わないでくれよ?」
「言わない」
 ライは勿論知っている。そろそろ長い付き合いになるこの友人が、その復讐ひとつのためにどれだけの努力をしてきたかを。
 親友と片目と片足を失い、踊り手としての生涯も失ったこの友人が、その復讐を成すためだけに生きていることを。
 それでもライは、止めた方がいい、と言ってやりたかった。ライには分からなかった。友人を失ったことで、己の全てを賭けて敵を追い、復讐するということの価値を。
 あるいはフェイが誰かに殺されれば、私もフェイの想いが分かるのだろうか。
 そんな重要でありながらくだらない思考が脳裏に浮かぶ。
 こんなの柄じゃない、とライは軽く頭を振った。
「そう言えば、グリンはまだ戻らないの?」
「……そう言えば、遅いね。花探しに行っただけだよね?」
 あの茶色の、頭の回転は速いが行動がどうにも鈍臭いところのある友人をライは思い浮かべる。
 夜の森は危険だ。妖精、精霊種の天敵が最も活発に徘徊する時間でもあり、花探しの最中に襲われることも少なくない。
 フィフニル族で仮にも治安管理官のひとりであるグリンなら、花探しの最中に襲われたからといってそう簡単に遅れを取るとは思えないが、何しろあのグリンである。心配し過ぎて損をすることはない。
「探しに行こう。流石に長すぎる」
「ええ。耳飾りがあれば良かったんだけど」
「グリンが持ってるからね、今は…… まったく、もう」
 フェイが服の裾を払いながら立ち、傍らのブレストアーマーとハルバードを身に付け、手に取る。
 歩き出した彼女を追いかける形で、ライもゆっくりと森の闇の中へと歩き出した。
 残された焚き火が、その力の供給源を失って急激に小さくなり、消える。
 そうして、その場の全てが闇に包まれた。

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