2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィフニルの妖精達37「Fairy's Intel」

 グリンの後ろに続いてホールに入る。
 階段を降り、昨日談話を交わしていたソファの元でグリンは俺の頭をひとつ撫でた。
「じゃあ、ここでライを待っててくださいです」
 言って、彼女は奥の扉に入っていく。昨日もティーセットを向こうから持ってきたのを察するに、あっちに台所があるのだろう。
 少し興味はあったが、流石にこの姿で台所に入って行く訳には行かない。
 大人しく絨毯の上で寝そべっていると、扉を開閉する音。見れば、左手側二階の扉からライが出てきて階段を下りてくるところだった。
 格好はグリン同様にその裸身の上から仕事着を一枚引っ掛けただけのもの。綺麗な乳房の谷間やすらりとしたお腹、ひとつ筋が入っただけの股間も丸見えで、俺からすれば悩ましい格好だ。
「ユーリス、ごめんね。寝てたから起こすのも悪いと思って」
 しかしまるで気にすることもなく、ライは俺の元まで来るとそう言いながら俺の頭を撫でる。
「グリンはもう起きてるのかしら」
 それは俺への問いではなく呟くような声だったが、俺が無言で奥の扉に視線を移すと合点が行ったように頷いて、
「じゃあ待ちましょうか」
 ソファに飛び乗るように腰掛け、俺に向かって手招きをしてきた。
 それに応じて傍まで行くと、抱き着いた上で遠慮なく撫で回してくる。
「ふふふ」
 そう笑いながら愛玩動物のノリで俺に触れてくるライ。
 無防備極まりないが、それだけ心を許してくれているのなら俺としては問題ない。
 そうして撫でられていると、しばしの後にグリンが戻ってきた。
「おはようございますです、ライ」
「おはよ」
 挨拶を交わして、グリンはテーブルの上に料理を並べていく。
 パンと思しき小麦色のものに、肉や野菜を挟んだもの。乳白色のスープ。澄んだ青色の飲み物。
 どれも出来たてとばかりに湯気を立てており、思わず腹が鳴る。激しい運動の後だから尚更だ。
「ユーリスさんはこっちですよ」
 しかし俺に出されたのは、やはりというか塊肉だった。生ではなく、外側を軽く炙ったのであろうもの。
 食べ始めたふたりを横目に仕方なく齧り付く。鳥でも豚でも牛でもない、何の肉かは分からないが、やはり美味かった。
「ライも今日明日は非番でしたっけ?」
「そう」
「予定はありますです?」
「特にないけど…… そうね、ユーリスに乗る訓練をしようかなって思ってる」
 食事の雑談の最中、俺を一瞥しつつそう言うライ。
「あと、鞍とか部分鎧も見繕った方がいいかな」
「なるほどです」
「グリンは?」
「私はちょっと調べ物にクインゼロットに行こうかなと思ってますです」
「クインゼロットって、なんでまた?」
「ええと…… ほら、あそこは遺跡研究の最先端ですから。ついでにまた何か新しいものが出てないか調べて来ますです」
 その時、グリンはちらと横目で俺を見た。
 恐らくは俺に関係のある調べ物、ということなのだろう。
「ふうん」
「……一応、ライの篭手も遺跡研究の産物なんですよ?」
「それは知ってるけど、私はそういうのさっぱりだし」
 ドライに言って、はむりとサンドイッチのようなものを齧るライ。もう、とグリンが肩を落とす。
 と、不意に玄関の扉がこんこんと叩かれた。
「はいー?」
 グリンが応じ、その半裸に近い格好のまま玄関へ。
 彼女が扉を開けると、遠目に見覚えのある桃色の髪が見えた。
「おはようございますっす、グリンさん。お届け物っす」
「あ、ありがとうございますです」
「んでは、失礼しますっす」
 確か、カミンとか言ったか。門番だけが仕事ではないらしい。
 彼女から何か紙片のようなものを受け取ったグリンは、それに視線を落としながら戻ってきた。
「何だったの?」
「えーと、会食のお誘いみたいです。今日の昼から明日の昼まで」
「お。じゃあ行かないといけないわね」
「そうですね。調べ物は今度にしておきますです」
 楽しげに頷き合って、予定を組み直し始めるふたり。
 パーティーの予定が最優先とは、色々な意味で特徴深い文化だ。一日丸々パーティというのも。
「――じゃあ、フェイを呼んでからそっちに行くわね」
「はいです。集合場所はどうします?」
「銀の泉でいいんじゃない。ユーリスを連れていくことを考えると」
「そう、ですね。分かりましたです。フェイに宜しくお願いしますね」
「ん。じゃあ行ってくるわ。 ――ユーリス、おいで」
 算段も終わったのか、俺はライにそう手招きと共に呼ばれて、ひとつ頭を撫でられてから彼女に跨られた。無論、彼女は半裸のままだ。
 背中に直に当たっている柔らかい部分がライの太腿と股間部なのだと思うと、何とも言えない気分になる。口が利けさえすれば言いたいことは山ほどあるのだが。
「じゃ、また後でね」
「はいです」
 何だか口惜しい気分になりつつ、そうグリンに見送られて、俺は仕事着を肩に引っ掛けただけの半裸のライを乗せて外へ出た。
 やはり彼女を奇異の目で見るものはいない。それどころかもっと凄い格好の妖精もちらほらと見受けられて、ここでは俺の感覚の方が変わっているのだと思い知らされた。


「――よし、お待たせ」
 俺を玄関で待たせて数十秒。そう言って出てきたライは予想に反して露出のない格好をしていた。
 仕事着よりも多少装飾を凝らした、という程度で、ここで見た妖精達のファッションに比べると地味極まりない。
 まあ変に露出が多い中では逆に目立つかもしれないが……
「ん、何よユーリス。なんか変?」
 じっと見つめる俺の視線に思うところがあったのか、そう尋ねてくるライに俺は首を横に振る。
「そう。じゃあフェイのところに行きましょ」
 言って、あ、と呟くと、ライは玄関傍にあったポストを探って一通の手紙を取り出した。見た目はグリンのところに届いた招待状と同じ物。
「一応、忘れないようにしないとね」
 それを懐に入れて、ライは再び俺に跨る。
「じゃあフェイのところに行きましょう。第八大通りの羽休め亭にいるから――まず向こうの角までへ行って」
 分かった、と頷いて、ライが頭の上から指す方向へと俺は足を進める。
 道中でお馴染みの撫でられ触られはあったものの、ライが「今日の会食に行くから」と払ってくれた。まあ、一時凌ぎになっているだけのような気がするが。
 そうこうしながら歩いている内に羽休め亭に到着したらしい。木の葉を重ね合わせたような翅の意匠が成された看板が掛かっている扉の前で、ライは俺に止まるよう指示してきた。
 第一大通りにあった双月亭とは違い、大通りに面した太い幹の一本に扉がひとつと先述した看板が備えられているだけのところだ。
 扉の向こうからは落ち着いた弦楽器の音色と、妖精達の跳ねるような談笑の声が聞こえてくる。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 言いながらライは俺から降り、扉を押し開いた。音楽と談笑が遮るものをなくして大きくなる。
「フェイ!」
 扉を押し開いたままそう呼び掛けるライ。彼女の視線の向こう、様々な妖精達が談笑するその更に奥。一段上がった舞台の上で、先日と変わらない青いセーターとジーンズのような服を身に纏った格好のフェイがバイオリンのような楽器を弾いているのが俺にも見えた。
 音楽の主はフェイだったようだ。瞼を閉じ、氷の翅を揺らして青い燐光を従えながら演奏をしていた彼女は、ライの呼び掛けにそのサファイアのような瞳を左側だけぱちりと開き、次いで演奏を止めた。
 音楽が談笑の声にかき消されるように途絶える。フェイはその場にいる妖精達に何かを言われ、それに会釈を返しながらこちらにすぅと滑るように近付いてきた。
「なんだい、ライ。もしかして会食に行くからって迎えに来てくれたのかな?」
「勿論。グリンも待ってるから早く準備して行きましょ」
「分かったよ。ちょっと待っててくれ」
 言って、フェイは俺にちらと一瞥を寄越しつつ扉の前から消えた。
 そして彼女は一分と掛からずに戻ってきたのだが、その格好は全く変わっていなかった。持っていた楽器を置いてきただけのようで、その普段着はライと比べても地味な格好だ。
「お待たせ」
「よし、じゃあ行きましょう。銀の泉で待ち合わせだから」
 しかしライはそんなフェイが普通なのか、特に何も言わずに再び俺に跨り、
「フェイも乗る?」
 そう振り向きながら問うた。俺もフェイに視線を向けると、彼女は俺に微笑を向けつつ、
「じゃあお言葉に甘えて。失礼するよ」
 俺に最初に出会った時のように、ライの後ろに彼女も跨った。
 二人のさして重くはない体重の重心を図りながら、指示を伺うように背中のライを返り仰ぐ。
 ライは俺の頭をひとつ撫でると、街中を下へと降りていく方向へ指示をくれた。
 歩き出してしばらくで、フェイが感心したように口を開く。
「随分と仲良くなったね」
「いいでしょう?」
 答えたライは自慢気だ。別に俺に何かをしてくれたわけではないが、付き合っていて感じのいい子ではある。そういう意味では彼女の評価点も一応あると言っていいのかもしれない。
「昨日の仕事も一緒に?」
「うん。結構出来る子よ、ユーリスは」
「ユーリス?」
「そう。ユーリシウス・ライフォス・アンカフェット」
 俺に付けられた名前を聞いて、フェイの口から溜息のような吐息が漏れた。
「……凄い名前だね」
「そう?」
「いや、名前を分けたのは分かるんだけど、自分の名前まで入れるかな、普通」
「いいじゃない、別に」
「そこまでして手を噛まれるようなことがあったら笑い話だよ」
「大丈夫よ」
「根拠は?」
「特にないけど」
 その自信はどこから出てくるのか。
 やたらと寄せられている信頼に戸惑いつつ、はあ、とまたひとつ吐息を漏らすフェイの心情を察する俺だった。


 街中にある階段や、幹の中にある螺旋状の坂道を下へ下へと行くことしばらく。
 やがて俺は、ウルズワルドのいわば下層部――この巨大な木が生えている大穴の内部へと降りて来ていることに気付いた。
 そして同時に、街行く住人達の中に妖精らしくない人々が混じりつつあることにも。
「――なんかディムエルフが多いわね。前からこんなにいたっけ?」
「いや? 多分、軍がディムラシルを再占領したからじゃないかな。それで流れてきたのかも。種族特性的に暗いところの方が住みやすいみたいだし、上層は妖精種以外居住禁止だから、生活圏が下層に集中してるのかもね」
「なるほど」
 例えば、今ふたりの話題に上っているらしき女性は、銀糸のような髪に浅黒い肌、よく出来た作りものを疑うほどの美形の顔と、妖精達にもたまに見る姿をしている。
 だが、その背丈は人間と変わらないぐらいにある。背中に翅もなく、以前に見た長耳の白い少女の丁度逆の姿といった感じだ。
 使いこなした雰囲気のある革補強の衣服に豊満な身を包み、腰に二本の短剣を帯びて、その手に持った竪琴を枝葉の影で静かに奏でている。
「――こら、ユーリス」
 そうして観察していると、ライが無理矢理に俺の顔の向きを前へと戻してきた。そしてぺしりと頭を叩いてくる。
「あんなの見てちゃ駄目よ」
「君は何を言っているのやら」
「あんなの見てる暇があったら私やフェイを見るべきだと思わない?」
「分からなくはないけど、それをユーリシウスに言うかな、普通」
 呆れた調子で言うフェイ。最もである。
 ライも本気ではないようで、くすりと笑ってから俺を促す。
「いいじゃない、別に。さ、銀の泉までもう少しだから、急いで」
 改めて指示を受け、俺は視界に入る様々な人々を観察したい欲求を抑えつつ、更に下層へ向かう。
 枝葉に遮られて陽の光が届かず薄暗い下層の街では、幹の中で見た、白く光る球状の実をつけた花がそこかしこを照らしていた。
 上層での夜と同じく、その幻想的な光の中を歩くことしばらく。手足がそれまでの樹皮とは違う、しっとりと湿った土と草の感触を得た。最下層に到着したのだろう。
「――あ、ライ、フェイ、ユーリスさん。こっちです」
 早速聞こえたのはグリンの声。軽く見回すと、岩を山のように積み上げたオブジェの傍に彼女が立ってこちらに手を振っているのが見えた。
 彼女の格好は…… これはまた派手、というか妖精達の標準だった。薄布を束ねて作ったドレスのような服で、薄らと身体のラインが見えている。そのくせ風でも軽く吹いたら色々なところが露になってしまうようなものだ。肌を見られて恥ずかしがる人には出来ない格好だろう。
 そんな彼女に近付いて、ふとオブジェの方を見る。岩の塊だと思っていたそれは、薄い水銀のような液体を湧き溜めている源泉地だった。石造りの露天風呂のように見えなくもない。なるほど、これが銀の泉とやらか。
「お待たせ、グリン」
「待たせたね」
「いえ、私もさっき着いたところですから」
 ライとフェイのふたりは俺から降りて、グリンと挨拶のような軽い会話を交わし始める。視線が自由になった俺は、三人の傍らに座り込みながら周囲へと視線を巡らせた。
 ウルズワルドの最下層は迷路のようだった。この巨木の根が張り巡らされていて、それが壁になっている。そして壁の間にある巨大な隙間が上層の大通りのような流れを形成しているようだ。
 上層とは違い、種族も様々だ。殆どは妖精なのだろうが、中には猫や犬、トカゲを人と混ぜ合わせたかのような姿まで見える。ここから見える範囲だけでも種族の数は十を越えるだろう。
 彼らのしていることも様々だ。陽気そうな顔で飲み物を口に運んでいる人。そんな同族と談笑している人。対照に憂鬱そうに飲み物を口に運んでいる人。道行く人を――妖精達をどこか苛立った瞳で睨んでいる人。そんな人々に落ち着いた雰囲気の曲を演奏している人。
 雑多な雰囲気に満ちてはいたが、言い表しにくい安堵のようなものも感じる。ここでは俺のような生き物もさして目立つ訳ではないようで、たまに視線を向けられる程度だ。それもあるのかもしれない。
「――じゃあ会場の方に行くですか」
「そうね。ユーリス、行くわよ」
 呼ばれて、俺は三人に追従する。向かう先は外側の方だ。
 当然ではあるが根の壁は外側に向かうに連れて背が低くなり、広場が目立ってくる。会場もそんな広場のひとつなのだろうと考えながら――
「一応、主催者さんに挨拶しないとね。誰?」
「ニニル・ニーゼスタス・ラーザイルさんです」
 ――その声に俺が振り向くと、グリンも丁度こちらを見ていて、
「ちょっと聞いてみたんですけど、ユーリスさんみたいな乗騎も歓迎みたいですよ。良かったです」
 そう小さく笑いながら言うのだった。


「こんにちは。ニニル・ニーゼスタス・ラーザイルです。賑やかしに来て頂いてありがとうございます」
 そう言って、華やかではあるが肌の露出は少ないドレスを身に纏って挨拶をしたニニルは、数日ぶりに見ても特に変わりない様子だった。
「ライ・ゴルディス・アンカフェットです。お招き頂いてありがとうございます」
 営業スマイル、と言えばいいのだろうか。人当たりのいい極上の微笑みを浮かべて、こちらの三人に当たっている。
「フェイ・ブルード・ディアディシウスだ」
「グリン・グラウル・グランワルトです」
「ライさんに、フェイさんに、グリンさんですね」
「ええ。それと、こっちは私の乗騎ユーリシウス」
 言って、ライが俺を紹介する。それに従ってニニルは俺を見て、僅かに眉を動かし、驚いた顔をした。
「随分大きい…… クフィウル? ですね」
「ええ。でも、大人しい子だから大丈夫ですよ」
「そうなのですか。 ――撫でてみても?」
「いいですよ」
「では、失礼して」
 ニニルはひとつ呼吸をしてから、ゆっくりと俺の頭に触れる。瞬間――
「(何やってるんですか貴方は! 上手くやったのは認めますけど、ネイさんのお守りをする私の身にもなってくださいよ!)」
 と、当然のように叱責を含むニニルの強い思念が伝わってきた。
 思わずびくりとして、ニニルと視線を合わせ直す。彼女は俺の視線ににこりと笑って応え、ゆっくりと俺から離れた。
「いい子ですね。 ――では、時間が許す限り、お楽しみください」
「はい、そうさせてもらいます」
 挨拶を終えて、ニニルの元を離れる三人。
 どうしようかと後ろ髪を引かれる思いでニニルの方を見ていたが、彼女は俺に笑顔で手を振るのみ。
 もう少しアクションがあっても良さそうなものだが、と思い――ふと、彼女の後方に、どこか見覚えのある枯葉色の妖精が立っていることに気付いた。
 格好こそ露出の高いドレスだが、この賑やかな会食場には似つかわしくない不機嫌な表情でニニルとライ達三人を交互に見つめている。
“あれは、確か――”
 ――そうだ。ミゥとノアを伴って買い物に行った時の、あの最初の追っ手のリーダーを務めていた子だ。
 恐らく、御目付役なのだろう。とすると、不用意に接触することは出来ない、か。
 仕方なく俺は彼女から離れ、ライの後を追った。
 正直に言って、露出の高い格好をした妖精達の間に入っていくのは極めて気が引ける、というのもあるのだが、見張られている可能性もあるのでは仕方ない。
 今までの数十倍ほど揉まれる覚悟をして、俺はのそりと色とりどりの花畑の中へと歩を進めた。


「――ライさん、フェイさん、少しお時間を頂けませんか?」
 そうニニルの声がしたのは、会食に参加してからそれなりの時間が経ってからのことだった。
「はい? 何でしょうか?」
「おふたりは、近く妖精騎士になられるおつもりなんですよね? それについて、お話をお伺いしたいと思いまして」
 いつの間にか俺と三人が居座っているテーブルに来て、手帳を片手にそう切り出していくニニル。やはりと言うべきか、あの枯葉色の妖精も後ろにいる。背後からニニルの一挙一動に胡散臭げに目を光らせているその姿は、何ともあからさまだ。
「ええ、まあ――騎士試験に受かるとはまだ分からないんですけど」
「受ける前から受かるって確信持って言う人がいたらよっぽどの自信家か馬鹿じゃないかな。僕もそれなりに自信はあるけどさ」
「あなたと一緒にしないでよ」
「そうかい? 僕はライも受かれると思ってるけどね」
「言うわね」
「大丈夫です。私も協力は惜しみませんですし」
「どっちかって言うと、私が実験に協力してるんだと思ってたんだけど」
「そ、それは否定しませんですが」
 三人のやり取りをニニルがくすりと笑いながら手帳に書き込む。
 ちなみに俺は地面で寝転がって、身の丈三十、七十、百二十ほどの名も知らぬ妖精三人から為されるがままになっている。言外に抵抗しても遠慮なく触れてくるため、もう諦めていた。
「騎士になろうと思われた理由は?」
「夢だったからで。そんなに深い理由は特に」
「僕はちょっとした個人的な目標でね。ま、そんなに大層なものじゃないよ」
「なるほど」
 澱みなく書き込んで、ニニルは彼女がよくやるようにペン先でとんとんと手帳の頭を叩き、
「ピア皇帝陛下についてはどう思われますか? つい先日、帝立五年目となりましたが」
 そう、確かに口にした。
“ピアが、皇帝? しかも、五年目だって?”
 姿勢はそのままに、思わずニニルを見つめる。彼女はこちらを見ることはなかったものの、俺の疑問に答えるかのように続けて口を開く。
「この妖精郷から大きい争いをなくそうと、対外戦争を嫌うことなく積極的に版図を拡大しておられますが、そこのところについても思うところがあれば」
「ええと、私は若年者なので、昔のことには少し触れづらいのですが――良いことだと思います。私の見知っている人々がこうして日々を楽しく過ごせているのは、今のウルズワルドあってのことですし。少なくとも、皇帝陛下であり族長であるピアさまのなさることに異論はありません」
「僕もピアさまの統治は素晴らしいと思うよ。僕ら妖精種のことを第一に間違いなく考えてくれる。戦争については多少強引だとは思うけど、相容れない場合は仕方ないんじゃないかな」
「なるほど。 ――現主翼長であるシゥさまのことはどう思われますか?」
「凄いと思います。憧れですし――夢っていうのも、実はシゥさまのようになりたくて」
「同じ天性色を持つ妖精として凄く誇らしいよ」
 明るい表情で澱みなく答えるふたりに妙な色はない。ということは、ピアとシゥについてはよく知られていることなのだろう。
 これでノアに続いて、ピアとシゥの身が無事なことは分かった。皇帝に主翼長というのはまだ意図がよく分からないが、やらされているだけの可能性はある。取り敢えずは安堵していいのだろう。
 そしてミゥとヅィも、きっと二人の傍にいるはずだ。
「なるほど、いいですね。 ――もし宜しければ、別途にお茶をしながら取材のお時間を取らせて頂けませんか? ひとつ記事にしたいので」
「え、いいんですか? あ、私は構いませんが……」
「うーん…… 悪いけど、僕は遠慮しておくよ」
「そうですか、残念です。妖精騎士になられた際には、是非取材をさせて下さい」
「あはは、いいよ。なれた時にはね」
「宜しくお願い致します。 ――では、ライさんは明日の夜は空いておられますか?」
「大丈夫です」
「それでは明日の夜、七刻辺りにラーザイル報道局までお越しください。勿論、ユーリシウスさんもご一緒に。場所はご存しですか?」
「分かりました。場所も大丈夫です」
 そうして俺が決意を新たにする横で、ごく自然に俺がニニルの元を訪れられるよう段取りを整えてのけたニニルは、やはりやり手と言うべきか。
 ライも、ニニルの背後に立つ枯葉色の彼女も、まさかライ自身ではなくその乗騎に過ぎない俺がニニルの本当の目当てだとは思わないだろう。


 夜の帳が降り、幻想的な光がより強く周囲を満たすようになっても、妖精達の宴は終わらないようだった。
 それどころかむしろ、これからがたけなわと言ったところなのだろう。
「それでユーリスはね、凄いのよ本当に。ゴブリンどもをこう――」
 アルコール系と思しき淡黄色の飲料を片手に俺の自慢話に余念のないライに抱かれながら、俺はちらと視線だけで周囲を見回す。
 ライの話を聞いているのは名も知らぬ妖精が三人ほど。入れ替わり立ち替わりでやってくる彼女達は誰もが当然のように見目麗しい子らで、そんな彼女らが目を輝かせて俺に遠慮なく触れてくるのは役得と言えなくもない。
 グリンとフェイは気付けばどこかに行ってしまったようだ。この会場内にはいるのだろうが、こうも身動きの取れない状態では見回すこともできない。
 可能ならニニルからもっと詳しい話を聞きたいのだが…… 我慢するしかない。
 仕方なく、妖精少女達の頭や顎を撫でる手に感覚を委ねて瞼を閉じ、ゆったりとしていたところ――それは来た。
「――またお会いしましたね」
 つい先日にも聞いた、俺の求めているひとつである落ち着いた声。
 瞼を開けて視線を上げると、そこに漆黒の妖精――ノアがいつの間にか立っていた。
 格好は、統制局で見た時と同じ。豪奢さの増した黒い護服に、腰に釣った一本の長剣。髪はやはりやや長い。
「――え、あ、ノア、さま?」
 ほろ酔い気分の浮かれた色がライの声から消える。代わりに出てきたのは戸惑いと驚きと、僅かな恐れの色。
 ライだけでなく、彼女の話を聞いていた妖精達もそれは同様だったようで、
「し、失礼します」
 異口同音にそう言って、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
 それを見遣って、ノアはかちりとライに視線を戻す。
「覚えていて頂けましたか。 ――乗騎を連れての初仕事は、順調に終わったそうですね」
「は、はい。ええっと、お陰さまで」
「何よりです。これからも帝国の為、尽力して頂けることを願っています。それと――」
 ノアは相変わらずの不動の表情でそう言って、ふと、何かを言いかけて止めた。
「な、何か?」
「いえ。まだ未決定のことを言う必要はないかと思ったのです。今晩には分かるかと思います」
 そう意味深なことを言って、不意にノアは左手へと視線を逸らした。彼女の温度のない視線を追うと、そこにあったのは小走りに近付いてくるニニルと枯葉色の少女の姿。
 二人がノアの傍らに来るまでに三秒と少し。その間、ノアは一言も身動ぎもすることなく、ただ二人を――正確にはニニルを見つめていたように思う。
「ノアさま、来ていらっしゃるならお声を掛けて頂ければ」
 驚くべきことに、そう丁寧な言葉を発したのはニニルだった。いや、彼女の性格を考えればあり得ないことではないのだが。
 だが、より驚くべきはノアの方だった。彼女は、俺が知っている彼女ではあり得ないことに、
「お久しぶりです。シゥとミゥより伝言があります」
 そう、ニニルの声を遮って、無視するかのように告げた。
「――裏切り者、と。シゥもミゥもあなたが戻って来たことに大変な失望と怒りをお持ちでいます。塵と消えたくなければ、決して城には近付かないよう、お願い致します」
「わ、私は、ただ――」
「ただ?」
 少なくない焦りを孕んだニニルの言葉を遮って、かく、とノアが首を傾げる。
「何と仰られようが、事実のひとつです。少なくとも、我々の認識の上では。許されざる私が言うのもおかしいことですが、私自身も少なからず思っています。裏切り者、と」
 感情のないノアの声と淡々とした言葉は、警告というよりは宣言のように聞こえた。
「ですが―― いえ、止めておきます。会の場ですので」
「っ」
 ぎり、とニニルの顔が苛立ちを堪える顔に変わる。
 ニニルの後ろにあの枯葉色の彼女が控えている以上、妙な弁解などの迂闊なことは言えない。今は罵られることに耐えてもらうしかない。
 それを十分に理解してのことだろう。ニニルが口を開く。
「……面倒を見切れなくなった。それだけのことですよ」
 そして言い終わった瞬間、金属を擦る音と共に、ノアが帯びていた長剣の切っ先がニニルの口元に突き付けられていた。
「っ!?」
 ニニルが一歩下がり、口元を手で抑える。たらり、と指の隙間から血が零れていた。
 ノアは何も言わずに、ゆっくりと剣を鞘に収め。
「――では、失礼致します」
 そうライと俺の方を見て言うと、そのまま会場の外へと歩き出した。
 その場の全員でその後姿を見送って、思わず顔を見合わせる。
「もう」
 大変不機嫌そうに言って、ニニルは口元を覆った手に橙の光を灯らせる。切り傷を治癒したのだろう。
「申し訳ありません、ライさん。お気になさらず、残り半分ほどとなりましたが、会をお楽しみ下さい」
「あ、いえ、はい」
「では、これで」
 ニニルは最後にちゃんと微笑みを作って、ライの前から去っていった。
 枯葉色の少女はやや長くノアの背中を追って、それから、ふん、と鼻を鳴らして踵を返し、ニニルの後を追っていく。
 周囲に誰もいなくなったところで、俺を抱き締めるライの腕にしっかと力が込められた。


「――ふう。何だかなあ」
 そう呟きながらライは俺の目の前でドレスを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。
 会は終わりの時間が近づくと自然解散といった様子で、十分に楽しんだ様子のグリンやフェイと再合流した後に上層の大通りで別れ、ライと俺は彼女の家に帰ってきたところだ。
「ま、気にしないほうがいいか。ユーリス、おいで」
 ベッドに腰掛けると、ライは生まれたままの姿で俺を手招きする。もう俺は半ば気にしないことにして、ベッドの上、ライの傍らに上体を乗せた。しなだれかかるようにライが俺を捕まえ、抱き締めるように撫でてくる。
「ん……」
 吐息を漏らして、抱き締める力を強くしてくるライ。彼女の柔肌と小さな熱が心地よい。
「夜になったら、ニニルさんのところに行くからね。それまで一休みだから」
 言って、ライは俺の横腹に顔を埋めるようにして落ち着き、そのまま微動だにしなくなった。
 ただ、眠ったわけではないようで。溜息や深呼吸を織り混ぜた、不規則な吐息が俺の毛を撫でる。
「ねえ。ユーリスはどう思う?」
 不意にそう呟く彼女。何を考えているのだろうか。
 振り返っても彼女は顔を埋めたままで、表情さえも窺うことはできない。
「妖精炎魔法八つ、か」
 次に呟いたのは、聞き覚えのある言葉。妖精炎魔法八つ――確か、妖精騎士になる為に必要な妖精炎魔法の同時行使数だ。ということは、騎士試験とやらに受かれるかどうかを悩んでいるのだろうか。
 ライに出会って数日の俺が分かることは、彼女が妖精炎魔法に対して何らかの障害を持っている、ということだ。このウルズワルドは妖精の都市だけあって、翅をほぼ出しっ放しにしている妖精が圧倒的多数を占めている。街での移動も立体的構造をしている分、飛んだ方が早いからだ。その中でライが翅を出しているところを見たのは魔法行使の際の数度しかない。
 そしてライやグリンの言葉を拾い上げると、その障害とは「妖精炎の総量が極めて少ない」というところだろう。翅を出すことすら惜しんでいるような状態では、確かに騎士試験など危うくてしょうがない。フェイはああ言ってくれたが、自分のことは自分がよく分かっているというやつで、不安が拭えないのかも知れない。
 俺はその問題の解決策を知っている。だが――
“……”
 横目でライを窺う。俺の黒い毛皮を彩る金糸の髪。健康的な肌色をした小さな肩。
“……何が言いたい?”
 そう、運命に問い掛けたい気分だった。


 一休みの時間はすぐに終わって、ライは俺に乗って夜の街へと歩みを進めた。
 ライの指示に従って、今度は上へと進む。三つほど大通りを通ると、目的の場所――ラーザイル報道局にはすぐに到着したようだった。
「うん、ここね」
 ライが頷きつつ、俺から降りる。
 ラーザイル報道局は大通りの一角を占拠するカフェテラス風の建物で、それなりに立派な外見をしていた。ニニルには失礼ながらもう少し小ぢんまりとしたものを想像していたので、なかなか驚いている。
 一階の正面硝子張りのところは消灯しているが、二階には灯りが点っており、まだ仕事をしていることを伺わせる。
 ライが階段を上がり、玄関の呼び鈴を鳴らすと、すぐさま一階にも灯りが点った。そして「あいっす」という何処かで聞き覚えのある声と共に扉が開く。
「お、ライさん。お待ちしてましたっす」
 そう言って姿を表したのは、度々見る桃色の妖精カミンだった。
「あら? なんであなたがここに?」
「あれ、言ってなかったっすっけ? 私の副職場っすよ、ここ」
「初耳ね。 ……まあいいわ」
「じゃ、ボスが上でお待ちっすから、来てくださいっす」
 俺とライはカミンに案内されて中に入り階段を上がりながら、内心でなるほど、と頷く。
 かなり早期の段階で、俺の行動はニニルに筒抜けだったわけだ。それで段取りが早かったのだろう。
「ボス、ライさんをお連れしましたっす」
 二階に上がってすぐの扉をカミンがそう言いながらノックして、開く。中は面談室といった具合の小さな部屋で、奥のソファにニニルはいた。Vの字をした二枚一対の橙の翅を輝かせて、お気に入りなのだろう黒い外套に白いワンピースという見慣れた服装。それを見ることが出来ただけで、胸に来るつかえのようなものがひとつ消えた気がした。
 しかし、予想に反して目の覚めるような赤色――ネイの姿はない。あの枯葉色の妖精もだ。
「お邪魔します」
「ようこそ、ライさん、ユーリシウスさん。ラーザイル報道局へ。さ、そちらにどうぞ」
 ニニルはやはり眩しいぐらいの笑顔でライを迎え、対面のソファに掛けるよう手で促した。俺はライがそこに腰掛けるのを待ってから、その隣、足元へと座り込む。
「はいこれ、お茶っす」
「ありがとうございます。はい、ライさんも」
「ありがとうございます」
 いつの間にかプレートにティーカップを載せて戻って来ていたカミンが、テーブルに二杯分のお茶を置く。それをニニルが自身とライの元へとそれぞれ寄せた。木の葉の模様が装丁された、それらしい木製のティーカップの中、薄赤色の液体の上に紅葉のような三叉の葉が一枚浮かんでいる。
 興味深げに覗き込んでいると、カミンが「ミルクでも飲むっすか?」と笑いながら尋ねてきた。遠慮するつもりで顔を背けると、意を察してくれたのか彼女は笑いながら一歩下がる。
「ではカミン、何かあれば呼びますので、仕事の続きと――あとカルナさんをお願いします」
「了解っす」
 元気よく応え、カミンが部屋から出ていく。
 それを見送ってから、ニニルは、さて、と空気を改めた。
「あまり固くならずに、気軽に答えて頂ければいいですから。少なくとも記事にすることでライさんの心象を悪くするようなことはしないと約束します」
「あ、はい。ありがとうございます」
 礼を述べるライ。が、顔はあまりはっきりとはしないものだ。
「ノアさまの話が気になりますか」
 ニニルが苦笑いと共にそう言うと、まさに的中だったのか、ライの顔が若干の焦りを含んだものに変わった。
「いえ、そういうわけでは――まあ、本音を言うと、少し」
「別に隠さなくてもいいですよ。ライさんのように妖精騎士を目指しているのであれば気になるのは当たり前です。まあ、何と言いますか――先の帝政の頃からの知り合いなのですが、今はそう、ちょっとしたすれ違いがありまして」
「すれ違い?」
「はい。ちゃんと説明すれば解けるようなものなのですが、先方が何しろああいう態度で。釈明の機会を伺っているところです」
 我ながら恥ずかしい失態です、とニニルはさも照れくさそうに言う。真実ではないがまるきり嘘でもない、言わば熟練者の嘘だ。流石と言うべきか何と言うか。
「まあ、心配の必要はありません。私とライさんが強い関わりを持ったとしても、私が嫌いだからといってライさんの試験に難癖を付けるような方々ではありませんから。それはライさんもご存知ではないでしょうか?」
「……そう、ですね」
 ライの頷きを見て、ニニルは笑顔に切り替える。
「そういう訳で、ライさんから何かなければ遠慮なく取材をさせて頂こうかなと思います」
「宜しくお願いします」
「ではまず、月並みな質問ですが、妖精騎士になれたら何をしたいですか?」
「何を、ですか」
 カミンに出してもらったお茶を飲みつつ、ライは小さく首を傾げる。
「実際は適性と需要に応じて決定されるそうですから、要望通りに、とは行かないでしょうけどね。今、妖精騎士の任務は主に戦争、皇帝警護、遺跡発掘の三つに割り振られているのはご存知ですか?」
「はい。 ――遺跡発掘っていうのは、初耳ですけど」
「妖精郷の各地に点在する先史文明の遺跡の発掘作業ですね。ノアさまが主導で行われているんですよ」
 遺跡の発掘か。確かに、そういうのはノアの得意分野だろう。彼女が指揮を執っている、というところに意外性を感じるが。あるいはそれもやらされているのかもしれない。
「私も詳しいわけではありませんが――そうですね、グリンさんでしたっけ? 彼女は先史文明技術者のようですし、詳しくご存知かもしれません」
「そうですね。今度聞いてみます。 ――私的には、やっぱり警護でしょうか」
「なるほど」
「以前は、とにかく妖精騎士がただ憧れだったんですよ。シゥさまのお話を聞いて育ちましたから。今でもそれは変わりませんけれど、ピアさまが皇帝になられてからは、それに加えて。お護りしたいなと」
「ふむ、フェイさんもそういう?」
「あ、いえ。フェイは会食の時にも言ってましたけど、また別に個人的な目標があるみたいで。それをするために戦争に行きたいと言ってました」
「なるほど…… ちなみにここ五年でやはり人気なのも、戦争か警護か、らしいですよ」
「そうなんですか」
「ええ。族長人気、と言ったところでしょうか」
 そうしてニニルとライの会話を聞いていて、やはりと思う。
 ヅィの名前は一度も出ない。単に表に出ていないのか、それとも。
「妖精騎士の三要素、武術、妖精炎魔法、騎術で、ライさんのお得意なものは何でしょう?」
「武術です。剣技には、それなりに自信が」
「なるほど―― 金、という珍しい天性色ですから、妖精炎魔法かと思ったのですが」
「あ、私、妖精炎魔法の方はからっきしで…… グリンに色々やって貰っているのも、それが理由で」
「なるほど。ユーリシウスさんを選ばれたのも、騎術の方を鍛えるために?」
「それも、一応。正直、飛ぶのも結構辛いので、移動手段を確保したかった、というのもありますけど――ユーリスが思いの外優秀で。助かってます」
「ほほう」
 興味深そうに俺を見るニニル。若干、それはそうでしょうとも、とでも言いたげに見えるのは気のせいではあるまい。
 それからニニルは手元に視線を落とし、ふーむ、と呟きながら机の上に開いていた手帳へ何事かを書き込んでいく。俺から見れば、お馴染みの長考。しかしライは次はどんな質問をされるのかと緊張を続けている。
 と――不意に、その身体が、ふら、と揺れた。
「ん、あ、あれ……?」
 慌てて姿勢を戻し、目頭を押さえるライ。その様子に、おや、とニニルも声を上げる。
「お疲れでしたか? これはいけません。仮眠室があるので、そちらを使ってください」
「いえ、少しだけ寝てきたはず、なんです、けど――」
 何とか搾り出すように言って、ライの身体が再びぐらりと揺れた。そして今度はそのままソファに崩れ落ちる。
 それを見て、ニニルは声を上げた。
「カミン、ちょっと来てください!」
「――はいボス、なんっすか?」
 すぐ近くにいたのだろう、数秒の間を置いてカミンがやってきた。
「ライさんがお眠りになってしまいましたので、仮眠室に運んで差し上げてください」
「あらま。分かったっす」
 苦笑して、カミンはライをそっと抱き上げて運んでいく。二人の姿が室外に出て、そのまま二秒、三秒、四秒。五秒が経ってから、ニニルの心配そうな顔がしたり顔に変わった。
「意外と持ちましたね。妖精炎魔法を使わない分、肉体を鍛えてるせいでしょうか。とにかく――邪魔者は片付きました。ねえ、悠?」
 言って、ニニルはやや呆然と一部始終を見ていた俺のところへ歩み寄ってくる。そして、つう、と顎に指を滑らせてきた。
「さ、行きましょう。ネイさんもお待ちですよ」
 
 
 二ニルに案内されて通されたのは、二階の奥――恐らくはニニルの私室。
 それなりの広さがある正四角形の室内に、それぞれ本棚、クローゼット、ソファ、机といった家具が壁沿いに並んでいる。変わっていることと言えば、ベッドがないことか。
「――っ、ご主人様っ!」
 部屋に入るなり、ソファに座って俯いていた赤毛の妖精――ネイが弾かれるように顔を上げ、突進するかのような勢いで俺に向かってきて、ぎゅっと首元に抱き着いてくる。
「(悠様、悠様、悠様、悠様、悠様、ご主人様――!)」
 猛烈な抱擁と共に、怒涛の勢いで流れ込んでくる思い。
 それに加えて数日ぶりのネイの匂いが鋭敏になった嗅覚に漂ってきて、俺は思わず安堵と共に鼻を鳴らしてしまった。
 ニニルは一仕事を終えたという顔で、ソファ前のテーブルに置いてある小さなワインボトルのような物に手を伸ばし、空いているグラスにその中身を注いで、俺とネイを見ながら少しずつ飲み干していく。
 その間、三十秒ぐらいだったろうか。ネイは俺を抱き締めて――恐らく泣いているのだろう。時折小さな嗚咽が聞こえる。ニニルは、ぷは、とその一服を終えると、さて、と呟くように言って、歩み戻ってきた。
「ちょっと失礼しますよ、悠」
 言いながら、ニニルは問答無用で俺の額の上に手を載せた。彼女の背の翅が、ふわ、と輝き、燐光を漂わせ――俺の意識が遠くなる。瞬間、脳裏を、ここに来た時から妖精郷に三人で落ちた時までの記憶が走馬灯の様に逆行して流れた。
「――なるほど」
 ニニルがそう呟きながら手を離すと、俺の意識も復帰した。恐らく、今のがニニルの借眼過去視というやつだろう。相手が見てきたものを彼女も見ることが出来る能力。そこまで思い出して、ということはグリンとの行為も知れてしまったのでは、とついニニルを見る。彼女は――勿論ですよ、と言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「事情は分かりました。ネイさん、悠はどうやら我々と同じ症状を抱えてしまったようですね」
「え?」
 ネイが顔を上げる。やはり泣いていたのだろう、目元は赤い。そんな彼女に、ニニルは眉ひとつ動かさずに続けた。
「つまり、妖精炎が不足すると、発情するということです」
「え、と、それは、つまり、どういう」
「端的に言うと、この状態の悠と定期的に身体を交える必要があるということです」
 そう言って、ニニルは順を追って俺に起きたことを説明してくれた。俺がミルドエルフとマヌスグの娘を助けるために、妖精炎を使って魔獣の猪を殺したこと。それによって発情状態となり、ネイを襲ってしまうかもという恐怖から約束の場所を離れたこと。結局、フィフニル族の妖精の一人――グリンに襲い掛かり、妖精炎を満たしたこと。その後、ウルズワルドに潜り込むためにライの乗騎となったこと。今はライと、奇しくもそのライと交流のあったグリンと仲良くしているということ。
「悠の発情は、我々よりも幾分か強力で、更に食欲を伴って出てくるようですね。最初に悠に襲われた子も、一歩間違えれば悠に殺されていたでしょう。これほど強いとなると、我々のように我慢することも難しいでしょうし、ライさんの――妖精騎士志望の二等治安管理官の方なんですが、その方の乗騎となった以上、妖精炎の能力を全く使わずにいることも難しいでしょう。なので、騒ぎを起こさないためにも、誰かが定期的に、悠が発情を起こす前に妖精炎を都合してあげる必要がある、ということです。ちなみに、都合した分は悠の精液を貰えば何倍にもなって返ってくるはずなので、大丈夫ですよ」
 つらつらと一息で言いつつ、ニニルは自分の服に手を掛けて、するすると脱ぎ始めていた。言い終わるとほぼ同時にその均整のとれた裸身が露になる。
「え、ええと、分かりましたけど、それより、その、今――ですか?」
「何か問題が?」
 ネイは赤い顔になって、俺とニニルを交互に見やる。言いたいことは何となく分かるのだが。
「その。何かもっとこう、話し合う事とか、ご主人様に聞いて貰うこととか――」
「その辺りは取り敢えず後回しでいいでしょう。第一段階はこれで問題なし。第二段階も省略していいでしょうし、問題は第三段階と第四段階の達成ですが、これはもはや私達が悩むよりも――」
 つ、とニニルはある方向に視線を滑らせ、
「あのライさんを妖精騎士にしてしまう方が早いでしょう。そうすれば、何の問題もなく悠は登城できます。あとは悠の働き次第ですが、ピアさま達が気付くのもそう遅くはないはずです。おおよそ、予定通りですよ」
「で、でも――」
「ああもう」
 それでも尚何かを言い澱むネイに、ついにニニルは焦れったそうな声を上げた。
「悪いですけどネイさん、私、割と限界なんですよ。ここ三日ぐらいで結構飛び回りましたし、気も張っていましたから――早く、悠とシたいんです。色々お話ししたいことがあるのは分かりますが、後にして頂けませんか。 ――さ、悠。ソファまで来てください。なんなら床でも構いませんが」
 言葉の一部を強調してそう畳み掛けると、ニニルは俺を導こうとする。気付けば、ニニルの頬は僅かに紅潮し、特有のあの匂い――妖精が発情した時の、甘ったるい雌の色香が彼女から漂っていた。
 いつになく積極的な二ニルに連れられて、俺はソファの前に来る。ニニルは少し悩んで、俺に背を向けたままソファに乗り、背凭れに身体を寄せて――
「さあ、どうぞ」
 そう言って、好色な顔で俺を振り返り見つつ、くいくい、と尻と翅を振った。
 その動きに目線を誘われつつも、どうしたものかとネイを見る。彼女も困り果てた、恥ずかしそうな様子で俺とニニルを交互に見た。
「え、えと、私は……」
 俺の視線を受けて、ネイは躊躇うように言葉を選ぶ。そこにニニルからの、少し呆れた調子の追い打ちが入った。
「ネイさん、私はネイさんのそういうところは好ましいと思いますが――いいんですか? さっき言ったと思いますけど、悠はライさんの乗騎になっています。ライさんは妖精炎魔法が不得手のようですから、悠と交わることになる可能性も低くないでしょうね。グリンさんもいます。あんまり奥手に出てると、悠を取られてしまうかもしれませんよ?」
「っ――」
 その言葉を耳にして、ネイの紅玉の瞳に仄暗いの嫉妬の炎が宿った気がした。
「……そう、です、よね」
 僅かな逡巡の後、ネイもソファに歩み寄りつつ、その服に手をかける。何事かをもごもごと呟きながら、服を落とし――ネイと並んで、その裸身を晒した。
「ご主人様、ど、どうぞ」
「さ、悠。来てください」
 揃ってくいくいと尻を振り、俺を誘うネイとニニル。
 言いたいことは色々とある。だが、彼女達には報いるべきだろうし、何より、こうして誘われているのは全く悪い気はしない。
 ぐる、とひとつ唸りを漏らすと、俺の可愛い二人の妖精はそれに応じるように、顔を赤らめつつもくい、とまたひとつ尻を振った。


 まず俺は勿体つけるようにゆっくりと二人の背後へ歩み寄り、まずは最初に誘ってくれた、もう辛抱堪らないらしいニニルへと覆い被さった。
「あはっ」
 喜色に満たされた歓喜の声を上げるニニル。
 その可愛らしい様子に俺のモノもいきり立つのを止められず、ぐい、とその小さな尻へ、縦筋へと押し付ける。
 ニニルのそこは既にとろりと蜜が滴るほど濡れていて、数十秒前にこうなったとは思えない状態だった。 ――恐らく、ライと話していた時から濡らしていたのだろう。
 いやらしい子だ、と思いつつ、モノをそこへ入れ込んでやろうと腰を動かす。が、やはりまだ慣れない。
「ん、仕方ない、ですね――」
 ニニルは俺のそれをすぐに察したのか、あるいは一秒たりとも待てなかったのか、そ、と股下から伸ばした小さな手を俺のモノに添えて、一撫でしてから自分の割れ目へと導いた。
「おっきい、ですね。でも――遠慮なく、来てください」
 ふふ、と妖艶に笑って言うニニル。
 勿論だ、と俺も彼女に覆い被さる力を強くして、ぐっ、と組み伏せるようにしながら、ずぶ、とモノをニニルの膣へ沈めた。
「は、あっ……! っ、す、ご…… おお、きい……!」
 ぷるぷる震えて長い吐息を漏らしながらニニルが言う。
 その言葉を証明付けるかのように、彼女の濡れた小さな膣は俺のモノを喰い千切らんとするかのようにきゅうきゅうと絞めつけてくる。それは俺がかつての姿であったときに比べて強く、相対的に俺のモノが大きくなっていることが分かる。
「んっ、あっ、ふうっ、はっ、あっ……! いい、いいですよ、悠、あっ、もっと、あっ、あっ、あっ、っっ……!」
 俺の新しいモノの感触を教え込んでやろうと、その小さな膣にモノの半分ぐらいを押し込んで、ごつごつと子宮口を突き上げる。その度にニニルは喘ぎを上げ、言葉を途切れさせて――すぐにぶるるっと震えて、最初の絶頂に達したようだった。
 いい子だ、と長い耳に舌を這わせつつ、吐息で囁く。
「(ああ…… 悠の、凄く気持ちいい…… 野性的で、ちょっと乱暴ですが、それも…… とろけそう、です)」
 うっとりとした満足気な心の声。ニニルが本心から喜んでくれていることを嬉しく思いながら、俺もじりじりと高まってきた射精感を満足させようと、より彼女の中へと押し入る。亀頭で子宮口をぐりぐりと刺激しながら、柔軟な彼女の膣を押し広げ、より深く――モノの根元にある瘤の寸前まで。
「っ、あ、悠っ、ふかっ……! あ、ひっ、あ――!」
 ぐりゅ、と亀頭が子宮口にめり込むほど強く押し込んでから、びゅるっ、と精を噴出させると、びくんっ、とニニルもひとつ痙攣するように震えてまた達した。
「ふあっ、あっ、あっっ……! あっ、悠の、いっぱい、出てます……っっ、す、ごっ、いっぱい……!」
 お礼とご褒美を兼ねて、どくり、どくり、どくり、とかつてに比べて圧倒的な量の精液を注ぎ込む。それを一滴残さず飲み干していくニニルの子宮。当然のように腹が膨れ、妊婦のようになる彼女。
 同時に、俺の中で何かが満ち満ちていく感覚がある。これが妖精炎の吸収だろうか。
 隣から息を呑む音が聞こえるのを耳にしつつ、俺は妖精炎のお返しにニニルの子宮の中をたっぷりと精液で満たして、ずる、とモノを引き抜いた。
「ふあっ……」
 くたりと腰砕けになってソファに沈むニニル。その頬を、よく頑張ったな、とぺろりと舐める。彼女の汗は、甘く、そして美味に感じた。
 次は、と視線を動かす。隣では、顔を真っ赤にしてこちらを凝視しているネイがいた。
「っ、あ――」
 遠慮なく覆い被さって、待たせたな、とばかりにぺろりと長い耳を長い舌が這うように舐める。
 びくっ、とひとつ震えたネイは、恥ずかしげにしつつも俺の腹の下でくいと尻を上げ、自ら股座にモノを擦りつけた。
「(あぁ…… 私、今から、悠様に、犯されて、滅茶苦茶にされるんだ……)」
 聞こえてくる心の声は被虐的でありながら嬉しげな色を含んでいて、ネイが乗り気であることを教えてくれる。そんな彼女に舌舐めずりをしながら、俺は腰を動かして――今度は上手いこと、そのニニル同様に小さな膣へと凶悪なモノで押し入った。
「っひ、あっ……! っっ!」
 ニニルほどではなかったものの、その痴態を見ていたせいか十分に濡れた秘肉。そこを押し広げながらずぶぶ、と挿入すると、途端にネイはびくっと震えて軽く達したようだった。一度動きを止めて、彼女の呼吸と胎内の震えが落ち着くのを待つ。
「はあっ、はあっ、はあっ、は、ぁ……っっ」
 呼吸と痙攣を落ち着かせると、ネイは膣で俺のモノを握り締めるかのように、きゅっきゅっきゅっ、と僅かな間隔を開けて三度締め付けてきた。そして、快感の余韻を楽しむようにふるるっと震える。
「(ご主人様の、悠様のおちんちんだ…… こんなに、おっきいけど、間違いなく悠様のカタチだぁ……)」
 はぁはぁと荒い吐息の中から聞こえてきた心の声は、幸福に満ちた淫らな声。
 膣で俺のモノの形を覚えていたらしい。なんともいやらしい子だと笑みを浮かべながら、その形をもっとよく確かめさせてやろうとばかりに、ずっ、とより強く押し入って、ずちずちゅ、と腰を振る。
「ふあっ、ひあっ、はああっ」
 ごつごつと子宮を叩いてやると、ネイはびくびくと達しながらも合わせて腰を振り、尻を突き上げてくる。もっともっと、と強請る動き。それにどんどん応えてやると、観念したようにネイは口を開いた。
「いい、いいですっ、ご主人様のおちんちん、おちんちん、すごいのっ、もっと、もっとしてくださいっ」
 紅玉の瞳をとろんと蕩けさせてよがるネイ。そんな彼女の要望に答えて、ぐりぐり、と最奥に先端を押し付ける。
 きゅう、と俺を求めて痛いほどに締まる、小さな蜜袋。そこへ、間を置かずして貯まり始めていたものをどくり、どくりと注ぎ込みにいく。
「あっ、あっ、せーえきっ、ごしゅじんさまの、せーえき、きたあっ……!」
 ニニル同様に、ネイも歓喜に身悶えながら、一滴余さず俺の精をその小さな子宮で飲み干していくのが分かる。俺が出しているのではなく、彼女らが吸い取っているかのような錯覚。いや、あながち錯覚ではないのかもしれないが。
 モノでネイを貫き、覆い被さったまましばし息を整える。ニニルの時にも感じた、身体の中で何かが満ちていく感覚を覚えながら。
「ん…… すごい、ですね…… 悠、次は、こちらにもくださいよ……」
 膨らむネイのお腹を見て、また欲情を再燃させたのか、それとも満足し切っていなかったのか、ニニルがその尻肉を自ら割り開いて、窄まりを俺に向けて示しながら、くいくい、と尻を振る。
 仕方がないな、と息をひとつ吐き。秘肉が絡み付くネイの膣からモノを引き抜くと、再び二ニルに伸し掛かって、その尻穴を貫いていく。
「あ、あっ、おっ、ふうっ、おおおおおっ……!」
 舌を突き出しながら良さげに身悶えるニニル。
 まだまだ長くなりそうな夜の予感に、俺は彼女の長い耳に舌を這わせながら腰を突き動かした。


 一通りニニルとネイの身体を堪能して、一眠りの後。
 一足先に目覚めたニニルに連れられて水浴びを堪能した俺は、そこで現状についてより詳しく話を聞かされた。
「そうですね――何から話しましょうか。まず最初に、今は族長――ピアさまがエイルに連れられてここに戻ってから、五年が経過しています」
 さほど感慨なくそう語るニニル。何百年も生きる彼女達にとっては、五年ぐらいなど些細な誤差のようなものなのだろうか。
「そして戻った直後に、ピアさまを始めとした、ヅィさまを除く四人で帝国を再開しています。妖精郷での国家間争いの根絶、妖精の地位の確保、というものを掲げて」
 吐息。そして僅かに複雑そうな顔。
「フィフニル族だけでなく殆どの妖精族の支持を得ている上、侵攻の勢いと版図の拡大力は前帝とは比べ物になりません。妖精がそういったことを主張することに敵対的な精霊種の国家は例外なく武力で叩き潰され、更には無関心な勢力や、傍観を決め込んでいる国家にも有無を言わさずに従属か殲滅かを突きつけ、完膚なきまでにそれを成功させています。この勢いでは、恐らく後十年掛からずに妖精郷の統一に成功するでしょう」
 俺の身体を洗いながら、ニニルは続ける。
「ピアさまの考えていることは分かります。エイルは、妖精種のためにピアさまを連れ戻しました。この妖精郷における妖精種の低い地位を回復するために。ですが、このウルズワルド周辺でそれを成しただけではたかが知れています。数十年後、数百年後がどうなるかは分かりません。ですから、それを少しでも長くするために、このやりすぎとも言える戦いを繰り広げているのでしょう。悠、あなたの元へ戻る時のために」
 ため息ひとつ。そして苦笑する彼女。
「ぶっちゃけると、悠と引き離されてヤケを起こしている、とも言えますが。若干、完璧主義の気もありますからね、ピアさまは。族長の役目を放り出していくことにも少し未練があったようですし、やることを完全に終えてから戻るつもりなんでしょう」
 壁から垂れ下がる蔦の一本を手に取り、ふわ、とニニルが妖精炎を使うと、シャワーのように水が吹き出る。
 その水流を浴びながら思い出す。白と銀、いつも光り輝いていたピアのことを。
「ここ数年でウールズウェイズが新しく作った植物らしいですよ、これ。 ――アレは、滅多に姿を見せないそうですが、取り敢えず無事らしいです。詳しいことが分かり次第、追って知らせますが、あまり期待はしないでください。研究室に、相当篭りがちだそうですので」
 陰気さに磨きが掛かってなければいいんですけど、などと言って、俺の毛を丁寧に洗ってくれる。
 その手つきは丁寧で優しく、乱暴さは欠片もない。
「ヴェイルシアスは、以前ピアさまが務めていた主翼長の座にいます。ああ、主翼長とはつまるところ総司令官ですね。たまに顔を見せるようですが、下手に情報収集をしようとすると捕まって処刑される、などという噂を聞きました。ですので、こっちもあまり。ひとつ確認できた限りでは――睡草の喫煙癖が戻った上、かなり悪化しているようです」
 その報告に、ピア同様にミゥとシゥ、緑と青、命と氷の妖精のことを思い出す。俺に対して強い好意を示してくれた、姉妹のような二人。どう変わってしまっているのかは分からないが、必ず取り戻してみせる。
 そう決意を新たにする俺の目を正面から見た上で、更に複雑そうな顔をするニニル。
 俺の心情を考えてくれているのだろう。そんな彼女の頬をひとつぺろりと舐めると、もう、とひとつ言って微笑みに崩れた。だが、またすぐに難しい顔をする。幾分か申し訳なさの混じった顔。
「ヅィさまは…… 申し訳ありません。まだ全く分からないんです。少なくとも、公衆への顔出しはピアさまが戻ってから一度も無かったそうです。ヅィさまのご存命は、今もこのウルズワルド下層に潜んでいるとされる前皇帝派を勢い付かせることにも繋がりますから」
 ヅィ・パルミゥル・ウルズワルド。以前に聞いたフルネームの通り、ヅィは前皇帝に縁を持っている。神輿なり何なりにするには丁度いいということなのだろう。前皇帝がどういう人物であったのかは知らないが、妖精以外にはそれなりのカリスマがあったようだ。
「かと言って、ヅィさまを処刑するなどということにピアさまが同意するとは思えません。城に軟禁されているだけだとは思うのですが」
 そう願いたいところだ。
「あの黒いの――ノアさんは、悠も見ての通りです。ヴェイルシアスの右腕として動き、主に先史文明の遺産発掘部隊を率いています」
 言い直しつつ、ニニルは次いでノアについて話す。彼女にはつい先日も遭遇しており、俺の記憶にも新しい。
「いつも仏頂面なのは変わっていませんが、あの様子では内面の変化はあったようですね。武器も変えたようですし」
 そう言われて気付く。二ニルに斬りかかった時、ノアは腰の長剣を使った。見た目には、何の変哲もない無装飾の鉄剣。確か以前の彼女の武器は、つや消しに黒を塗ったような闇色の短剣が一対二本だったはず。
 あれに貫かれた瞬間のことを思い出す。確か、胸の中央を刺されただけなのに、全身をくまなく針で貫いたような、ショック死してもおかしくない激痛があった。実際、俺はあれで痛みのあまり気絶したのだろう。
「あれは彼女専用に鍛造された武器のはずですから、あれを変えたというのは、察するに悠を刺したのがよほど堪えたんでしょう」
 それを聞いて、ノアのことを脳裏に思い浮かべる。作られたような美貌を持つ妖精達の中でも、その誕生の背景故にひときわ人形めいていた彼女。だが、その内面は彼女達と何一つ変わらないのだと再認識する。
 そう言えば、俺に対して何かを思っている風もあった。ああ見えて察しのいいところもあるノアだ。糸口になってくれるだろうか。
「ちなみに、先史文明ってのは、この妖精郷に相当昔にあったと言われる魔術機械文明のことですね。強力な力を持つ道具や機械、遺失技術を発掘して復元するのが今の彼女の仕事ってことです。ウルズワルドのお隣のクインゼロットなんかでは盛んで――」
 先日の朝にもグリンから聞いた気のする名前を口にしたところで、ふとニニルは口を止める。耳を澄ませば、ひとつの足音がこちらへと近付いてきて、浴室の前で止まった。
「ボス、今から配達に出かけてくるんっすけど、ひとつ頼まれて貰ってもいいっすか?」
 奇妙な舎弟口調。確か桃色の妖精の……カミン、だったか。
「ええ、いいですよ。何ですか?」
「ライさん宛の勅令書が届いてるんっす。それを、ライさんが起きたら渡して欲しくて」
「勅令書?」
 怪訝な声で尋ね返すニニル。
「間違いないっす」
「……分かりました。私の仕事机に置いといて下さい」
「あいっす。じゃあ、お願いするっす」
 そうしてカミンは去っていく。しばし待って、ニニルは声を上げた。
「確認しましょう」
 言うなり、自分と俺の身体をざっと流して、更衣室に上がる。そこでさっと自分と俺の身体を拭くと、裸身の上に黒い外套だけを羽織って歩き出した。
 俺も追従する。程なくで到着したのは、机が二つ向かい合って置いてある広くはない部屋。双方の机の上には紙の書類が散乱し、四方の壁のうち二方は壁一面が本棚になっている。
 そこに踏み込むなり、ニニルは真っ直ぐに片方の机――そちらが彼女の仕事机なのだろう――に向かい、手を伸ばした。拾い上げたのは、密な装丁の施された封筒。
 それを手に、ニニルは俺をちらと一瞥して――ライ宛の親展であろうそれを、問答無用で開封してしまった。
 中に入っていた書類をざっと眺め、なるほど、と呟くニニル。
「――ライ・ゴルディス・アンカフェット。二等治安管理官。先史文明遺跡発掘隊に一時転属することを命じる。直ちに統制局に出頭し、特別統制官ノア・ダルクェル・ゼヴィナルの指示に従うこと――悠、ライさんを起こしてきてください。頑張って貰う必要がありそうです」

comment

管理者にだけメッセージを送る

No title

更新お疲れ様です。
最近暖かくなってきましたね。さて、グリンの出方によっては悠の存在が余計に世間に出てしまってネイとかに余計に怒られそうにww
これは今後も期待ですねw

投降日時より後に文章が追加されてる事に初めて気が付いたー!!

いや、なんか話が飛んでるなー?とは思ってたけどそんな事になってたとは……

No title

更新お疲れ様です。
梅雨の季節になってきましたね^^;
とうとうニニル登場で悠が何か言われそうな感じにww
さてどうなることやら・・・・

No title

更新お疲れ様です。
最近地震やら台風やらで大変です。
さてライも悠に食べられてしまうことになるのか!?・・・・って引きで終わりましたねw
そういえばグリンはまだ大丈夫なんでしょうが他の旧メンバーは力使いすぎていたらミゥあたりが何か作らないと補充方法がないのかな?
では、ニニルとの夜の部に期待w

楽しみにしてました!

更新お疲れ様です。
しばらく更新が無かったので、心配してました。
これからの展開が凄く気になりますが、まずはお仕事の方頑張ってください。
続きを楽しみに待っています。

No title

裏切り者の下りが、ニニルじゃなくて悠に向いてるような気がした(汗

で、ライとのシーンはまだでsウワナニヲスルヤメRy

No title

お初にお目にかかります。 今日初めてこのサイトを見てフィフニルの妖精達を読みました。とても面白かったです。そして続きが待ち遠しいです。お仕事頑張ってくださいね。  

No title

ピア達の妖精炎の補給ってどうなってるんでしょ?
ぶっちゃけかなりまずいことになってるようなw

No title

更新お疲れ様です。
一気に冬になってきた感じですので体調にお気を付けて~

更新お疲れ様です

数日でこれならピア達みたいに先に行ってた組がすごいことになってそうですね

それではメリークリスマス&よいお年を………

No title

更新お疲れ様です。

ニニルとネイの気持ちよさそう&幸せそうな声がggggg
ライとグリンを手籠めに登城>ハーレムコース?(ぉw

…元の世界に戻ったときに、手狭に過ぎる気がするなぁ…>マンション

No title

更新お疲れ様です。

…5年か、確かにシゥとかピアとかヅィとか、溜まってそうだ(ぉw
ミゥ?確か主人公のあれを保存してたんでわ?

つぐつぐ、ニニルの立ち位置が敏腕参謀のそれだなぁと

更新お疲れ様です!

ニニルとネイのデレっぷりが大好きです。
ライが今後どういう立ち位置になってくるかが楽しみです。
ノアについては何か感付いてるのかな。
続き楽しみにしてます~

更新お疲れ様です
ライがとうとう配属先決まっていろいろと動きがでそうですね

それにしてはやはり先発組は悠のいない生活でストレスやらいろいろで変わってましたね

それでは2月に入り寒さもまたすごくなりますが風邪やらインフルにお気をつけくださいm(_ _)m
プロフィール

fif

Author:fif

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる