2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィフニルの妖精達06「閑話・氷の願い」


 何という事はない。
 ――私は、寂しかったのだ。


 最初に思い返すのは、埃に塗れた古書に包まれていた頃。
 二つの月が追いかけっこを続ける間、ただ本を読み続ける毎日。
 左の本棚から正面の本棚へ。正面の本棚から右の本棚へ。
 その部屋が終われば、その次の部屋へ。
 そうして数十万に及ぶ本をただひたすらに。
 会う相手といえば、三月置きにやってくるお手伝いさんのみ。それも会話はない。
 他の生き物のように就寝の必要がある訳でもない。
 だから、ただひたすらに。


 次に思い返すのは、高等学院で毎日のように勉学に明け暮れていた頃。
 書籍を読んで、ただ溜め込んでいた知識を活用する為の術を学ぶ毎日。
 特に何かが変わった訳ではない。
 教授職の妖精やエルフと必要最低限の言葉を交わすようになった程度だった。
 ――ジルと出会うまでは。


 私がジルに対して抱いたイメージは、粗暴、乱暴、強引。
 初めて言葉を掛けられたと同時に、私は突然、多量の水を浴びせ掛けられた。
 訳が分からずに困惑する私と、水浸しの私と本を見て笑うジルとその仲間達。
 こんな場合にどういう対応をすればいいのか分からなかった私は、取り敢えずの愛想笑いを浮かべ――それが何故かジルの気に障ったらしい。殴られた。
 それがジルとの出会いになる。
 以後、私は高等学院の卒業までの間、ジルとそんな付き合いを続けた。
 ジルが私に何かをして、私がどう対応すればいいのか分からずに愛想笑いを浮かべ、殴られる。
 ただそれだけの、傍目から見れば酷い付き合い。
 しかしその時の私は、ジルが何かをしてくるのが楽しかった事を覚えている。
 何もかもが繰り返しのような私の世界の中で、ジルの行為だけが世界の外から風を吹き込んでくれたような気がしていたから。
 卒業式が終わった後、ジルは何も言わずに私を殴った。
 そこで初めて、私は拳を作り、ジルを殴り返した。
 そうして始まった取っ組み合いの喧嘩。
 私は涙を流しながら、ジルを殴り返し続けた。


 そして私は再び古書に包まれた生活を送る。ただ孤独に。
 ――その筈だった。


「――が、ふっ」
 氷の剣が、ジルの右胸を刺し貫く。
 勝負にすらならなかった。最初に刃を交えてから二撃。
 強撃がジルの体勢を奪い、次いで放った凍てつく波動がジルの羽を吹き飛ばし、従って氷の剣が失せ、無防備な胸元に一閃。
 どうにもならない、歴然な力の差。
 剣の腕前も。妖精炎魔法の力量も。
 ジルでは何一つ、私には敵わない。
「くそ、が」
 エルディハル国軍妖精騎士の護服を血に染めて、ジルが悪態を吐く。
 しかしその視線は、どこか穏やかで。
「……泣くんじゃねぇ、よ。馬鹿」
 言われて、私は自分が涙を流している事に気付いた。
 ジルがゆらりと一歩を踏み出し、私の顔に流れる涙をその指先で拭った。
 それが限界。
 崩れ落ちるように、背後の岩へと背を預ける。
「出会いがあれば、別れがある…… テメェは、幸せだ。出会いを知らないから、別れも知らない」
 ジル、と私は呼び掛ける。
 ジルは、ああ、と意地の悪い笑いを浮かべて、
「俺が、いたっけか。悪かったな。こんなくそったれな気分に、させちまって」
 言って、ジルは天を仰いだ。
「どいつも、こいつも、俺より先に死んでいきやがった。だが、それも今日で終わる」
 視線を戻して、ジルは護服の胸元を開いた。
 左鎖骨の少し下に輝く、小さな青い妖精石。
「出会いを大切にしろ。そして、別れを恐れるな。まぁ、俺が言えた事じゃないかもしれんが」
 忠告だ、と言って、ジルは瞼を閉じる。
「さぁ、お別れだ。悪いもんじゃない、な。何処の、誰とも知らない野郎に殺られるよりは、ずっといい」
 氷の剣を振るう。
 切っ先がジルの妖精石を捉え、確かに断ち割った。
 ジルの輪郭があやふやになり、空気に溶けるように消える。
 後には、二つに割れた妖精石だけが残った。


 皇帝が代わり、ウルズワルドは変わった。
 今まで以上に積極的な軍備増強が行われ、沢山の人々が兵士となった。
 私もその一人。
 近隣国がウルズワルドの急変に気付き、慌てて軍備を整え始めた頃、ウルズワルドは侵略に出た。
 幻影界で三百年以上変わる事のなかった勢力図が次々と書き換わり、その中で私はジルとの再会を果たした。


 ジルの遺言通りに。
 私はその後、多くの友人と出会い、そして別れていった。
 早くて一夜。長い方で一月。
 数十年の月日の間に、無数の出会いと別れを繰り返した。
 ――そうして、私は“俺”になった。


 どいつもこいつも早々に死んでいく。
 別れる事になるだろう、と思っても、それを恐れずに見送り。
 これが出会いと別れなのか、と納得して、涙を流さずに見送り。

 それにようやく慣れた頃、あいつらと出会った。

 最初は、すぐに別れる事になるだろうと思っていた。
 だが、出会って一月が経ち、三月が経ち、一年が経ち。
 いつしかあいつらとセットで見られるようになるまでの付き合いになっていた。
 ピア? 何処にいるかって? 何で俺に聞く? 知る訳ないだろう。
 ――いっつもこんな感じだ。
 だが、それを心地よく感じていた俺は確かにいた。


 そうしていつの間にか五年が経ち、十年が経ち。
 家族同然の付き合いをするようになって、気付いた。
 あれだけ経験した“別れ”がとても怖くなっている事に。


『――もう一度言うぞ。撤退しろ、ヴェイルシアス。生きている可能性が限りなく低いあいつらの捜索に、お前を失う訳にはいかん』
「――っ」
 ふざけるな、という叫びを喉の奥に押し込める。
 そう、これがあいつらとの別れなのだ。
 いつかは必ず来る、永遠の別れ。
 俺まで命を失う事はない。
 俺は生きて、生きて――
「……っ」
 ――一瞬の逡巡。
 俺は決断し、躊躇いなく言った。
「よく聞こえないぞ。念話妨害か? もう一度言ってくれ!」
『念話妨害? そんなものは――』
「くそ、全然聞こえない! 取り敢えず、現状の任務を続行する! 空間状況が回復し次第、再度連絡を頼む!」
 言って、耳に当てていた念話結晶を目の前に翳す。
 着信がある事を知らせる淡い光。
 その光をしばし見つめ、俺は結晶を宙へと放った。
 右手を突き出す。迸った冷気が結晶を瞬時に凍結させ、次の瞬間には微塵になった。
「……くそ、が」
 既に手遅れかもしれない。
 その場合、俺の取った行動は全くの無駄であり、かつ自分自身との別れをする事になるだろう。
 懐を探り、睡草を取り出す。
 昔は縁のなかったこれも、今では必需品だ。
 素の俺では、いつかは来るあいつらとの別れ、という想像の恐怖に耐えられない。
 声を出さずに小さく自嘲して、睡草を咥える。
 吸い込んだ甘い匂いに、あいつの眠そうな顔をふと思い出した。
「行くか」
 氷の翅を、薄く大きい昆虫のような翅を大きく展開し、宙へと浮かび上がる。
 鳥のような羽も嫌いではないが、俺の趣味には合わない。
 左手にある氷の剣の感触を確かめ、俺は半ば崩れかかった通路の闇へと身を投じた。


 そうして、俺は――


「――ゥ、シゥ、起きてくださいよー」
「……ぁ?」
 瞼を開くと、夢の中に何度も出てきた、眠たげな顔の持ち主――ミゥが何故か目の前にいた。
 取り敢えず上体を起こすと、ミゥは何やら、えへへ、などと嬉しげに呟き、
「これ、飲んでみてくださいー」
 と、唐突に試験管を押し付けてきた。
「……今度は何を作ったんだ?」
 試験管の中身は、綺麗な蛍光緑の液体。
 ややとろみがあるようで、それがまた何とも怪しげな雰囲気を放っている。
「ちょっと面白めの薬ですよー。ささ、ぐいっといきましょうぐいっとー」
 何やら飲む事を急かすミゥ。
 別に今に始まった事ではないが、こいつの作る薬は実用的なモノが多いが、それ以上にヘンな効能のモノの方が多い。
 まぁ命の危険があった事は一度も無かったので、そこに関しては信用が置けるが……
「……」
 薬液の緑と、ミゥの嬉しそうな顔を見比べる。
 毎度の事だが、こいつは俺が新作の薬を飲む事を全く疑っていない。
 俺も俺で、こいつのこんな嬉しそうな顔を前に断る事が出来ないのだが。
「一応、念を押しておくが。危ない薬じゃないだろうな?」
「そこは大丈夫ですよー」
 何が可笑しいのか、目を細めて笑うミゥ。
 俺はそれを訝しく思いながらも、一息に薬を呷る。
 緑の薬液がどろりと口の中に流れ込むと同時、懐かしい味と匂いが脳を刺激した。
「……ニリスカ酒の味だな」
「とっときの一粒ですよー。どーですかー?」
「悪くない味だ、が……」
 何も起きてない……ように見える。
「……何の薬なんだ?」
「そのうち分かりますよー」
 言って、ミゥは俺の横に寝転がった。
 仰向けになり、一度ごろりと寝返ってうつ伏せになると、はふぅ、と何やら幸せそうな吐息を漏らした。
「んー…… ご主人様の匂いがしますねー……」
「お前の匂いもするけどな」
「あはは、そうかもしれませんねー」
 俺とミゥが寝転がっているのは、ご主人のベッドだ。
 最近の俺は、暇な時間の殆どをここで過ごしている。
「……なぁ」
「はい?」
「お前さ、あの、あれだ。週に何回ぐらい“抱いて”貰ってるんだ?」
 何を聞いてるんだ、と俺は自問しつつ、ミゥにそう聞いた。
 “抱く”というのが何を意味しているのかぐらい分かるだろう。こいつがご主人に、俺に対してそれをする事を薦めた本人なのだから。
 それに、このベッドから僅かに香る、甘ったるい匂い。
 これは間違いなく、ミゥが纏っている特殊な薬の匂いだ。
「んー、そうですねー…… 三、四回ぐらいでしょうか」
「そ、そのさ、あれだ。い、痛くねぇの?」
「あー、そう言えばシゥはご主人様のを挿れては貰わなかったんですっけー」
 ふふふ、と意地の悪い笑みを浮かべるミゥ。
「イった時にお漏らししちゃったんですよねー。なかなか可愛いところも――」
「う、うるさい! ほっとけ!」
 堪らず叫ぶと、ミゥはより笑みを深める。
 こいつ、見かけはおっとりしてるが絶対にサドの気質がありやがるな。
「そうですねぇ…… 最初は痛いですよ、ものすごーく。ボクは薬使いましたけど、それでも三日はじんじんした痛みが無くなりませんでしたし」
「そ、そうなのか……」
「単純に、ご主人様のがおっきいんですよねー。ボクの二の腕ぐらいありますから」
 二の腕って……
 俺はまじまじとミゥの二の腕を見つめる。
 ……あんな大きさのが入るのか?
「流石に全部は入りませんよー。ボクの場合は半分とちょっとぐらいですねー、確か。一番奥まで入ると、こー、ごりっと無理やり拡げられるような感覚が来て…… ボクはあれで意識が飛んじゃいそうになりますねー」
 少しだけ顔を赤らめて、ミゥは語る。
「慣れてくると、あんまり痛くなくなってきますよー。ただー……」
「た、ただ?」
「病み付きになってきちゃうんですよねー。シゥにはよく分かるかも知れませんが。こー、ご主人様のを挿れて貰った後、しばらくはまだ中に入ってるよーな感覚が消えないんですけど」
「あ、ああ」
「それが消えると、何だか無性に寂しくなってきちゃうんですよねー。自分の中の大事なモノがごっそり抜け落ちたよーな、そんな感じなんですけど」
 無意識にか、ミゥは自分の下腹に手を当てながら続ける。
「三日もすると、もうそれが堪らなくなってきちゃって。ついついご主人様に求めちゃうんですよー」
 えへへ、とミゥは笑う。
 俺は少しばかり早くなっている動悸を抑えながら、続きを促した。
「……で、それで?」
「ご主人様のモノが挿ってきた時は身体が壊れちゃいそうで怖くはあるんですけどねー、それがまたぞくぞくって来るんですよー」
 その時の感覚を思い出したのか、ミゥは小さく身体を震わせた。
 んっ、という妖艶な息を吐き、思い出した快感に震える姿に、俺の中の何かまでもが震える。
「ん…… まぁシゥは無理はしない方がいいかもしれませんねー」
「な、何でだよ?」
「シゥはほら、結構か弱いところがありますから。ピアみたいに泣いちゃうといけませんしねぇ」
「ピア、が?」
 あのお堅いあいつが? もうご主人に抱かれてる?
「ええ。何でも、ご主人様がイくまでは頑張ったらしいんですけどー、精液が入ってくるのに耐えられなかったみたいですねぇ」
「精液、って?」
「む、知らないんですか。男の人が一番気持ち良くなった時に、おちんちんの先端から出るどろっとした白い液体の事ですよー」
「出るって…… どのぐらいだ?」
「んー、個人差があるそうですけど…… ご主人様は結構多い方だと思いますよー。ボク達からすると両手に掬えるぐらいですし」
 あの熱いのがどくどくっと入ってくるのがいいのに、なんて呟いて、ミゥは自分の下腹を撫でる。
 その仕草に鼓動が早くなるのを覚えながら、それよりも、と俺は話を戻した。
「そ、それにしても、ピアが?」
「あー、まぁ、ボク達がここに来た最初の日の夜らしいですから……」
 ピアらしいといえば、ピアらしいですけど、と呟いて、ひとつ寝返りを打つ。
「多分、好きとか嫌いとかそういう感情はなかったと思いますよ。少しでもボク達がここに長く居られるように、身体を使ってご主人様にお願いに行ったんじゃないでしょうか」
「……だからご主人は、好きなだけここにいろ、と?」
「ああ、それは直接は関係ないと思いますよー。ご主人様、その手の取引は嫌いみたいでしたし」
 言って、ミゥはまたひとつ寝返りを打つ。
 鳶色の瞳と目が合い、さっきの色は何処へやら、真剣な面持ちで告げる。
「――シゥだって、それはよく分かっているでしょう?」
「あ、ああ……」
「ならいいんです」
 答えた途端、ミゥの表情が普段の温和な表情に戻る。
 俺は先程のミゥの真剣な表情に、帝国の最盛期の頃のミゥを思い出し、ゆっくりと目を逸らした。
 不意に、ミゥが視界の隅で小さく笑って、
「ところでシゥ。身体はどーですか?」
「へ?」
「だから、薬ですよー。何か変化あります?」
 言われて、俺は口を閉じ、しばし自分の身体を見つめる。
 特に変わりはない。妖精石の脈動も、身体を流れる妖精炎の力にも、異常はない。
「……いや、特に何も」
「そうですかー、なら大丈夫です」
 笑みを深めて言うと、ミゥはベッドから飛び降りた。
「大丈夫って、何がだよ、おい!」
「そのうち分かりますってばー。そんな事より、そろそろご主人様のお出迎えの時間ですよー」
 慌てて時計を見る。
 太い針が五を、長い針が十二を指しているのを見て、俺も急いでベッドを飛び降りた。
「くっ、待て!」
「待ちませんよー。今日のご主人様に抱き付く役目はボクが頂きますからー」
「っ、ざけんな!」
 ご主人の部屋から出たミゥを急いで追う。
 笑いながら俺の前を行くミゥを、俺は口元だけで笑いながら追う。


 ――そうして俺は、ここにいる。

 フィフニルの大樹よ。
 願わくば、永遠にこいつらとの別れが来る事のありませんように――

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

fif

Author:fif

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる