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フィフニルの妖精達36「First Contact」

“――くそ”
 呟きながら、俺は小川の流れに半身を委ね、先日のことを思い出していた。
 フィフニル族と思しき、茶色い髪の妖精。彼女に対してやってしまった仕打ちのこと。
“……俺はどこから俺だったんだ?”
 ネイから逃げ出した俺は、闇雲に森を突っ切る内にあの茶髪の彼女に遭遇してしまい、堪らずに襲い掛かった。
 腕を噛み砕き、極上の血を啜って。何事かを喚く彼女を黙らせるために頭を押さえ付け、血で喉が潤されると、次は湧き上がってきた性欲を処理するために、手頃な穴――少女の尻穴を蹂躙した。
 括約筋を引き裂き、直腸を痛め付けながら自分だけを満足させ、射精し――男の常としてかどうかは知らないが、ここでようやく気が付いた、のだと思う。
 その後は、俺のせいで女性としては最悪の醜態を晒してしまった彼女に涙を流しながらの呆けた視線で見つめられ、とても居た堪れなくなった俺は情けないことに逃げ出してきたのだ。
 問題は――
“確かにあの瞬間、俺は気絶したと思ったんだが”
 少女に襲い掛かる寸前で、俺は自分の意識が落ちるような感覚があったのを確かに覚えている。
 しかしそれにしては、俺は俺が少女にしたことを全て鮮明に覚えているのだ。
 第一、俺が本当に気絶したならば、少女を陵辱している俺は一体誰が動かしているというのか。
“……結論としては、やっぱりそういうことになるのか”
 一人頷いて、俺は結論を出す。
 少女を襲っていたのは紛れもなく俺の意思で、その間、身体が俺の意識の制御化を離れていたように感じるのは、俺自身の現実逃避なのだろうと。
 最早、末期が近いと言わざるを得ない状態だった。
 あの茶髪の少女を殺して食べる前に落ち着けたのは、俺にとって僥倖と言えるだろう。
 血を啜り、性欲を満たして――あとは食べるだけの段階だったはずだ。
 食べる段階の前に落ち着いたのは、今こうしていても特に空腹を感じないことからしても、本当は腹など減っていなかったから、だろう。
 恐らく、減っていたのは――
“……あれが、ピア達が感じていた発情の代替なのか?”
 右前足を眺める。
 少し意識を傾ければ、存在することを主張するかのように緑色の光が右前足の中央に強く輝いた。
 そして――あの少女の髪の色に酷似した茶色の光も、緑の光が消えた後に瞬くようにして輝く。
 よくよく考えれば色々と変だったのだ。単純に腹が減っていたなら、あの時に殺した猪のようなのに食欲を覚えていてもおかしくなかった。だが、あの鹿少女と長耳の少女に食欲を覚えた時も、ネイと合流するかどうかを飢餓感に悩まされながら悶々と考えていた時も、まるで忘れていたかのように猪には食欲を覚えなかった。
 つまりあれは、猪を殺した時に発現させた妖精炎魔法――あれの消費分を補充するように身体が催促していたのだろう。
 あの妖精の少女の血を啜ったことで、いつぞやのゴブリンと同じように、俺は妖精炎を回復した、という訳だ。
 ということは、妖精炎魔法さえ使わなければ、あのように暴走せずにいられるということだろうか。
“……確かめるには、まだ厳しいな”
 小川から身を上げて、ぶるぶると身体を振るって水滴を飛ばす。
 自分ではそれなりに説得力があるようにも思えるが、俺は専門家ではない。自分で考えた自分に都合のいい発想を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。
 これで大丈夫だと信じて、ネイに会いに行って暴走したら目も当てられないほどに馬鹿だ。
 それに、俺は形はどうあれ彼女を裏切ってしまった。
 白い少女に、心の試練だ、と言われていたにも関わらず。偉そうなことを考えて警戒をしていた割には、俺は俺自身を、自分が持っている彼女への想いを信じることが出来なかった。
 せめて、俺が俺自身を信じることが出来るようになるまで、ネイには会えない。
“……と言う割には、どうしたものか”
 考えながら、適当な大樹の根元に寝転がる。
 今は夜のようで、空には赤い衛星が浮かんでいる。先日辺りから青い方の衛星は消え失せたかのように唐突にどこかへ行き、紫色の夜はなくなった。代わりに薄赤の夜が広がっている。
 何とも頼りない説明になってしまっているのは、この身体が一切の闇を苦としない完全な暗視だからだ。まさしく「夜でも昼のように」というやつで、お陰で少しでも意識しない限りは昼夜の区別が付かなくなってしまった。
 眠気も殆ど感じない。夜行性の身体になってしまったからなのか、あるいは身体が睡眠を必要としていないのか。
“……吸血鬼みたいだな”
 自嘲して、ふん、と鼻を鳴らす。
 悪態を吐いて、何とか寝てやろうと瞼を閉じる。
 眠気は確かに感じないが、瞼を閉じていればその気になってくるだろう。
 こちらへ来てそろそろ七日ぐらいになる。良い案が思い浮かばないのは眠っていないからかもしれない。
 そうして俺は、まるで子供のように不貞腐れながら眠りに就いた。


 ――三時間か四時間、あるいは半日ほど眠っただろうか。
 浅い眠りと覚醒の間を行ったり来たりしながら、俺は不測の事態に備えて耳に意識を傾けていた。
「――本当にそんなのがいるのかい?」
「らしいのよ。数日前に目撃情報が――」
 だから、こちらに向けて近付いてくるそんなふたつの声にはすぐに気付いた。
 どうするか。逃げるか、あるいは対面してみるべきか。
 都合が良いと言えばその通りだ。この声は聞いたことがない。なら俺の知らない相手だろう。万が一食べたくなって暴走したとしても、それほど心は痛まない。
 今の最優先は、俺について俺自身が確かめることだ。
 眠ったままを装って、薄目で声の方向を伺う。
 ややあって遠くの茂みががさりがさりと揺れ、ふたりの小人が姿を現した。
「――!?」
「――いた!」
 片方――シゥに似た青色の髪の子は俺を見て驚きに目を見開いている。
 首の後ろで長い青髪を纏めた、可愛いと言うよりは綺麗さにやや偏った容姿の子だ。何故か左目だけを開いていて、そこに嵌った瞳の色は透き通った空か海というような深い青色。背中には氷で出来ていると思しき翅を浮かばせている。天性色とやらが同じなのか、やはりシゥを思い出す青だ。
 身に纏っているセーターとジーンズのような服も青で固めている。それ以外には左腰に剣と思しき長物を帯びているぐらいだ。
 もう片方の金髪の子は驚きと喜びが入り混じったような声を上げている。
 首辺りでおかっぱ状に短く切り揃えた金髪に、可愛さと綺麗さを両立させた容姿の子。ピアと同じタイプではあるが、顔には活発さがある。そこに嵌っているのはまるで宝石細工のような金色の瞳。背中に翅は浮かばせていないが、全体的な印象からして妖精には違いないだろう。
 格好も金色を要所に取り入れた外套のような服だ。ピア達が着ていた護服に近いものがある。それ以外には、青色の少女とは少し違って右腰に剣と思しき長物を帯び、左腰には円形の盾を吊っている。また左腕に非常に緻密なデザインの篭手を着けているのが特徴的だ。
 ふたりともフィフニル族だろうか。先程の声は確かにピア達がたまに話していた言語に似ていた気がするが――
“……ん?”
 聞き間違いかと思ってしっかり耳に意識を傾ける。
「お、大きいね…… 確かにクフィウルに似てるけど、あれは別の生き物じゃない?」
「そんなのはどうでもいいの。ああいうのに乗りたかったんだから、私」
 ――間違いない。
 聞こえてくる言葉はピア達がたまに話していた言語だが、それに重ねて日本語で彼女達の会話が聞こえる。
 一体どういった変化だろうか。確か、先日の茶髪の少女を乱暴した時に少女が発していたこの言語はこんな風には聞こえなかったはず。
 俺がそんな風に戸惑っている間に、そろりそろりと金髪と青髪のふたりは近付いてくる。
 落ち着くんだ、俺。今は気にしている場合じゃないし、悪い変化じゃない。考えるのは後でいい。
 それよりも気にするべきは、この金髪の子の方の台詞。
「……綺麗な毛並みだね。どうやる気?」
「決まってるじゃない。実力行使」
 ぐっと握り拳を作って、青髪の子の質問に答える金髪の子。
 そうしてから小声で何かを話すと、青髪の少女を正面に残したまま、金髪の子は俺の背後に回り込んで来る。
 ……先程の、乗りたかった、という台詞と、実力行使、と言う割にはふたりとも腰に帯びている剣を抜く気配はない。
 察するところ、俺を捕まえて乗り回したい、という意図なのだろうか。なんとも生意気なふたりだ。最初に出会った鹿少女と長耳の少女を見習って欲しいものである。
「――せーの」
 青髪の子が目配せをする。後ろから聞こえる掛け声。
 俺はタイミングを見計らって、するりとその場から動いた。
 結果――
「わぶっ!?」
 直後、俺が寝転がっていた地面に金髪の子が顔面から突っ込んだ。
「ライ! 大丈夫!?」
「く、な、なんとか」
 青髪の子にライと呼ばれた金髪の子は、何とも悔しそうな顔で俺を睨みながら土を払いつつ立ち上がる。
 俺が気付いていることなど予想もしていなかったのだろう。悪いが間抜けと言わざるを得ない。
「寝た振りしてたとは…… 生意気! フェイ、今度はそっちも宜しく!」
「え」
「え、じゃない! 全力でやる!」
「……もう、分かったよ」
 ふたりは俺を挟み込む形で位置取り、再び構えを見せる。
 フェイと呼ばれた青髪の子が正面。ライというらしい金髪の子が後ろ。
「私が先にやるから、フェイも続いてお願い!」
「分かった」
 会話の内容がこちらに筒抜けということも分かっていないのだろう。
 流石に俺のこの姿でそれを予想するのは厳しいだろうが、そもそもとしてこちらが甘く見られているのかもしれない。
 フェイという子を軽く睨み付ける。やれるものならやってみろという意思を込めて。
「う……」
 それが伝わったのか、肩に力を入れ直す彼女。
 やや迷うような素振りを見せた後、青水晶の瞳に光が輝く。
「いいよ」
「じゃあ、いくよ。せーのっ!」
 しかしながら当然避けないということはない。
 俺はライという子の掛け声を合図にするりと逃れ、彼女は再び地面に激突した。
 しかし一瞬遅れて動いたフェイという子は、背中の翅を青く輝かせると、俺の動きを予想していたかのように飛び掛ってくる。
 正面から俺を捕まえようとする形だ。しかしその動きは同じ青い氷の妖精でもシゥの動きとは比べるべくもない。あまりにも遅すぎる。
 愚かな挑戦の応酬として前足で叩き払ってやることも出来たが、流石にそれをするのは気が引けて、代わりにするりと入れ替わるように紙一重で避け、そこを尻尾でぱしりと横面を払ってやった。
「きゃうっ!?」
「うわっ!?」
 ライという子が倒れているところにフェイという子も倒れ込む。ふたりが折れ重なって倒れたところに、俺は労いの意味を込めて尻尾で土を払ってやった。
「く…… この! フェイ、退いて!」
「ご、ごめん」
 しかしそれもライという子には逆効果だったようで。
 彼女は俺と正面から対峙し、再び捕縛の構えを取る。意地でもやるつもりのようだ。
「ライ、悪いけどこれは止めた方がいいんじゃないかな…… 捕まえたとしても、背中に乗せてくれるようには思えないんだけど」
「駄目! こうなったら意地でも飼い慣らすんだから!」
 頭に血が上っている彼女は、友人の忠告を聞く気はないようだ。
 さて、残念だが俺もこんな生意気ではありながらも可愛らしいふたりに何時までも付き合っている暇はない。
 今のところ、このふたりを食べようだとか襲おうという気分にはならないので、幸いなことに俺の考えは正しいのかも知れない。
 そうとなれば、すぐにでもネイを探して謝らなければ。
 懸念があるとすれば、俺がいなくなってしまったことでウルズワルドとやらに引き篭もってしまっていないか、ということだが――
“……いや、待てよ”
 俺は再び、ライという金髪の妖精とフェイという青髪の妖精を見る。
 このふたりに上手く付いて行けば、怪しまれずにウルズワルドに入れるのではないだろうか。
 賭けてみる価値は十分にある。違ったら逃げ出せばいいだけの話だ。
 そうと決めて、俺はそろりとライという子に近寄った。
「――え? な、何?」
 身構える彼女の鼻先に座り――こういう時に犬とか猫がどういう仕草を見せていたか思い出して、俺は彼女の胸元から首元にわさりと横顔を擦り付けた。人間で言うと頬擦りのようなもの。
 彼女はしばし絶句していたようだが、ややあって恐る恐るといった様子で俺を抱き締めてきた。今度は流石に逃げはしない。
「……きゅ、急に素直になったね。どういうことだろ」
「さ、さあ…… ともかく、これでこいつは私のものよ」
「乗せてくれるかな」
「乗るの!」
 何やら俺の意思を無視した勝手な主張が言われているが、よくよく考えれば俺の今の姿は限りなく犬か狼に近いわけで。人間が勝手に犬やら猫に首輪を付けるのとそう大差ないのかもしれない。
 ともかく、俺にその意思があることを知らせるために、俺はライに背を向けた。そして振り向いて彼女を見遣る。
「お、よし。そのまま動かないでよ…… えいっ、ととっ」
 向こうもこれ幸いとにじり寄ってきて、ひらりと俺の上に跨った。やはり重量はさほどでもなく、苦もなく乗せることが出来る。勢いがあり過ぎたのか俺の上でバランスを崩す彼女を落ち着くまで大人しく待ってやると、彼女は快哉の声を上げた。
「よし! やった!」
「まだ喜ぶには早いんじゃないかな」
 よほど嬉しいのだろうが、通常なら確かにフェイという子の言う通りである。
 仕方ないので、子供を背中に乗せる父兄のお馬さんになったつもりで周囲を軽く歩き回る。
「っ、と、とっ」
「大丈夫?」
「結構バランスがね…… 手綱と鞍が要りそう」
 手綱と鞍か。物によっては断固拒否させて貰おう。
 適当に歩き回ったところで、俺はフェイの近くに歩み寄って、彼女も見遣る。
「ほら、フェイも乗りなさいよ」
「ええ? 大丈夫かな」
「大丈夫。こいつこうしてみると顔と図体の割には結構大人しいし」
 言いたい放題言われているが、反論が出来ないのがなんとももどかしい。
 ともかくフェイを乗れとばかりに尻尾を振って促すと、彼女も恐る恐るといった様子で俺の背に跨ってきた。それなりに窮屈ではあるが、彼女らの小ささから行けばあとひとりぐらいはぎりぎり乗せられるだろう。
「私の腰にしっかり掴まって。結構揺れるよ」
「うん。 ……よし、いいよ」
「じゃあ、出発!」
 横腹を踵で軽く叩いてきたのを合図に、俺は彼女達がやってきた方向へゆっくりと歩き出す。
 最初は徒歩。徐々に速度を上げ、まずは競歩程度の感覚。
「お、おっ、結構速い――」
 ふたりがしっかりと俺の背に掴まっているのを確認しながら、更に速度を上げていく。
「――ちょ、ちょっと。速くない?」
「ま、まあ、クフィウルに似てるんだからこれぐらいの速度は――」
 ふたりにまだ余裕がありそうだったので、からかいついでにもう少し速度を上げる。
「ちょ、ちょっ、速――」
「う、うわ……!」
 俺の背中にしがみつく力がどんどん強くなっているのが何とも面白い。
 進路を一直線に取れないのでやはり小走り程度が限界だが、それでもふたりには予想以上に速かったらしい。
「こ、こら! 止まって! 止まれ!」
 ライから怒られてしまったので、素直に速度を競歩程度に戻す。
 掴まる力を緩めて、はあ、と安堵の息を吐くふたりに、俺は脳裏でしてやったりという笑みを浮かべて上機嫌になるのだった。


 ライとフェイのふたりを背中に乗せてそれなりの速度で歩くこと数十分。
「――もう少し左に行きなさい」
 時折入るライの指示に従いながら進んでいると、ふとフェイが察しのいい声を上げた。
「……ねえ、ライ」
「何?」
「このクフィウルっぽいの、ひょっとして僕らの言葉、分かってるんじゃない?」
 彼女は俺の背の上にいるのでその表情は分からないが、声色は懐疑的なものだった。
「何言ってるの? そんな訳ないじゃない」
「いや、自分でも何を言ってるのか…… でもほら、幾ら何でもさっきから聞き分けが良すぎないかな」
 確かに、俺は先程からライの指示に正確に従っている。声以外にも指で差してくれるため、それは容易だ。
 どうするべきかと少し悩んでいると、ライは極めて明るい声でフェイの考えを否定する。
「気にし過ぎだって。こいつ、頭は凄く良いみたいだし。動きも悪くないから、ひょっとしたら凄い拾い物かもね」
「それはそうなのかもしれないけど……」
「第一、こっちの言葉が分かるんだったらなおさら凄いし。損なことなんか何もないでしょ」
 言いつつ、上機嫌で俺の頭を撫でるライ。
 場合によってはすぐにでも逃げ出すかもしれないということを考えると、少しだけ悪い気分だ。
 勿論、俺には俺の目的があるので諦めてもらうしかない。
 とは言え良心が痛むことには変わりないので、このふたりが早々にウルズワルドとやらに住んでいることが分かればいいのだが。
「何か不満でもあるの?」
「不満ってわけじゃないけど、これがもしその、貴重な動物だったりした場合、マヌスグの娘達とかが煩いんじゃないかなって」
「あー……」
 何かを思い出したのか、露骨に嫌そうな声を上げるライ。
 マヌスグの娘達。何度か聞いたことのあるフレーズだ。
「確か、これのことを話してたのもマヌスグの娘でしょ?」
「……うん。確かそう。妙に持ち上げてたらしいし。あー、違うといいなあ」
「一応、確認しといた方がいいかもね」
「嫌だなあ…… 誰がなんて言おうと、こいつはもう私のものなのに」
「治安管理官としてはそういう訳にはいかないでしょ。 ……それにしても、相当気に入ったんだね」
「まあね」
 俺のこの姿の何がライの琴線に触れたのかは分からないが、気に入られているのは悪くはない。早くも所有物扱いなのがどうにも気になるところだが。
 そんな会話を聞きながらも更に歩くと、やがて視界が開けてきた。
 森が途切れ、そして――あまりにも異様な空間に出る。
 最初の数秒は一体何なのかが分からなかった。強いて表現するなら、穴の中から生えた巨大な緑の茸に見えた。
 ややあって、その光景がそれなりに遠くにあり、スケールが桁違いであることを理解する。
“これは……”
 それは正確には、あまりにも巨大な木だった。
 恐らくは巨大な円形に開いた森の中に、巨大な円形の窪地があり、その中央からそれが生えているのだ。
 これが――帝都ウルズワルドなのか。
「こら、何止まってるの。早く行きなさい」
“あ、ああ。すまん”
 ライのお叱りの声に反射的に答え、俺は少し遠くに見えるその巨体に足早に近付いていった。
 歩きながら眺める。それにしても本当に巨大だ。まだそれなりに距離があるにも関わらず、窪地の円周が半分も見えない。
 どうやって中に入るのだろうかとよく観察すると、窪地の縁にまで木の枝葉が到達している部分があった。空を飛ぶのでもない限り、あそこから入れるのだろうか。
 違えばライから何かあるはずだろうし、とにかく近寄る。
 近付くにつれ、視界を覆い尽くし始めた帝都ウルズワルドの威容に度胆を抜かれる。
 殆どは緑の葉でよく見えないが、石造りや植物そのものを利用した無数の建築物が枝葉の中に埋もれるようにして建っているのだ。果たしてどれぐらいの妖精がこの中に住んでいるのだろうか。ぱっと見た感じだけでも十万は下らない気がする。
 この中から七人を見つけ出すのは流石に骨が折れそうだ。気楽に考え過ぎていたかも知れない。
 どうするべきかと頭を悩ませつつ、俺はようやく枝葉の部分へと到着した。
 太い枝を足場にした空中通路はそれなりに強い風が吹いているものの、揺れ動いたりすることはない。徐々に太くなっていくにつれ、吹き付けてくる風は弱くなり――やがて細い蔦のような枝が絡み合ってよりしっかりとした足場になっているところに踏み込んだのを境に、一気に風の勢いが減ずる。
「――ん、ライさんにフェイさん、おはよーっす。 ……どうしたんすか? それ」
 そんな声は、傍にある小屋――煉瓦に似た石造りの小屋には受付のような窓があり、そこにいた桜色の短髪の妖精からのもの。
 ふたりの名前を呼んだからには知り合いなのだろう。その推測に応えてくれるかのように、ライが応じる。
「ちょっとそこで拾ってきたの。私の乗騎にしようかと思って」
「乗騎っすか? ……あー、まあ確かにその手はあったっすね」
「仮鑑札持ってきて貰っていい?」
「お安い御用っす。少々お待ちを」
 応えて、桜色の髪の妖精は窓から姿を消し、すぐに小屋の裏手から姿を現した。
 格好はピア達がよく身に纏っていた護服に近いデザインをしており、腰の後ろに短刀のようなものを提げている。会話から察するにも、彼女は門番兵のような役職なのだろうか。
「――お待たせっす。はいこれ、仮鑑札。一応言っておくっすけど、無くさないようお願いするっすね」
「誰に言ってるの」
「お約束って奴っす」
 小さな銀色の札を手渡して、お互いに笑い合うふたり。
 ふと、桜色の髪の妖精の視線が俺に向く。ライやフェイに比べるとかなり幼さを残した顔。どことなく興味深げな色を宿した琥珀色の瞳は、俺を数秒見つめ、
「格好良いんだか不細工なんだか、頭良さそうなんだか悪そうなんだか、よく分かんないっすね」
 と、初対面の感想としてはあるまじき言葉を投げ掛けてくれた。
「カミン、それは私に対する挑戦状と受け取っていいのかな」
「いやいや。そんなことないっす。でもデカいっすねー、こいつ。希少な感じはするっす」
「あ、そのことなんだけど。数日前に来たミルドエルフとマヌスグの娘のふたり、まだ出てない?」
「出たって話は聞いてないっすね。まだ地層辺りにいるんじゃないすか?」
「そうか。ありがとう。 ――仕事、頑張って」
「ありがとうございますっす。ではまた」
「またね。ほら、行くわよ」
 最後にフェイと、カミンという名前らしい桜色の髪の妖精は言葉を交わして、俺はライに促されてウルズワルドの中へと入っていく。
 まるでどこかの街にあるような広い大通り。二十人以上が並んで進めそうな通りを中央に、左右に色々な建物が建っている。看板のようなものが幾つか見えるのは、大通りと商店街を兼ねているのだろうか。
 そしてそれよりも目を引くのは、その大通りを流れ、あるいはそこかしこに点在している妖精達。まるで色の見本板のように色とりどりの髪と服の色をした子らが話に花を咲かせている。殆どはフィフニル族なのだろうが、中には違う族なのか、身長が三十センチメートルもなさそうな子も見えた。
 思わず足が止まりそうになるが、取り敢えずはライから指示があるまでは進む。
 そうしてとことこと歩いて行くと、最も手近なところにいた六人ほどの集団――彼女らの近くに差し掛かった途端、一人の子が俺達に気付いたのを切っ掛けに、あっという間に取り囲まれてしまった。


「わ、格好いいー!」
「ねえねえライ、どうしたのよこんなの」
「私の乗騎よ乗騎。拾ってきたの」
「えー、いいなあ。ね、触っていい?」
「えぇ…… 大丈夫? 噛んだりしません?」
「いいわよ。見た目ほど凶暴じゃないから噛み付いたりしないし」
「そうなんだ。じゃあ遠慮なく――わ、暖かいしいい触り心地ね」
「あ、ずるい。私も!」
「じゃ、じゃあ私も……」
 ――という感じを何度も繰り返す形で、俺は大通りを少し歩くたびにサーカスで飼われている動物のような気分を味わうことになった。
 四方八方から手が伸びてきて、執拗なぐらいに頭や顎や身体、手足を触られる。色とりどりの瞳から突き刺さってくる興味深そうな視線は痛いぐらいで、なんともな居心地だ。
 そして何より視線の向けどころに困るのは、彼女らの服装。
 いつぞやニニルが出した写真のように、際どい服装の子らが多いのだ。しかもその格好でこちらの目と鼻の先まで無防備に近寄ってくる。本人に態とらしい扇情さがないのが幸いというべきか、あるいは不幸というべきか。
「――さて、到着」
 だから、そんな声が背中の上から聞こえてきた時には思わず胸を撫で下ろしそうになった。
 到着したのは、大通りを少し進んで左に階段を降り、その通りを更に進んで右にまた階段を降りた通りの中ほどに位置する小さな一軒家の前。
 この獣の姿でさえ頭をぶつけてしまいそうな小さな扉に、顔を覗かせるのがやっとという程度の出窓が扉の右側にひとつ。樹の幹をそのまま刳り抜いたような家の高さはせいぜい二メートルほどしかない。
 まさしく彼女らの身長に似合ったその家の前で、ようやくライとフェイは俺の背中から降り立った。
「じゃあフェイ、また後で。付き合ってくれてありがとうね」
「まあ、これぐらいは。じゃあね」
 流石にこの家にふたりで住んでいるということはないらしく、フェイはライに手を振りながら背中の翅を僅かに青く発光させると、すうと僅かに浮かび上がって、そのまま滑るように通りを向こうへと去って行った。
 それを見送って、ライは一度俺を一瞥すると、家の扉を開く。
「今日からここがお前の家なんだからね。覚えておくように」
 数歩入って手招きをするライ。それに従って俺も家の中に足を踏み入れる。
 玄関の先は通路とは言えない短さの通路。正面と右側に扉がひとつずつ。
 ライは通路に俺の身体が入り切ったことを確認すると、うん、と満足気にひとつ頷いて玄関を閉めた。そして右側の扉を開く。
 右側の扉の向こうは、ライの私室のようだった。
 タンスや机、本棚、ベッドといった調度品が狭い部屋の中に揃っていて、まさに一人暮らしの部屋、という様相だ。何ともそれらしいのはそれらの調度品が尽く木製になっている点で、流石は妖精の部屋、と言うべきなのだろうか。
 表から見えた出窓には黄色の花を咲かせたプランターのようなものが置いてある。他にも部屋の角には観葉植物らしき、樹木のミニチュアのようなものが鎮座している。土のような匂いはそこからだろうか。
 ライは部屋に入って、天井から釣り下がっているランプに光を灯した。光は淡黄色で、どうやら炎ではないようだが電気のランプという感じでもない。不思議な光だ。だがどこか暖かな感じで、悪いものではない。
「さ、お前も入りなさい」
 また手招きと共に促されたので、少し迷いつつも足を踏み入れる。
 白い布団が敷かれたベッドに腰を下ろしたライを視界に捉えつつ、俺も倣ってベッドの隣、少し開いた場所に座り込んだ。しかし頭が天井に触れそうになり、どうにも居心地が悪くて伏せに体勢を変える。結果的にベッドの隣をほぼ塞ぐ形になってしまった。
 ライはそれでもご機嫌なようで、ベッドに横になるとそこから手を伸ばし、俺の頭を撫でてくる。
「そう言えば、お前、じゃ不便だね。名前、付けてあげないと」
 そう言って、んー、と唸り出したライにまともなネーミングセンスがあることを願いつつ、これからのことについて考えを纏める。
 まず、接触が取りやすそうなのはニニルだ。新聞を出しているということであったし、首尾よく行けばすぐに再会できるだろう。そこからネイにも繋がる。逆にあの待ち合わせ場所に行けるならネイからニニルへの望みもまだあるかも知れない。ふたりに会えれば、あとは怪しまれないよう適度な距離を置きながら情報交換をするだけだ。
 あとは少々危険な賭けになるが、ピア達に接触を取るという方法。俺が俺だと確信を持って貰うのは難しいだろうが、そうかもしれないと思わせられるモーションの取り方はいくらでもある。単純に彼女らが心配なのもあるが。
 やはり当面は情報収集。そして機を見て、何とかピア達の方へと潜り込む。
 ライには悪いが、いずれは新しい乗騎を探して貰うしかない。出来ることなら早めに謝りたいものだが――
「んー…… ごめん、ちょっと寝る。三時間ぐらいしたら起きるから、その時にまた考えるね」
 言うなり、ライは俺を跨いでクローゼットの前に立つと、腰に吊っていた武具を外して篭手を取ると、その服の胸元に手を掛けた。
 つい彼女の動きを目で追っていた俺は、まさか、と思ったが、視線を逸らす前にライはさらりとその外套のような服を脱いでしまった。
 バランスの取れた綺麗な裸身がランプの光の下に露になる。ライのその身体は、どことなくヅィを思い出させる身体つきだった。ただ、胸と尻の大きさはライの方が少しだけ控え目に見える。
“何を分析してるんだ、俺は”
 そう自分で突っ込みを入れるも、暫く振りに目にした彼女ららしい裸身に目が離せなかった。そんな俺の視線に気付いたのか、ライが俺に視線を向ける。やはりと言うべきか、彼女はその張りのいい乳房も幼さの残る縦筋も隠さずに、俺の眼前へとしゃがみ込む。
「これから宜しくね」
 そう言って俺の頭を撫でたライは、ベッドに上がるとその裸身をランプの光に晒したまま、布団も被らずに寝入り始めてしまった。寝付きはかなり良い方なのか、すぐに、すぅ、すぅ、と心地良さそうな寝息を立て始める。
 どうしたものか、と先程とは別の方向性で頭を悩ませる俺の鼻先に、ふと甘い匂いが漂ってくる。それに釣られてつい鼻先に意識を向けてしまい、俺は後悔した。
 ここはライの私室なのだから、部屋全体に彼女の匂いが染み付いているのはよくよく考えれば当然のことなのだ。
 一度気になってしまうとなかなか意識から切り離すことが出来ず、俺はライの妖精らしい甘い匂いに気を散らされながらこの先のことを考える羽目になってしまった。


 出窓の向こうに見える光が、暮れを帯びていく。
 正確に計測していたわけではないが、ほぼ三時間後にきっちりとライは目を覚まし、俺の姿を確認して、にへら、と蕩けたような――あるいは悪人が計画の成功を確信してしめしめと手を擦り合わせているような、そんなほくそ笑みを浮かべた。
「よし」
 そうしてひとり頷くと、その裸身にあの護服に似た服を纏い、剣と盾を腰に吊って、あの風変わりな篭手を身に付け、
「行くわよ、ユーリス」
 と、聞きなれない単語を口にした。
 最初は変換が上手くいっていないのか、とも思ったが、これはどうやら違うようだ。
 可能性が高いのは――
“俺の名前、か?”
「ユーリシウス・ライフォス・アンカフェット。貴方の名前よ。 ……気に入らない?」
 俺が首を傾げたのを正確に読み取って、ライはそう答えると同時に聞き返してきた。
「私の名前はライ・ゴルディス・アンカフェット。私の名前を分けてあげたんだから、気に入って欲しいものだけど」
 どう反応したものか悩んでいると、ライは胸を張って主張してくる。
 ……まあ、仕方ない。ちゃんとした名前を教えるのは不可能だし、それを主張してもライは聞きはしないだろう。
 了承の代わりに彼女の胸元に頭を擦り付ける。
「よしよし。じゃあ行きましょう。貴方のちゃんとした鑑札を発行して貰って、それからお仕事だから」
 俺の頭を撫でて、しっかりと予定を口にするライ。
 ライが動物に語り掛けるタイプの性格なのは本当に助かる。接触による思考読み取りが発動してくれればいいのだが、やはりあれからというものその気配はない。
 やはり何か条件があるのだろうかと思いながら、扉を開けて先導するライに連れられて、俺も家の外に出る。
 外は既に夕暮れが近いからか、街のそこかしこに照明のようなものが灯っていた。
 しかしそれよりも目を引くのは、やはり街往く妖精達の周囲を漂う色とりどりの燐光。妖精達のその色に合わせられたこれが某聖夜のイルミネーションを思い出させ、何とも賑やかしい。
「さ、まずは統制局、か」
 ライが背中に跨ってくる。それをしっかりと受け止めて、俺は歩き出した。
 と言ってもこのウルズワルドは樹上にあるだけあって立体迷路のような構造になっており、その統制局とやらに辿り着くまでが一苦労だった。あっちかと思えばこっち、こっちかと思えばあっちとライに頭の上から指示を出されながら進むことになり、その上数時間前のようにライと交友のある妖精に捕まると容赦なく身体を触られる。仕事が近いからとある程度で断りを入れてくれたライが本当にありがたかった。
「そっちの階段を上がって」
 そうしてライの指示に従い続けること数分。
 俺の目にも、なるほどそれらしいものが見えてきた。
 統制局という名前を聞いたときには何やら物々しい名前だと思ったが、それも納得。見えてきたのは、荘厳ささえ感じる石造りの巨大な王城だったからだ。
“しかし――”
 衛兵の妖精に会釈をして用件を説明するライを乗せたまま、俺は視界正面を覆い尽くす王城を見回す。
 確かに凄い建造物なのだが、同時に不釣合さも感じる。妖精というイメージにはまるで似つかわしくないのだ。
 恐らくはピア達が以前に言っていた「皇帝」なる人物がここを治めていた時に建造したのだろう。それが皇帝が排された今も使われているに違いない。
 そして、きっとこの中にいるのだろう。俺の愛する五人が。
「――よし、行きましょう。統制局は左側の方だから、そっちへ」
 ともかく、ライの声に従って足を進める。王城の敷地内に入り、やや冷えた石の床の上を歩いて行く。
「あ、ちょっと待った」
 と、言いながら唐突にライが俺から降りた。
 彼女は俺の目の前に立って俺の頭を右手で一撫ですると、篭手を付けた方の左腕で俺の胸元に触れてきた。
 そして、呟くように言う。
「ユーリスが何の問題もなく認められますように」
 同時、ライの背中に六枚三対の金色の翅が顕現し、俺の胸元でも金色の光が輝いた。
 光は一瞬で落ち着いて、ライの翅もすぐに消え失せる。残滓のように残った金色の燐光を視界に捉えつつ、何を、と視線でライに問うと、彼女は胸を張って答えてくれた。
「幸運を与える力よ。私の一番得意な妖精炎魔法なんだから」
 さ、行きましょう、とそのまま俺を先導するライ。
 幸運か、と苦笑しながら、そう言えば、と彼女に追従しながらその小さな背中を眺める。
 ライは何故、俺を乗騎にするなどと言っているのだろうか。妖精なのだから妖精炎魔法で空が飛べるはずだ。乗り物――それも空を飛べない俺の今の姿のような獣の類形など尚更不要のはず。
 よくよく思い返せば、ライは俺を捕まえようとした時も妖精炎魔法を使っている気配がなかった。察するに、妖精炎の容量が極めて少ないのだろうか。
 そんなことを考えていると、ライと俺は銀行の受付を思わせる場所に出た。
 ここが統制局とやらなのだろう。カウンターの向こうで事務仕事に追われている妖精を眺めながら、俺はライに続いて窓口に立つ。
「済みません。乗騎鑑札の発行をお願いしたいのですが――」
 窓口に立っていた妖精はまず俺に驚き、その後でライの応対をやや慌てながら受け付けるも、
「申し訳ありません。只今担当の者が席を外しておりまして…… もう少しで戻ると思いますが」
 と、大変申し訳なさそうに謝りつつ、ちらと後ろを振り返った。その視線の先に担当の人物の席があるのだろうが、確かにそこは空席だった。
「そうですか…… じゃあ少しだけ待たせて貰ってもいいですか?」
 やや残念そうに肩を落としながらそう尋ねるライ。窓口の妖精は、いいですよ、と返して――
「――その必要はありません」
 そう、背後からすうっと気配もなく現れた黒い妖精に、その声を遮られた。
“――!”
 驚きがあまり出ない顔だったのは幸いと言うべきか、あるいは。
「乗騎鑑札ですね。私が手続きを行いますので、こちらへどうぞ」
 妖精にしては珍しい、それほど高めではない声。
 何より視線を引く、その肌以外は黒一色の姿。
 少しだけ髪型は変わってはいるが、見間違えるはずもない。
「え、あ…… あ、ありがとうございます」
「いえ。 ――申し遅れました。私はノア。ノア・ダルクェル・ゼヴィナルと申します」
 黒の妖精、ノアだった。


「――」
 ぱらぱらと書類を捲る音が耳に響く。
 ノアは俺の元にいた時と寸分違わぬ無表情で、どこからか持ってきた書類をしっかり見ているとは思えない速度で流し読んでいく。
 対する席のライは緊張気味の顔だ。その視線はノアの髪やら服やらに向けられているように見える。
 俺の知っている妖精の常識と、ライの初対面らしい反応を見るに、ライはノアの黒一色という姿に驚いているのだろう。
「――ライ・ゴルディス・アンカフェット。ウルズワルド二等治安管理官。間違いありませんか」
「は、はい」
「では、こちらの書類の必要事項を全て埋めて下さい。 ――代筆は必要ですか?」
「あ、お、お願いします」
「では質問を致しますので、回答をお願い致します」
 そうして淡々と質問を繰り返し、ライが緊張気味に答える度にさらさらと書類に書き加えていくノア。
 ようやく見ることが叶った彼女の姿は、特に変わりないように見えた。
 その夜の闇よりも黒い髪がやや伸びていることと、護服のデザインが豪華で複雑になっていること。両手首に金属質のリングのようなものを付けていること、腰に一本の長剣を釣っていること。それぐらいが目に見える変化だ。
 当然、ノアが俺に気付いている様子はない。ただの狼の一匹としか見えていないのだろう。
 今ここで、迎えに来たぞ、と言えないことが口惜しい。
「では、乗騎の名前を」
「ユーリシウス・ライフォス・アンカフェット、でお願いします」
 そこでノアは初めて俺を見た。
 やはり変わりない、黒水晶のような綺麗な瞳。
 それを一秒でも長く見つめていたくて、俺も真っ直ぐに視線を返す。
「――ど、どうかしましたか?」
 その声に、はっとしたかのようにノアの顔に僅かな驚きが走ったのを、俺は見逃さなかった。
「……いえ、申し訳ありません。少し珍しい動物のように見えましたので」
 ノアは僅かな間の後にそう答えて、再び書類に何事かを書き記す。
 彼女は一体俺の何に視線を奪われていたのだろうか。珍しい動物のように見えた――それぐらいのことでノアが業務の手を止めてまで俺に見入るはずがない。
 しかしそれをライ相手に馬鹿正直に答えるわけでもなく、質問を再開したノアはややあって書類を完成させたようだった。
「こちらで相違ないか、確認を」
 言って書類を回し、差し出してくる。残念ながら何と書いてあるのかは一切読むことが出来なかった。翻訳能力もここまでは働かないらしい。
「――はい。大丈夫です」
「では、しばしお待ち下さい」
 言って、ノアは去り際にライと俺を一瞥し、そして奥の扉の方へと消えた。
 ぱたりと扉が締め切られて数秒。はあ、とライが盛大に息を吐き出す。
「……あれが、ノア様なんだ。あんなに黒いなんて思わなかった」
 後に言葉を続けながら、ライは俺に手を伸ばし背中を撫でてくる。その手は僅かに震えているように感じた。
 相当に怖かったのだろう。その言葉から察するに噂では知っていたようだ。俺も全身漆黒の毛並みのはずなのだが、妖精が黒を纏うというのはまた別の意味で凄まじいことのようだ。ニニルがあれほどノアを嫌っていたのもそういうことなのか。
 大丈夫だ、彼女は優しい子だから。そう伝えてやりたかった。
 言葉が使えないというのはこれほどまでに不便だとは。
 代わりにそっと寄り添ってやると、安心を求めてかライも抱き着いてくる。
「ん……」
 俺の毛に顔を埋め、すぅ、と大きく一息。
「そう言えば、ユーリスはいい匂いがするね。獣臭くない」
“そうなのか?”
 声の代わりに首を傾げると、ライは頷いて抱き締める力を強くしてくる。
 外見に似合ったささやかな力での抱擁。俺は脳裏で、仕方ないな、と呟きつつも、ピア達のことを思い出して感慨に浸り――
「――お待たせ致しました」
 まるで、そうはさせぬ、と言わんばかりのタイミングでノアが戻ってきた。
 そそくさとライが離れる。ノアはライと俺を見て少しだけ足を止め、何事もなかったかのように対面の席へ戻ってきた。
「す、済みません」
「いえ。 ――では、乗騎鑑札の発行の件ですが」
 ライの謝罪を淡々と遮って、ノアは俺に僅かな一瞥を寄越し、
「特に問題となる要素は見当たりませんので、問題なく第一種乗騎鑑札を発行するものと致します」
 そう言いながら、小さな銀の板が付いた鎖をライに手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「あなたは治安管理官ですので理解はされていると思いますが、常に手元に置き、管理を怠らないようお願い致します。問題が発生した場合、鑑札を剥奪の上で殺処分。最悪あなたの権限を停止するということになりかねませんので」
「はっ、はい。理解しています」
「では、これによってより良い仕事が成されることを期待しています」
 そう締めくくって、ノアは三度俺に一瞥を向けた。
 相変わらずの無表情。それが何の意味を持つのか、今だけはこれ以上なく知りたかった。


 ライを乗せて王城を出ると同時に、彼女は次の指示を俺に下した。
「じゃあ、次は第一大通りの双夜亭へ行きましょう。グリンと合流しないとね」
 グリンというのが誰かは分からないが、これから仕事――それが治安管理官とやらの仕事であるとすれば、恐らくは同僚なのだろう。合流という言葉にも当てはまる。
 ならばと、俺は少し急ぎ目に足を進める。第一大通りというのは恐らくウルズワルドに入って直ぐの通りのことだろう。
 その目算は正しかったようで、ライが指し示してくれる方向は確かに例の通りへの方向だった。
 赤い夜の帳が下り掛かっている街中を抜けて、第一大通りへと降りる。
「双夜亭はあれ」
 ライの指先には、オープンテラスを備えた一件の喫茶店のような建物があった。店先に出ている立て看板には確かに赤と青の円――この世界の二つの夜の象徴が意匠されている。
 店の入口まで上がると、ライはひらりと俺の背から降りた。そして店内を見回し、ほどなくで目的の人物を見つけたのか中へと入っていく。
 そして程なくでライが連れて来たグリンとやらに、俺はぎょっと目を剥くことになる。
「ユーリス、こっちがグリン。私の仲間よ」
 そう言って指し示すライの隣に立っているのは、先日に俺が乱暴してしまった妖精だった。
 茶色の髪に、真面目で活発で表情豊かそうな顔。そこに嵌っている色濃い琥珀の瞳。フィフニル族であるなら少し平均よりも高めの身長に、豊満な身体つき。
 やや朧気ではあるが間違いない。その証拠と言わんばかりに、彼女もこちらを見てすぐに表情を驚きに変えた。
「? どうしたの?」
 グリンの驚きの顔に、ライが問う。
 俺は秘密を暴露される数秒前のような心境で、いざとなれば今すぐにでも逃げ出そうと思っていた。
 ――だが、グリンは慌てて笑顔を作り、ライに応じた。
「あ、いえ。大きいクフィウルです、と思いましてです。凄いですね、ライが捕まえたんですか?」
「捕まえた、っていうとちょっとあれだけど、そうよ」
「ユーリスさんっていう名前にしたんですか?」
「そう。ユーリシウス・ライフォス・アンカフェット」
「名前を分けたんですね。私はグリン。グリン・グラウル・グランワルドです。宜しくお願いしますね、ユーリスさん」
 言って、グリンは笑顔で俺の頭を撫でてくる。
 至近距離でよく観察すれば分かるが、額には脂汗が浮いているし、笑顔もぎこちないものだ。明らかに無理をしているのが分かる。
 それでも何故か、グリンは俺に襲われたことを少なくとも今はライに言うつもりはないようだった。
 脅しているわけでもないのに、これはどういうことなのか。
 そう疑問を浮かべながらも戦々恐々としていると、ライは早速とばかりに俺に跨って、そしてグリンを手招きする。
「ほら、グリンも乗って。ユーリスはふたりぐらいなら乗れるし、乗り心地もそんなに悪くないんだから」
「あ、はい。じゃあ、失礼します、ね?」
 恐る恐ると言った様子でグリンも俺の背に跨ってくる。
 もぞもぞと位置を整えるグリンの臀部の感触が背中から伝わってくる。何かされないだろうかと思ってしまったが、そういうこともついになかった。
「しっかり掴まってね。じゃあユーリス、外まで行きましょう」
 ライの指令に応じて、俺は大通りをそれなりの速度で走り出す。
「わ、わわっ」
 グリンの慌てた声がして、彼女の両足が俺の胴を強く挟み込んでくる。
 せめてものお詫びのひとつとして彼女を振り落としてしまわないように注意を払いながら、俺はあっという間にウルズワルドの外、森の傍へと駆け出た。
「わ…… 本当に速いです」
「でしょう? さ、ユーリス、進路を南に取って」
“分かった”
 脳裏で答え、ライが指差す方向を南と覚えながら俺は再び走り出す。
 具体的に何をするのかは聞いていないが、その時になればライから適当な指示が出るだろう。


 ウルズワルドを出て数時間。
 ライとグリンを乗せて森の中をひた走った俺の視線の先に見えてきたものは、小さな村だった。
「――はい、じゃあ話だけ聞いてくるからユーリスとグリンはここで待ってて」
「はいです」
 一際大きい家の側で俺の背を降りたライが、その家の家人らしき妖精に迎えられて中に姿を消す。
 グリンも俺の背を降りたので、俺は大人しくその場に座り込むと村と呼ぶにはあまりにも小さなその場を見回した。
 広場に設けられた小さな井戸を中心に十五軒ほどの家が円を描くように建っている。そこに生えていたのだろう大樹を流用したもの、しっかりとしたログハウスのようなもの、煉瓦に似た石造りのものと三種類が見える。
 すっかり陽は落ちて赤い夜が広場を満たしているにも関わらず、村人と思しき妖精達が話をしていたり遠巻きにこちらを見ていたりと様々だ。ピア達が以前言っていたように夜には寝るという習慣があまり一般的ではないのかもしれない。
 特に目ぼしい人影は見当たらず、俺はふと視線を戻し――鼻先というあまりにも近くにあったグリンの姿に思わず目を剥いた。
「わ、わっ」
 そんなに近付いて何をするつもりだったのか、俺の視線を受けてグリンは慌てた様子で五歩ほど後退する。丁度、俺が彼女に手を伸ばすには一歩踏み込む必要のある距離だ。そして彼女は、その距離からじっと俺を見つめてくる。
「……」
“……”
 見つめ合うことしばし。
 俺は何となくではあるが、彼女の視線に込められた感情を読み取りつつあった。警戒が少し、残りが興味、というところだろう。これまでに遭遇した妖精達の殆どが向けてきた視線であるだけにそれを把握するのには慣れてきた。
 しかし不可解でもある。何と言うべきか…… この妖精の少女なら俺にもっと警戒の視線を向けてきてもいいはずだ。それなのに興味の色が強い――それも、他の妖精達が向けてきた興味よりもずっと、だ。
 こういう態度は何というか困ってしまう。こちらは近寄った方が良いのか、あるいは離れた方が良いのか、対応が空回りをしてしまうのが怖い。謝罪が出来るならそれが良かったのだろうが。何というか、ピア達と出会った日の事を思い出す。
“思えば、ピア達も――”
 今更ながら思えば、彼女達は俺の家に来る前に、俺が思っていた以上に人間について勉強をしてきたのだろう。そんな彼女達でさえ思わぬところでのすれ違いが多かったのだ。そしてそれを思い出す度、真っ先に風呂場でのピアとミゥの裸身が脳裏に蘇ってくるのが何と言うべきか。あれは彼女達には裸身を見せることへの羞恥という概念が薄いことが分かった最初の出来事だったと――
“……”
 もしや、と脳裏での回想から現実に思考を戻し、グリンを見る。
 フィフニル族には男女という概念がなく、女性のみで構成されている。それはピアやミゥから聞いた話であるし、ウルズワルドの街路を行き交う彼女達を見ても明らかだった。だからか、裸身を見せることへの羞恥が薄く、更にはピア達がそうであったように男女間のこと、特に性的な事柄については知識が薄い。ネイのように他種族に聞いたとしてもせいぜいが自慰程度。全く必要がないのだからある意味では当然だ。
 彼女の警戒が薄いのは、性交という知識がない故に強姦という概念もないから、それをされたということをあまり深刻には受け止めていないからか?
 いや――しかしそれは考えにくい。手酷い乱暴をしたことには変わりないのだ。
 だから、彼女がこれほどに興味の視線を向けてくる理由。俺から受ける暴力のリスクを上回る理由が――
「――お待たせ。じゃあ、話をしながら向かいましょうか」
 それを考えようとした瞬間、話を終えたらしいライが戻ってきた。
 仕方なく思考を中断し、座り込むのを止める。跨ってくるライを受け止めてグリンを見遣る。
「ほら、行くわよ」
「あ、は、はいです」
 グリンが跨ってくるのもしっかりと受け止めて、俺は頭上から出されるライの指示に従って再び森の中へと足を進めた。


「グリンも概要だけは聞いてると思うけど、今回はゴブリンの討伐。結構近くにいるみたいね。正確な数は分からないけど、話を聞く限りじゃ二十は超えないと思うわ。ささっと片付けましょう」
「はいです」
「でも油断は禁物よ。ま、私が言うことじゃないと思うけど」
「大丈夫ですよ。ライのそれも、ゴブリンなら三十か四十ぐらいは持ちますから」
「ま、そうね」
 そんなライとグリンのやり取りを耳にしながら再び森の中を進んで、半時間ほどが経過しただろうか。
「――ユーリス、止まって」
 ライの唐突な指示に従って、俺は急速に速度を落とした。
 何事か、と思っているとライが俺の背中から降り、地面を調べる。そこで俺もそれに気付いた。
 無数の足跡が茂みや土に足跡を残しながら、俺達の進行方向を横切っているのを。
 そして同時、その足跡から微かに垢臭いような悪臭が鼻に漂ってくる。
「――丁度十刻前ぐらいか。十五、十六ぐらいかな。大体予想通りね」
 調べ終わったのだろうライがそう言いながら再び俺の背に跨る。この足跡からそこまで分かるのだろうか。
「追いかけれますですか?」
「大丈夫。なんかない限りは行けそう。 ――ユーリス、こっちへ進んで」
 ライが指示した方向はやはり足跡の向かっている方向。分かったと脳裏で答えて、足跡に従って足を進める。
 足跡は途中で一度休憩のような留まりを見せた後、ひたすらに一方向へと向かっていた。
 一時間ほど追いかけると、足跡から匂ってくる悪臭が徐々に強くなっていることに気付く。恐らくは足跡を残してからそう時間が経っていないのだろう。
 これなら直に追い付ける――それが俺達の目の前に現れたのは、そう思った直後のことだった。
「うわー……」
 足跡を追う俺達の進行方向に立ち塞がったのは、塔のような直方体の岩だった。
 見る限りでは石灰岩に似た白っぽい岩。それが続いていた足跡を綺麗に断ち切っている。
 俺から降りて、岩に歩み寄ったグリンが一拍の後に言う。
「土の精霊の仕業ですね。精霊術で引き起こされたものです」
「てことは精霊術士がいるのね…… 変に手の込んだことを」
「そんなに程度は良くないみたいですけど…… どうしますです?」
「取り敢えず駄目元で向こう側に回りましょう」
「はいです」
 再び跨ってくるグリンを受け止め、俺はライの指示に従って五メートル四方ぐらいの大きさの石柱を迂回して反対側へと回った。
 鼻についていた悪臭が一度離れ、それからまた臭ってくる。
 しかし、それらしい場所にはひとつの足跡も見当たらない。
「――やっぱり足跡はない、か。どう思う?」
「地面を硬化させて、足跡が残るのを防いだんですね。使い方としては初歩ですし、あれぐらい大きい柱を出せるなら簡単です」
「よねえ。ああ、面倒くさい」
 俺の頭上で悪態を吐くライに、俺は仕方ないなと思いながら鼻に意識を集中する。
 今も鼻につく悪臭。あまり嗅いでいたい臭いではないが、それだけに辿るのは容易だ。
“――向こうか”
 大体の当たりを付けて、俺は歩みを進める。
「え、ちょ、ユーリス、どこへ―― あ、もしかして、分かるの?」
 抗議の声を上げかけたライもすぐに察したようだった。背中のふたりからの期待の視線が集中する中、俺は慣れない確信を頼りに進み――程なくで唐突に現れている足跡を発見することが出来た。
「よし、お手柄よ、ユーリス! このまま追っていきなさい!」
“ああ”
 少し速度を上げ、無警戒に続いている足跡をひたすらに追っていく。


 更に一時間ほど追跡を続け、悪臭がむせ返るほどになってきた頃、俺達は視線の先にそれを捉えた。
「――いた。グリン」
「はいです」
 森の中を後ろも見ずに何やら急ぎ足に進む、身長八十センチほどの醜い子鬼――ゴブリンの一団。
 あの日森の中で戦った時の奴らとさほど違わぬように見える奴らを視界の奥に、グリンは俺から降りて、その背中の岩石の翅に茶色の燐光を浮かばせ始めた。
 ややあって、その茶色い燐光が彼女の身体を伝うようにして両手の先に集中し――何故か彼女はそこで俺をちらと見てから、視線をゴブリンに戻して、両手を真っ直ぐに突き出しきりきりと右手を頬まで引く。
 思い起こすのは、ピアが光の弓を引くモーション。
「――ふたりいますです。一団中程と最前列」
「ちっ。じゃあ最前列の方を宜しく。もう片方は自前で何とかする」
「では――」
 やり取りの直後、グリンの左手の中で燐光が一際輝き、弧を描く。
 同時にグリンが頬まで引いた右手を離す。瞬間、顕現した無骨な岩石の弓から鏃のような形をした握り拳ほどの石礫が放たれた。
 空気を裂いて飛んでいく鏃は、狙い過たずにゴブリンの一団へと向かい――びしっ、という派手ではないが大きい音を立てた。そして何かが倒れる音。
「やあああああぁぁぁっ!」
 いつの間にか金色の翅を顕現させて剣と盾を構えたライがゴブリンの一団に飛び込んだのも、ほぼ同時だった。
「――!?」
「――――!? ――!」
 独特の枯れ声で叫び、慌てふためくゴブリン達。
 だが、それに一切構うことなくライは左手の剣で次々とゴブリンを叩き斬っていく。
 ゴブリンの身体は頑丈そうには見えないものの、それでも出来損ないのような革鎧を付けている。しかしライの一撃はその上から下半身と上半身をことごとく泣き別れにする威力があった。
 あっという間に一団の数は半分以下になり、その頃にようやくゴブリン達は状況を認識できたようだった。
「――! ―――!」
 一団の中でもじゃらじゃらと飾りのようなものを付けた一体が、粗末な木の棒を手に何やら呪文めいた言葉を放つ。
 瞬間、奴らの周囲の地面から無数の石礫が宙に舞い上がり、一直線にライへと突き進んでいった。
「この……!」
 ライは足を止め、咄嗟に右手の盾を眼前に翳す。
 直後、石礫がライに襲い掛かった。がががががっ、という衝突音。半分は盾に弾かれて落ち、盾で覆い切れなかった部位へ向かったものはライの身体に触れる直前で金色の燐光に弾かれて落ちる。
 まったくの無駄、というわけではないのだろう。石礫は絶え間なくライに襲いかかり、その行動を制限している。その間にまだ残っているゴブリンは態勢を立て直し、石礫を飛ばしている奴を中心に足並みを揃えていく。
「むむ……」
 グリンは再び弓を引き、そのまま悩ましそうに唸っている。恐らく狙っている相手への射線上にライか別のゴブリンがいるのだろう。
 そして――
「――!」
 号令のような声と共に、弓を構えた何体かの狙いがこちらへと向いた。最初の狙撃の段階からこちらを探していた奴がいたのだろう。位置を特定されるには十分な時間も経っている。
 だがグリンも無駄に機会を伺っていたのではない。向こうが動いたことで機を見出したのか、グリンが引き絞っていた弓を開放した。石礫が飛び、ライに呪文を唱えていた奴を見事に撃ち抜く。
 しかしゴブリン達から一斉に矢が放たれたのも、ほぼ同時。
「グリンっ!」
「っ――!」
 慌てて地面に両手を着けて岩石の翅を輝かせるグリン。そこから土の壁がせり上がろうとするが到底間に合わない。そう瞬間的に判断して、俺は咄嗟に彼女の前に割って入った。
「――ひゃ!?」
 俺の身体に弾き飛ばされたグリンから素っ頓狂な声が上がり、身の丈半分ほどの高さの土壁が瞬時に消滅する。同時に七、八本からなる矢の群れが俺の身体に殺到した。
 思わず目を瞑る。
 ――が、俺に届いたのは爪楊枝を投げ付けられたかのようなちくりとした感触と、軽く放り投げられた小石が当たったかどうかというぐらいの衝撃だけ。ちらと自分の身体を振り返ると確かに横腹に背中にと矢は痛々しそうに突き立っているのだが、その見た目に反して俺の行動には何程の障害にもならなさそうだった。
「ユーリスっ!?」
 悲鳴じみたライの声。
 俺は大丈夫だということを示すために、忌々しげに身体を振った。すると矢はぽとぽとと落ちて地面に転がる。
 気付けば、ゴブリン達は何か信じられないものを見るかのように呆然と俺の方を見ていた。
“――”
 多少の腹立たしさを込めて睨み返してやる。
 途端、ゴブリン達はその手に持っていたものを放り出して、一目散に逃走を始めた。
「―――!」
「―――!? ―――!」
「――!」
「――あ!? 待て、この!」
 悲鳴のような奇声を上げて逃げるゴブリン達を、我に返ったライが容赦なく後ろから斬り倒していく。
 結果、そこからものの数十秒でゴブリン達は全滅した。
「ユーリス、大丈夫?」
「大丈夫です?」
 剣を収め、弓を消したライとグリンが俺の身体を執拗にまさぐる。
 くすぐったいことこの上ないが、怪我を見てくれているのだろうと身を捩るのは我慢する。
 が、しばらくでふたりして、ううん、と唸ったかと思うと、その手を止めた。
「ユーリスって意外と剛毛?」
「さっき、絶対刺さってたと思うんですけど……」
「でも、傷ひとつないじゃない」
「……治癒魔法、ですかね」
「そんなわけ…… いや、ないでしょ流石に」
 俺の毛に手を突っ込んだまま考察を交わす二人。どうやら怪我が見当たらなかったらしい。
 地面に転がっている矢を見る。粗な作りではあるが、先端には鋭利な石の矢尻がついたものだ。これがあの勢いで飛んできて怪我ひとつしなかったとは思いにくいが……
「……まあ、いいか。無事に終わったし。それよりグリン、腕上げた?」
 不意に話題を変えたライに、グリンの身体がびくりと跳ねた。
「え?」
「一体目はともかく、二体目は掠っただけなのに木っ端微塵になってたわよ。凄いじゃない」
「え、ええと、はい。最近色々試してまして」
 どことなく焦った様子で話すグリン。そしてその視線がちらと俺を捉える。
 ……身体が変質した以上、可能性は低いと思っていたのだが。
 獣の王の身体。俺は自分が受け取った力の強大さをまだ知らないらしい。


 ライとグリンを背中に載せて村に戻り、ゴブリン掃討の報告を済ませ。
 そうして俺とふたりはウルズワルドに戻ってきた。
「お疲れ様っすー」
 門番のカミンからそう挨拶を受けて、手を上げて返すライ。
 大通りに入ると、ふとグリンが声を上げた。
「ライ、今日私の家に来ませんですか?」
「ん、いいけど…… 何?」
「大したことじゃないです。お茶でもどうかな、と思いましてです」
「分かった。じゃあお邪魔するわね。 ――ユーリス、そっちを右に行って」
 ライの家へ向かうのとは違う道への指示。グリンの家へ向かうものだろう。俺は素直に従って、別の通りへと入る。
 向かうのは下側。いくつかの階段を降りると、やがて木の中へと入っていく。
 木の中も立派に街になっているようで、小さな広場や水浴び場があった。公衆の中だというのに一糸纏わぬ姿で何人かの妖精達が水の掛け合いに興じているのが見える。
 街灯も外にあるのとは違う、白い光を放つ小さな球体を実に付けている花のような物。
 グリンの家は、そんな木の中の街の奥、細まった通路の奥にあった。
「お邪魔するわね」
「はいです」
 改めて訪問の挨拶を口にするライに、グリンが微笑んで答える。
 外で座って待っていようとすると、ユーリスさんも入ってください、と中へ入るように促された。
 小さな扉をくぐった先は意外に広々としていて、立派な洋館の広間のようだった。ライの家より格段に豪華だ。
 感触のよい絨毯が引かれ、中央にはソファにテーブルといった応接セットが鎮座している。奥には扉がふたつ見え、更に広間の両脇にある階段から二階に上がったところにもひとつずつ扉が見える。
 同じ仕事をしているのであろうにも関わらず、かなりの格差だ。
 しかし気にする風もなく、ライは勝手知ったるなんとやらと言わんばかりにソファに遠慮なく腰掛け、俺を手招きして呼んでくる。
 それに従って隣まで行くと、いい子いい子、とばかりに満面の笑みで俺の頭を撫で、そうしてから篭手や剣、盾を外して隣へと置き始めた。
「ちょっと待っててくださいです。すぐにお茶を淹れて来ますから」
「はいはい」
 グリンは一階奥の扉の向こうへと消え、言葉通りにすぐに出てきた。
 その手にはお盆とティーセットを抱えていて、いい匂いが立ち上っているのが分かる。
「今日は赤水晶山脈のクリスタルブラッドを使ったものです」
「あれか。いいね」
 聞きなれない単語に興味を持ってお茶を覗き込んでみると、確かにその名前の通りにお茶は透き通ったルビーのような赤色をしていた。レッドティーみたいなものなのだろうか。
「――うん、酸味が効いてる」
 一口飲んで、ふう、と落ち着いた息を漏らすライ。グリンも微笑んで、自分の分に口を付ける。
「そう言えば――」
 そうして、ゆっくりと寝転がる俺を撫でながら、ふたりの妖精の何気ない談話が始まった。


 ――ふと気付けば、俺はすっかり眠っていたらしい。
 広間は暗く、ふたりの妖精の姿はソファの上から消えていた。
“――起こしてくれても良さそうなものだが”
 落ち着いて嗅覚を確かにする。
 ソファにはライとグリンの匂いがまだ残っていて、恐らく席を立ったのはそう前のことではない。
 とすると、ライは今日はここに泊まることにでもしたのだろうか。これだけ広ければ来客用の寝室もあるだろう。
 仕方がないな、と俺はもう一度横になった。変に歩き回る訳にもいかない。幸いにも眠気がないことはないので、こうしていればすぐ再び眠りに就けることだろう。
 と、思っていたのだが。
“――?”
 ふと、そろりそろりと忍び寄ってくるような足音を聴覚が捉えた。
 音源は広間右側の階段辺りから。ちら、と視線を向けると、そこにはグリンの姿。寝間着なのか、昼間とは違うデザインの薄いワンピースを纏っている。
「……起きてますです?」
 問いかけがあったので、俺は正直にのそりと身じろぎした。
 そうすると彼女も近寄ってきて、俺の頭を撫でてくる。
 何か用か? と寝転んだ体勢から見上げると、彼女はどこか緊張した表情をしながら無言で手招きをした。
 そうしてから踵を返し、三歩進んだところで俺を振り返る。付いて来い、ということなのだろうか。
“……”
 警戒すべきかどうか迷ったものの、俺は付いて行くことに決めて身を起こした。
 仮に何かしようとしているのだとしても、ライの手前そう変なことはされないはずだ。
 ゆっくり追いかけると、グリンはどこか緊張を少しだけ安堵のものに変えながらこそこそと音を立てないよう歩き出す。誰かに気付かれまいとするかのように。
 それに怪しさを覚えないわけではないが、俺も倣って足音を立てずに彼女の後ろを付いて行く。爪に気を付けてさえいれば、この身体は歩く際に殆ど音を立てない。
 グリンが向かう先は二階の扉。階段を上がってそれに追従すると、グリンが先に扉を開けて、中に入ってから俺を手招きする。俺が入ると、彼女は静かに扉を閉めた。こと、という木が触れ合う音が静かな通路に木霊する。
 グリンは、ふう、とひとつ息を吐くと、俺の頭をひとつ撫でてから通路の左手前側の扉を開けて、俺に入るよう促した。
 入る前に扉の手前で部屋の中を観察する。
 中にあるのは本棚、机、椅子、クローゼット、そしてベッド。椅子に彼女の着ていた茶色の外套が掛けてあることから見ても、どうやらグリンの私室のようだ。部屋の大きさはライの部屋よりも少し広い。
 グリンを振り返る。彼女はやはり緊張を帯びた顔をしていて、俺の瞳をじっと見つめ返してきていた。
 ひとつ息を吐いてのそりと入る。何のつもりかは分からないが、私室に連れてきた以上は悪いことではないだろう。
 ふと部屋の本棚を見上げる。かなり背の高いもので、傍には小さな梯子が立てかけてあるものだ。ここに本がぎっしりと詰まっていることからして、グリンはミゥやヅィと同じく学者肌の妖精なのだろうか。確かいつかのピアの話では、帝国では研究職に就いていたフィフニル族は扱いが良かったという話を聞いた覚えがある。家の違いもそれだろうか。
 ふと、かちゃりという音。視線を向けると、グリンが閉めた扉から離れるところだった。どうやら鍵を掛けたらしい。
 さて、どういう用件だろうか。やはりこうするということは先日の乱暴に関係のあることか。
 そう警戒していると、グリンは俺と視線を合わせたままベッドに上がり、ややあって、こく、と息を呑むと、俺を手招きした。
 グリンのベッドは広い。俺が乗ってもまだ余裕がある。まさか――添い寝でもして欲しいとでも言うのだろうか。ニニルのように大型犬フェチの気があって、それで先日の乱暴も気にしてないとでも。
 何を阿呆な、とつい浮かんだ自分の考えを片隅に置きつつも、取り敢えず近寄る。
 すると彼女は、俺に背を向け――四つん這いになると、そのワンピースの裾を上げた。
 下着の類はなく、綺麗な縦筋と慎ましやかな窄まりが俺の眼前に露になる。あまりにも無防備な体勢。食べてください、とでも言わんばかりの。 まさか、と思ってグリンの表情を窺う。すると彼女もこちらが気になっていたのか、振り向いたところでばっちりと視線が合った。
「う…… その……」
 そうどこか気不味げに呟くグリンの顔は赤い。秘所を自分の意志で曝すのは獣相手と言えど流石に羞恥心があるのだろう。
 しかしそれでも止める気はないようで――俺が動きを見せずにいると、その小さな尻を揺することまで始めた。
「あの、その…… お、襲わない、ですか?」
 そんな事まで聞いてくる。前科があるので仕方がないのだが。
 さて。俺は眼前に差し出されたふたつの果実を視線に捉えながら考える。
 あまり考えたくはなかったのだが、どうやら俺はやはりと言うべきか、やらかしてしまったらしい。
 乱暴された俺にこうして身体を委ねるような行為をする可能性を考えれば、答えはふたつ。
 俺の精を妖精炎へと転換したことと、それによる発情だ。
 身体が変わってしまった以上、まだ有効なのかどうなのかは疑っていたのだが。昼のことを合わせると限りなく黒に近い。
 グリンに元々その気があって、彼女が言っていた『色々試している』が事実という可能性もないではないが。
“……”
「う、え、ええと…… これじゃ駄目なのですか……」
 俺がそう考察をしながら見つめていると、ふりふり、と尻を振りながらそう呟くグリン。
 表情は赤いものの――恥ずかしさによるものだろう。発情、とまで行っているようには見えない。
 ならこれはどういうことだろうか。ミゥのように、俺の精について調べようと思ってのことだろうか。
 疑問は色々とあるが、恐らくその可能性が最も高い。
 協力するべきか、否か。『そんな獣がいる』という話が広まるとして、目立ってはいけないということを考えれば否だが、メリットがないわけではない。博打に近いものだ。
 しかし、それは別として――
“……”
 目の前でゆらゆらと揺れる、綺麗な女性器。
 勿論、それに俺が反応していないといえば嘘になる。
 そして何より、こうされていると自分が思っていたより欲求不満を抱えていることにも気付く。
 暴走していた時は――確かにグリンにしたことは全て覚えているが、あれは言わば動画を見ていたようなもので。
 男としての素直な欲求が、俺に涎を垂らさせていた。
 添膳食わぬは男の恥。そんな要らない言葉が脳裏を過る。
 他には、この身体でやることに慣れておく必要はあるだとか、昼ので妖精炎を使った可能性もあるので念のためにその補給を、とか。
 理由がないわけではない、が――
 はっきり言って、先程から嗅覚に突き刺さってくるグリンの甘い匂いに、辛抱たまらなくなった。
「む、う…… 他に何か…… ――ひゃう!?」
 グリンの陰部に鼻先を突っ込んで、ぺろりと舌で舐める。
 口吻が長い分、そういうことは得意だ。舌もやや長い。やっているのは人間の時と変わらない感覚というのは少し不思議だが。
「やっ、だ、だめです、あっ、そんなところ舐めちゃ……! ひゃっ、あっ、だ、だめですってば!」
 肉厚でざらざらとした舌で縦筋を軽く割りながら中身を味わい、その流れで窄まりまで舌を這わせる。
 感覚としては少し味の薄い桃に舌を這わせているのが近い。匂いも味も甘いのだ。素っ頓狂な悲鳴は上がるが、肉体的な抵抗はないのでやりやすい。
「や、あ、あっ、だめ、う、あう、なに、あっ、あうっ……!?」
 やがて気持ち良くなってきたのだろう。グリンの声が戸惑いと快感に震えるものに変わってきた。
 薄く口を開いた秘裂からはとろりと蜜を零し、菊門は感じるたびに時折ひくひくと震えているのが見える。
 より感じさせてやろうと、舌を秘裂の中へと抉り込み、蜜をじゅるりと吸う。特有の甘さを味わいながら、秘められた穴へと更に舌を沈めていく。
「あっ、ひ、あっ、あっ、や、はっ、あっ、やっ、やっ、ああっ……!?」
 すると、ぶる、とひとつ強く震えてグリンが脱力した。
 達したのだろう。恐らくは彼女の今までの生で初めて。
 舌の先に触れる、これ以上の侵入を妨げようとするものの存在もその証拠の一つと言っていいだろう。
 それに満足して、ずるりと舌を抜く。
「ふあっ……! はあ、はあ、はぁ…… な、なんですか、いまの……」
 荒い息を吐き、呆としながら呟くグリン。
 まだまだこれからだ、と脳裏で返しながら、俺はゆっくりとベッドに身を上げた。
 覆い被さりながら、股間で膨張を始めているモノをグリンの柔らかい尻に押し当てる。
「あっ」
 びく、と震えて、俺の腹の下からこちらを窺ってくる。
 少し待ってやると、グリンはゆっくり深呼吸を始めて、そっと俺を待ち構えた。
 よし、として挿入してやろうと思った、のだが。
“……む”
 なかなか上手く入らない。
 身体の関係上、手足とそれ以外の部位を連動させなければならない行為がやりにくいのは分かっていたのだが。
 先端はグリンの尻や股間を突いて滑るばかりで、穴を捉えることが出来ない。
 せめてもう少しグリンが尻を突き出してくれれば入れやすいのだが――
「あ、う、あっ、う、え、えっと……」
 なかなか入ってこないことにグリンも気を削がれたのか、戸惑いの声を上げる。
 自分の無様さに恥ずかしくなりながら、それでもなお試行錯誤を続ける。
 と、不意に俺のモノに小さな手が触れた。
「し、失礼します、ですね」
 当然ながら、その主は腹下のグリン。
 俺のモノを手に、少し震えながら誘導してくる。
「っ、そのまま、どうぞ、です」
 すぅ、はぁ、と再度の深呼吸の後、それでも少し震える声で言うグリン。
 ならば遠慮なくと腰を進めようとすると、予想以上にきつい締め付けがあった。これは――尻の穴?
「ひ、うっ」
 先端が入り込もうとしただけで、身体を跳ねさせるグリン。しかし間違いなどと抗議してくる気配はなく、そのまま耐えるようにベッドのシーツを掴んでいる。
 初体験のことを本当に申し訳なく思いながら、いい加減に我慢の限界だった俺はそのまま腰を進めた。
「ひ、あっ、ひっ、あ、あっ、あっ、あっ、お、あ、あぁ……!」
 みちみちと肉の音を立てて、俺のモノがグリンの尻穴に入っていくのが分かる。
 受け入れるグリンの口から漏れるのは、背骨を震わせるような声色。
 心配は立ったが、しかしそれ以上に彼女ら特有の狭く、それでいて伸縮のいい甘い身体に俺は早くも夢中になりつつあった。
「あっ、お、うぅ……!」
 以前のように肛肉が切れてしまわないのを感じて、奥まで貫く。
 モノが全て温かい肉に包まれた時、俺は自然と喉の奥から、ぐるる、と獣そのものの唸りが出るのを感じた。
「っ、はあっ、はあっ、はあっ、はぁ、はぁ、う、ふ……」
 俺の腹の下で尻を俺の下腹に押し付けるような体勢で、俺の動きが止まった隙に呼吸を整えるグリン。
 口元に手を当てているのは、吐き気でもしそうなのか、あるいは口からモノが飛び出そうな錯覚にでも襲われているのか。
 きつい締め付けを堪能しながら呼吸を待ってやっていると、荒い吐息に混じって耳に届いてきたのは小さな声。
「しちゃった、です…… ユーリスと、魔獣と…… 私、自分から……」
 言って、ぶるぶる、と小刻みに震えるグリン。
 禁忌の交わりに背徳でも覚えているのだろうか。確かにこれはグリンから誘っての獣姦。彼女は性行為に詳しいようには思えないが、それでもこれが普通でないことは明らかなのだろう。
 ならば――それを更に思い知らせてやろうと、俺は腰の動きを再開した。
「――うあっ、おっ、ふうっ、うっ、あっ、くぅ、ううっ、あくっ」
 最初はゆっくりと。ずるずると引き抜いて、みちみちと押し込む。ただそれだけの動きだ。
 だが、グリンにとっては俺の一挙一動が激しい挿送となる。現に彼女は俺が抜き差しを繰り返すたび、肺の奥から空気を漏らし、舌を突き出して喘いでいる。
 苦しげな声なのは、まあ仕方ないだろう。
 早く慣らしてやるためにも、俺はゆっくりと腰の動きを激しくしていく。
「あっ、うっ、あっ、だめ、だめ、です、あっ、あ」
 少し早めると、グリンがそんなことを言いながら少し逃げ腰になる。
 そうはさせじと、俺は片手で彼女の肩を抑え込むと、ぐい、と腰を一際強く押し込んでやった。
「うあああっ」
 ぶるり、と震えて尻を振りながら暴れるグリン。
 それをねじ伏せながら、徐々に腰の動きを早めていく。
「ひっ、あ、こんな、こんな、あっ、あ、あぁ……!」
 そうして何度も何度も繰り返してやると、次第に結合部が溶けるほどの熱を帯びてくる。
 驚くべきことにグリンも少なからず感じているようで、荒い息は甘みを帯び、突き入れれば力を抜いて受け入れ、引き抜けば引き止めるように締め付けるという反応が鋭敏になってきていた。
「あっ、うっ、ふあっ、あっ、おしり、おしりが、あ、あっ、あつい、あう、あうぅ……!」
 最初の苦しげな声は既になく、こちらの動きに合わせて尻を引いては押し付けるということまで覚えている。
 ずちりぬちりと尻穴をこじ開ける獣の逸物に対し経験少なに感じる、それとまだ知り合って間もない妖精の少女。
 そんな事実を認識しながら、俺も腰に溜まりつつあるものを放出せんと腰を打ち付けていく。
「あっ、あっ、あっ、あう、だめっだめ、だめ、おしり、こわれっ、あっ、あ、あっあっあ……!」
 ぱんぱんと音が鳴るほどに腰を前後させると、グリンの声が単調になっていく。
 彼女が登りつめていくことに満足と興奮を覚えながら、俺も最後の一突きとばかりにぐちりと根元までモノを押し込み、そのままベッドに倒れ込むように体重を掛けた。
「あああああぁぁぁっ!?」
 瞬間、尾を引く絶叫を上げてグリンは身体を震わせ、ぎちぎちと食い千切らんばかりにモノを締め付けながら、確かに絶頂した。
 それを受けて俺も射精に入る。モノが膨れ上がるような感覚の後、どくりどくりと脈動と共に多量の精液を放出していく。 
「あっあ、ひっ、あっ、でて、でてる、です、あ、あ……!」
 俺に潰されるように伸し掛られながら、ぶるぶると身体を継続的に震わせてグリンが声を上げる。
 そこで俺も気付いた。まるで精液が小水のごとく出ていることに。
「あ、や、だめ、おなか、あっ、う、おなか、あっ、ふうっ、あ……!」
 びゅるびゅるというよりはじょろじょろという具合だ。この辺りは身体によるものなのだろうか。
 驚きつつも、流石に腹が膨れつつあるのか再び苦しげな声を上げ始めたグリンのことを考えて、モノを抜こうと試みる。
「っああっ!? だ、だめです、だめ!?」
 ――が、抜けない。
 モノにかかった強い抵抗に、グリンが締め付けているのかと思ったが違う。
 どうやら俺のモノの根元に瘤のような隆起が出来上がっているらしく、それが完全にグリンの穴を内側から塞いで、抜けることを阻止しているようだ。
 前回は気付かなかったが、本当に犬のよう。
「あ、はう、うぅ……」
 始まってから数秒。なおも絶え間なく出続ける精液に、グリンが苦しげな荒い息を整えながら困惑の声を上げた。
 仕方なく体勢を変える。繋がったまま横に倒れ込んで、グリンを横抱きにするように。
 ちらと視線を向けると、彼女の下腹が緩やかに膨らんでいくのが目に見えた。
 出続けたのはおおよそ一分と少しぐらいだろうか。止まった頃にはまだ萎えないモノに押し上げられているのも含めて、グリンのお腹はすっかり妊婦のようになってしまっていた。
「うぅ……」
 自分の膨らんだお腹を撫でながら、幾分落ち着いたとは言え流石に息苦しいのか荒い息を続けるグリン。ちらちらと頻繁に俺へ寄越してくる視線に含まれているのは、まだ続くんですか、というところだろう。
 というのも、射精は止まったものの、俺のモノはまだ一部たりとも萎えていなかったからだ。
 一回の交尾での受精を確実にする為に栓の役目を果たし――なんていう、何処かで見た文面が脳裏を過ぎる。
 まだ他にも色々とあるのだろう。
 俺はこの身体を頼もしく思いつつも、先行きに不安を覚えずにはいられなかった。


 気付けばまた眠っていたらしく、のそりと身を起こすと暗闇の中でランプを点けて机に向かっているグリンがいた。
「――あ、お、おはようございますです」
 ふと振り向いてこちらに気付き、そう言って遠慮がちに挨拶してくる彼女は、裸に外套のような服一枚を肩に羽織っただけのあられもない格好。
 俺がお腹の中に注いだものはどうにか処理してしまったのだろう。そのお腹はすらりとしていてもう膨らんではいなかった。
「え、えと……」
 そんな視線に気付いたのだろう。グリンは服の前を手繰り寄せ、俺の視線から隠してしまう。
 仕方なくふいと視線を逸らすと、何を思ったのか手を伸ばしてこちらの頭を撫でてくるグリン。
「(う…… どうすればいいんでしょうか、こういう時)」
 ――そんな声が頭に響いてきたのは、その瞬間だった。
“……!?”
 思わず振り向いて、グリンと視線を合わせる。
 どこか幼さを持っている顔に浮かんでいるのは困惑の色。唇は迷うように薄く開いては閉じるを繰り返していて、何かを喋ったようには見えない。
 ならば先程の声は、間違いなく――
「(……私、この子としちゃったんですよね…… 交尾、って言えばいいのでしょうか。あんなに…… うぅ、子供出来ちゃったりしないといいんですけど…… 格好いいけど、魔獣の子供はちょっと……)」
 取り留めのない思考の波。赤くなったり青くなったりを繰り返しつつも、グリンは俺の目を見つめながら頭を撫でてくる。
「(研究の為とは言え、早まったでしょうか…… でも、ライの為でもあるし…… それに、何だか凄かったし……)」
 そんな駄々漏れの思考は、グリンが撫でるのを止めて俺の頭から手を離した途端に止んだ。
「と、取り敢えずライを起こして、そろそろ朝ご飯にしましょうか」
 取り繕うように言って、いそいそと歩き出しては扉のところで俺を手招きするグリン。
 俺は頭を抱えたい衝動を抱えながら、彼女に追従した。

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No title

本格的に人間辞め始めましたね、この主人公は。
元々一般人その1だったのに。
これはどういう分類になるんでしょう?
変身+獣姦?

No title

更新いただきました。
今回は悠の身勝手さ、考えの甘さが表れていた話だと思いました。まあ、平常心ではないので、何とも言いかねますし、そういう時こそ本性が出るといっても今は混じり物なのでそれこそ評価するには不適切ですが……。
悠の考えていることって、ネイのことを思っているようで、実は全然考えていないような気がします。
悠は一人で勝手に納得してますけど、ネイからすれば突然逃げられて訳も分からないまま、悠の行方も分からないままですし……。
うまくウルズワルドについたとしても、衝動に対する対処法があるわけでもなし。おまけフィフニル族+αの集落に入り込んだとして、いざというときどうやって抜け出すのか。
ネイ、ニニルがいない以上、万が一ピアたちにあったとしても事情説明もできませんし。
不安がいっぱいというか、不安しかないでござる……。

>流石に獣の前足でペンを握るのは難しいと思われます。口も同じく。
いや、単純に、地面に書けばいいのではないかなぁ、と思いまして……。

さっそくいろんな意味で餌食になってしまった少女の幸せを祈りつつ(笑)、次回を楽しみにしています……あ、そういえば悠の精液って中毒症状みたいなのがあったような。
……少女の幸福を祈っています。

No title

あ、前回の子と今回の二人は閑話の三人か。
この子たちも何やら訳有り見たいですし、これからどうなるやら。

No title

ネイとかにすれば悠の行方不明ですね^^;
ネイとかがまた偵察に行った先とかで会ったりしそうですけど・・・
この後他に手を出しすぎて中毒ハーレムつくってたら初期メンバーに何か言われそうですね

No title

はじめまして、一週間かかって全話読みました。
1話から話の世界観に引き込まれっぱなしで、あっという間でした。
次話どうなるのか楽しみで、ワクワクしております。

No title

更新やらいろいろお疲れ様です。
まだまだ寒くて春はまだ先ですねー
ノアきましたねー。微妙な違和感か何かに気が付いたのですかね?
そしてこのままだとハーレムの拡大もありそうだし(笑)
それでは次の更新もお待ちしています。

No title

更新、引っ越しお疲れ様です。
忙しそうな様子で、催促するのが申し訳ないですが、これからの続きも楽しみにしています。
頑張ってくださいm(__)m

No title

続きキテル――(゚∀゚)――!!

更新速度上昇に期待してますが、無理はなさらぬよう。

No title

凄い地震だった…作者は無事なんだろうか?

No title

図らずもノアと接触…ノアが大丈夫かどうかが鍵?

地震のほう、大丈夫でしたでしょうか?

お久しぶりです

先日の地震から2週間余り経ちましたが、ご無事なのでしょうか

心配であります…

No title

つい先日やっと気が付きましたが
っ 左側にあるプロフィール欄
作者さんご無事なようです

No title

更新お疲れ様です。
無事なようで何よりです。
グリンがハマリだしてしまいましたねw
悠の服用は用法・用量を守らないと大変なことにw

No title

ご無事なようで何よりです。

しっかりハマり始めてる人が一人……。
そのうち「ライのため」と言ってライを巻き込むようになるんですかね?(笑)
というか最初の目的はどーなったw

ああ、悠はどこへむかうのか……。
プロフィール

fif

Author:fif

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