2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィフニルの妖精達32「閑話・報われないもの」

 執筆日:世界標準暦二一五八年 八の月七つの夜
 今日は人生の中でも最高の日だ。
 ついに、待ちに待った私の子供が生まれる。
 世界でも初めての、自然発生ではない妖精。
 子を成す事の出来ない私の為に生まれてきた、永遠の子供。
 私はこの子に、私の子の名前を与えようと思う。
 そうすれば、あの子もきっと救われるだろう。


「――あれ? 博士、まだ寝てなかったんです?」
 聞き覚えのある声に振り向く。
 部屋の扉から顔だけを出す形で、茶色の髪に包まれた小さな頭がこちらを見ていた。
 私の助手の一人、フィフニル族のグリンだ。
「寝付けなくてね。貴女もそうでしょう?」
「えへへ、やっぱりそうですよね」
 恥ずかしげに笑いながら、グリンが扉の向こうから姿を現して、とてとてと歩いてくる。
 その格好は数刻前に見た白衣のままで、この子も私同様に興奮して寝付けないのだという事が良く分かった。
「ついに生まれるんですよね」
「そうね。長かったわ」
 手を差し伸べてグリンを抱き、膝の上に座らせる。
 その小ささ故、彼女達フィフニル族は抱き締めるのに向いているとしか思えない種族だ。
 しかしその愛らしい外見とは裏腹に、高い知能と妖精炎の能力を持ってもいる。
 妖精種だから国の法での扱いは決して良くないけれど、私達ミシュラエルフに勝るとも劣らないと思う。
「……あと五刻、か」
 時計を見遣って、そう呟く。
 正直なところ、居ても立ってもいられなかった。
 早くあの子に会いたいという気持ちで一杯で、睡眠など取っていられなかった。
「ねえ、グリン」
「はい?」
「ちょっと見に行きましょうか」
 グリンは少しだけ目を見開いて、はい! と元気よく返事をした。
 そうと決まれば行動は早い。グリンを抱いたまま、私は小走りに部屋を出た。
 途中すれ違った衛兵と挨拶を交わして、工廠への通路を歩く。
 城から工廠まではゆっくり歩いても一刻の半分も掛からない距離だが、今はその距離が妙に長く感じられた。


 第七工廠は、ウルズワルド王城の影に佇む工廠の中でも最大級の建物だ。
 私とグリンは忍び込むようにして実験棟へと入り、石と枝の床の上を小走りに目的の場所へと向かう。
 古代の遺跡から発掘された数々の装置が薄暗闇に並ぶ中、あの子は変わらず眠っている。
 巨大な硝子の水槽の中。一糸纏わぬ姿で翅を広げて、まるで天使のように。
「……そう言えば、もう名前は決めたんですか?」
 しばしの後、陶酔している様子で水槽と私達の子供を見ていたグリンが言った。
「ええ」
 頷いて、私は下腹を撫でながら答える。
「産んであげることができなかった、あの子の名前をあげようと思って」
「そうですか。それはいいと思います。この子もきっと喜んでくれますよ」
 グリンは言って、水槽の計器類を見る。
 日が落ちる前に何度も見直して調整をしていただけあって特に問題は見つからないようだ。けれど気になるのだろう。万が一の危険はいつだって普通は見えないところに潜んでいるということを、古代機械技師であるグリンはよく知っているだろうから。
 私も今回は失敗をするわけにはいかない。陛下が期待を掛けてくれているからには。
 でも――
「……? どうかしたんですか? 何か心配でもです?」
「あ、いえ。大丈夫よ」
 思わず顔に出ていたようで、慌てて取り繕う。
 ここにきて一番の心配事。それは、この子を見に来た時の陛下の様子だった。
 まるで、あの笑みは新しい玩具を与えられた子供のような――
 ……考えすぎだと、いいのだけれど。


 執筆日:世界標準暦二一五八年 八の月九つの夜
 何から書けばいいのか。
 私が恐れていたことは的中した。
 騙されていた、というのは被害妄想に過ぎるだろう。
 そもそも陛下がフィフニル族に目を付けていたのはその世界守護種としての能力だと分かっていたのに。
 いや、そんなことよりも――あの子のために、私に出来ることは他にないか。
 既に妖精炎魔法の書き込みは完了してしまっている。陛下はすぐにでもあの子の力を知りたがるだろう。
 ならば私に、この計画の総責任者である私に出来ることは――


 執筆日:世界標準暦二一五八年 九の月三つの夜
 この日記を読んだ方へ。
 もしも貴方がこの国から追われる者であるならば。
 願わくば、あの子を連れて逃げてください。
 私達の大切な子供を、どうか宜しくお願い致します。


「――口は割ったか?」
「はい。ですが、流石にと言うべきか死にました」
 ウルズワルド王城。皇帝の私室を片付けて設けられた執務室で、鋼色の妖精――エイル・シンガ・フィウは、白衣を身に付けたまま急ぎ報告に現れた桃色髪の妖精と淡々と言葉を交わしていた。
「構わん」
「宜しかったのですか?」
「報いというやつだろう。で、肝心の制御鍵は?」
「『アリアスティア』だそうです。調整槽の暗号鍵とも一致しました。ほぼ間違いないかと」
「そうか」
 ひとつ頷いて、エイルは席を立った。傍らに立て掛けてあった刀を取り、腰へベルトポーチと一緒に差す。
「では、我らが冠を奪還してくる」
「はい。お気をつけて」

comment

管理者にだけメッセージを送る

No title

更新お疲れ様です
すでに暦で秋になっても残暑が厳しいですね^^;
プロフィール

fif

Author:fif

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる