「――大丈夫か、悠?」
「う……」
身体が重い。
目を閉じた闇の中でそう感じながら、俺は目を開けた。
まず見えたのは、級友である信也の顔。
それから、あまり見覚えのない部屋の天井だった。
「……ここは?」
「保健室だよ。お前、昼休みに入った途端ぶっ倒れたからな」
「ああ……」
そう言われてみれば、昼休み以降の記憶が全くない。
「今、何時だ?」
「もう五時だよ。夕方のな」
「そう、か」
上体を起こし、まだ眠りから覚めぬ頭を振り起こす。
「済まんな、わざわざ」
「別に大した事じゃねぇよ。バカ姉貴に言われただけだからな」
「瑞希先輩が?」
「ああ。なんでも――」
と、信也が続けようとした瞬間、保健室の扉の向こうから慌しい足音が。
俺も信也も何かしらの予感を感じ、口を閉じる。
同時、勢いよく開いた扉から一人の女子生徒が突っ込んできた。
「ゆーくーん! 大丈夫!?」
そう言うなり俺の胸に顔をうずめる彼女。
俺は一つ息を吐いて、彼女の肩を手にずいっと押し戻した。
「大丈夫ですよ、瑞希先輩。それに、大丈夫? と聞くなら突っ込んで来ないで下さい」
「もう、ゆーくんったら冷たいなぁ。ま、本当に大丈夫そうで安心した」
肩までの綺麗な黒髪に上品そうな顔立ち。その割に性格や言動は少々アレ。
この人が、信也曰く『バカ姉貴』の佐藤・瑞希だ。
「さて、安心した所で…… ゆーくん、ズバリ聞くわよ」
「何でしょうか」
「新しい恋人と同居してるでしょ? あるいは通い妻がいるとか!」
「……何故、そんなトンデモな発想に?」
そう聞くと、先輩はふっふっふ、と怪しげな笑いを漏らし、
「理由は色々あるけど。そのゆーくんの疲れ方はヤり疲れだからよ。以前に見た事あるから間違いないわ」
「そうですか」
「それに今抱き付いた時、花の香水みたいな匂いがしたもの。以上二点から推理したの」
なるほど。
先輩の推理は間違っていない。
この疲れはミゥと夜通し身体を重ねていたのが原因だ。
匂いの件も、彼女達の心地よい独特の香りの事だろう。
どうしたものか、と考えていると、ふと信也が口を挟んできた。
「アホらしい推理はともかく。どうなんだ? 何かあったのか?」
「――いや、昨日徹夜したからその疲れが来たんだろう。大した事じゃない」
「そうか」
一瞬だけ結論に時間を割き、誤魔化す事を決定した俺はそう返した。
少なくとも徹夜したのは間違いない。
信也は頷いた後、先輩をじろりと見る。
「当たってると思ったんだけどなー…… こー見えてゆーくん、結構ヤりチンだし」
「何を言ってるんですか」
「三穴制覇とかやらされた事のある女から言わせると、間違いないって」
「先輩、ここは学校です。卑猥な発言は慎んでください」
「全くだ。そんなんだからフられるんだよ」
「言ったわね……! このバカ弟!」
「ああ言ったよバカ姉! そんなんだから悠に振られたんだと、な!」
信也の発言にキレた先輩が、罵り合いを始める。
そんな二人を横目に、俺は信也が持って来てくれたらしい俺の鞄を手に、そそくさと保健室の扉に手を掛けた。
「信也、先に帰るぞ」
「ああ、先に行け! 後から必ず追い付く!」
何かフラグが立った気がするが、まぁいいか。
俺は戦場となった保健室を後にし、帰路を辿り始めた。
家の扉を開く。
普段ならここですかさず「お帰りなさいませご主人様」と、ピアの出迎えがあるのだが、今日は違った。
玄関に誰もいない。
「……?」
疑問に思いつつ、居間を覗く。
誰もいないのかと思ったが、ソファの上に、もう見慣れた小さな赤い頭を見つけた。
「ネイ、ただいま」
「!? ご、ご主人様、いつお帰りに!?」
ソファに浅く背を預け船を漕いでいたネイは、俺の声に驚いたかと思ったら即座に姿勢を正した。
その様子に苦笑しながら、彼女の質問に答える。
「ついさっきだ。起こして悪かったな」
「いえ、滅相もありません!」
「そんなに硬くならなくていい。で、ピアやシゥはどうした?」
聞くと、ネイは一瞬だけ目を泳がせ、
「部屋で何かをしているようでしたが…… 詳しい事は、よく」
「ふむ」
そう俺が頷いた途端、廊下の奥――俺と彼女達の部屋のある方向――から、重い衝撃音が響いた。
二度、三度。下の住人に迷惑になっていなければいいが、と思いつつ、ネイを見遣る。
「……」
見れば、彼女は何とも不安げな表情で廊下を――音のする方向を見ていた。
「何かあったのか?」
「いえ……」
何とも歯切れの悪い返答。
どうしたものか、と思いつつ耳を澄ますと、何やら騒動の声が聞こえる。
「――です! 早く、押さえて!」
「――ゥ、今じゃ!」
「――ぁい!」
ややあって会話が途切れると同時、衝撃音が響く事も無くなった。
まだ不安げな表情をしているネイを一瞥し、俺は廊下に出る。
「……大丈夫かー?」
そう彼女達の部屋に向かって声を掛けると、慌てる気配と共にピアの声が返ってくる。
「お、お帰りなさいませご主人様! 今少々立て込んでおりまして、お迎えに上がれませんでした! 申し訳ございません!」
「それは別にいいんだが、一体何をしてるんだ?」
聞くと、やはりやや間があって、
「す、相撲大会です! ほら、私達あまり外に出ませんので、運動も必要かな、と!」
「ふむ」
頷き、彼女達が回しを着けているという、思わず浮かんだ妄想を一蹴する。
苦しいな、と思いつつ、俺は返答した。
「運動ならいいが、なるべく上下左右の壁に響かない方法で頼む。壁の向こうの人に迷惑だからな」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
彼女が勢いよく頭を下げる光景が見えそうな謝罪を聞いて、俺はソファに腰を下ろした。
ふぅ、と息を吐くと、ネイがいかにも何か言いたそうな視線を俺に向けているのに気付く。
「……どうした?」
「いえ、あの、ご主人様は――」
歯切れが悪そうにそう言い、しかし口を閉じる。
何かに戸惑うような、そんな表情。
「――いえ、何でもありません。失礼しました」
「何だ? 何か言いたいならはっきり言ってくれて構わないが」
「い、いえ、本当に何でもないのです。申し訳ございません」
一礼し、逃げるように居間を去るネイ。
どうしたものか、と思う。
彼女達が一部よそよそしいのとは別に、ネイとはより距離があるのは間違いない。
どうせなら仲良くなりたいものなのだが。
「傲慢なのか、ね」
誰にでもなくそう呟く。
ふと無性に、あのさっぱりした性格の青い妖精――シゥと話がしたくなって、ソファを立った。
「シゥ、いるのか?」
一応呼びかけてみるが、返事は無い。
部屋にいるのだろうと思いつつ、俺は居間を出た。
彼女達の部屋へ向かうと、扉の前にヅィが立っているのが見えた。
丁度いいと思いつつ、会釈を交わす。
「先程は済まぬな、主よ。少々面倒事があっての」
「気にするな。で、片付いたのか? その面倒事は」
「……いや、まだじゃの」
ちらり、と背後の扉を一瞥するヅィ。
「何、心配するな。今まで通り、主の世話や雑用はこなしてみせる」
「それは何よりだが。で、シゥいるか?」
そう聞くと、彼女は僅かに表情を歪め、
「シゥなら、今は寝ておる。何か用事なら後で向かわせるゆえ、今はそっとしておいてやってくれんかの」
「分かった。じゃあ後で頼む」
「済まぬな」
踵を返し、すぐ近くにある俺の部屋に入る。
寝ているのなら仕方がないと、俺はベッドに倒れこんだ。
「ん……」
学校での疲れがまだ残っていたのか、小さな睡魔が襲ってくる。
さして抵抗する理由も思い当たらず、俺は眠りに落ちた。
「――い、おい、起きろ」
「う……?」
聞き覚えのある声。
目を開くと、薄い暗闇の中、ベッドの縁の向こうに青い妖精――シゥの姿があった。
「……シゥ、か」
「シゥか、じゃねーよ。用事があるっうから来てやったんだぞ。それなのに寝てやがるし」
「ああ、すまん」
ベッドから上体を起こし、彼女に向き直る。
電気の付いていない薄暗い部屋の中で、彼女は何をするでもなく、ただ部屋の中央に突っ立っていた。
「で、何だよ。用事って」
「ああ、いや。特別何が、という訳でもないんだが。ちょっと話がしたくてな」
「話?」
「まぁな。ほら、そんな所に突っ立ってないで――」
彼女に手を伸ばす。
俺の右手がその肩に触れた途端、彼女は痙攣するように身を震わせた。
「ん? どうし――」
「――っ、触るなッ!」
瞬間、身を裂くような冷気が俺の全身を包んだ。
思わず手を引く。見れば、いつの間にか蒼い氷の羽を顕現させた彼女が、淡い光に包まれて宙に浮き上がっていた。
その顔には、今までに見た事のない、明らかな怯えの表情。
「っ、触るな、俺に、触るなっ……!」
「お、おい――」
「う、あ、あああァァァっ……」
頭を両手で抱え、嫌々をするように頭を振る彼女。
その度に背中の羽が蒼い輝きを放ち、部屋の温度が急激に低下していく。
「う、ぉ……」
もはや吐く息が白い。
瞬く間に意識が朦朧とし始める。
危機感を感じつつも、まともに身体を動かす事が出来ない。
これは、まず、い――
「――ご主人様ッ!」
朦朧とした意識に、はっきりと響く声。
凍り付いた部屋の扉を蹴破るようにして突入してきたネイが、部屋の惨状と泣き喚くシゥを目にして動きが一瞬停止し、
「っ、はッ!」
気合いの入った発声と共に、背中に翅を顕現させた。
冷気が立ち込める部屋の中、爛々と赤く輝く、まるで溶岩が確かな実体を持ったかのような翅。
「はああああぁぁぁッ!」
ネイが全身を強張らせ、力を溜める。
瞬間、溶岩のような翅が激しく燃え上がった。
凄まじい熱量が燃え盛る羽から発され、冷気を圧倒していく。
「っ、あああああああッッッ!」
更にネイが声を上げる。
陽炎の波がシゥを包み、氷の羽の輝きが僅かに揺らぐ。
「――ヅィ、お願いしますッ!」
「あい分かった!」
瞬間、扉の影から躍り出たヅィが、背中の羽を顕現させつつ、その手をシゥへと向けた。
光の束をそのまま形にしたようなヅィの羽の妖しい紫色の輝きが、虹色の輝きへととって代わる。
同時、その突き出した手元に、長大な物体がおぼろげに姿を現し始めた。
豪奢な金細工の飾りに、無数に散りばめられた宝石。
それは、ヅィの身体には不釣合いに大きい杖――錫杖だった。
直径こそ彼女が握れる太さであるものの、全長は一mと少しはあるだろうか。
そんな物体を迷いなくシゥにぴたりと向けて、ヅィは口を開いた。
「汝の迷い、汝の苦しみ、その心のままに! 己を縛れ、その糸でッ!」
ヅィが謳う。
ただの人間にも分かる、明らかな力の波動。
それを感じた瞬間、シゥの喚き声がぴたりと止んだ。
ややあって、シゥの瞳から光が消え、淡い燐光と共に氷の羽がその存在を薄らとする。
宙でぐらりと崩れたその身体を、俺はすかさず受け止めにかかった。
「――っ! ふぅ……」
間一髪でシゥの小さな身体を受け止める。
あれほど恐怖に染まっていた表情は既に消え失せ、落ち着いた顔で気を失っている。
手のひらに感じる、彼女の命の鼓動が何故だか無性に安心をさせてくれた。
「ご主人様……」
火の粉と赤い燐光を散らして翅を消したネイと、錫杖を携えたヅィが、不安げな表情で歩み寄ってくる。
ひとまずシゥの身体を俺のベッドに寝かせ、ひとつ息を吐く。
扉の方向を振り向く。
沈痛な表情をしたピアとミゥが、そこに立っていた。
「やっぱり、切れたのか」
「はい」
シゥと、シゥの監視に立ったネイを除く全員が居間に集まったところで、俺は単刀直入に切り出した。
すなわち、シゥがよく吸っていた睡草、あれが切れたのではないのか、と。
ミゥの回答は予想通りのものだった。
「副作用を中和する薬は前々から作ってたんですけどー、シゥはどうしても依存症が強すぎて……」
「何日前から切れてたんだ? まさか今日って訳じゃないんだろ?」
「はい、三日程前からですー」
「三日!?」
シゥのあの恐怖に歪んだ表情を思い出す。
三日の間、シゥはあれほどまでになってしまう恐怖を押さえ込んでいたのだろうか。
「あれでも、まだ程度は軽い方なんですよー。シゥが普段から吸ってた量を考えると…… あんなものじゃないはずです」
「どう、なる?」
「さっきみたいに力が暴走し続けるかー、もしくは完全に恐怖に負けて暴れ回るか…… さっきはネイが突入するのが早かったですし、ご主人様が帰って来た時に打った薬の効果がまだ効いてた方ですから、何とかなりましたけどー……」
「シゥが全力で暴れたら、わらわ達ではどうしようもないの」
ヅィが困り果てた表情で言う。
「我が主なら何とかなると思ったんじゃがの」
「俺が?」
「そうとも。あ奴の禁断症状は誰にでも出るわけではなくての。少なくともピアやミゥが触れてもああなる事はない」
「そうなのか……」
普段から気さくに話し掛けていたし、話し掛けられてもいた。
それでも足りなかったという事なのか。
「済まない。期待に応えられなくて」
「いやいや。わらわが勝手に思っていただけじゃ。気にかける必要などない」
わらわも今のあ奴には触れられぬ。我が主に何かを言う資格などない、とヅィは自嘲気味に哂う。
そんな彼女を見て、くそっ、と自分に毒づく。
「本来、あ奴は精神的に弱くての。学院におった頃はよう苛められておった。だからこそ睡草なんぞに嵌ったのじゃろうが」
「学院?」
「ああ。今はあれでも、昔は花も手折れぬお嬢様だったんじゃ。帝国高等学院でも常に一、二の成績だったしの」
まぁそんな事はどうでもよい、とヅィは話を打ち切り、
「どうあれ、このままではまずいの。ミゥ、新しい薬はまだ完成せんのか?」
「まだもう少し。六月ぐらいは欲しいですー」
「ふむ……」
六月というと、確か二ヶ月ぐらいに相当する。
その間、シゥはあれほどの恐怖に苛まされるというのか。
「別の方法はないのか?」
「あれば実行しておるよ。睡草を向こうから取ってくるのが一番早いが、それは根本的な解決策にならん。あ奴の依存症を取り除かねば、また同じ事の繰り返しだからの」
そう返され、俺は考え込む。
片目で見ると、ピアも先程から一言も発さず、難しい顔で俯いている。
ノアはいつも通りの無表情だが…… 恐らく、頭の中は高速で回っているのだろう。
そんな沈黙の中、ミゥがぼそりと小さく言った。
「……まだ、試してない方法がひとつだけあります」
「何じゃ?」
「今のシゥは薬に依存して、様々な恐怖から身を守っています。ですから、その依存の対象を別のものに変えればいいんです」
「別のもの…… とな?」
「はい。自分の全てを依存させる事が出来て、この上ない安心を得られるものです」
「そんなもの、あるわけなかろう」
「いえ、あるんです」
言って、ミゥは俺を見る。
「ご主人様、少し来て頂けますか」
「あ、ああ」
頷き、真剣な面持ちのミゥに促されて廊下へと出る。
居間の扉を閉めると、彼女は大きく息を吐いた。
「ご主人様……」
「何だ」
「こんな時に、何だと思うかもしれませんけど」
俺を上目遣いで見上げ、俺の膝に抱きついて身を寄せ、
「キス、していただけませんか」
「……分かった」
断れるような雰囲気ではなく、乞われるままに腰を下ろし、目線を合わせ、彼女の小さな顎を手にとって口付ける。
「ん……」
唇を合わせると、即座に舌を差し入れてくる彼女。
俺の口内に入り込んできた小さな舌を自分の舌で絡め取り、唾液を交換し合う。
一拍置いて、お返しとばかりにこちらから彼女の口内に舌を差し込む。
小さなその中を舐め回すように蹂躙し、俺の唾液を刷り込む。
「ん、ふぅ……」
小さな吐息。
甘い花蜜のような味と匂い。
それらが俺をどうしようもなく発情させる。
「ん、んあっ……」
長い口付けの後、悩ましげな声を上げてミゥが身体を捩った。
小さく離れ、妖艶に微笑む。
「あんまりやると、その気になっちゃいますからダメですね……」
「満足したか?」
「はい。今は」
くすり、と小さく笑って、彼女が一歩離れる。
そして外套の懐を探り、本当に小さな小瓶を俺に差し出した。
薄緑色の錠剤がいくつも入った、ラベルも何もない薬瓶。
それを受け取ると、ミゥの表情が再び真剣なものになった。
「今からシゥのところに行って、ネイを部屋から出した後に瓶を開けて、一粒だけシゥに飲ませてください。ご主人様は絶対に飲まないように」
「分かった。 ……が、何の薬なんだ?」
例の薬はまだ二ヶ月は掛かると言っていたはず。
見れば、ミゥはまた妖艶に笑って、
「以前、ご主人様に飲ませた薬の改良型です。どんな処女でも一粒で色情狂になります」
以前、飲まされた薬。
身体の中に異性を求める欲求が渦を巻き、理性を吹き飛ばす薬。
「アレ、か…… 君の意図は分かった。しかし、いいのか?」
「大丈夫です。これは切っ掛けにすぎないんですから」
彼女は更に一歩引き、居間の扉を背にして、
「ご主人様。シゥを、宜しくお願いしますね」
そう言って、有無を言わさずに居間へと消えるミゥ。
俺は小瓶を手に、しばしの間その場に立ち尽くしていた。
「――あ、ご主人様……」
俺の部屋に入ると、何をするでもなくただ椅子に背を預けて俯いていたネイが面を上げた。
せめて彼女を不安にさせないよう、何でもない風を装ってベッドに横たわるシゥに近付く。
見れば、シゥの両手両足は手錠のようなもので拘束されていた。
手首、足首に装着された腕輪状の拘束具は、両の手と足を鎖で繋いでいて、装着者が殆ど身動き出来ないようにしている。
材質も独特の光沢を持ったもので、金属の冷たさこそ無いものの、妙な力を感じる。
恐らくは、何らかの魔法的な効果があるのだろう。
「暴れる可能性がありますから、こうして止むなく……」
「仕方ない」
言って、手に握った小瓶を見つめる。
「それは…… ミゥの薬ですか? でも、まだ完成はしてないはず……」
「いや、それとは別の薬なんだそうだ。俺が飲ませる事になった」
瓶の蓋であるコルク栓に手を掛ける。
ミゥから言われた注意を思い出し、適当な言葉を紡ぐ。
「――ネイ、ミゥが呼んでたから行ってやってくれ。何かあったらすぐに呼ぶから」
「は、はい……」
薬が気になるのか、こちらを一瞥しつつ扉に向かうネイ。
扉から半身を出したところで、意を決したように振り向いてその口を開いた。
「まさかとは、思いますが…… それ、毒ではないです、よね?」
「そんな訳ないだろう。心配するな」
「……申し訳ありません。面倒になる前にシゥを殺してしまおうなんて、そんな事、ある訳ないですよね」
小さな音を残して扉が閉まる。
俺とシゥだけになった部屋で、俺はミゥから受け取った小瓶をもう一度眺めた。
薄緑色の錠剤。
しばしそれを凝視して、蓋であるコルク栓を引き抜く。
途端に鼻を撫でる、何とも言えない変わった匂い。
“毒ではないです、よね?”
ネイの台詞を脳内で反芻しながら、一錠だけを瓶から取り出す。
本当にシゥにこれを飲ませてもいいものなのか。
ミゥは言った。シゥをお願いします、と。
ならば、彼女を信じるしかない。
そして俺は、無防備に小さく開かれたシゥの口内へと薄緑色の錠剤を落とした。
「う…… あ……」
果たして、効果はすぐに現れた。
シゥの額に大粒の汗が浮かび、苦しそうに呻きだした。
次いで肌が紅く上気し始め、落ち着きを忘れたかのように寝相が悪くなる。
苦しさに耐えられなくなったか、ややあって彼女の瞼がゆっくりと開いた。
「――う、あ……」
胡乱げなサファイアの眼が、しかししっかりと俺を捉えた。
途端、彼女の顔色が変わる。
あまりにも距離が近かったからなのだろうか。慌てた様子でベッドの上を後退しようとする。
だが、やはり薬の効果で筋弛緩しているらしいのと、拘束具で自由な動きを封じられている上、その鎖が重い所為か、上手く距離を取る事が出来ないでいる。
「怖がらなくていい」
そう声を掛け、彼女の腕を掴む。
瞬間、彼女が声にならない悲鳴を上げ、青色の燐光が周囲に漂い始めた。
しかし、いつもとは様子が違う。燐光はじれったくなるような遅さでしか収束せず、その輝きも非常に弱い。
普段の倍以上の時間を掛けて燐光が収束し――彼女の背中に氷の羽が顕現した。
一瞬、あの極度の冷気を思い出し、俺の動きが鈍る。
だが、それは杞憂に終わった。
完成された羽の輝きはあまりにも弱く、発される冷気もごく僅かなものだったからだ。
気付けば、彼女を縛る拘束具が淡い紫色の光を放っている。
やはりこれは彼女の魔法的な力を封じる効果があるのだろう。
「う、ぅ、あ……」
鎖を鳴らしながら、声にならない呻きを上げて俺を恐怖に染まった目で見るシゥ。
普段とはまるで違うその様子に、哀れみと同時、支配欲が湧き上がる。
「大丈夫だ」
彼女を抱き寄せ、頭を撫でる。
恐怖に震える肩を掴み、顎を持ち上げて唇を重ねる。
「んんっ……」
逃げる身体を捕まえつつ、力なく閉じられた口内に舌を差し込む。
舌先で突付くと怯えたように逃げる彼女の舌を、やや強引に絡めて開かせる。
彼女が抵抗する所為で、つい濃厚になってしまうディープキス。
俺と彼女の唾液が、互いの口内で交じり合って一つになる。
「ん、ふぅっ……」
唇を強く重ねながら、手を彼女の肩から背中へと移動させる。
ふと指先に当たる金属のような感触。
そこでようやく、氷の羽を顕現させたままなのを思い出した。
「……」
次いで思い出すのは、彼女達と初めて出会った日の、ヅィの様子。
試しに、氷の羽の付け根をつっと指で撫でてみる。
「っ……!? んっ……!」
一瞬、驚いたように彼女の舌の動きが止まる。
出したり消したり出来るものの、やはり感覚はあるらしい。
唇を離し、彼女を深く抱き止めると、その肩越しに見える羽に両手を伸ばした。
「っ、あ、ああぁ……!」
羽に指を走らせると、僅かな震えと共に彼女が切ない声を上げる。
それが妙に面白くて、まるで楽器の奏者のように指を滑らせた。
「ひ、あ、あっ、ら、らめ…… さわ、るな、っあっ!」
制止の言葉を無視し、手全体を羽に這わせる。
僅かな間に掴んだ、彼女が特に感じるらしい場所――羽の付け根を重点的に。
「あっ、あ、ああっ、あ、あひ、あっ、あ……!」
指を動かすたび、泣き声に似た喘ぎを上げる彼女。
もはや抵抗も忘れ、俺の胸板に身体を押し付けてなすがままになっている。
「あ、あ、あ、あ、あああぁぁ……!」
徐々に甲高くなる悲鳴。
限界が近いのだろうと見て、俺は止めとばかりに親指で羽を強く擦った。
瞬間。
「あっ、あ、ああああああぁぁぁ!」
透き通るような高音での絶叫。
がくがくと身体を震わせて、崩れ落ちる彼女。
それを受け止めて、ベッドへと横たえる。
「服、脱がすぞ」
「い、あ…… まっ、て……」
荒い息を吐く彼女の返答を聞かず、その青い外套を脱がしにかかる。
外套の前を開いた途端、柔らかな熱気が指先を包む。
中は、彼女の汗で凄い状態になっていた。
青いブラは多量の汗に濡れてその色を変え、ショーツに至っては汗と愛液が交じり合ってずぶ濡れになり、向こう側にある縦筋が透けて見えてしまっている。
「っ、あ、やだ、みる、な……」
「どうしてだ?」
聞き返し、下着に手を掛ける。
彼女は抵抗しようとするが、僅かに腕を持ち上げて鎖を小さく鳴らすのが限界で、全く抵抗になっていない。
「こわい…… やだ、こわ、い……」
「大丈夫だ。優しくするから」
言って、下着をずらし、彼女の大切な部分を露出させる。
小さいが綺麗なお椀型をした乳房に、その中心でピンと痛そうなほどに勃った乳首。
多量の愛液に塗れ、薄く口を開いた幼い無毛の縦筋。
度重なるミゥとの交わりの所為か、今では見るだけでも強い興奮を誘う。
「舐めるぞ」
「え、あ……? ――っ!?」
小さな乳房に齧り付くようにして、その全体を口の中へと収め、舌を這わせる。
同時、手を彼女の縦筋に添え、軽く指を差し入れた。
「ひ、く、あ…… んんっ!」
舌で乳首を弾くと同時、縦筋に割り入れた指で肉芽を探る。
二つを刺激するたび、面白いように声を上げる彼女。
思い浮かぶイメージは、やはり楽器のそれ。
「あっ、く、あっ、あっ、あ、や、あっっ、ひあっ!」
断続的に彼女を奏でる。
それに伴奏が続く。
ぐちゅりぐちゅりと愛液を掻き回す音。
じゃらりじゃらりと鎖が揺さぶられる音。
「っあ……! や、もう、ああっ……!」
感極まった泣き声を上げる彼女。
ふと、背中に何か重いものが乗る感覚があった。
胸への責めを中断し、背後を振り返り見る。
そこにあったのは、彼女の手と鎖。
「あ、やだ、もうやだぁ……! ひ、こわい、こわいよっ……!」
言って、俺の背中に乗せた手を強く押し付けてくる。
その動きは他者をその胸に抱こうとする行為だ。
一瞬、俺は訳が分からなくなった。
「大丈夫だ」
ともかく言って、空いた手を彼女の腰に回し、深く抱く。
それで俺の背中に回した彼女の手の力が抜けた。
「っ、あ、や、はぁ、ああああっ、あっあっ!」
不意に、今度は彼女の腰が動き出した。
腰をくねらせ、鎖を引きずって太腿を開く。
僅かに広がった縦筋に、俺の指がより自由に動けるようになる。
「っあ、こわいよ、あ、やぁ、あっ、んあっ!」
「……大丈夫だ」
「ん、んんっ……!」
言って、再び口付ける。
すると、最初とは打って変わって、積極的に舌を絡めようとする彼女。
思わず舌を引くと、それを追いかけて俺の口内にまで侵入してくる。
「ん、んん…… ふっ、ん……っ!」
不意に俺の背中にある手が動き、俺の後頭部を掻き抱く位置に移動する。
そして僅かながらもしっかりと込められる力。
まるで、もう離さないとでも訴えるかのように。
「……大丈夫だ。俺は何処へも行かないよ」
彼女の恐怖の正体をなんとなく察し、そう声を掛ける。
瞬間、より強く彼女の手に力が篭り――安心したかのように、ふっと抜けた。
「ん、あ……」
小さな吐息が重ねた唇の隙間から漏れる。
胡乱げだったサファイアの瞳が眠たげに半分閉じ、次いで縦筋に割り入れたままの指先に暖かい奔流を感じ。
最後に、背中の氷の羽が燐光を残して霧散して――シゥは力なく目を閉じた。
「う……?」
「――お、起きやがったか」
声質はやや高い少女のそれだが、その口調は粗暴な男のものという、聞き覚えのある声が耳元から聞こえる。
瞼を開くと、眼前に広がっていたのは無数の蒼。
それが彼女の髪だという事に気付き、俺はゆっくりと顔面に掛かる髪を退けた。
「――よぉ」
開けた視界を独占するかのように、俺の顔を覗き込むシゥ。
その表情は、彼女にはあまり見なかった微笑みのもの。
「……調子は、どうだ?」
「まだ聞くのかよ」
笑って言い、俺の胸板へとしなだれ掛かってくる。
「なぁ、今日は学校とやらは?」
「休日だからな。ない」
「なら、しばらくこのままでいさせてくれ…… どうせしばらくは寝てるんだろ?」
言って、頬をすり寄せるように、より体重を掛けてくる。
「その内、ピアやミゥが来るぞ」
「構うかよ。ん……」
鼻を鳴らしながら、実に気持ち良さそうに俺の胸板の上を占拠するシゥ。
あれから二日。
シゥの禁断症状は嘘のように治まったものの、家にいる間は朝昼晩と時間を問わずにこの調子である。
ネイやヅィから向けられる、一体何をしたのか、と問うような視線がどうにも痛い。
ミゥによればその内収まるだろうとの事なのだが、果たして。
「……信じたからな」
「何がだ?」
「いーや、何でもない」
休日。未だ瞼の重い朝。
俺は蒼の妖精を胸に抱いて、目覚めなければならない時間まであと少しの惰眠を貪る事にした。