2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィフニルの妖精達29「閑話・永遠と共に」

 気持ちのいい微睡みから、ふと薄目を開ける。
 視線の先にある窓に掛かったカーテンの向こうから、朝の眩しい光が差し込んでくる。
 時刻は…… 六時かそれぐらいだろうか。短針が真下を指している時計の姿を思い浮かべると同時に、今日の予定を思い出す。
 ……用事、特になし。
 それだけ思い出すと、俺は出そうになった欠伸を噛み殺して、朝の光から逃げるように布団を被り直した。あと三時間ぐらいは眠っていても許されるはずだ。俺の普段の頑張りから考えて。
 と、そんな俺の二度寝を妨害するかのように、かちり、と扉の鍵が開く音がした。
 すぅ、と扉が開く気配がする。音はない。しかし別段不審には思わず、俺はこっそりと薄目で扉の方を確認した。
「……ご主人様?」
 入ってきたのは白い頭――ではなく、その背中に光の翅を浮かべた妖精、ピアだった。
 いつものコートのような護服姿。綺麗な長めの白髪はきっちりと整えられて、跳ねひとつない。
 彼女は俺の方を伺いながら、とことこ、とベッドの傍まで歩み寄ってきて、
「朝食の準備が出来ました、が…… まだお眠りになっていらっしゃるのですね」
 と、小声で独り言のように告げてきた。
 どうやら薄目を開けて観察しているのはバレてはいないらしい。彼女は俺の寝顔を見て、ふふ、と何故か少し笑い、
「また後程、失礼致しますね。もう少しお休みなさいませ」
 一礼して、くるりと踵を返した。
 瞬間、彼女の匂いと思しき甘い香りが俺の鼻腔を刺激する。
 俺は一瞬の判断で、素早く手を伸ばして彼女の腰を捕まえ、ベッドの中へと引きずり込んだ。
「え――きゃあっ!?」
 驚く声を無視してその小さな身体を胸の前で抱き締め、細い首筋に顔を埋め、鼻先で白い髪をかき分ける。やはりいい匂いだ。そして彼女を抱き締めた部分から心地よい体温と小さな鼓動が伝わってくる。
「ご、ご主人様? 起きていらっしゃるのですか?」
 質問には答えず、俺はピアを抱き締めたまま二度寝に入る。小さいとは言え、非常に良い抱き枕が手に入ったことに俺は満足しながら、ゆっくりと意識を手放していく。
「ご主人様……?」


「ん、んぅ……」
 不意に、そんな可愛い声と一緒に、抱き枕が身を捩るような抵抗があった。
 溶けるような意識の中、本能的にそれが気に食わなくて、その抵抗をねじ伏せるように強く抱き締める。
「あ、う……」
 抵抗が止んで、抱き枕が大人しくなる。
 俺はそれに気を良くして、抱き枕の柔らかい部分に顔を埋めた。
 肌触りのいい厚い布地の向こうに、綿袋のような柔らかさがある。
「うう……」
 うむ、心地よい。
 さて、いつ頃起きようか。
 いつものようにピアが起こしにくるだろうから、その時でいいかも知れない。
 それまでは、この抱き心地のいい枕でゆっくりと休息を――
「てい」
 瞬間、割と凄まじい衝撃が俺の脳天を直撃した。
 意識が沈みかけて、一気に覚醒する。何事かと上体を起こすと、凄まじい不機嫌顔でこちらを見る橙の妖精――ニニルと顔が触れ合うほどの至近距離で視線が合った。
 いつもの、黒の外套に白のワンピースのような服。大雑把に切られた橙色の髪は色鮮やかで、光加減で僅かに見える金や黄のグラデーションがとても綺麗だ。
 そして妖精らしく可愛く端正に整った顔に嵌った、綺麗な鳶色の瞳の輝きが真っ直ぐに俺の目を射抜く。
 ……何か、しただろうか。
 そう思って近日の記憶を探る俺に対し、ニニルは、はあ、と温かい吐息を吐いて、
「放してあげたら如何ですか? 苦しそうですよ」
 と、実に呆れた様子で言い放った。
 苦しそう? と俺はふと手元に抱いている枕に視線を向ける。
 そこには何故か、頬を紅潮させて困った様子で俺を見上げるピアの顔があった。
「……あれ?」
「お、おはようございます、ご主人様」
 ピアの格好は少しばかり酷いものだ。
 白く綺麗な髪は風呂で洗った後に碌に拭かずに寝入った時のように跳ねまくり、服のボタンは幾つか外れ、白い布の隙間から健康的な肌色が見えていて、裾はめくれ上がり、ガーターベルトに釣られる白いソックスに包まれたすらりとした太股が際どいところまで覗いている。
 まるで誰かに散々滅茶苦茶にされたような―― 俺か。
「……す、すまん。枕と間違えてたみたいだ」
「い、いえ。それよりご主人様、頭は大丈夫ですか?」
 ピアを解放してやると、彼女はやや慌てて俺の腕の中から逃げ出し、髪や服を整えつつ俺に向き直った。
 顔がまだ赤いのは、俺が彼女の身体のあちこちに顔を埋めたり、手で揉みまくったりしたからだろう。本当に抱き心地が――いや、済まないことをしてしまった。
「大丈夫だ。お陰で目が覚めた。ありがとうな、ニニル」
「礼を言われることじゃありません。こちらとしてもこんな朝早くから寝床の中で粘っこく抱き合われていては苛立ちが募るばかりでしたから」
 全く悪びれずにそう言って、ひらりとベッドから降り立つニニル。よく見れば、その片手に彼女の分厚い手帳を持っている。あれの角で叩かれたのだろう、きっと。
 ともかく、俺もベッドから足を下ろす。横になっていると、日頃の疲れからまた眠ってしまいそうだ。
「ピア、朝ご飯の準備は出来ているのか?」
「あ、はい。それをお伝えするために来たのですが……」
 寝惚けた俺に捕まった、と。
「本当に済まん。ピアも俺が寝惚けて変なことしてたら遠慮なく起こしてくれていいぞ」
「い、いえ。お気になさらず。私も、その、それほど嫌なわけではありませんでしたし、その、むしろ嬉しかったと」
 顔を紅潮させたまま、後半になるにつれて怪しいことを口走り始めるピア。男心というものが分からないせいだろうか。いや、むしろ分かっているからこのような発言が出てくるのだろうか。
「済みません、族長。そういうどろ甘なことは向こうでやって頂けませんか。胸焼けを起こしそうです」
「で、では、私は朝食の準備をし直してきますね! ご主人様も後程おいで下さい!」
 ニニルの抉るような発言のせいか、ピアはそう早口で言うと駆け足で俺の部屋を出て行った。
 扉がばたんと勢い良く閉じられる音を合図に、俺とニニルの視線が再び交錯する。
「悠。疲れているのは分かりますが、あれは如何なものかと。誘っていると勘違いされてもおかしくはありませんよ」
「いや、それも何か間違ってる気がするが……」
「今日の夜も覚悟しておいた方がいいのではありませんか。まあ、いつものことでもありますが」
 ニニルは自分の寝床――俺の部屋の片隅にぽつんと置いてあるソファの上から、いかがわしい視線で俺を見る。
「昨日はヅィ様。一昨日はネイさん。その前はウールズウェイズ。気が散るったらありゃしませんよ」
「……じっと見られてた気もするんだが」
「仕事も出来ませんし、寝れもしません。他にどうしろというのですか」
 見なければいいし、そもそも俺の部屋にいなければいいだろうに、という言葉は思っても言わない。
 要するに、彼女も好きでここに居座っているのだから。
「いや、まあ、悪い。そう言えば、そろそろニニルもどうだ?」
「どう、とは?」
「妖精炎。そろそろ補給が必要なんじゃないかと思ってさ」
 勿論、妖精炎の補給とはニニルを抱くことを意味する。
 隠語っぽく隠す必要があるのかどうかは疑問だが、直接聞くと「馬鹿にしてます?」と言わんばかりの罵詈雑言が返ってくるので致し方ない。
 それに、こう聞けば――
「……そうですね。では明日辺りにお願いします」
「分かった」
 まるで仕事のアポイントメントを取るかのように殆ど動じないニニル。直接的に聞いた時には烈火の如く怒るというのに。
 恐らく、好きで人間と肌を重ねるかどうか、ということが彼女にとっての一線なのだろう。こうして「必要不可欠な、仕方のないこと」という体面を取れば、彼女の中で丸く収まる部分があるのかもしれない。
 理不尽だなと思えるところもないではないが、最近はこれも彼女の可愛さのひとつだと思えるようになってきた。
 やはり慣れは何事においても大切である。
「……変なこと考えてませんか?」
「いや? 取り敢えず朝ご飯食べてくる」
 怪訝な顔をするニニルの鋭い追及をさらりと避け、俺は自室を出た。


 台所のテーブルでは、俺を待っていたかのように三人の妖精の姿があった。
「お待ちしておりました、ご主人様」
「あ、おはようございます、ご主人様ー」
「お、ご主人か。お早う」
 ひとりは、言うまでもなくピアだ。その手に湯気立つコップを両手で抱え持ったまま、入ってきた俺に礼儀正しく一礼をする。
 もう二人は、俺が座るべきであろう空席の対面を占拠する緑の妖精――ミゥと、青の妖精――シゥ。
「ご主人様と朝食をご一緒出来るなんて、今日はいい日ですねー」
 いつもの深緑のショートヘアを首の動きと共に軽く揺らしながら、そんな可愛いことを言ってくれたのはミゥ。
 瞼を半分弱ほど閉じた眠そうな顔は今日も変わらず、俺に対して心休まる笑顔を振り撒いてくれる。朝から何かの実験をしていたのか護服の上から白衣を纏ったその姿は、彼女のその緩い表情と相反して知的なのかそうじゃないのかよく分からない印象を与える。
「そう思うならピアみたいに合わせたらいいじゃねぇか」
 ミゥの言葉に、そう皮肉げに笑みを浮かべて応じたのはシゥ。
 いつもの巨大なツインテールは今はなく、地面にまで垂れそうなほど長い青髪をただそのままに流している。服も普段の護服ではなく、肩と袖のない薄手のワンピースだ。それが彼女の男勝りなイメージとは相反するのだが、元々は深窓のお嬢様だったらしいせいか、妙に様になっているのが印象的だ。
「もう、シゥは分かってませんねー。偶然合うのがいいんじゃないですかー」
「それが隙あればご主人にくっ付いてる奴の台詞かよ」
「む、ボクはいつもご主人様にくっ付いてるわけじゃありませんよー?」
「はいはいふたりとも。ご主人様の前で言い争わない」
 ピアはその手のコップをひとつの席の前に置くと、椅子を引いて俺に譲る。
「ご主人様、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
 ピアの気遣いに俺も礼を返して、席に着く。
 今日の朝食のメニューは、ロールパンにハムとレタスを挟んだものと、レタスとトマトのサラダ、ホットミルクの三点のようだ。彼女らが作るメニューには必ず何処かに野菜が入っていて、それが何となく妖精らしいと感じる。
「頂きます」
「自然からの今日の糧に感謝を。 ――頂きます」
 俺が言うと同時に、隣の席に着いたピアも合わせる。本来は前半部分だけだったのだが、俺が毎度言っているのを真似て言うようにしたらしい。
 パンを手に取り、軽く齧る。誰かに作って貰うご飯というのは特別だ。それが可愛い女の子なら尚更である。
 横目で見ると、ピアも両手でパンを取り、小さな口でもそもそと食べている。一見すると何とも上品で可愛らしい食べ方だが、よく観察しているとその食べる速度が異常であることが分かる。俺がパンをひとつ食べるのと同じ早さでひとつを平らげているのだ。俺と彼女の体格差を考えると、実に俺の三倍以上の早さで食べていることになるのだが。
「? どうかなさいましたか? ご主人様」
「いや。今日もピアは綺麗だなと思って」
「ふふ、ありがとうございます」
 小さく笑みを浮かべて、俺のその場凌ぎの台詞にもちゃんと一礼を返すピア。
 まあ、よく食べるのは健康の証だと言うし、特に問題があるわけでもない。食費は確かに倍化したが、毎月多額の生活費が振り込まれる口座の残金に問題はない。
「ご主人様、本日のご予定は?」
「特にない、な。いつものことだが、部屋でゆっくりしてようと思う」
「分かりました」
「あ、じゃあご主人様、後で遊びに行ってもいいですかー? お見せしたいものがあるんですよー」
「ミゥ、お前いつもそれ言ってないか? ご主人、たまには俺の部屋に遊びに来いよ」
「あ、駄目ですよー。ボクが先です」
「お前が決めることじゃねえだろ」
「こら、ふたりとも! ご主人様に失礼ですよ!」
「ご主人、嫌か?」
「いや、誘われるのは嫌いじゃないな」
「ご主人様…… もう。何か粗相があったら、すぐにお言い付け下さいね?」
 微笑と苦笑を織り交ぜなから食卓での会話は進む。
 今日も、悪くない日になりそうな予感がした。


 朝食を終えて、ミゥとシゥとの約束を取り決めた後に一度自室へ戻る。
 と、ふと廊下の途中、洗面所の扉の前で、綺麗な翅と裸身の背中を曝して立つふたりの妖精の姿があった。
 炎のように鮮やかな赤色の短髪と、妖しい輝きを持つ紫電の長髪の下に、肩甲骨以外にはすらりとした背中と、そこから続く控えめと豊満、それぞれの形の良いお尻が炎と魔法の翅越しに余す所なく見えている。
「お早う、ふたりとも」
「ぬ、悠か」
「え? あ、お、おはようございます、ご主人様」
 背後から声を掛けた俺に、まず紫の妖精――ヅィがこちらを振り向いた。
 相変わらずの、自信と気品に満ち溢れた微笑。妖しい光を湛えたアメジストの瞳が、俺の目をしっかりと捉える。
 そのバランスの取れた豊満な裸身の一切を隠すことなく、むしろ見せ付けるように堂々と腰に片手を当てて立っている。自信がそうさせるのか、あるいは単に裸を見られることに抵抗がないだけか。
 続いて振り向いたのは赤の妖精――ネイ。
 彼女は流石というべきか、真面目そうな顔を紅潮させて、その手のそれぞれでなだらかな胸と股間を隠している。俯き加減になりつつも視線だけはしっかりと俺に合わせているのが彼女らしい。
「朝風呂か?」
「そのつもりだったのじゃがな。まだ十分に沸いておらんかったわ」
「なるほど。確認してから脱ぐべきだったな」
「確認と言ってもの。やはり機械は苦手じゃ」
 背中の翅を小さく震わせながら、からからと笑うヅィ。なんとも彼女らしい態度である。
「魔法で沸かすとか出来ないのか?」
「桶一杯程度なら余裕じゃが、あれほどとなるとな。それに微調整が面倒じゃ。凍らせるか蒸発させるかなら問題ないのじゃがな」
「豪快だな」
「中途半端な数よりも零か一杯かの方が悠も想像しやすいじゃろう? 単純な大小より、微細な調整を行う方が魔法にとっては負担が大きいのじゃ。悠も覚えておくが良い」
「なるほど」
 頷きながら、ちらと視線をネイに移す。俺に裸身を曝していて、しかし逃げてはいけないと思っているせいか、可哀想なぐらいに顔と長い耳を赤くしている。
 彼女のためにも俺の理性のためにも、早々に退散するか。
「じゃあ、また後でな」
「ぬ、悠。まだ講義は終わっとらんぞ? というより、主も共に湯浴みをせんか?」
「今日は講義は勘弁してくれ。また今度たっぷり聞くから」
「ほ、ほらヅィ、そろそろ沸いたかも知れませんし、行きましょう?」
「これ、ネイ、押すでない。仕様がないのう……」
 ふたりの声が洗面所に消える。ふたつの小さく可愛いお尻と綺麗な背中と翅を見送って、俺は自室に戻った。


「いらっしゃいませ、ご主人様ー」
 そんな出迎えの声に誘われて、俺はミゥの部屋に入る。
 彼女の部屋は少しばかり凄まじい。何せ、部屋の総面積の三分の一近くが鉢植えやらプランターやらで埋まっていて、それぞれ全て違う種類の植物が植えられているのだ。その総数は恐らく百近くに上るだろう。
 家庭菜園と言える限度を超えている。どれほどの園芸家でもここまではするまい。
「こちらへどうぞー」
「ああ。で、見せたいものって何なんだ?」
 笑顔のミゥに指し示されて、俺は部屋中央に居座る応接セットのソファに腰を下ろした。
 ミゥは俺に一度強く微笑んで、ちょっと待って下さいねー、と言って、プランターやら鉢植えを乗せた棚が所狭しと並び積まれている一角に消える。
 そんな彼女を見送って、俺はふと自分の座っているソファの座り心地を確かめた。
 薄緑を基調として、薔薇に似た花の意匠が成されたもの。生地の触り心地も柔らかさもかつてないほどに優しく、恐らくはノア辺りが作ったものなのだろうと予想できる。だが、それにしては彼女達が座るには少しばかり大きいように感じる。この背凭れの部分といい、まるで俺に合わせて誂えたかのような感じだ。
 ……まあ、彼女達ならやりかねないことではある。
 と、視線を戻したところで、ミゥが鉢植えをひとつ抱えて戻ってきた。
 薔薇によく似た、しかしどこか違う赤い花がミニチュアサイズの木に咲いている。ソファに意匠されたものと同じものだろう。
「それか?」
「はいー。これはですね、ウルズワルドの国樹のグリムワットの木なんですよ。今までにこういう形で咲かせたことはなかったはずですから、ボクが初めて成功させたことになるんですよー」
「それは凄いな」
「えへへ」
 花を咲かせることに難しい条件があるのだろう。誇らしげに自分の功績を言うミゥの頭を撫でてやると、彼女は嬉しげな声を零した。
「ミゥはこの木、好きなのか?」
「はいー。グリムワットの木はフィフニル族と深い繋がりがあるんですよー。フィフニル族の母樹は、創世記時代にグリムワットの木がリーリスニール様から神格を受けて作られたと言われていますから」
「リーリスニール?」
「妖精種を創造主様と一緒に創ったと言われている神様です。植物を司っていて、微睡みの古代神様や大地神のディモグルシア様と深い関係があります」
 少し突っ込むと、西洋の空想小説を紐解いたかのごとくファンタジックな名前が次々と飛び出してくる。あまり触れない方が吉だと判断して、俺は、そうか、とだけ返して、また彼女の頭を撫でた。
 グリムワットの花とやらを至近距離で観察する。ふと鼻腔を満たす心が落ち着くような匂いに、最近のミゥが纏っていた匂いの元はこれか、と判断できた。彼女達と出会ってから、こういうことに目敏くなったなと思う。以前の俺ならその匂いが良いか悪いかぐらいしか分からなかっただろうし、その前に大した興味を抱かなかったろう。
「いい匂いだな」
「ふふー。これ、ご主人様に差し上げますから、是非お部屋に飾って下さい」
 言って、ずい、とミゥは俺に鉢植えを押し付けるように手渡してきた。
「いいのか? 貴重なものなんだろう?」
「十分に記録は取れましたから、もうボクの手にかかればいつでもどこでも簡単です。だから、それはご主人様が持ってて下さい。その花を見て、香りを味わって、ボク達のことを欲しいと思って頂けたら嬉しいです」
「あー、ありがとう。大事にする」
「ふふ」
 あまりにも直球な言葉に顔が熱くなる感覚を覚える。それが伝わったのか、ミゥは小さく笑った。
「ご主人様のお呼びとあれば、いつまでも一緒にいますし、何だってやりますから。ボクだって、ネイほど上手くはないですけど、歌ったり踊ったり出来るんですから。だから、呼んで下さいね? ボクだって、ご主人様の前でお披露目したいです」
「あ、ああ。そうだよな」
 勝手にいつもの交わりのことを思い出していた俺は、そんなミゥの願望に思わず苦笑する。
 ミゥとは行為の印象が強くて、それが彼女の本領ではないことを忘れていた。
 宙を舞い踊るミゥの姿を脳裏に思い浮かべる。それは以前見たネイのものとそれほど違わないぐらいに綺麗なのだろう。
「分かった。じゃあ後でミゥの踊りも見せてくれ」
「ふふ、分かりましたー」
 満面の笑顔でミゥは頷いた。


 昼前になって自分の部屋に戻ると、俺のベッドの上で寝転がっているシゥの姿があった。
 ニニルの姿はない。彼女が追い出したのだろうか。
「シゥ、お待たせ」
「ん、ああ。お帰り、ご主人」
 返事の後、シゥが上体を起こしてこちらを見て、少し怪訝な顔をした。
「なんでそれがここに? ――ああ、ミゥか」
 しかし瞬時にそう答えを出すと、跳ね起きる彼女。そして俺の腕に抱かれた鉢植えに顔を寄せ、
「ん、いい匂いだ」
 と呟くように感想を漏らした。
「落ち着く匂いだな。国樹なんだっけ?」
「ああ。なんだかんだ言っても、やっぱりこの匂いは気に入ってる」
 俺が鉢植えを抱えてベッドに腰掛けると、シゥも俺の隣に腰掛けて、俺の膝の上に寄りかかって花の匂いを嗅いでいる。
 そんな彼女の頭を撫で、鉢植えをベッド傍の棚の上に置く。
「あ、もうちょっと」
 そんなことを言って、シゥは鼻先から遠ざかった鉢植えを追い掛けて腰を上げる。
 俺は苦笑して、俺の背後を通り過ぎようとする彼女の腰を捕まえた。
「ちょっ、ご主人、何だよ」
「そんなに好きなのか?」
「む、何だよ……? 何か悪かったか?」
「俺の匂いとその花の匂い、どっちが好き?」
 少しだけ嫉妬を込めてそう聞くと、途端にシゥは不満げだった顔を気弱なものへと変える。
「う…… 何だよ、その質問は」
「そう言うってことは、花の方が好きなのか?」
「ん、んなわけねーけど……」
「じゃあ、俺の匂いでいいじゃないか」
「な、わ、ちょっ、ご主人!?」
 背中からシゥをベッドの上に引き倒し、その上に覆い被さる。
 彼女の柔らかい身体が胸板に当たり、いい匂いのする青髪が鼻先を埋める。
 ふざけ半分でやっているからいいものの、そうでなかったら思わずこのまま襲ってしまいそうだ。
「う、あ……!?」
「俺はそんな花より、シゥの匂いの方がずっと好きだな」
 わざと音を立てて、すんすんと鼻を鳴らす。それだけでシゥの頬が紅潮するのが分かった。
 続いて小さな身体が強張る。まるで、俺に襲われるのを覚悟し、受け入れようとしているかのように、
 すっかり条件反射を植え付けてしまっているなと思いつつ、俺は喉を震わせて笑った。そして下敷きにしていたシゥの身体を解放する。
「あ、え……?」
「期待しているところ悪いが、流石にこんな昼前からはやらないぞ?」
「っ……! ご主人!」
「悪い悪い」
 からかわれたのだと気付いたのだろう。シゥがばっと上体を起こし、頬を赤くしながら怒りの声を上げる。
 そんな彼女の様子が可愛くて、俺はついつい悪乗りをしてしまう。
「まあ、君がどうしてもって言うなら、俺も吝かじゃないが」
「るっさい! 馬鹿ご主人!」
「馬鹿とは酷いな」
 笑いながら、怒る彼女の頭を撫でる。憤っている様子であるが、撫でられることには抵抗しないのがまた可愛い。
 そうしていると、シゥは途端に、はあ、とひとつ息を吐いて、上体をベッドに倒した。
「ご主人はたまにそうやって気持ちを弄ぶことがあるよな」
「否定はしないが、弄ぶ、ってほどじゃないと思うが」
「いーや。今の俺の心境からすると十分弄ばれたぜ」
 いいか? と前置いて、まるで説教をするようにシゥは口を開く。
「俺はご主人の身の安全をいつも気に掛けてる。だからミゥみたいにいつ誘っても誘われても大丈夫ってわけじゃないんだ。でも俺だって、その、出来ればご主人に抱いて欲しいから、ああいうことをされると、迷っちまう。そこでおふざけだなんて酷いだろ? 酷くないか?」
「あー…… まあ、そうかもな」
「そうかもな、じゃなくて、そうなんだって」
「すまん」
「分かればいい」
 暗に、襲ってくれ、と言っているような内容の説教だったが、俺は素直に謝罪した。彼女の言っていることも分からないわけではない。
 俺の言葉にひとまずは満足したように、はあ、とまたひとつ息を吐くシゥ。
 いかにも、やれやれ、と言いたげなその様子を見ていると、じゃあ襲っていいんだな、と言ってしまいそうになる。
 俺の悪戯心がまた芽吹く前に、適当な話題転換をするとしよう。
「――で、なんでシゥは俺の部屋にいるんだっけ?」
「ご主人、惚けるにゃまだ早くないか。ご主人が、部屋で待っててくれ、って言ったんだろ?」
「そういや、そうか」
「じゃ、俺の部屋に行こうぜ。折角鍵もやったのに、まだ一度も来てないだろ?」
「ああ」
 ひらりとベッドを降りて先を行くシゥの後に続いて、俺も自分の部屋を出る。
 廊下を台所の方向とは逆に少し進み、対面に三つずつ並ぶ扉のうち中央の扉の前で、シゥは立ち止まった。
「ここが俺の部屋。 ……そういや言ってなかったっけか?」
「そう言えばそうだな」
「……ま、いい。暇があったら何時でも来ていいんだからな」
 懐を漁り、引き抜いた手に持った小さな銀色の鍵で自分の部屋だと言う小さな扉の鍵を開けるシゥ。
 小さい扉の向こうに彼女の姿が消える。それを待って、俺は大きい扉を開いた。
「いらっしゃい、ご主人」
 笑みを伴ったシゥの挨拶に出迎えられながら、俺はシゥの部屋を遠慮なく見回す。
 部屋の広さは俺の部屋より一畳か二畳狭いぐらいで、俺やミゥの部屋などと部屋の形はほぼ共通のようだ。
 中央にミゥの部屋にあったのと同じ――色だけが薄水色になっている応接セットがあり、あとはシゥの身長に見合った大きさの本棚やら衣装棚やらが見える。気になることと言えば、部屋の一番奥、窓際にある薄水色の布団が掛かったベッドだけ普通に大きい。 ――何と言うか、俺が楽に寝れるぐらいには。
 思い出せば、ミゥの部屋にも同じ大きさのベッドが見えた気がする。
「……どうしたご主人、そんな訝しげな顔で。何か気に喰わないものでもあるのかよ?」
「いや、何でもない。で、何か用事だったのか?」
 深く気にしないことにして、取り敢えず用件を聞く。
 するとシゥは少しだけ不満そうな顔で、
「ご主人と一緒にいるには何か用事がないと駄目なのか?」
 なんてことを言ってきた。
「ああ、いや。そんなことはない」
「じゃあいいだろ。さ、座れよ」
 俺も先程のシゥの不満の意味が分からないほど愚鈍ではない。
 口調が男勝りだからつい勝手にそのような性格だと思ってしまいがちだが、彼女も純真な女の子なのだなと改めて思う。
 そんなことを考えながらソファに腰掛ける。ミゥの部屋のものと同じく、何とも座り心地がいい。
「ご主人は熱いのがいいか? それとも冷たい方が?」
「何が?」
「勿論、お茶だよ」
 質問の声に振り向くと、いつの間に何処から取り出したのか、お茶のセットを片手にシゥが傍に立っていた。
 テーブルの上に高級そうなティーカップを手際よくふたつ並べ、再び俺を見る。
「じゃあ、冷たいので」
「分かった」
 ふたつのティーカップに茶褐色の液体が注がれる。半分ほど注いだところで止め、シゥは左手と右手をそれぞれティーカップの上に翳した。直後、彼女の背中に氷の翅が顕現して輝いたかと思うと、その手から小さな氷が三つほどティーカップの中に落ちて、小さな水音を立てた。
「ほれ、召し上がれ」
「ありがとう」
 シゥの微笑みを受けながら、片方のティーカップを取る。
 正直に言ってお茶会のマナーの知識など皆無だったが、少しは格好を付けようとまずはテレビや小説などでよく見るように匂いを嗅いでみることにした。
 ティーカップを口許まで持ち上げ、それとなく匂いを吸う。
 鼻腔に広がったのは、少しきついとさえ思えるような花の匂い。決して悪い匂いではないのだが、何の心構えもなく嗅いだこともあって、思わず眉を動かしてしまった。
「ご主人、大丈夫か?」
 そしてそんな俺の動きを過剰とも思えるぐらいに機敏に察知したシゥの気遣いが飛んでくる。
「いや、大丈夫。だが、ちょっときついな」
「これは結構匂いがするからな。でも慣れてくるといいもんだぜ」
 ぼふり、と俺の隣、密着するほどの距離にシゥは腰を下ろし、ティーカップをその手に取った。
 口許へその縁を持って行き、すんすんと匂いを嗅いで、くいっと呷る。そして、ぷはと満足げに息を継ぐ彼女。
「うん、美味い」
 そう零す彼女に倣って俺もティーカップに口を付ける。
 口に入った茶褐色の液体は苦味と甘味が上手く両立したような味で、確かに美味しいと思えた。ただ、苦味がある分あまり多くは飲めないかもしれない。慣れが必要だろう。
「ご主人にはこいつは冷えたやつより温めたやつの方が向いてるかもな。俺も最初は温めた方が好きだったし」
「そうなのか」
「ああ。茶によっては冷えてる時と温かい時では味が違うものがあるんだよ。調味料も温かい時には合ったのに、冷えてる時には全く合わないものもある。そこらは知ってて損はしないと思うぜ」
「ふむ……」
 彼女達と一緒に暮らすのだから、その辺りは勉強しても損はしないだろう。
「ヅィやピアに聞けば懇切丁寧に教えてくれるだろ。俺が教えてもいいけど、俺は好き嫌いが激しいから偏った知識になっちまう可能性もある。そうなったら悪いしな」
「シゥと一緒の好き嫌いになるならそう悪くないと思うけどな」
「駄目だって。俺たちとずっと一緒にいるんだから、そういうことはちゃんと覚えてもらわないとな」
 頭と肩を俺に預けるように寄り掛かり、こくこくと上機嫌でお茶を飲むシゥ。
 それに俺も倣い、すぐに一杯目を飲み干す。空になったティーカップを彼女から預かり、今度は俺が注ぐ。その間、腰にぎゅうと抱き着いてくる彼女の感触が妙に暖かかった。
「ほら」
「ん、ありがと」
「どういたしまして」
 昼前のお茶会はそんなゆっくりした時間の中で過ぎていった。


「で、提案なんだが」
 そろそろ正午になろうかという時刻。俺は妖精達七人全員を居間に集めてそう切り出した。
「一日中部屋にいるのも何だし、昼食も兼ねて全員で出かけないか?」
「全員で、外出、ですか」
「難しいか?」
 俺の唐突な提案に、ピアは口許に手を添えて考える素振りを見せる。
「シゥ、貴方はどう判断しますか?」
「いいんじゃねえか、別に。前に聞いた限りじゃ数だけは多いみたいだから、行く場所にもよるが…… まあ街中なら大丈夫だろ。あいつらもそこまででかい騒ぎにはしたくないはずだ」
「そうじゃの。下手に人目を避けるよりは紛れた方が良かろう。じゃが、そのような場所にわらわ達全員が出かけられるかの?」
 再び俺に視線が集まる。
 恐らく、彼女達の頭の中では楽しむということと静かにするということはほぼ真逆の位置にあるのだろう。
 聞く限りでは彼女らの楽しみと言えば食事、会話、踊り、歌の四つらしいから無理はないが。
「君達は消えてればいいだけだから大丈夫だ」
「お買い物か何かですかー?」
「いや、きっと君達も楽しめるものだ」
 俺のそんな言葉を聞いて、ほぼ全員が首を傾げたり訝しげな顔をする。
 そうしなかったのはノアとニニルだけだ。きっと知識の上ではいくらか心当たりがあるのだろう。
「ともかく、良ければ早速出かけようか」
「わ、分かりました。その、移動は車で?」
「そうだな。ちょっと辛いかもしれないが、我慢してくれ」


 というわけで、俺と七人の妖精がやって来たのは、以前ミゥやノアと一緒に来たショッピングモール。
 正確には、その中にある映画館だ。
 券売機で購入したチケット、大人八枚分を連席指定で突っ込み、連なった席番号の印字された券を代わりに受け取る。
 傍から見ればひとりで八人分もの席を占有しているように見えるだろうが、まあ仕方ない。
『ちゃんと全員付いてきてるか?』
『はい。問題ありません』
 独り言を呟くようにそう頭の中で言葉を思い浮かべると、即座に頭の中にピアの声が響く。
 ぱっと見は俺ひとりで上映ホールへの入場ゲートを潜っている。だが実際には俺の後を付いて七人の妖精達もゲートを潜ったはずだ。
 後ろを見れば、そこには薄暗い通路があるだけなのに確かな気配と視線を感じる。
『ご主人様、ここは何ですかー? 前は来ませんでしたけど』
『映画館って場所。映画は分かるか?』
『連続した絵や写真によって現された物語を鑑賞するものだと記憶していますが』
『何だそりゃ』
『私も聞いたことはありますが、見たことはありませんね』
 まるで無線の混線のように、頭の中にそれぞれの声が響く。
 この魔法は一体どういう仕組みになっているのか少し興味深く思いながらも、俺は手元のチケットを確認しながら歩を進める。
 自動で指定された八つの席は、上手い具合にホールの端で八つだけ孤立した場所だった。ここなら俺ひとりで座っているように見えても特に怪しく思われることもないだろう。見やすい中央でないのは残念だが。
『全員、ここで座って待つんだ。しばらくしたら始まるから』
『始まるとは、何がですか?』
『映画。まあ、見てれば分かるよ。大きいテレビみたいなものだ』
 言って、俺も適当に席へ腰を下ろす。
 ホール内の人はまばらで、カップルや夫婦と思しき男女がそれぞれ離れたところにぽつぽつと座っているのみ。俺の選んだ映画は特に不人気というわけではないのだが、こんな昼前から一杯になるような内容の映画ではない。
 人が一杯であれば、恐らく彼女達はそちらの方を気にして映画鑑賞どころではなかったろう。予想が当たっていて良かったと、俺はこっそり安堵の息を吐いた。


 映画はそれから程なくで上映された。
 いつものコマーシャルや予告の後、映画本編が始まる。
 ある女暗殺者は、依頼でとある企業のオーナーを殺す。だが、その際に依頼とは無関係な青年の足を不自由にさせてしまう。
 暗殺対象以外は傷付けないことを己のルールと定めていた女暗殺者は、その青年を助け、更には不自由になってしまった青年の家事手伝いとして青年の家に潜り込む。そして女暗殺者は青年の世話をする内に、その人柄に惚れ込んでいく。
 だが、青年は女暗殺者が殺したオーナーの隠し子であったことが分かり、更に青年はその父親を殺した相手――つまりは自分に対して復讐を誓っていることを女暗殺者は知る。そしてある日、不意に女暗殺者は自分が暗殺者であることを青年に気付かれてしまう。
 そこで咄嗟に吐いた幾つかの嘘――青年の父を殺したのは自分ではないこと、今は依頼によって青年の身を護っていること、それ故に家事手伝いとして身を隠してここにいること――によって、女暗殺者は青年に殺しの技術を教えることになってしまう。
 青年に素質があったのか、あるいはその復讐の一念によるものか、はたまた女暗殺者の教えが良かったのか、青年は瞬く間に一人前の暗殺者になっていく。それを女暗殺者は喜びつつも、青年が最終的に狙っているのは自分なのだと、複雑な気持ちでいた。
 そしてついにその日が来てしまう。青年は自分の復讐の相手が、自分を長く世話してくれて、かつ師となってくれた女暗殺者であったことを知り、同時に女暗殺者は、青年がそのことを知ったということを知る。
 二人の関係は急速にぎこちないものになった。すぐさま殺し合いにはならなかったものの、青年がいつ自分を殺しにくるかと女暗殺者は気が気ではなかった。同時に青年も、長い年月をかけてようやく突き止めた復讐の相手が女暗殺者であったことに、小さくない迷いを抱えていた。
 やがて二人は奇しくも――あるいは師と弟子という関係からか、ほぼ同時に決断した。それとなく相手の予定を伺い、暗殺の算段を立てる。お互いに手の内は知り尽くしている。それ故に、迷いさえしなければ必ず、という思いを互いに抱いていた。
 そして実行。二人の戦いは手を変え品を変え一昼夜に及び、そして必殺の機会が同時に訪れる。今攻撃すれば相手を殺し得るが、自分も相打ちになるという瞬間。
 そして二人は互いにナイフと銃弾を放ち――
「――あれほど戦ってなお、相手に自分の最後を委ねられるというのは素晴らしいことですね」
 瞼を軽く閉じて、脳裏でその光景を思い出しているかのような仕草を見せながらピアが言う。
「あれが、無償の愛というものなんですね……」
「困難な判断であると思われます」
 まだ冷めやらぬ感動を露にして言うのはネイ。隣で無表情に頷くノアは分かっているのかいないのか微妙なところであるが。
「少々分からぬ感情がありはしたが、悪くはない話ではあったのう」
「まあそうだな」
「ふふ、シゥったら照れてますねー? 途中、ちょっと泣いてませんでしたか?」
「るせぇ」
 一見辛口の評価なのがヅィ。まあ、彼女なりの良評価なのかもしれないが。
 ミゥに突っ込まれて即座に口を尖らせるシゥ。その頬は少しだけ赤みが差していて、恐らくはミゥの言う通りなのだろうと思われた。
「そういうミゥはどうなんだよ?」
「ボクは涙は出ませんでしたけど、終始ドキドキでしたねー。いつ暗殺者さんの嘘が明るみに出るかと」
 微笑みでそう言ってひとつ息を吐くミゥ。まあ、その気持ちは分からなくはない。何せ彼女達はつい最近まで、嘘を付いて家事手伝いとして働く、ということをやっていたのだから。
「ニニルはどうだった?」
「ん? そうですね…… まあ悠にしては悪くない選択だったんじゃないですか」
 話を振ってもニニルはそんな返事しかしてくれない。
 まあ、彼女の性格を考えればヅィと同じで良評価といったところなのだろうか。
 ――女暗殺者と青年は、お互いに最後の攻撃を外した。
 やはり殺すことは出来ない。だから、せめて代償として自分が死のうと。
 そうして二人は互いの思いを吐露し合って、和解する。
「まあ、現実はそんなに甘かねえけどな」
「貴方なら躊躇なく相手を殺してそれで終わりでしょうからね、ヴェイルシアス」
「喧嘩売ってんのか?」
「まさか。可能性の高い未来を言っただけですよ」
「こら、ふたりとも。ご主人様の前ですよ」
「ふん」
「へいへい」
 いつものようにシゥとニニルが口喧嘩になり、それをピアが仲裁する。
 俺はそれを横目で見て笑いながら、ハンバーガーファーストフードのドライブスルーに車を入れた。
 定例の注文の受け答えに、雑談に花を咲かせている七人の妖精達を横目で見つつ、適当なセットメニューを答える。
 八人分ともなると流石の量になる。後ろが混んでいなくて幸いだった。
「ニニル、ミゥ、これ持っててくれ」
「? なんですか、これは」
「お食事ですかー?」
「そんなところだ。適当なところで食べようか」
 一袋ずつを助手席のニニルと後部座席すぐのミゥに手渡し、車を駐車場に止める。
 袋の中を興味深げに覗き込んでいるネイやシゥに断って、中のセットをそれぞれ適当に配る。
「ご主人様、これはどういう?」
「パンに色々挟んだものだ。そういうのは初めてか?」
「ああ、なるほど。ああいうものですか。熱いのは、ちょっと初めてです」
 どうやらサンドウィッチに類するものは向こうにもあるらしい。
 俺の答えに要領を得たのか、それぞれ恐る恐るといった様子ではあるものの食べ始める。
「色々と入っていますが、味の雑っぽさと手軽さはそう変わりませんね」
「ニニル。もう少し柔軟な表現を使ったらどうじゃ。お主、記者じゃろう?」
「こういう料理に小難しい表現は似合いませんよ…… ヅィ様のに挟んであるのは何ですか?」
「魚肉の揚げ物、かの。調味料が合っておる」
「私のものはトマトと野菜と牛肉ですね」
「トマト? うえ、熱いトマトかよ……」
「あら、シゥは熱トマトは食べたことはありませんか?」
「いや、食べたことはあるがちょっと苦手だな」
「冷えてるのは大好きなんですよねー、シゥは」
「まあな…… そういやご主人、これは何だ?」
「じゃがいもの細切り揚げ…… って言えば分かるか? 塩味が効いてて美味しいぞ」
「へえ…… 人間も色々考えるもんだな」
「油料理というのは幻影界、特に妖精郷ではあまり一般的ではありませんでしたからね」
「そうなのか」
「人間は油を明かり取りに使っておるが、妖精種の殆どは魔法でそれを行うからの。故に妖精郷では需要も少なく、供給も少ない。流通が少なければ、このような使い方をする者も少ない、と。その辺りは自然界でも同様じゃろう?」
「そうだな」
 頷きながら、俺もハンバーガーに齧り付き、頬張る。
 相変わらず食事時には会話の弾む子達だ。常に誰かが喋っていて、それでいて食事の速度は衰えない。
「あ、ご主人様。口許に調味料が」
「ん?」
「動かないで下さいね」
 ふとそう言ってピアはそっと立ち上がり、俺の顎に手を添えると顔を近付け、ぺろり、と俺の唇のすぐ傍を通り過ぎるように舐め取ってきた。
 思わずその舐められた部分に指を触れる。それよりも早く、すっと身を引いたピアは小さく微笑んだ。
「綺麗になりました」
「あ、ああ」
 ごく自然そうにそう告げて、自分の食事に戻るピア。
 指先に仄かな熱を感じながら、まるで小説や映画のワンシーンのようだと、そんなことを考えた。
 先程の映画の一シーンで女暗殺者が青年に同じことをしていたと思い出したのは、食事が終わった後のことだった。


「――では、何を歌いましょうか」
「そうですねー。いつもは何を?」
「いや、お前の好きにしろ。別に何だって踊れるしな」
「そうじゃの。よほど奇抜なものでない限りは大丈夫じゃ」
「じゃあ、緑の童謡のアレでお願いします」
「分かりました」
「了解」
「緑の童謡ですか。ミゥは好きですね」
「ふふー」
 俺とニニルの目の前で六人の妖精達はそう相談し、互いに少しづつ離れた。
 そしてシゥとミゥが、ピアとヅィが両手を繋ぎ、ノアはその手に小さなバイオリンのような楽器を出現させ、ネイは瞼を閉じ、喉に手を触れて、発声練習のように小さく単調な声を出す。
「いつでもどうぞ、ノア」
「了解。実行します」
 そんなネイとノアの言葉を皮切りに、小さな妖精達の舞踏会が始まった。
 ノアが片手を弦の上に翳し、弾くかのように指を宙で動かすと、綺麗な音色が流れ始める。
 それに合わせてネイが歌い、更にそれに合わせて他の四人が流れるようなステップを踏み出す。
 絹糸のようなそれぞれの色の髪と、ゆったりとした服の裾が揺れ、それぞれの翅からそれぞれの色をした燐光が零れ漂う。
 幻想的な光景の中、綺麗で可愛い四人の妖精達が踊る。
 傍目にも凄いと感じるのはピアとヅィの組だ。
 どこか牧歌的な音楽と歌声に合わせ、巧みなステップと細かい仕草を綺麗に絡めていく。ゆったりとした動きでありながら優雅で、見る者を退屈させない。流石は妖精種の一族長と皇帝の側室、と言ったところだろうか。
 シゥとミゥの組は、ふたりの仲の良さがよく分かる踊りになっている。
 ピアとヅィに負けないほどの優雅さだが、よくよく見れば、動きの主体になっているのは常にシゥで、踊りの主体になっているのはミゥだ。シゥがミゥを徹底的に補佐した上に、踊りの主役をも譲っている。ミゥの踊りが引き立っているが、その影にあるシゥの踊りの技術が相当高いこともよく分かるものだ。
 手を足を絡ませ、くるりと回り、抱き抱かれ――やがて一曲が終わると、それに合わせて彼女たちもその見事な舞踏を止めた。
 俺とニニルは拍手で彼女らの踊りを讃える。
「ありがとうございます」
 ピアが丁寧な一礼で返し、そしてニニルに視線を送る。
「ニニル、あなたも踊りなさい」
「え、しかし――」
「私が相手なら構わないでしょう? ヅィ、ご主人様をお願いします」
「あい分かった」
「ちょ、ちょっと――」
 ピアが微笑みのままに半ば無理やりニニルの手を引いて、ヅィと入れ替わりに場へと引っ張り出される。
 そしてピアがネイとノアに向けて何事かを言うと、二人は頷いてまた一曲を始めた。先程とは違う、少しアップテンポの曲。
 俺は隣に座りにきたヅィの頭を撫でながら、鑑賞を続ける。
「綺麗な踊りだったよ。流石はヅィだな」
「それほどでもありはせん。要は経験じゃからな」
 言葉とは裏腹に胸を張って答えるヅィ。彼女らしい調子に小さく笑ってしまう。
「でも、色々あるんだろ? 踊りのことには詳しくないが」
「人間はどうか知らぬが、妖精の踊りに決まった形などありはせんよ」
「じゃあ、楽しければいいってことか?」
「うむ。導き手が大筋の動きを決定し、踊り手がそれを拡張するだけのこと。お互いの経験が十分ならば誰にでもこの程度の舞踏は可能じゃ」
「なるほど」
 ピアとニニルの組は、俺の目の前で綺麗に踊っている。ニニルの表情が少し硬いのが改善点と言ったところか。
 先程のヅィの言葉を見れば、今はピアが導き手で、ニニルが踊り手なのだろう。まだ戸惑いの色が見えるニニルに、しかしその動きにまるで不自然さが見えないのはピアが上手く補佐しているからか。
「妖精種で踊れぬ、歌えぬものはいないと言ってよい。その者を見るにはまず共に歌って踊れという言葉があるぐらいじゃ。導き手と踊り手の上手さはその者の性格を如実に表すからの」
「踊って歌え、か」
 なんとも妖精らしい言葉だ。
 と、不意にニニルが躓いた。しまった、という顔をして直前の動きのまま流れるようにして倒れていくニニルを、しかし即座にピアが支え、逆にその動きを踊りの一動作へと変え、何事もなかったかのようにするりと体勢を戻す。ニニルが躓いた瞬間とその顔を見なければ失敗したとは分からないほどに綺麗なサポートだった。
 申し訳なさそうな表情のニニルを、あなたもと促すように笑顔で応じるピア。
 やがてニニルも微笑を浮かべ、それによって動きのぎこちなさが取れたことを示すように踊りがより優雅なものになっていく。
 シゥとミゥは相変わらず、ミゥが魅了するような可愛い動きを見せ、それをシゥがサポートしている。
 ややあってまた一曲が終わり、ひとつ息を吐いてニニルが戻ってきた。それと入れ替わりにまたヅィがピアと手を合わせる。
「お疲れ様。踊り、綺麗だったよ」
「何から何まで族長に導いて頂いただけです。それに、悠に見せるために踊ったわけではありません」
 清々しそうな微笑を浮かべながら落ち込みつつ呆れるという器用な様子でニニルは俺の拍手にそう応えた。


 舞踏会が終わった後、俺はヅィとノアに請われてとある有名な卓上ゲームを教えていた。
「こっちの黒と赤の文字が書いてあるのが萬子。こっちの丸いのが描かれてるのが筒子。こっちの緑の細いのが描かれてるのが索子。で、こっちにあるのが風牌と三元牌。ここまでは大丈夫か?」
「うむ」
「了解」
 そのゲームとは、麻雀。
 発端は、卓上ゲームを趣味のひとつとするヅィがノアに自然界の卓上ゲームについて聞いたことによるらしい。
 以前に将棋を教えたことはあったのだが、他にもあるだろうということでヅィが更に聞き、それに対してノアが答えたのが麻雀ということらしかった。恐らく情報源はインターネットだろう。
「こっちの三種類――数牌にはそれぞれ一から九まであって、同じ数字は四つずつある。つまり一種類三十六個だな。これを連番で三つ揃えたものが順子、同じ数字を三つ揃えたものを刻子って呼ぶ。風牌と三元牌には順子はない。刻子だけだ。これも大丈夫か?」
 掌の上の雀牌を眺めているヅィとノアはいかにも興味津々といった様子で――ノアは相変わらず無表情ではあったが――頷いてくれる。とても教えがいのある生徒だ。
「大丈夫じゃ」
「肯定」
「で、この刻子か順子を四つ。あとは何か適当な同じ牌を二つ――頭って言うんだが、それを一番早く揃えるゲームだ」
「ほほう」
「了解」
 俺は適当に牌を並べ、タンヤオの形を作ってびしりと倒した。それを見て、ヅィのアメジストの瞳が妖しげな光を放った――かのように見えた。
「他にも色々あるんだが、まあおいおい覚えていけばいいだろう。まずはやってみようか」
 牌を混ぜ、山にする。そこから配牌を行い、俺とヅィ、ノアの前に並べていく。
「揃える方法は二つ。まず基本的な手段として、山の端から牌を引いてくる」
 言いながら俺は第一ツモを行い、適当な牌を切る。
「切った牌は表を向けておくのじゃな?」
「そう」
「――ふむ」
 いつもの意地悪い笑みと共に、ヅィもひとつ牌を引いてひとつ切る。ノアもそれに従ったところで、次のステップに進む。
「もうひとつは他人の捨てた牌を貰ってくることだ」
「ほう」
「ただしこれには条件があって、それを貰ってくることにより刻子か順子が完成する状態じゃないといけない。更にそれが順子の場合、貰ってこれるのは自分のひとつ前の奴が捨てたものだけだ」
 言いながら俺はノアの捨てた東を取り、それを加えて東の刻子を開示した。
「更に言うと、この方法で揃えた場合はこういう風に開示しないといけない上、これらを崩すことは出来なくなる」
「不利になるというわけじゃな?」
「そうだな。まあその一方で早く揃えられるから、不利ばっかりじゃない」
「後は…… 番の回りはどうなる? 例えばわらわが捨てた牌を悠が取った場合じゃが」
「その場合は、俺が捨てた後にまたヅィの番になるな」
「なるほどのう」
 頷きながら山に手を伸ばし、牌を引いて切るヅィ。
「頂きます」
 瞬間、その牌をノアが取った。加えて倒し、順子を開示する。
「ふむ」
 ひとつ頷いて薄い笑みを浮かべるヅィ。どうにもこの子はこういう場面で空恐ろしさを感じてしまう。
 引いて切り、引いて切り、引いて切り、鳴いて切り。
 局の半分が終わろうかというところで、俺が切った牌に対してヅィが眉を動かした。そして笑みを浮かべる。
「それを頂く。完成じゃ」
「頂きます。完成です」
 しかし上がった声は同時にふたつ。俺が思わず目を見開くと、ヅィもノアもごく平然と自分の手牌を開示した。
 四面子一頭。ふたりの手牌は俺が先程切った牌を加えることで確かに完成していた。
 まさかいきなりダブロンとは。
「ふむ。このような場合はどうなるのかの?」
「ヅィの上がりもノアの上がりも有効だ。俺はふたりに点を支払って次に進む」
「なるほどの。ふむ、悪くない遊技じゃ」
 意を得たとばかりに牌を撫でるヅィ。その様子が妙に様になっていて、俺は思わず苦笑いをしてしまった。
「じゃあ次だ。さっき刻子か順子を四つと頭ひとつを集めるって言ったが、その組み合わせにも色々あって――」


「――ロン。タンヤオ、三色同順、ドラ」
 ノアの鋭い声。振り込んだのは勿論と言うべきか、俺だ。
「トビ、じゃな」
「酷いな」
 自分で言うのも何だが酷い。
 あれから対局しつつ一通りルールを教え、一度本番でやってみようと半荘戦を始めたところ、僅か東三局で俺はハコにされてしまった。
 というのも、異常なぐらいにヅィもノアもロン上がりが上手いのである。
 まるでこちらの手牌と思考が読めているかのように、この辺りなら通るだろうと切った牌で上がられてしまうのだ。
「悠、わらわが言うのも何じゃが、もう少し捨牌に気を使った方がよいのではないかの?」
「まあな。でも、それ以上に君らの読みが凄い」
「褒めても何も出んぞ?」
 くっくと笑うヅィ。ちなみに勝ったのは親の倍満を俺から上がった彼女で、ノアとは僅差だ。
「まあ、伊達にこの手の遊戯の大会で二百年以上連覇しておらんでな」
「に、二百年?」
「うむ。最初がいつかはもう覚えておらんがの。一時期は大会荒らしと呼ばれたこともある。優勝したと思うたら、わらわ専用の順位を即座に設けられたこともあってな。総当たり戦などではわらわとの負けは数えないなどと言い出しおったりとな」
 その時のことを思い出したのか、からからと笑うヅィ。
 確かに、彼女がよく浮かべる人を喰ったような笑みはこういった勝負事では強いだろう。
「妖精達はこういうのも好きなのか?」
「好む者もおるし、好まぬ者もおる。大体は両極端じゃな。ピアなどは強い方じゃが、あ奴はこのような遊戯は好いておらんからの。ミゥは好いておるようじゃが、あ奴はあ奴で、の」
「何かあるのか?」
「好いておる割には、どうにも腕が悪くての。楽しむだけならいいのじゃが、あまり修練にはならぬ」
 珍しく、苦笑いでそうミゥのことを評するヅィ。
「悠はそう腕前は悪くないようじゃが、もう少し仕草を抑えた方が良いな」
「仕草?」
「悠は有効牌を引いた時、その牌に長く視線を向けておる。有効牌でないなら一瞥した後に視線を山に戻すでの。牌に向けた視線の時間や色など、その辺りの仕草から主が既に聴牌なのかそうでないのか、どの辺りで待っておるのかを判断することが可能じゃ。後は捨牌に気を付ければほぼ確定する。そこから逆算して、主が切りそうな牌で上がれるよう待つことも可能ということじゃの」
「なるほど、さっきのはそれか」
「うむ。まあ実際はノア相手にも狙っておったが、流石はノアと言ったところかの。その辺りの仕草がなく、判別がし辛い」
「ありがとうございます」
 丁寧に一礼するノアに苦笑いを返し、先程の指摘を思い返す。確かにそういう仕草はあったように思う。
 そんなところを見ていたとは、本当に伊達で二百年以上も連覇していないということか。
 流石は彼女らしい。
「さ、悠。もう一戦願おうかの」
「よし、今度はそう簡単には負けないからな」
「くふ。その意気じゃ」
 弾む声で楽しそうに言って、ヅィは早くも手馴れた様子で牌を撫でた。


 機械音を立てて、俺の部屋のプリンターがまた一枚、写真を吐き出す。
「これは?」
 掌サイズのそれを取り、他の写真が並べられているところへ同じように並べると、橙の妖精――ニニルは、僅かに微笑を浮かべた。
「それはマヌスグの森の奥地にある、涙の池、と呼ばれている源泉地ですよ」
「涙の池?」
「ええ。マヌスグの娘達がその母ヘルナの死のために流した涙によって生まれたと言われています。マヌスグの森を流れる小川の全ての源泉であり、あらゆる歪みを取り除く場所として有名です」
 言いながら、ニニルはその写真を取って眼前で眺める。その表情は穏やかで、良いものを懐かしむ顔だった。
「涙の池、ですか」
 その隣で同じように写真を覗き込み、苦笑いを浮かべるのは赤の妖精――ネイ。
 そんな彼女の表情に気付いて、ニニルは意地悪げな笑みを浮かべる。
「そう言えば、帝国はここでも戦闘を行ったんですよね」
「ええ、まあ…… 好きでここを戦場に選んだわけではない、と思うんですけど」
「マヌスグの娘達から猛抗議があったらしいじゃないですか?」
「流石に問題になって…… 確か、復興部隊も送られました。ほ、本当ですよ?」
「こら、ニニル。ネイを責めてもどうしようもないだろう?」
「分かってますよ。言ってみたくなっただけです」
「うう……」
 居たたまれない表情になるネイ。
 以前にちらと話してくれた、ゲリラ戦がどうの、というやつだろう。彼女は炎を操る分、その寄せられたという抗議の原因の幾らかを担っていたのかも知れない。
 あまり古傷に触れるのも可哀想なので、別の写真を取って早々に話題転換を試みる。
「こっちは何だ? 随分と綺麗な――森か? これ」
「そうですね。世界樹の近くにある魔法素響きの森です。地脈の影響に加えて世界樹の放つ魔法素に当てられ、あらゆる植物が魔法素の結晶と化しているんですよ」
「ふむ」
 樹氷のようなものだろうか。写真には、薄紫色に輝く木々が無数に立ち並んでいる光景が写っている。
 その輝きはヅィの魔法の翅のように綺麗であり妖しい。まるで引きずり込まれてしまいそうだ。
「これも懐かしい光景です。確か見に行ったのは数十年ぐらい前ですよ。私の記憶力もなかなかですね」
「自分で言うのか」
「事実ですし」
 謙遜など欠片も見せずに言い切るニニル。
 今、展覧会のように並んだ幾つもの写真は、彼女が幻影界で撮ってきたもの――では勿論ない。
 彼女の能力である借眼過去視を応用して、彼女が過去に見たことのある光景を写真としてデジカメに収め、それをプリントアウトしたものなのだ。
 発案はニニル本人。こういうことを思い付く辺り、彼女もノアと同じく機械には強いのかも知れない。
「色々な場所があるんだな」
「色々と言っても、全部妖精郷の中ですけどね」
「ほー…… じゃあ、これもか?」
 そう言いながら俺が取ったのは、並んだ写真の中でも緑と呼べる部分がまるでなく、地層が露になっている切り立った崖と幾つもの茶色い山々が写っている写真だ。
「あ、それは…… はい。それも妖精郷の一角ですよ。レグ・グルバと呼ばれる場所です」
 答えてくれたのはネイ。ということは、ここも彼女が赴いた戦地なのだろうか。
「こんなところにも妖精は暮らしてるのか?」
「いえ。その辺りは主にゴブリンやトログ、オーガといった小人、巨人種族が暮らしています」
「なるほど」
 本当にそういう名前なのか、あるいは喩えなのかは分からないが、ゲームなどで一般的なそれらの姿を思い浮かべ、それと正面切って戦うネイの姿を思い浮かべる。
 何とも勇ましいが、凄まじく不安を掻き立てさせられる光景だ。
「そう言えば、最終的に帝国軍は何処まで戦線を広げていたんですか? 勝利が続いていることは知っていましたが」
「ええと…… 私も深くは把握していないんですけど、ディムラシルとミルドラシルの制圧戦が私が参加した最後の作戦です」
「何となくそれっぽい名前だな。何処なんだ?」
 何となくそう聞くと、ニニルは、はあ、とひとつ息を吐いて、
「……双方とも、精霊種――ディムエルフとミルドエルフの国家の首都です。かなり大きいですよ」
 と、どこか疲れた様子でそう説明してくれた。
「エルフって、あの?」
「悠の想像でほぼ間違ってないと思います。そうですか…… ということは、最低でも妖精郷の五、六割は掌握していたんですね」
「そうなります、ね」
 揃って声の調子を落とすふたりに、慌てて俺はまたも話題転換を試みた。
「そうだ。そういや、幻影界には他にはどういう種族がいるんだ? そういうのが写ってる光景ってないのか?」
「他の種族、ですか。 ――これとか?」
 そう言って、プリンターから吐き出されたまま未整理の写真の山からニニルが手に取った一枚には、真白い法衣のような服に細い身を包んだ、見事なぐらいに綺麗な少女が穏やかな微笑みで写っていた。
 肌はやや白く、輝くような長い緑髪が森の中でも際立っている。髪から突き出た耳は極端に長い。
「ミルドエルフ、緑の氏族の方です」
「綺麗な子だな」
「……悠。この方は少なくともあなたの数十倍は生きていますよ。その呼び方は失礼です」
「そ、そうなのか」
 どうやらこちらでの一般的なエルフのイメージにそれほど相違なく、長命の種族のようだ。
 他にはないのだろうか。俺も未整理の写真に手を伸ばし、適当に一枚を引き抜いて――
「う、わ……」
 写っているものを見た瞬間、あまりの光景に思わず視線を逸らしてしまった。
 いや、実際にはそれほど異質なものが写っていたわけじゃない。恐らくはネイやニニルのフィフニル族と同じ妖精種の子。身長は手の平大から普通の人間並みまで様々で、背中の翅も同様。それが七人ほど集まって会話をしている光景が写っているだけだ。
 問題は格好。彼女達からすればどうという格好ではないのだろうが――誰も彼も露出多過であったり、あるいは一見は豪奢なドレスでありながら要所を隠していなかったりと、とにかく際どい格好ばかりなのだ。全裸の子さえいる。
 例を挙げるなら、中央で慎ましやかに口を開いている、普通の人間ほどの身長の子。綺麗と可愛いを高いレベルで両立させた子で、銀色のロングヘアーが陽の光に輝いている。顔は凛々しさがありながらおっとりとしていて、エメラルドのつぶらな瞳が保護欲を掻き立てる。背中には硝子細工のような、向こう側が薄緑色に透けて見える翅があった。
 そんな彼女がその凹凸のはっきりした身体に纏っているのは、深緑と茶色を基調に作られたドレス。だがその布地が覆っているのは胸の半分から下と腰から上までの間で、上は艶めかしいラインを描く鎖骨の下、柔らかそうな乳房が上半分だけとはいえしっかりと露出していて、下はスカート状になっているもののあまりにも丈が短く、その影、柔らかそうな太股の奥には一本の縦筋と整った銀色の陰毛がはっきりと見えていた。
「悠は何を…… ――っ!」
 写真を覗き込んで、俺が何故視線を逸らしたのかに気付いたニニルはすぐさま俺から写真を取り上げた。
 そして横目でちらと写真を確認し、こほん、と態とらしく咳払い。
「悠、言っておきますが――」
「いや、分かってる。そういうのが普通なんだろ?」
 ニニルの言葉を先取りして言うと、彼女はこちらを苦々しく見つめて、その写真を自分のアルバムの中へと先に入れた。
 何と言うか、彼女が人間寄りの感性を持っていて良かったと思う。少しだけ勿体無いと思ったのも確かだが。
「……色々あるんですよ。その、ファッションとこちらでは言えばいいのでしょうか。妖精種は特に身体を隠すという文化がありません。そして妖精というのは基本、自分の服は自分で自由に作ります。良くも悪くも個人主義の結果、ちぐはぐというか、他にはないものを追求するというか…… 人間などの目から見れば奇異に見える服装が多いと思います」
「そういうことか」
「はい。ですから、もしも悠が他の――あのような服を着た妖精種に出会っても変な目で見ないように。分かりましたか?」
「分かった」
 俺の真面目な返答に、よろしい、と頷いて、視線を戻すニニル。
 その顔が少しばかり紅潮していることに妙な安堵を覚えつつ、俺も改めて視線を戻した。
「ネイさん、そこの写真の中から、その…… 独特な格好をしている方の写真だけ、先に抜いておいて頂けますか」
「は、はい。分かりました」
 いつか、機会があったら見てみたいものである。
 仕方なく、他の興味深い写真に手を伸ばす。例えば――この写真か。
 写っているのは蜥蜴と蝶を足して二で割ったような――とにかく奇妙な生き物だ。爬虫類然とした頭に備えた愛嬌のあるつぶらな瞳に、背中に生やした蝶のような翅。尻尾は長く、先端には尾びれのようなものが二枚一対付いている。
「それは妖精飛竜ですね。妖精騎士が駆る騎乗生物として一般的です」
「妖精飛竜? じゃあ、これも妖精種の一族なのか?」
「いえ。妖精飛竜は竜種に分類されます。と言ってもそれほど賢くはありません。自分の駆り手を覚えるぐらいの脳はありますが」
 どこか得意げに解説してくれるニニル。その小さな身体が随分とこちらに寄りかかってきているのに彼女は自分で気付いているのだろうか。
 それにしても、妖精飛竜、か。
「ネイ。前に言ってたアジルっていうのも、こういう姿なのか?」
「え? ――ああ、違いますよ。アジルは妖精竜ですから、妖精飛竜とは違います」
「アジル? アジル山脈の主、炎の妖精竜アジルのことですか?」
「はい」
 驚きの視線でネイを見つめるニニル。どうやらネイの守護者はそれなりに名の知れた存在であるらしい。
「あー、どう違うんだ?」
「ええとですね。妖精竜の姿はこれというものはないんです。竜に近かったり、あるいは別の生物に近かったりとそれぞれで色々な姿をしています。それと妖精竜は高い知能を持っています。普通にお話しが出来ますよ。あとは個体数が少ないことと、世界の環境に関わりがあります」
 身振り手振りを加えつつ、ネイは時折苦笑しながらそう説明してくれた。
「世界の環境に関わりがあるってのは?」
「えーと…… そうですね。例えばアジルのような炎の妖精竜が増えると、世界はどんどん暖かくなっていきます。砂漠化が進んだり、火山活動が活発になったりと――炎の竜脈が活発化するせいですね」
「大丈夫なのか? それ」
「ちょ、ちょっと待って下さいね」
 何やら慌てた調子で言うと、ネイはその瞼を閉じて、誰にともなく何度か頷き、そして瞼を開く。
「大丈夫、みたいです。妖精竜はフィフニル族と同じで一定量以上は増えないそうです。ですので…… あるとすれば、妖精竜が人間などによって殺され過ぎた場合、でしょうか。その場合、例えば炎の妖精竜の場合、世界から熱が消えていくことになる、そうです」
「人間はその辺りの見境がありませんからね。自分で自分の生命を削っていることにも気付かない。あり得る話です、が……」
 ふと言葉を止め、怪訝な様子でネイを見つめるニニル。
 恐らく思っていることは同じだろう。
「ひょっとして、今繋がってるのか?」
 何をとは言わずにそう聞くと、ネイは少しだけ驚いた顔をして、それから苦笑した。
「はい。ご主人様がお聞きになった辺りから、ですね」
「……やはり、凄いのですね。世界を越えて念話が出来るとは」
「それほどでもないそうです。大まかな位置を特定出来ていれば、距離はあまり関係ないんだそうで」
 大まかな位置、か。予想では、ネイの持っているあのハンマーがビーコンのような役割を果たしているのだろう。
 ストーカーじみた行為と言えなくもない。ネイのことを心配していてくれるのはありがたいのだが、ちょっと警戒が必要だろうか。
 あるいは対抗すべきか。どちらにせよいい好敵手になれそうではある。
「その、アジルさんは俺のことは知ってるのか?」
 興味もあったし、知っているなら挨拶ぐらいはしておかなければと思って聞くと、ネイは、はい、と頷き、
「アジルは私が見聞きしたことは、私が拒否しない限りは全部知ることができます。ですから、勿論ご主人様のこともご存知ですよ。旅行の時のこと、アジルもご主人様に感謝していました。でも、アジルったら――」
 と、そこでネイは唐突に口を止め、不意に苦笑した。
「――済みません。それ以上は言うなと口止めされてしまいました」
「いや、分かった。アジルさんに宜しく伝えてくれ」
「アジル、でいいそうですよ。こちらこそ宜しく、だそうです」
 微笑みを浮かべたネイにそう言われ、俺は異形の友人が出来たことを知ったのだった。


 皆でピアとシゥの作った夕食を食べた後は、最近は毎日入ることになっている風呂の時間だ。
 俺ひとりの時はシャワーで手早く済ませることも多かったが、妖精達がやって来てからは彼女達の要望もあって風呂が中心になっている。
「ふふー、ご主人様、早くー」
「早うせぬか」
「ちょっと待ってくれ」
 先に浴室に入って俺を手招きするのは今日のお風呂番であるミゥとヅィ。
 ふたりはその小さいが豊満な身体の一切を隠すことなく、微笑みを浮かべて俺を誘っている。うむ、実に眼福である。
「よし、入ろうか」
「はいー」
「うむ。湯の温度は――悪くはなさそうじゃな」
 やたらとくっ付いてくるふたりの柔らかい肌の感触を膝周りに感じながら、ゆっくりと湯船に身体を沈める。
 ヅィは俺の左手側に。ミゥは俺の右手側に。深いところに俺が座り込み、浅いところに彼女らが座れば、丁度いい塩梅になる。
 ふたり揃って俺の両肩にこつんと小さな頭を寄せてくると、ふわりと花のような匂いが俺の鼻腔を漂う。
 紫電と深緑。二色の髪が俺の鎖骨に張り付く。指で撫でると絹糸のような艶やかな触り心地があった。
「……ご主人様って、やっぱり大きいですよねー」
 と、そんな声に顔を動かすと、ミゥが妙に感心したような表情で俺の厚くもない胸板を見つめていた。
「触ってもいいです?」
「今更だな。どうぞ」
「ふふ、ありがとうございますー」
 くすりと笑って、ミゥがその小さな手を俺の胸板に伸ばしてくる。
 そしてぺたぺたと。胸骨中央を触り、鎖骨やや下を触り、肋骨を撫でるように触り――まるで研究材料を確かめるかのように触れてくる。
 ちなみにこうしている間、ミゥのマシュマロのような柔らかさの乳房が俺の脇腹に押し付けられている。
 気付いていないのか、あるいは。彼女のことだから真面目な顔をしていても態とやっている可能性を捨て切れない。
「何か分かったか?」
「んー、やっぱり筋肉のつき方とかは違うんですねー。根っこの部分は結構似てるんですけど」
「そりゃあな」
 俺は男。彼女らは妖精といっても基本が女。筋肉のつき方なんていうものは違って当然の話だろう。
 性別の概念がないからこそ出てくる台詞だ。
「こうして改めて見ていると、どうしてボクらはこういう身体に生まれてきたのかなーって思います」
「こういう、って…… 女の子の身体、ってことか?」
「ふむ。そこは神学においても未だ決着の着かぬ論点のひとつじゃな」
 腕を伸ばし、その肌に流れる雫を追うように、つい、を指を滑らせるヅィ。
「神学? 関係あるのか?」
「勿論じゃ。創世記によれば、世界に最もありふれた生物の形としてこの人の型を与えたのは創造主だと言われておる」
 彼女はそう言いながら、今度は俺の腕にその綺麗な指を、つい、と滑らせる。
「じゃが、何故そうしたのか――最もありふれた形として何故人の型を選んだのかについてはその一切が語られておらぬのじゃ。何かの必要性があったのか。はたまた創造主の単なる趣味か。未だ創造主と繋がっていると言われる微睡みの古代神なら知っておるのかも知れぬが、対話の手段はない。故に、神学を学ぶ者はそれぞれの仮説を立てておるというわけじゃな」
「なるほど。そう言うヅィは何か仮説を立ててるのか?」
「わらわか。わらわは…… そうじゃのう」
 ヅィは虚空へ視線を向け、ふむ、と小さく頷いてひとつ息を吐き、
「わらわが仮説を立てるのであれば、こうかのう。『創造主も、人の型の者であった』というところかの」
 彼女にしては珍しく、神妙な面持ちでそんなことを口にした。
 ――神は自らの姿に似せて人を作りし、か。
「根拠などありはせぬが、そう考えれば最も多くの疑問が氷解するでな。あらゆる問題に最も矛盾せぬ答えとなる」
「なるほど。でも、あんまり夢はないな」
「そうかも知れぬな。じゃが、最近になってわらわはそれに運命を感じる」
 苦笑しながら言って、ヅィも俺の胸板の感触を確かめるように手を伸ばしてきた。
 硝子細工のように細く長く綺麗な手がミゥの手に被さり、そして指先が俺の胸に触れる。
 反対側のミゥと同じように、形のいい釣鐘型をしたヅィの乳房が俺の脇腹に押し付けられて形を変える。
「この姿でなければ、悠と今のような関係になれずにおったと思うと、のう?」
「ふふ、それはボクもそう思いますねー」
 ふたりのそんな言葉が嬉しくて、左右それぞれの手でふたりの小さな頭を撫でる。
 理性は悲鳴を上げて凄まじい勢いで削れているのだが、それ以上にふたりを大切にしたいという思いがあった。
「さて、小難しい話は終わりとしよう。悠、わらわの髪を洗ってはくれぬか?」
「あ、ボクもお願いしますー」
「分かった。じゃあ代わりに後で背中でも洗って貰おうかな」
「ま、仕方あるまい」
「はいー」
 小さな笑い声は、浴室の中で幾重にも響いていた。


「――失礼致します」
 就寝前。小さなノックの音の後に入ってきたのはピア。
「本日のお仕事を全て終わりましたことをご報告に参りました」
「ご苦労様」
「勿体無いお言葉です」
 微笑のままに一礼するピア。
 こういう場合に酷く真面目なのはいつものことで、今更そう堅苦しくしなくてもいいのに、と思う反面、とてもピアらしく思えて好感が持てる。
「明日の早朝に予定はございますか?」
「いや、特にないよ」
「畏まりました」
 言って、ピアは再び深々と一礼する。
 いつもならここで彼女は、お休みなさいませ、と就寝の挨拶を告げて帰っていくのだが、今日は違った。
 微笑みを僅かに崩し、頬を紅潮させてこちらに歩み寄ってくる。
「その、ご主人様」
「ん?」
「私の同衾は、お求めになられますか?」
 おずおずとそんなことを問うてくるピア。
 こんなことは普段彼女からは滅多に言い出さないのだが、今日は心当たりがあったのでそう驚きはしなかった。
 今朝、俺が彼女を抱き枕替わりにしたことで、俺がピアを求めていると解釈したのだろう。
 そしてきっと、ピアも俺を求めている。添え膳を食べない理由はなかった。
「じゃあ、お願いしようかな」
「――っ、はい。それでは、失礼致します」
 僅かに喜色を微笑みに見せて、ピアはその服を脱ぎ始める。護服を脱ぎ、下着を脱ぎ、手袋と靴下を脱ぎ、あっという間に一糸纏わぬ姿になって、ベッドの上へと上がってくる。
 俺はそんな彼女を布団を上げて迎え入れた。
「ん……」
 正面から抱き合うとピアの穏やかな体温が伝わってきて、とても心地良い。
 ピアもそうなのか、ぎゅっと俺の首に回した両腕に力を込めてきた。
「ピアは抱き心地がいいな」
「あ、ありがとうございます…… ふふ、ご主人様も、抱き心地が宜しいですよ」
「そうか」
「はい」
 小さく笑って、お互いにより力が篭る。
「ご主人様…… 愛しています」
「俺もだ」
 そう呟き合って、どちらからともなく口付けを交わす。
 最初はただ触れ合うだけの軽いもの。二、三とそれを繰り返すと、ピアはおずおずと、しかしはっきりと口にした。
「ご主人様、どうか私をお召し上がりください」
 俺は返事の代わりに、片手でピアの柔らかなお尻を撫でた。
 そして体勢を変えて、彼女の小さな身体を組み伏せるようにしていく。
「あ、う」
「明かり、消すぞ」
「……はい」
 ピアの頷きと同時、部屋の電気を落とす。
 暗い部屋の中、唯一の光源はピアの背中の光の翅。その不思議な燐光に照らされて、彼女の健康的な肌色が映える。
 綺麗な黒曜石の瞳が嵌った、優しさと凛々しさを合わせ持つ顔。垂れることなくつんと上を向いた乳房。瑞々しい肌がすらりと続くお腹。無毛で可愛らしく初々しい縦筋のある秘所。力を込めたら容易く折れてしまいそうな手足。
「……う」
 俺に余す所なくその身体を見られたからか、ごくり、とピアが喉を鳴らす。
 そんな彼女に小さく笑い掛けて、俺は再びその小さな唇を奪った。
「んっ」
 舌を差し込む。
 彼女の唾液は、相変わらず甘い味がした。

comment

管理者にだけメッセージを送る

更新乙
日常分が補給できた
双方の世界の摺り合わせを閑話でも良いからして欲しいなぁ
シゥ可愛いよシゥ

あぁ…なんて羨ましい日常!
こんなリア充にそれほどでもないとか言われたら殺意の波動に目覚めそうだ(⊃∀`)
毎度ミゥには癒されます、都合のいい愛人タイプって話がありましたが、妖精石削ったり一途さが凄まじいです。
火遊び相手には一番危険な気がします(笑)
昔見た不倫相手がサイコ化する映画のキャッチコピーの「男は一瞬の出会いだと思った、女は一生の出逢いだと思った…」みたいになりそうで(⊃∀`)
そんなパラノイア的な愛って、結構好きです
エロ無しでもこういうの大好きなので次の話ワクワクして待ってますm(__)m

No title

まーじゃんわかりません。
こういう日常的な話はいいですね。
R18要素を持った物語でも、ある程度進んだ辺りからR18要素は不要になってくるというのはありますからね。濡れ場って物語の容量を結構圧迫しますし。

最近、更新が多いので気を抜くとおいて行かれそうな気分です。

ところで、Web拍手返信ってしないんでしょうか?

No title

更新お疲れ様です
麻雀は最近牌がなくなって以来やってないな~
妖精の中では毎回役満を張ろうとするようなのはいそうがないですね(笑)
プロフィール

fif

Author:fif

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる