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フィフニルの妖精達24「求めるもの」

「んー……」
 朝の台所で俺はそう唸りの声を上げていた。
 視線の先にあるのは、中身を整理した冷蔵庫。急な一週間の旅行で品質に問題の出てしまったものを破棄した結果、その中は見事に空洞化してしまっていた。
 ちらと、捨てる予定の食材に視線を移す。
「うーむ……」
 別に、食事のことを懸念している訳ではない。
 仮にこの食材が今日でも食べられる物だったとしても、八人分の食事とするには到底足りない。どちらにせよ買い出しには行かなければならないのだ。
 俺が考えているのは、全く別の買い物のこと。
「行くって言ったら、付いてくるだろうな……」
 買い出しに限った話ではないが、俺が外出するとなったら六人の内の誰かは確実に付いてくるだろう。
 心配をしてくれるのはありがたいことなのだが、代わりに単独行動は難しくなる。なにせ彼女達は姿を消せるのだ。付いてくるな、あるいは、ここで待っていてくれ、と言っても、姿を消して付いてくる可能性は決して低いものではない。
 出来れば、買っているところは見られたくはないのだが……
「どうするか……」
「――おはようございます、ご主人様」
「おはようございます」
 と、背後から聞こえた声に振り向くと、俺の膝上少ししかない白と黒の小さなシルエット――ピアとノアが俺の後ろに揃って立っていた。
 いつもと同じ格好の、外套のような服。他には手袋とソックスを着けただけだ。いつものように、その服の一枚下は品のいいブラとショーツ、ガーターベルトになっているのだろう。
「ん、おはよう」
 挨拶を返して、頭の中から思案を打ち消す。
 それとほぼ同時、ピアが俺の前にある状況を見て、すぐさま一般的な解を出した。
「お買物のご思案の最中でしたか?」
「ああ。君らも食事を摂ることになった訳だし、どれぐらい買ってこようかとね」
「ありがとうございます」
 頭を下げるピアとノアに、俺は思わず苦笑する。
 ちなみに生理的にどうのといった問題は、彼女達用の小さなトイレなども増設されていたことで解決している。
 本当に夏美さんは細かいところまで気の回る人だ。回り過ぎるのも問題だが。
「お出かけになるのでしたら、お供致します」
 やはり来た。
 しかも尋ねるのではなく、断定。
「いや、これぐらいだったら一人で行って来れる。別に気を使う必要はない」
「しかし、もし旅行中の時のようにご主人様が狙われたらと思うと不安なのです。せめて誰か一人はお付けください」
「……分かった。じゃあ出掛ける時には言うよ」
「申し訳ございません」
 また頭を下げるピアに、これは折れないだろうな、と思う。
 これまでの生活で、彼女は妥協してもいいところは妥協を検討し、折れてはならないところは絶対に折れない性格だと把握できている。
 今回は後者だろうと見て、俺の側から早々に折れておく。
 しかし、彼女達がこちらに来てから早一ヵ月半が経とうとしているが、追っ手らしきものは全く来ていない。この状況で俺が狙われるというのは過剰な心配だと思わなくもないが……
 何にせよ、これで俺個人の目的を達成するのは難しくなってしまった。
 一人で外出する口実か、最低、彼女達と離れて行動できればいいのだが、どちらも厳しいだろう。
 ならば被害を最小限に抑える意味でノアか、あるいは単独行動を頼み込む手のためにネイか。
 俺は将棋の時のように、俺の言葉と彼女達の言葉を一手ずつ脳内で噛み合わせながら、最適の解を探すのだった。


 思案の末、俺はノアを連れて行き――ミゥが付いてくることになった。
 ノアだけを連れて行きたかったのだが、ノアだけでは心配ということでミゥがノアの監督として付くことになったのだ。
「ふふー」
 買い物に同行するのがよほど楽しいのか、ピアに指名されてからというものずっと笑顔のミゥ。
 独特のリズムに乗っているのか、頭を左右に揺り動かしているため緑の髪が踊るように揺れている。背中の、広葉樹の葉のような翅も、犬の尻尾のように忙しなく羽ばたいていた。
 この様子ではどこに行くにも付いてくるだろう。
 まあ、ピアやヅィでなくて良かったと思うべきなのか。ミゥはまだ御しやすい方だ。被害が出た時は甚大になる可能性が高いが。
「じゃあ、その上にあるベルトを引っ張って、座席の脇にある赤いのにベルトの金具を差し込むんだ」
「えーっと…… こうですかー?」
「そうそう。ああノア、その斜めのは無理して付けなくていい。腰のだけ付けておけば大丈夫だ」
「了解」
 二人を夏美さんから借りた車――ミニバンに乗せ、シートベルトを付けさせる。
 失礼な話だが、彼女達の体格ではチャイルドシートが必要かもしれない。
 まあ事故の時は妖精炎魔法で慣性制御を行うだろうから、そもそもシートベルトの必要性が怪しいが。
「よし、じゃあ出発するぞ」
「はいー」
「了解」
 返事を受けて、俺は車を発進させた。
 駐車場を出て、見慣れた道を進む。この辺りは住宅街の近くであるためにさほど交通量は多くはないが、大通りに出れば一気に増す。そこからが注意だ。ミゥとノアを乗せている今の状況で事故は起こせない。
 と、俺は曲がり角の先を確認するために視線を動かしたところで、早くも異変に気付いた。
「……ミゥ、大丈夫か?」
「う、は、はいー」
 まだ走り出してから五分も経っていないというのに、ミゥは先ほどまでの笑顔を消し、眉を歪めて口許に手をやっていた。
「あんまり大丈夫そうには見えないが」
「だ、大丈夫ですー。ただ、ちょっと匂いと振動に当てられて…… 今、嗅覚の遮断と緩和制御を試みてますから、そのうち良くなります……」
「厳しかったら言ってくれ。止めるから」
「は、はいー…… 済みません」
「ノアは大丈夫か?」
「肯定」
 特に変わらない調子で即答したノア。どうやら彼女は大丈夫そうだ。バックミラーに映る表情も特に変化はない。
 しかし匂いに振動とは…… 旅行でバスに乗っていた時は大丈夫だったのに、流石というか何というか。ちなみに夏美さんの車は、あの酒飲みでかつデイトレーダーの藤田さんが、意外にも整備士の資格を以って整備と点検をしていて、いつも万全に仕上がっている。余計な振動は感じないし、車内の匂いもほぼ無臭に近い。
 やはり自然と強く結びついているイメージに違わず、彼女達はこの手のものには弱いのだろうか。ノアだけが例外だと考えた方がしっくり来る。
 その後、俺が一度止めるか止めないか迷っている間に、言葉通りにミゥの表情は回復していった。ただ笑顔とまではいかず、やや不快な表情で止まっている。
 俺はそんな彼女の顔をあまり見ていたくなくて、注意を払いつつも最大限に車を急がせた。
 二十分ほど掛かって目的のショッピングモールに着き、地下駐車場で車を降りたその瞬間、ミゥは俺に飛び付いてきた。
「うー、ご主人様ぁ……」
「済まんな。次からもうちょっと気を付ける」
 額を俺の鎖骨の辺りに押し付け、一杯に息を吸っている。よほど苦しかったのだろう。
 頭を撫でてやると、俺の身体を掴む手の力がすっと抜けていくのが分かる。これほど依存されていると、嬉しいと同時にどこか不安も感じるのだが。
「しかし、旅行で乗ったバスの時は大丈夫だったろう?」
「はいー…… だからボクも大丈夫かなって。油断してました……」
「そうなのか」
 バスは大丈夫で乗用車は駄目とは。
 何か要素があるのだろうか。広さか、それとも人数か。まあ、俺が考えても答えは出そうにないが。
「さ、行こうか。人が多くなるから、姿は消しておいてくれ」
「……分かりましたー」
「了解」
 頷くと同時、二人の翅が緑と黒の燐光になって散る。直後、その小さな身体が空気に溶けるようにフェードアウトした。
 しかし、腕の中にはミゥの小さな重みが残っている。最近はあまり見たことがなかったが、こうして改めて見ると見事な消え方だ。
『聞こえますかー? ご主人様』
「ん、ああ。聞こえるよ」
 そして耳を通さずに脳内に直接響くミゥの声。以前買い物に行った時にもあった、思考読み取り、流し込み用の回線を開いたのだろう。
 相互に読み取り、あるいは流し込みではなく、ミゥの側からの一方通行というのがミソだ。一応、強く拒絶すれば読み取られたり流し込まれたりはされずに済むらしいが……
『ふふ、心配しなくても大丈夫ですってば。そんなことしませんよー』
『君は時々怖いからな』
『酷いですねー。 ……あー、でも、ちょっと撤回します』
『何をだ?』
『ご主人様が何を考えているのか、今は凄く興味があります。 ……一回、深いところまで覗いてみてもいいですかー?』
『駄目だ。さ、行くぞ』
『むぅ……』
 脳内に響く不満げな声。これだからミゥはちょっと怖いのである。
 もし彼女達に嫌われていたらどうなっていたやら。想像するのも恐ろしい。
『ふふ、ご主人様』
『何だ?』
『好きですよ。だーい好きです。ずっと、ずーっとお傍にいさせてくださいね』
 強制的に頭の中に流れ込んでくるそんな告白に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 カート一杯になった買い物袋に、俺はしばし思案の視線を向けて頷いた。
「こんなところ、か?」
 買った物の大部分は食材で、あとは日用品などが少し。
 少し気になったのは、七人の妖精達のことを優先するあまり、食材のほとんどが加工や冷凍を除く――つまり鮮度は高いが保存の効きにくいものになってしまっていることだ。
 買い物をしながらミゥに色々聞いた結果、やはり手料理とそうでないものの差は大きく感じるらしい。なるべく原材料の段階から手掛けた方がいいということなのだろう。その結果の選択なのだが、これを最低でも七人分続けるとなると買い出しの負担が大きくなる。
 お金には困っていないことであるし、宅配サービスを利用すべきか。
『ご主人様、その、さっきあれだけ言っておいてなんですけどー、そこまで気にしなくていいですよー? 別に保存の効くものでも…… ボク達は居候の身ですから、ご主人様に負担を掛けないのが第一で……』
『それを君が言うか。それにもう君らは居候じゃなくて家族も同然だ。気にしなくていい、はむしろ俺の台詞だな』
『あ、う…… ありがとうございますー』
『ところで、ノアは付いて来てるのか?』
『あ、はい。ちゃんとご主人様の後ろにいますよー』
『そうか』
 カートを押しながら歩き、ふと思案する。頭に思い浮かべるのは、このショッピングモールの地図。
 やはり、どうせなら買って行きたいが……
『何を買いたいんですかー?』
 途端、脳裏に響くミゥの声。 ……しまった、と言わざるを得ない。
『いや。個人的な趣味のものをな』
『個人的な趣味、ですかー』
 ふふ、と嫌な笑みがミゥの声に混じる。どうしてそう彼女は小悪魔的な声色が得意なのか。
『買いに行きましょう、ご主人様。そーいう欲求を我慢するのは身体に良くないですよー?』
『君が言うとやたら説得力がある気がするな。当然、付いて来るんだろう?』
『勿論です。ボク、よく考えたらご主人様の趣味とか好み、あまり知りませんもん』
 元気一杯にそう答えるミゥ。先程の食材の話とは打って変わって、遠慮という言葉が見当たらない調子だ。
 買いに行く場合は、何とか譲歩させたいところだが…… まあ、彼女の場合は深く考える必要はないだろう。極めて単純な交換条件で何とかなる。
『買ってきた物は後で見せてあげるから、俺一人で買いに行きたいんだが』
『えー…… ご主人様をお一人にしないようにってピアから言われてますしー……』
『晩御飯の後、一杯可愛がってあげるから。それでどうだ?』
『う……』
 そんな性行為を意味する言葉に、ミゥは口を止め悩みの色が見える呻きを漏らした。何とも単純だ。嬉しいやら悲しいやら……
『ぜ、絶対ですよ?』
『ああ。君が気を失うまで徹底的に可愛がってやる』
『う…… わ、分かりましたー。荷物と一緒にお待ちしてますね……』
 俺の言葉に、激しく犯される自分を想像したのか、喉を鳴らして頷くミゥ。
 これはこれで可愛くはあるのだが、やはり深刻な状態になる前に矯正が必要だろうなと思う。あまりにも性交に対して理性が働いていない。
 どんな矯正をすればいいのか全く分からないのが難点だが。
 更に付け加えて言うと、半分以上俺の責任だから頭が痛い。
『ああ、そうしてくれ。ノアも君と一緒に待機だ。もし付いて来させたら、約束はなしだからな?』
『勿論です。心配しないで下さい』
『よし、いい子だ』
 ミゥの頭があるであろう位置を撫でると、さらさらとした髪の感触に、ふふ、という微笑みの声が返ってきた。
 カートを押して、目的の場所へ進む。目指すのは電化製品系が集まっている区画だ。
『何だか、機械の多いところですねー。ノアも興味深そうにしてますよ』
『そういう所だからな。そう言えば、君らの部屋にも何かあるか?』
『いえ、ほら、何て言いましたっけー…… え、え、エアコン? あの、空気調整機が付いているぐらいで。特にはー。ボク、冷蔵庫が欲しいですね。今の状況では低温保管が必須なお薬は保持できないのでー……』
『冷蔵庫、か』
『ノアはー、ほら、何でしたっけー…… ご主人様の部屋にある』
『コンピュータか』
『そう、それです。あれが欲しいそうですよー』
 なるほど。
 まあ先ほども言ったが、親からの送金のお陰でお金には困っていない。全員にリクエストを聞いて、必要なものがあれば揃えてやろう。
 そう言えば、ニニルのデジカメも買ってあげないといけないんだな……
『ニニルさんにはあの写真機を買うんですか?』
『……ああ。まあ賠償の一環みたいなものだな』
『資料作りに良さそうですし、ボクにも買って欲しいかなー、なんて思ったりもするんですがー……』
『そのうちな。使いたかったら俺のを貸すから、実際に資料作りに使ってみてからにしてくれ』
『はぁい』
『あと、君との対話用じゃない俺の思考をさらっと読まないでくれ。そこは遠慮して欲しい』
『むぅ…… はぁい』
『じゃあ、ここらで待っててくれ。すぐ戻ってくる』
『了解、ですよー』
 カートを適当な位置に置いて、俺は一人で歩き出す。一人である確信はないが。
 付いて来たら約束はなしとは言ったが、実際のところ、透明になっている彼女達を確認する術が俺にはないのだから。
「……さて、と」
 向かうのは、とある個人営業のコンピュータ専門店だ。
 自作用パーツなども取り扱っており、今回のような用件だけでなく、ネットゲームや、学校の関連で三次的な画像処理ソフトを多用する俺はよく利用させて貰っている。
 店長と顔馴染みであったりもして、買い物によっては少し気恥ずかしいこともあるが、色々と融通を利かせて貰えたりするのが利点だ。
 そう言えば、店長と会うのも久しぶりな気がするな……
 そんな思いを抱きながら、店の入口に設置されている盗難防止用のゲートを通ると、傍のカウンターの所に、ここの従業員の格好である青い前掛けに加え、つばの付いた青い帽子を被っている中年で小太りな男性の姿が見えた。
「店長!」
 カウンターに寄ってそう一声掛けると、その中年の男性――俺が良く知るここの店長――は、いつもの営業スマイルとは少し性質の違う笑顔で俺の所へ駆け寄ってきた。
「おお、悠君久しぶり! 最近来ないからどうしてるのかと思ったよ」
「お久しぶりです、店長。最近はちょっと立て込んでまして」
「そうか…… 前に渡した新作の体験版はまだやってないかい?」
「いえ、やりましたよ」
「お、そうか! どうだった?」
「良かったですけど、人を選ぶ感じですね。短期間に一気に売れることはないと思いますが、長く売れるんじゃないでしょうか」
「そうか、なるほど。参考にするよ。で、今日は何の用向きだい?」
 今までに何度か交わしたことのある会話を終えて、店長がそう切り出してくる。
 目的が目的だけに、俺は声をやや小さくして尋ね返した。
「『学園の迷い子』って入荷してますか?」
「ああ、あれか。入荷してるよ。ちょっと待ってて」
 そう言い残して、店長はカウンターの奥へ戻っていく。
 その後ろ姿を視線で見送って、俺は安堵と気恥ずかしさからひとつ息を吐いた。
 俺が頼んだ『学園の迷い子』とは、端的に言うと十八禁の美少女ゲームだ。
 現代社会で普通に生活していた青年が魔法世界の魔法学校に通うことになるという、悪く言えば異世界召喚、迷い込み物にはありがちなストーリーで、RPGとSLGを足した自由度の高いゲームシステムが売りとなっている。勿論、総勢五人からなるヒロイン達との様々なイベントも魅力的だ。
 ピア達が俺の所にやってくる前から目を付けていた品で、つい数日前が発売日だったという訳だ。
「――はい、お待たせ。初回限定特典付きので良かったかい?」
「ありがとうございます。いつも済みません」
 戻ってきた店長から店のロゴ入りの紙袋を受け取って、代わりに代金を手渡す。
「いやいや、そりゃこっちの台詞だよ。次はいつ頃に入ってくる予定だい? ギルマスが心配してたよ。二十五人レイドの有力ヒーラーがきついって」
「それは心配とは言わないんじゃないですかね……? まあ、近い内に連絡は入れに行きます」
「そうした方がいいね。あのギルマスのことだ。ゲーム内メールをスパムしかねない」
「はは…… ――あ、そうだ」
 分かる人には分かる会話――俺と店長が知り合うことになった原因でもある――を交わし、ふと思い当たったことに俺は会話を切り替える。
「そう言えば、店長のところはデジカメ置いてましたっけ?」
「あるよ。そんなに数は多くないけど、いいのを揃えてる。買い替えかい?」
「いえ、そういう訳じゃないんですが…… カメラマンの友人にプレゼントする予定で」
「なるほど、プレゼントか」
「良かったら店長が良さそうなのを見繕って頂けませんか? 値段とかは一切気にしませんので」
「ああ、いいよ。色とかの希望はあるかい?」
「もしあれば、橙色でお願いします。なければ普通にシルバーで。 ――あ、あとできるだけ小さくて軽いものをお願いします」
「よし、分かった。ちょっと待っててくれ」
 言って、店長は再びカウンターの奥に姿を消した。
 待っている間に俺はちらと店内を見回す。幾つも並んだ棚の上に、人の頭の天辺だけが幾つも見えている。
 このような店を個人営業してなかなかの繁盛をさせているだけあって、店長はこの方面の目利きは非常に的確だ。先程のオーダーで、ニニルを十分に喜ばせられるものを選んでくれるだろう。
 そう言えばノアもパソコンが欲しいと言っていたようであるし、それも頼んでしまうのもいいかも知れない。彼女にどういう用向きのコンピュータが欲しいのか聞いておかないと――
「――そこの青年、少しいいか?」
「ん?」
 ふと、幼いながらもやたら高圧的かつ耳通りのいい声が耳に響いてきて、俺は声の主を探して反射的に視線を下に向けた。
 視界に入ったのは、珈琲のような浅黒い肌に、透き通るような鋼色の髪を前では小分けに束ね、後ろでは無造作に太腿近くまで伸ばした少女。
 顔は綺麗に整ってはいるがやや丸みを帯びた幼さが抜け切っておらず、その雰囲気と百二十ちょいの身長からして年齢は十四を超えないだろう。ひょっとするともっと幼いかもしれない。服装は上を白のワイシャツに黒のネクタイを締め、下は黒のスパッツと、何だかちぐはぐだ。腰にはどこか見覚えのある小さなベルトポーチを付けている。
 そんな少女がいつの間にか俺の傍に立っていた。
「どうしたんだい?」
「この店の店員とは知り合いか? 何やら親しげに話していたが」
 少女はその雰囲気には似つかわしくない口調でそう言う。どうやら店員を探しているらしい。
 俺は周囲に目を向け、手空きの店員がいないのを確認した後、ちらと視線をカウンターの奥へ向ける。まだ店長が戻ってくる気配はない。
 元々そう店員を多く雇う店長ではないから、話しているのが目に付いてしまったのだろう。
「まあ、そうだけど…… どうかしたのかい?」
「あ、いや…… 私の持っているデジカメに合ったメモリーを売って貰おうと思って。目に付いた店員が、青年が話していた者だけだったから」
「ああ、なるほど」
 納得して、再び少女のベルトポーチに視線を向ける。どこかで見覚えがあったと思ったら、俺の今持っているデジカメの型に付いてくる付属のポーチがベルトに括りつけられているものだ。奇遇にも少女は俺と同系のデジカメを所有しているらしい。
「そのデジカメは俺も持っている型だね。良かったら案内しようか」
「え、いいのか?」
「それぐらいはお安い御用だよ」
 少しの驚きと共に不審げな色の表情を浮かべている少女に小さく笑いかけ、こっちだよ、と声を掛けながら先導する。
 幸いにメモリー関係の売り場の位置は変わっておらず、俺は数秒で少女を売り場に案内することが出来た。
「えーっと、これだ。容量はどれぐらい?」
「一番大きいものを頼む。値段は気にしない」
「じゃあこれかな。はい」
 色々と宣伝文句の書かれた小箱を商品棚から手に取り、少女に手渡す。
 小箱を受け取った少女は、性能表のところを数秒眺めて、綺麗に咲いた花のような笑顔を俺に見せてくれた。
「済まないな、助かる」
「どういたしまして」
 ひとつ礼を交わし合って、少女と共にカウンターに戻る。
 丁度戻ってきていた店長に少女の買い物の清算を先に頼み、俺も注文通りのデジカメを受け取って、店先で少女と別れた。
「ありがとうな、青年」
 そう言って会釈と共に去る少女を俺も笑顔で見送る。
 不思議な魅力のある少女だった。外国人風の顔や肌色である割に日本語が達者であるのがそう感じさせるのだろうか。口調は少し可笑しくはあったが。
 腕時計を一瞥する。ミゥ、ノアと別れてそろそろ三十分が近い。
 そろそろ戻らなければ、と俺はやや駆け足で荷物の場所へ向かった。


 カートを押して、地下駐車場へのスロープに入る。
 スロープの幅はカートが五台は横に並ぶことが出来る。相変わらず何もかもスケールが大きい。
 このショッピングモールは俺が物心付いたときからここに建っていたが、都市部の少し離れとはいえ首都圏にこれだけ巨大な建物を建てられたのは今でも考えられないレベルだ。
 似たようなことを考えていたのか、あるいは俺の思考を読んだのか、ミゥから疑問の声が上がる。
『そう言えば、ここって凄く大きいですよねー? 土地とか大丈夫だったんでしょうか?』
『ああ。元々は外国にしかこういうものは無かったんだけど、数十年前に大きい自然災害ががあってな。その時に建物が多く壊れたから、新しく建物を建てる時に整理整頓、吸収合併のような形でより高層建築が多くなって…… それで出来た余りの土地がここらしい。遊ばせておくのもなんだ、っていう話で、これが建ったそうだ』
『なるほどー…… ウルズワルドでも場所の問題はありましたから、いずれはこちらのように高い建物の技術が発展するといいんですけどー』
『その辺りは何処の首都でも同じだな。ウルズワルドはどういう所にあるんだ?』
 そう問うと、ミゥの答えはすぐに返ってきた。
『妖精郷でも特別深い森の中ですよー。巨大な隕石の落下跡に建ってるんです。質のいい妖鉱石の産地で、帝国の首都になる前は交易の要所と、妖鉱石の技術研究地でもありました』
 声の調子は弾んでおり、今でも彼女がその土地を好きでいるのが容易に分かる答えだった。
 俺は、そうか、と頷きを返し、ふと問う。
『帰りたいか?』
 今度は、すぐに応答はなかった。
 スロープが終わり、駐車場への薄暗い直線の通路で、しばしの沈黙が続く。
 ややあって、呟くように返事の思考が返ってきた。
『そう、ですねー…… はい。帰りたいか、って聞かれたら、帰りたいです…… 妖精郷の空気が恋しく感じる時もあって、恥ずかしい話ですけど、たまに泣いちゃう時もあります。えへへ……』
『そうか』
 消えているので彼女の表情は分からなかったが、弱々しい声質からして、今も涙を流しているのではないだろうかと思えた。
 手を伸ばす。カートの上、荷物の袋が不自然に凹んでいる場所のやや上に、柔らかい髪の感触があった。
『あ、でも、ご主人様と離れ離れになるのはもっと嫌です。だから、いざとなったらこの世界からご主人様を攫って行っちゃいますから』
『それは怖い話だな』
『ふふ、妖精郷はちょっと危険ですけど、住みやすい場所ですよー? 一年を通してほどよい気候で、空気も水も食べ物も美味しいですしー、自然が鮮やかです。それに危険って言っても、ボクがしっかり護ってあげますから』
『何だか君に頼り切りになりそうで怖いな。出来れば俺の立場があった方が嬉しいんだが』
『ご主人様はご主人様なんですから、そんなの気にしなくても大丈夫ですよー。毎日ボクを可愛がってくれれば、それで――』

 ――深い、深い深い深い緑の森の中。
 巨大な木をくり貫いて、石を敷き布を敷き、体裁を整えた立派な家。
 俺はその家の前で切り株の椅子の上に座り、ミゥを膝の上に抱いている。
 傍で同じく座って本を読んでいるのはヅィ。少し離れた木の枝の上で、耳に響く心地よい旋律を謳っているのはネイ。
 シゥはやや開けた場所で、その手に斧を持ちノアと一緒に薪を割っている。
 ふと、何事かをヅィが言った。反応したのはシゥ。少しムッとした表情で何かを言い返し、それにネイが歌を止め、苦笑いを浮かべる。
 と、家の扉を開けてピアが顔を出し、全員を呼んだ。各々が行動を止め、家の中に入っていく。
 俺もそれに応じて身を起こし、腕の中で心地良さそうにまどろむミゥの頭を撫でて長い耳に目覚めの言葉を囁き――

『――様、ご主人様?』
 はっ、と意識が覚醒する。
 僅かに眩む視界に映るのは、薄暗い通路。地下駐車場への自動ドアが向こうに見える。
 一瞬前まで見ていた色鮮やかな光景とのギャップに、俺は思わず自分の手を視界に翳した。
「何だ?」
『どうかしましたか?』
 思わず漏らしてしまった呟きに、ミゥの疑問の声が脳に響く。
『……いや、何でもない。多分、気のせいだ』
 まるで白昼夢のような事象に俺は一瞬混乱したが、ひとつ呼吸をして落ち着けば原因はすぐに分かった。
 先ほどの光景は、恐らくミゥの想像が俺の脳内に強制的に流し込まれたものだ。そして俺の脳はその想像を俺に短い夢として見せたのだろう。
『大丈夫ですかー? 何だか、呆としてましたけどー……』
『大丈夫だ。何ともない』
 小さな幸福の願い、か。
 俺は中空に置いた手をわしわしと撫でるように動かして誤魔化し、再び歩を進め始めた。
 地下駐車場への自動ドアが目前で勝手に開く。それを通ると、リノリウムの床が無機質なコンクリートに取って代わる。
 車を止めたのは扉からは少し離れた位置、転回用のスペースがある一角だ。
 車の後ろにカートを止め、後部扉の取っ手に触れて鍵を解除してから引き開ける。後は荷物を全て積み込み、カートを返却用のスペースに戻せば完了だ。
『ミゥ、ノアもいるか?』
『はい。いますよー』
『先に車に乗って、シートベルトを締めててくれ。車の中に入ったら、姿を出していいぞ』
『はいー。ところでご主人様、ボクの気分が悪くなった理由がちょっと分かりました』
『何だ?』
『ご主人様との距離ですよ。ほら、運転席と助手席って結構離れてるじゃないですか。ボクが手を伸ばして、ご主人様に触れられるぐらいの距離が適切なんです。ですから――』
『膝に乗せるのは無理だぞ?』
『むー……』
 脳内でのやり取りに俺は苦笑を浮かべながら荷物を積み込み終え、後部扉を閉める。
 空になったカートを引いて――
 ――瞬間、ぼんっ、という音と共に、視界が闇に染まった。
「何だ?」
 思わず立ち止まり、完全な暗闇の中を見えもしないのに見回す。
 明かりが消える一瞬前に聞こえた鈍い音からして、停電だろうか。
 いや、しかし妙だ。完全に明かりが消えるのはおかしい。つい先ほど車の後部扉を閉めたから、車内の明かりがまだ点いているはずだ。
 その光すら見えないということは、これは――
 ひとつの可能性に俺の思考が辿り着いた瞬間、消えた時と同様に、唐突に明かりが戻った。
 急な明滅の眩しさに視界が麻痺する。目頭を押さえて目を閉じ、数秒間待ってから目を開け、
「――動くなよ、人間」
 再び光が戻った殺風景な地下駐車場に、六人の小さな人間――いや、妖精がいた。


 目だけを動かし、落ち着いて状況を観察する。
 ピア達と同じ、見目麗しい色とりどりの妖精の少女が合計六人。全員がピア達の護服に似た豪奢なデザインの服を着込み、その手に剣やハンマー、杖を構えている。背中にはほぼ全員が全員、形の違う翅があって、それが彼女達の髪の毛の色と同じ燐光を漂わせている。
 深く考えるまでもない。ついに追っ手が来た、ということだろう。この状況ではそれしかありえない。
 そして俺の考えを証明するかのように、先ほど言葉を放った枯葉色の少女がその鋭い剣呑な視線を俺から夏美さんの車に移し、よく通る声で言った。
「ウールズウェイズ博士。出てきて頂けますか」
 嘆願ではない、丁寧ではあるが有無を言わそうとしない命令。
 その声に答えて、ミゥは素直に車の扉を開けて降りてきた。もう姿を消してはおらず、背中には広葉樹に似た翅を出している。だが、燐光を漂わせてはいない。
「はー…… 今更何の御用ですか? 私、もう帝国との縁は切れたと思ってたんですが」
 枯葉色の少女に対してミゥは、俺が聞いた限りかつてないほど冷めた口調でそう返した。彼女にしては必要以上に丁寧な言葉遣いに、そのうんざりしているような表情は、はっきりと拒絶の色を漂わせている。
 シゥやニニルなら遠回しにすることなく「うざい」と言っていることだろう。
 しかし枯葉色の少女もそんなミゥの反応は予想していたのか、少し顔を不機嫌そうに歪めただけで、平然と言葉を返す。
「皇帝は既に斃れました。我々は前帝国とは何の関係もありません。その上で博士、あなたをお迎えに参りました」
「お迎え? 新しい国だかなんだか知りませんが、私、あなた達の国にも協力するなんて一言も言ってませんよ。もう国とか組織に関わるのは止めたので、放っておいてくれませんか? それに、見え透いた嘘を吐くのは止めてください。私はついでに確保出来ればいいのであって、おまけでしょう?」
「そんなことはございません。新しい妖精の国の発展には、あなたの力が必要です」
「私の力? 私の頭の中にある、公開してない危険な薬の調合法の間違いじゃないですか?」
 そんなミゥの言葉に、図星だったのか、あるいは心外だと思ったか、枯葉色の少女は不機嫌さを更に強くする。
「……博士、あなたはひとつ勘違いをしておられる。我々の国はかつての帝国のように妖精種に対して過酷な責務を強いる国ではないのです。博士が昔に使っておられたような薬は必要としておりません。ですが、あなたの明晰な頭脳は得難い貴重なものです。このような退廃した世界で埋もれていくのは妖精種としての損失だと私も考えます」
 賛辞を含む説得に、ミゥは機嫌を良く――するどころか、やはり眉を吊り上げて。
「はぁ…… しっつれいな子ですね。私が少しとはいえ気に入った世界を退廃してるとか、私が埋もれてるとか。私の研究について本当にちょっとは知ってるんですか? 世界が変われば植物などの生態も一変することぐらい分かるでしょう? それなのに私の研究が停滞するなんてことがあると思ってるんですか? 全く、これだから馬鹿は嫌いなんですよ」
「っ……!」
 完全に馬鹿にした口調に、枯葉色の少女の我慢もそろそろ限界のようだった。
 その手にある華奢な細剣を構え直し、ゆっくりとミゥに向けてから強い口調で告げる。
「博士がどう思われようと、我々と共に妖精郷へと戻って頂きます。ご協力頂けなければ実力行使もやむなし、という指令を受けておりますので」
「実力行使とは、また大きく出ましたね。出来ないことをさも出来るかのように言うのは止めた方がいいですよ? 余計馬鹿っぽく見えますから」
「少なくとも博士が戦闘を不得手としていることは知っています。大人しくしていただければ、ご自分で薬を飲むような結果にはならないかと思いますが」
「へぇ。それはつまり、あなたを含む六人で私達を何とかできると思ってるということですか」
 全く臆さないミゥに、実力行使を決め込んだのか相対する六人の翅の輝きが増す。
 その様子にミゥはひとつ、非常に面倒くさいことを目の前にした時のように、はぁ、と息を吐いて、
「ふー。あなた達、最悪です。折角のデートなのに。 ――ノア、攻撃開始」
「了解」
 指令に答えた声は、六人の最後方から。
 それに六人が反応できる前に、その中で最も後ろに立っている杖を構えた赤色の少女の背後から、黒の燐光を散らしながら突如として現れたノアが両の手それぞれに握った闇色の短剣を振り翳して、躊躇なくその背中に突き立てた。
「がっ!?」
 短い断末魔。地下駐車場の薄暗い明かりの下に血飛沫が散って――同時に赤色の少女はその輪郭を歪ませた後、燃え上がるような赤色の燐光を残して消滅した。
「な――」
 最も早く反応したのは、その隣に立つ浅黄色の少女。その手に構えていた杖を即座にノアに向け、そこから凄まじい勢いで蔦が放たれた。薄緑の光を帯びながら伸びる蔦は、瞬時にノアの細い四肢を捉え、
「――!」
 刹那、ノアを黒い闇が覆う。次の瞬間、蔦は激しく収縮してその闇を爆散させた。後には何も残らない。しかしノアの身体は既に浅黄色の少女の背後にある。ノアが消えて驚きの声を上げるその少女を、ノアはまた躊躇なくその二振りの短剣で突き刺した。
 浅黄色の少女もまた、赤色の少女と同様に輪郭を歪ませて消える。
 この間、僅か四秒ぐらいだったろうか。
 残った四人が、既に二人を斬り捨てたノアにようやく視線を向けると、同時にミゥも動いた。
「ほら、余所見してる場合じゃないですよ!」
 いつの間にか彼女の手には、捩れた枝のような杖が一本。それを翳し両手で振り上げ、背中の翅から緑の燐光を激しく放ち、
「ご主人様から貰った力、見せてあげます!」
 杖の柄の部分で、力一杯コンクリートの地面を突いた。
 響いたのは、どすっ、という、土に杭を打ち込んだような音。
 変化は劇的だった。
 突いた部分を中心として緑色の光がコンクリートに広がり、背の低い草が生い茂る大地へと変わっていく。次いでそこから凄まじい勢いで生え出した蔦が残った四人の四肢を捕まえにかかった。
「ひっ!? こ、この、このっ!」
 四人のうちのひとり、黄色の少女がその手の短剣を振るって蔦を切り払うが、後から後から生えて寄り絡み付いてくる蔦には無駄な抵抗だ。四肢を拘束され、手首を締め上げられ、短剣が地面に落ちる。蔦はそれにも絡み付き、鈍い音を立ててへし折ってしまう。そして太腿に、腰に、首に、顔に。無数の蔦が黄色の少女を包み、その姿が埋もれてしまった頃に、ごきり、と無残な音がした。
 蔦が解ける。やはりそこには何もない。
 他の二人も同じ運命を辿り、そうして瞬く間に、残ったのは枯葉色の少女のみとなってしまった。
「馬鹿、なっ……!」
 蔦の拘束から逃れようと枯葉色の少女は懸命に身体を動かし、その小さな姿に見合わない力で蔦を引き千切っていくが、それを許さぬように次々と新しい蔦が彼女に絡み付いていく。
 だが、彼女への蔦は執拗に絡み付いてその小さな身体を宙へ磔にするだけで、先ほどの三人にしたようにへし折る気はないようだ。
 最も、それが彼女にとって幸運であるかどうかはまた別の話だが。
「あはは、いい様ですね」
「っ、博士、あなたは一体、何を――」
「残念でしたね。驚いたでしょう? 私が以前と同じ、この規模の妖精炎魔法を行使するのに一分も掛かっていたら、あなたが言ったようになったかも知れないのに。僅か五秒! 私自身、驚いてますよ」
 楽しく仕方がないという様子で、ミゥは枯葉色の少女の眼前まで近付き、その瞳を覗き込む。
 口振りから察するに、ミゥは俺の精液を妖精炎に変換したものを一気に魔法へと注ぎ込んだのだろう。その結果が、環境と状況を一変させてしまった。ヅィがあのゴブリンもどきを消し飛ばした時と同じ形だ。
「ふふ、ご主人様はやっぱり素晴らしいです。ボクがここまで強くなれるなんて思ってもみませんでした」
 そう言って踵を返し、俺の足に腕を絡め擦り寄ってくるミゥ。そこで再び枯葉色の少女の視線が俺へと向いた。
 まるで台所などに出る黒光りの不快なものを見るような、警戒と嫌悪の表情。
 だが、その表情はすぐに苦痛のものへと変化した。
「ぐ、あ、あ、あ、あッ!」
「何ですか? その顔。誰かさんもそうでしたけど、不快で苛々するんですよ。そういう顔は」
 ミゥの冷たい声とほぼ同時、枯葉色の少女が苦痛の声を上げる。蔦が全力で彼女の身体を締め上げ、四肢をそれぞれ別の方向に引っ張っているのだろう。布を強く擦り合わせるような音が辺りに響き、天井から僅かに土の雨が降る。
 思わす俺はそんなミゥに恐怖を覚え、枯葉色の少女を苦しめ続ける彼女に恐る恐る声を掛けた。
「ミ、ミゥ、ちょっとやり過ぎじゃ――」
「駄目です! ご主人様が許してあげても、どうせ性懲りもなくまた来るんですから。それなら出来るだけ痛め付けてあげたほうがいいんです!」
 俺の言葉はミゥの怒りの叫びに途中でかき消され、彼女は更に背中の翅の輝きを強くする。
「あ、あ、あ、あ、あ゛、あ゛、あ゛ッ!」
 枯葉色の少女の悲鳴が強くなり、重く濁る。鳶色の瞳は見開かれ、彼女が凄まじい激痛に曝されているのが身に染みるほどに分かる。もう数秒もすれば、骨が砕け肉が離れる音と共に、彼女の絶叫はより激しいものとなって、唐突に途切れるだろう。
 俺の脳裏を過ぎるのは、ヅィが捕まった時もこんな風に殺されるのではないか、という恐怖。
 それだけは、見たくない。
「止めろ!」
 目を一瞬閉じて、そう強く叫ぶ。
 瞬間、枯葉色の少女の絶叫が止まった。遅かったか、と一瞬思ったが、直後に付随したのは彼女の身体が壊れる音ではなく、激しい呼吸音。気付けば、ミゥは先ほどまでの様子とは打って変わって、不安げな瞳でこちらを見つめている。
 どうやらミゥは俺の叫びに応えて、その暴力的な力の行使を止めてくれたようだった。
「止めるんだ、ミゥ」
「う、でも……」
「頼む」
 視線をしっかりと合わせてそう懇願すると、
「……分かりました」
 と、彼女は呟き、翅の輝きを幾分か落としてくれた。
 思わず安堵の息を吐く。少し複雑な心境だが、夢見が悪くなるよりはいいだろう。
「……ノア、その子が余計なことをしないようにお願いします。少し聞きたいことがあるので」
「了解」
 枯葉色の少女の背後に無言で佇んでいたノアが、左手の短剣を構えて枯葉色の少女の首に回し、いつでも掻き切れる態勢を取る。
 それを待ってミゥは枯葉色の少女の眼前まで詰め寄り、冷たい声でゆっくりと言葉を紡いだ。
「こちらへ来たのは何人ですか? 指揮官は?」
「っは、は、はぁっ…… 答えられませんっ」
 息を整えながらも、頑とした答えをミゥに返す枯葉色の少女。
 そうですか、とミゥは呟くように言い、翅の輝きが強まって――しかしすぐに弱まる。ちら、とこちらを窺う彼女。
 その時、俺がどんな顔をしていたかは自分でもよく分からなかったが、ミゥは俺の顔を見て、んー、と悩ましげに唸り、
「――そーだ」
 と、先ほどまでとは毛色の違う、小悪魔的な声でひとり頷いた。
 翅の輝きが再び強くなる。枯葉色の少女を拘束している蔦の束が蠢き、しかし彼女には何の変化もないように見える。
「どーしても、答えられません?」
「当たり前ですっ」
「そうですか。じゃあ、最近になって私が知った『いいこと』を、あなたに教えてあげますね」
 声質からして笑みを伴いながらそう告げて、ミゥは自分の懐に手を探り入れた。
 引き抜いた手には、彼女達の身体のサイズに見合った二本の極小の注射器。
 それを目にした枯葉色の少女が、息を引き攣らせる音が聞こえた。恐らく彼女の脳裏には、力なく唇の端から涎を垂らし、ミゥの質問に途切れ途切れになりながらも答える前後不覚の自分が過ぎったのだろう。
 幸いと言うべきか、不幸と言うべきか。
 俺の予感が正しければ、あの中身は――
「ふふ、ちょっとちくっとするだけですからねー。怖くないですよー?」
「やっ、止めて下さい博士! 何を、何をするつもりなんですかっ!?」
「言ったじゃないですかー? 本当に頭が悪いですねー。ほら、無理に力を入れちゃ駄目ですよ」
「や、止めて――」
「えいっ」
 枯葉色の少女の左腕を捉え、まず片方の注射器を遠慮なく突き立てるミゥ。続いてもう片方。かなり乱暴に見えたが、枯葉色の少女が刺される痛みに震えるような仕草がなかったことから見て、あれでも上手くやったのだろう。
 果たして、変化はすぐに現れた。
「う、あ……?」
 枯葉色の少女の頬が、薄暗い明かりの下でほんのりと桜色に染まる。
 痛みを抑えるための荒い息が、別の意味合いを持ったものに変わる。
「は、博士、いったい、なにを」
「ふふ。限りない快楽の世界にようこそ、ですよ」
 薬によって強制的に発情させられた枯葉色の少女に、ミゥは笑みを浮かべてその顎を撫でる。
 再び、彼女を拘束している蔦が蠢く。途端、艶のあるか細い悲鳴を上げ始めた少女に、俺は同情の念を禁じえなかった。


 結論から言うと、枯葉色の少女は洗いざらい話した。
 戦力として妖精騎士およそ百二十名がこちらの世界にいること。指揮官の名前。彼女達の目的として最低限ピアとヅィを連れ戻し、可能ならばそれに加えてミゥとシゥ、ノアを連れ戻すこと。
 蔦による愛撫の嵐で、目から口から肌から下の口からとあらゆる液体を垂れ流しながら、少女はなんとか答えた。
 その様子は、はっきり言っておぞましいものだった。
 終始艶のある声を上げていたから、苦痛は全くなかったのだろう。だが、その代わりに想像を絶する快楽を、今までそんなことなど露とも知らなかった身体に流し込まれた少女は乱れに乱れきって、その様子は今にも気が狂うのではないかと思えたほどだった。
「――ふふ、可愛いですねー。じゃあ次はこうして、こう、と。どうですかー?」
「あ、ひいっ! むね、むねがっ、おかしっ、あ、ひ、あ、あああッ!」
 そして必要なことを全て聞き出した今でも、ミゥの快楽攻めは続いている。
 服に包まれたままの乳房を蔦に服の上から下からと巻き付かれ強調するように絞り上げられた上で、桜色の乳首を執拗に弄られている。その攻めが始まって程なくで枯葉色の少女が唯一自由に動かせる頭を嫌々するように振り、直後に叫びながら天を仰ぐ。
 また達したのだろう。これで少なくとも三十回目ぐらいになるだろうか。
 いい加減かなりの時間が経っていたが、ミゥの邪魔をすることは憚られた。
「あなたは薬を抜きにしても結構感じやすい身体なんですねー。素質たっぷりで羨ましいですよ、ふふふ」
「あっ、あひ、らっ、らめ、もうっ、あ、あ、あッ!」
 発情した少女の痴態をそう笑うミゥ。
 彼女もまた、発情し始めていた。
 これもヅィの時と同じ。俺の精液を受けて以降、妖精炎の力を多量に使うとその補給のために男性を――精液を欲するようになり、勝手に出来上がった状態になってしまう。
 上気した頬。時折擦り合わされる太腿。恐らくは知らず自身の乳房に伸ばしている手。
 そんな状態のミゥに声を掛ければ、俺にも何らかが波及するのは確実と言えた。
「……なあ、ノア」
「何か?」
 いつの間にか俺の隣で無表情にミゥと枯葉色の少女を見つめているノアに問う。
「あれ、止められるか?」
「……肯定。ですが、今しばらく放置しておいた方が良いのではないかと」
「追っ手が来たことだけ、ピア達に連絡しておくか」
「お願い致します」
 ジーンズの狭いポケットから携帯電話を引っ張り出す。
 家の番号を呼び出して待つこと数秒。
『――ご主人様、どうかしましたか?』
 と、電話越しでもよく分かる、綺麗なソプラノボイスが応答に出た。
「ネイか。ピアはいる?」
『はい。少々待ってて下さいね』
「いや、代わる必要はない。ピアに伝えてくれ。『追っ手が来た』って」
『――え!? だ、大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃなかったらこうして電話してないよ。ミゥとノアで倒して、今は……尋問中だな」
『そうでしたか…… なんか、変な声が聞こえますけど』
「察してやってくれ」
 ちらと背後を窺う。ミゥの責めは休まることを知らない。彼女が操る蔦は自由自在に蠢き回り、枯葉色の少女を喘がせている。
「いっ、あッ、き、ひいッ!? そこっ、だめッ、あ、あ゛、あ゛あッ!?」
「あらあら、お漏らしですか。ここを擦られるのはお股が緩くなるほどいいんですか? ふふ、そんな調子じゃおちんちんが入ってきた時に気が狂っちゃいますよ?」
「あ、ひっ、もう、もうやめっ、やめてくださっ、あ、ぎ、ああッ! ひいッ!?」
「まだまだですよ。前もお尻も、蔦の一本すら入れてないんですから。 ……まあ前は処女でしょうから蔦で奪ってしまうのは流石に可哀想なので勘弁してあげます。その分、お尻を弄ってあげますね…… ふふふ」
 ……もう尋問でも何でもないな。ただの虐めだ。
 非常に楽しそうなミゥと彼女に責められる枯葉色の少女を見ていると、不思議と腰の後ろ辺りが引き締まる思いがする。
 やっぱりミゥは怖い子だと、俺は再認識した。
「ミゥの気が済んだら帰ると思う。それまで色々と宜しく頼む」
『わ、分かりました。お気を付けて下さい』
 ネイの返事を聞いて、通話を切る。
 しかしミゥの気が済んだらとは言ったものの、この調子ではどれほどかかるだろうか。日が暮れる前にひとまず満足してくれればいいのだが。
 あるいは枯葉色の少女の気が狂う方が早いかもしれない。
「……いっそ気絶すれば楽になるんだろうか、あれは」
「否定。恐らく精神薬も同時に投与されているかと。まだ一度も失神状態になってはいませんので、その疑いがあります」
「そうか…… ところで、ノア?」
「何か?」
 視線を向けて呼ぶと、ノアもいつもの無表情でこちらを見る。
 今まで目の前で行われている嬌宴に視線を向けていた為に気付かなかったが、よくよく見るとノアも僅かに頬が上気し、いつもと比べてどこか落ち着かなさそうに見える。
 まさかとは思うが、ひょっとして。
「まさか、君もその…… 発情してないか?」
 そう問うと、ノアは無表情のまま当たり前のように頷いた。
「肯定。先ほどの戦闘で妖精炎のおよそ三割を行使しましたが、その結果、発情状態に移行しているものと思われます」
「肯定って…… 大丈夫なのか?」
「否定。ですが、今はそのような場合ではありませんので」
 まるで他人ごとのように言うノア。それに否定って…… 大丈夫じゃないってことか?
 俺は少し考え直し、軽く息を吸って自分の心に、落ち着け、と命令を出しながら、軽く手を叩いた。
 同時に呼び掛ける。
「ミゥ、もういいだろ。そろそろ帰ろう」
「えー…… でもー」
 これからがいいところなのに、と言わんばかりの顔で不満を露にするミゥ。
 俺は数十分前の俺に謝りながら、やはり彼女に最も効果的と思われる言葉を繰り出す。
「でもじゃない。ピアも心配してるぞ。それに、さっきから身体が火照って仕方ないんじゃないのか?」
「う…… それは、そうですけどー」
「晩ご飯まで待てないなら、もっと早く可愛がってあげるから。だから早く帰ろう」
「え、本当ですか!?」
 先ほどの不満顔は何処へやら。
 喜色満面でこちらへ駆け寄ってくる。その様子はもう枯葉色の少女のことなど忘れてしまったかのようだった。
 ちなみに早く帰ろうと決心したのはノアが心配になったという理由だけではない。
 二人を相手することになると考えると晩飯の後ではとても時間が足りないからだ。恐らく発情を治めるのと、前に言った晩飯の後で、というのは別カウントされるだろうから、ミゥは二回相手をしないといけないだろう。そうなれば余計にだ。
「じゃあ、早く帰りましょうご主人様。ボクもう待ちきれませんよー」
「ちょっと待った。あの子はどうするんだ。放っておく訳にもいかないだろ」
 俺の足に抱き付いて頬を寄せるミゥは、あ、と本当に忘れかかっていたんじゃないかと思わせる呟きを上げ、
「そーですね。じゃあノア、さくっと処理しちゃって下さい」
「了解」
 そう指令を下した。
 俺が声を上げる間もなく、ノアの身体が滑るように枯葉色の少女の前に移動する。その手には既に闇色の短剣が握られていて、
「――っ!」
 心臓を貫くように、豪奢な服の上から左胸を一突き。枯葉色の少女は血の塊を蔦へ吐き掛けるとほぼ同時、その輪郭を歪ませて跡形もなくこの世から消えた。
 拘束するべき相手を失った血塗れの蔦が地面にぞぞろと引っ込んでいく様子に、思わず背筋が冷たくなる。
「殺した、のか?」
「んー…… あれは死んでないと思いますよ」
 そうやや残念そうに言ったのはミゥ。
「ボク達は死ぬと、形はどうあれ妖精石がその場に落ちますから。それにあの独特の消え方は世界移動の際のものです。多分ですが、何らかの回収機能が働いたんじゃないでしょうか」
「回収機能?」
「はいー。そういう魔法もあるにはあるんですよ。妖精炎魔法ではなく通常の魔力魔法ですが。相手の体調を常に監視して、危なくなったら強制的に召還するっていう…… 世界を介して、というのは聞いたことありませんけど」
「じゃあ、彼女らは無事なのか?」
「ええ、まあ……」
 ほっと胸を撫で下ろす。
 敵だと分かっているとはいえ、大きさと背中の翅以外はほぼ人間と変わらない彼女達が死んでしまうのは非常に抵抗がある。
 無事で何より、とまでは言えないが、殺すまでやる必要はないのではと本気で思ってしまうのだ。
「んー……」
 と、妙な唸り声を上げるミゥ。その視線は真っ直ぐに俺の顔を見ていて、
「どうした?」
「いえー…… じゃあ、早く帰りましょうか。ピアにちゃんと報告しないといけませんし」
「あ、ああ」
 そう言って、彼女は俺を先導するように先に車へと戻っていった。
 印象に残るのは、俺の疑問を否定した時に浮かべた曖昧な困り顔。
 やはり甘いと言われるのだろうかと俺は思いながら、運転席のドアに手を掛けた。


 マンションに戻るとピア達が総出で出迎えてくれて、以前のように彼女達で対策を話し合うということで、俺は一人で買ってきた物を整理し、自室に戻った。
 流石に新作のゲームをする気も起こらず、ベッドに寝転がってただ呆と待つことおよそ三十分。
「――ご主人様、いらっしゃいますか?」
 そんなピアの声と共に、扉が小さくノックされた。
 いるよ、と答えると、失礼します、と返事があって、小さい扉を開けて彼女が入ってくる。
「お休みでしたか」
「いや、単に寝転がってただけだよ」
 上体を起こし、話を聞く姿勢を整える。
 ピアはそれを俺の前で僅かに微笑を浮かべながらただ立って待ち、俺が姿勢を整え終わると一拍の間を置いてその小さな口を開いた。
「本日ついに襲撃があったということで、これから当面はご主人様に常に二人の警護を置くことになりました。煩わしく感じるかと思いますが、ご主人様の為でもありますのでどうか宜しくお願い致します」
「いや、こっちこそ気を使わせて済まない」
「勿体無いお言葉です」
 恭しく一礼するピア。いつも以上に他人行儀に感じるのは、これが自分達の仕事のひとつだと認識しているからだろう。
「でも、そこまで俺を護る必要はないような気もするけどな。今日だって、俺は動くなと言われただけでほぼ無視されたし」
「ご主人様が攻撃の対象から外れるならそれはそれで良いのですが、もしも旅行の時のようにご主人様を人質に取られると、私達はそれ以上行動するのが難しくなってしまいますから。敵がどうあろうと、ご主人様が最優先であるのは私達の総意です」
「分かった。でも、俺のために犠牲になるような行為は止めてくれよ?」
「はい。ありがとうございます」
 ピアは丁寧に一礼して、再び上げた顔にはいつもの柔らかさが戻っていた。
 無性にその頭を撫でたくなって堪らず手を伸ばす。艶やかな白髪に触れ、掌を髪の流れに合わせて梳くように動かすと、彼女は目を細め、んっ、と気持ち良さそうな吐息を漏らした。
「少し早いですが、湯浴みの準備が出来ておりますのでお疲れであればどうぞ。その、お邪魔でなければ背中をお流ししたりも致しますので」
「ん、じゃあ入るかな」
「では――」
 途端、ピアの目が喜びに輝く。
 俺はそんな彼女の様子に思わず、一緒に入ろうか、と言い掛けて、ある大事なことを思い出した。
「いや、折角で悪いがミゥとノアを呼んでくれるか」
「あ、はい…… ミゥとノアですね?」
「ああ。二人とも魔法を使って発情してたようだから、労ってやりたいんだ」
「あぁ、分かりました。そういうことでしたら」
 喜びから落胆、落胆から納得へと、分かりやすく表情の変わる彼女の頭を最後に軽く叩き、苦笑しながら腰を上げる。
「先に入ってるから。良かったら来るように言ってくれ」
「はい。では伝えて参りますね」
 二人で揃って部屋を出て、ピアがミゥの部屋に入っていくのを見届けてから俺も風呂場に入る。
 洗面所は広くなった以外で増築前とそう変わりはないが、風呂場の変化は大きい。洗面器やバスチェアなどは幼児用としか思えない小さな、それでいて一般向けのようなシンプルなデザインのものが一通り揃えられているし、バスタブは三倍以上広くなった上で浅い部分と深い部分に分かれ、そこをスムーズに移動するための小さな段差まで追加されている。
 服を脱いで新しい風呂場に最初の一歩を踏み出そうとした時、洗面所の小さい扉が音もなく開いた。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
 姿を現したのはノアだけだった。ミゥの緑色が見当たらないことに俺は、はて、と首を傾げる。彼女ならノアよりも先に来そうなものだが……
「あれ、ミゥは?」
「所用があるため、私だけでご奉仕しろと仰っておりました」
「所用?」
「肯定」
「珍しいな」
「肯定」
 思わず漏らした呟きにノアも同意する。
 今日の襲撃の場面でそうだったように、ミゥはこの類の誘いを何よりも優先してきた。所用があるから後で、などと言ったのは今日が初めてだ。しかも今は発情中のはず。彼女にしては考えられないことだ。
 まあ、これはこれでちゃんと一人ずつ相手が出来るから、悪い訳ではないのだが……
「用事があるなら仕方ないか。ノア、一緒に風呂に入ろう」
「了解」
 そう短く応じると、ノアは俺が見ているにも関わらず躊躇なく自分の黒い服に手を掛け前を開く。
 僅かに肋骨の線が浮いているその上にある、彼女の身長に応じて小さいけれどボリュームのある乳房。黒のガーターベルトに飾られるなだらかな下腹。見た目は無毛で縦の筋が一本走っているのみの、しかし十分な快感を得ることの出来る性器。相変わらずブラやショーツは着けていないようだ。
 自分の身体を他人に見せることに羞恥心を持たないノアはそれらを隠すという行動をしないまま、腕で丁寧に折り畳んだ上着を脱衣籠に置き、そして下着に手を掛ける。
「――ん?」
 ふと、俺の嗅覚を妙に甘ったるい匂いが突いた。
「何か?」
 俺が声を上げたことに反応したノアが自分のガーターベルトに手を伸ばしたままこちらを見上げてくる。
「いや、何か凄く甘い匂いがしないか?」
「否定。私は特に感じませんが」
「あれ、そうか……?」
 意識して鼻から空気を吸う。
 いや、確かに甘い匂いがする。それもかなり強い。不快感はないが、あまり嗅いでいると脳の奥が痺れるような――
「――あ」
「何か?」
「ああ、いや、何でもない」
 再び反応したノアに、俺は慌てて否定を返す。
 俺の思考はあるひとつの解を思い浮かべながら、ちらと視線をノアの身体に送る。
 既にニーソックスから長手袋まで全ての下着を脱ぎ終えた彼女。その股間部にある無毛の割れ目を注視すると、てらりと濡れているのが遠目にも分かった。
 恐らくこの甘ったるい匂いは――ぱっと見、全くそんな様子は見せていないが――発情状態にあるノアの愛液から匂っているものだ。男を惹き付けて興奮させるための、一種のフェロモンのようなものなのだろう。
 妖精の自然な生理反応とは言え、そんなあからさまな話を彼女にするのもどうかと思い、俺は自分の反応を誤魔化しつつ風呂場へと入った。
 身体に湯を流し、股間を軽く洗ってから広い浴槽に身を沈める。熱い湯に疲労が溶けて消えるようなこのじわりとした感覚が好きだ。爺臭い、と言われたこともあるが、これは若い人で同意して頂ける方々も多いのではないかと思う。
 大きく息を吐き、ふとノアを見る。彼女も小さな洗面器を手に取り、そこに湯を汲んで自分の身体に掛けようとしているところだった。恐らく俺の真似をしようというのだろう。ざぱ、という水音と共に幾多もの水流が彼女の肌を撫でる。
「そうそう。あと流すだけじゃなくて、股間を洗った方がいい」
「了解」
 ノアは俺の言葉に素直に頷いて再び洗面器に湯を汲む。今度は片手を自分の割れ目に添えて、下腹の辺りから少しずつ湯を流して洗うことにしたようだ。彼女の指によって時折開かれる割れ目の奥の桃色の内壁がどうにも扇情的だが、これは彼女が隠そうとしないのをいいことにじっと見ている俺が悪い。
「完了しました」
「ん。じゃあおいで」
「了解」
 一々丁寧な報告に苦笑しながら手招きする。
 ノアは浴槽の縁に手を掛けて跨ぎ、浅い部分へ座るように身を沈める。そこで丁度、彼女の乳房までが湯に浸かる程度だ。
 彼女もお風呂はリラックスできる一時なのか、僅かに肩が下がり、背中の翅も湯に黒い燐光を溶かしながらゆったりと閉じたり開いたりを繰り返している。
 ふう、と何はなくともひとつ息を吐く。
「ノア」
「何か?」
「早速だが、しようか」
「了解」
 そんな短いやり取りでも俺が何をしたいのか把握したノアは、下ろした腰を再び上げて湯の中をこちらへと歩み寄ってくる。
 その足が浴槽の深い部分に達し、急激に湯の中へ沈み込む彼女の身体に俺は手を伸ばした。深い部分――従来の浴槽の深さでは、彼女達の身長だと顎が湯に浸かってしまう。
 それを気遣って、俺は浅い部分に座り直した。俺にとっては腹の少し上ぐらいまでしか浸からないが、ここで彼女達と行為をするには丁度いい深さだ。
「ありがとうございます」
「いやいや」
 彼女の身体を俺の膝の上に置く。柔らかい尻の感触がいい感じだ。
 早速というか何というか、俺は指をノアの股間に伸ばす。彼女は視線で俺の指を追いはするが、それを諌めようとはしない。
 幼い縦筋に達した俺の指先は、予想通りにぬるりとした感触をそこに捉えた。
 先ほど洗ったはずなのに、もう割れ目全体を覆っているほどだ。
「凄く濡れてるな」
「肯定。発情のせいであると思われます。戦闘の直後からこの状態でした」
「そうなのか。我慢させて悪かった」
 割れ目に浅く指を入れ、そのぬるりとした感触を楽しむように上下させる。
 時折、奥にある穴の縁を擦ったり、割れ目の上にある小さな突起を弾いたり。
 だがノアの反応は流石に平然としたもので、感じていないのではないかと思うほどだ。
「気持ちいいか?」
「肯定。少々、不足に感じますが」
 しかし問えば、ちゃんと返事が来る。
「ん、物足りない?」
「肯定」
 あまりにも素直に物を言う彼女に苦笑し、割れ目の中、小さな膣穴を探り当ててそこを広げるように撫でる。
 指を伸ばし、淫核を刺激することも忘れない。人間と比べて何もかも小さい分、様々なところを同時に愛撫出来るのがこちらの強みだ。
「あ、っ」
 淫核を強く擦り、膣穴に浅く中指を入れるとノアから小さな吐息が漏れた。
 そんな彼女の感じている様子に俺は気を良くし、どんどんと愛撫をエスカレートさせていく。
 親指で淫核を振動するように刺激し、それに応じて痙攣しているかのような膣の締め付けを中指で楽しむ。
 胸に顔を寄せて左の乳房を丸ごと咥え、歯を立てないように唇で形のいい乳房を揉みながら、硬くなった乳首を舌で嬲る。
 空いた片手で黒い翅に触れ、その艶やかな感触の表面に指を走らせる。
「ん、あ、あっ」
 それら三つの動きが上手く合わさったタイミングに合わせてノアは普段は聞けない可愛い声を漏らす。
 その瞬間の顔を見ていたかったが、今は口での愛撫の方が大切だ。
 中指に感じる膣の濡れ具合からして達するのはそう遠くないだろう。ならば少しでも早くと、俺は更に個々の動きを加速させる。
「――あ、っっ…… イき、ます」
 強く身体を震わせた後、ノアはそう宣言した。同時、俺の頭に彼女の手が回され、それなりの力を込めて抱き締められる。膣に半分ほど挿入した中指が強く締め上げられ、不意に緩む。俺の髪に、はぁ、と彼女の生暖かい吐息が掛かった。
 すぐに頭が解放される。
「失礼致しました」
 そう頭を下げたノアの表情はやはりいつもの無表情だった。やや頬は赤いものの、そこに恥ずかしさとか照れとか、そういった類のものは一切見ることが出来ない。
「……何か?」
「いや」
 どうすれば彼女の恥ずかしがる顔を見れるだろうかと思った瞬間に勝手に頭に浮かんだ何通りかの方法を打ち消し、俺は苦笑と共にノアの顔から視線を逸らした。
「何かおかしいところがあったでしょうか」
「いや、本当に何もないよ」
「そうですか。では、そろそろ男性器の挿入と、子宮内への射精をお願い致します」
 何とも機械的な物言いの後、ノアはつうと視線を下げた。そこには既に怒張した俺のモノがある。
 彼女はそれをしばし見つめて、
「やはり入るとは思えませんが」
 と、珍しく独白に似た言葉を漏らした。
「君らの身体が柔らかいお陰だな」
「肯定。ですが、それだけではないように思います」
 そう言葉を交わしながら、俺はノアの腋を持って俺の腰の上、彼女の秘所が俺のモノの上に来るよう導く。
 一本の毛も生えていない幼げな、それでいて滴るほどの愛液で潤った淫靡な割れ目。
 そこに相対的に巨大になってしまう肉棒の亀頭でくちりと割り開く。
「いいか?」
「肯定」
 いつもの短い言葉と共に頷きを返したのを見て、俺はノアの身体をゆっくりと降ろした。
 彼女の小さな体重が俺のモノに掛かる。先端が割れ目の中を押し込むように埋まり、それから、ぬぬっ、と彼女の愛液の助けを借りながら小さな秘道に入っていく。
「く、んっ」
 ローションで濡れた小さく太い輪ゴムを押し広げていくような感覚と言えばいいだろうか。
 決して無理ではないが、もしかしたら切れてしまうのではないかと思わせるようなきつさ。
 俺がノアのあそこを拡張しているのか、それとも彼女が俺のモノを小さくしようと縛り上げているのか、分からなくなるぐらいの感覚だ。
「っ、あ」
「大丈夫か?」
「肯定」
 僅かに眉を歪ませて声を漏らすノアにそう問うと、間髪入れずに頷きが返ってくる。
 相変わらず感じているのか痛がっているのか分かりにくい子だ。
「二回目なんだから、無理はしなくていいぞ?」
 旅行の時に初めてを貰い、上手く達させることが出来たものの、それでもう慣れているとは思えない。
 そう思って気遣うと、しかしノアは首を横に振った。
「否定。二回目ではありません」
 彼女が否定したのは回数だった。しかし、実際に彼女とは二回しか挿入には――
「通算で六回目となります。内四回は――」
 と、そこでノアの言葉が止まった。
「――失礼致しました。覚えて、いらっしゃらないのでしたね」
「え? あ――」
 覚えていない、と言われてすぐに察しがついた。
 思い当たる可能性はひとつ。濃縮した酒を呑まされて暴走してしまった日のことだ。
「その……」
「謝罪でしたら無意味かと思われます」
 まさに謝ろうとした瞬間、ノアは俺の目をじっと見つめてそう遮った。
「既に過ぎた事象ですし、ご主人様も言っておられました。全てなかった事にせよ、と」
「それは俺が呑んでる間に言った言葉の事で――」
「加えて」
 僅かに語尾を強くして、彼女は言った。
「第一に、ご主人様の謝罪が必要であるとは思えません。状況はどうあれ、あの場の全員はラーザイルを除いて愉しんでいました。勿論、私もです」
 直後、ノアの手が俺の首に絡み、その小さな身体が限界まで沈んだ。
「っ、く!?」
「あ、くっ」
 モノが一息に最奥を突き上げた衝撃にノアが苦しげな吐息を漏らした。
 俺の胸板に小さな額を当ててくる。肌に感じる彼女の呼吸が艶かしい。
「ふ、は、あっ……」
「ノア、その」
「心地良いです、ご主人様。そしてこれは『楽しい』と、判断できます」
 深い挿入によって盛り上がった下腹を撫で、額と頬を俺の胸板に押し付けるように身を寄せながら、ノアは区切りながらはっきりと告げた。
 楽しいとは、それを積極的に続けたいと本心から思うこと、だったか。
 俺がノアに言った言葉だ。
 知らず笑いが込み上げてきて、それを誤魔化す為に彼女の頭を撫でた。
「ノア」
「はい」
「悪かったな、覚えてなくて」
「……肯定」
 苦笑しながらそう言うと、彼女もしばしこちらを見つめた後に頷きを返してくれた。
 ノアの細い腰を捕まえ直し挿送を開始する。
 引いて突き、引いて突きを繰り返す度に湯面に波が立ち、ぶつかり合って粒と弾ける。
「あ、っ、は」
「気持ち、いいか?」
「肯、定」
 小さく眉を歪めて、僅かに吐息を漏らすノア。
「ご主人様の、あ、男性器の先端が、私の、んっ、子宮口を叩くのが、分かります」
 そう途切れ途切れに報告する彼女の無表情は少し崩れ、快感の色が見え始めている。
 顎を下げて俯き、悩ましげに眉を歪めて瞼を時折強く閉じ、小さな唇を閉じたり開いたり。背中の烏のような翅は小刻みに震え、黒い燐光を明滅させている。
 そんな彼女を見ていると普段の冷静寡黙な姿とのギャップが興奮を呼び起こすのだ。
「っ、あ…… また、イキます」
「こっちも、出るっ」
「了、解」
 俺の二の腕を強く掴み、小さな額と艶やかな黒髪を俺の胸板に擦り付け――そんな格好から発された律儀な報告の後に、絹布でモノを全力で縛り上げるような締め付けが来た。
 それを受けて俺も宣言し、堪えていたものを解放する。
 いつもの込み上げるような感覚の後、心臓に直結するような脈動が連続する。どくり、どくり、と、形は似ているのにに小水とはかけ離れた衝撃。
「う、あ」
 何かを堪えるような呟きの後、モノへの締め付けが緩み、ノアの身体が小さく震える。それと同時にモノの挿入で歪んだ彼女の下腹が脈動に合わせて更に膨らんでいく。
 見た目小さい彼女達のスレンダーなお腹が妊婦のように膨らんでいくのは、いつ見ても更に欲情を誘う光景だ。
「……大丈夫、か?」
「う、んっ…… 肯定、です」
 気だるげに吐息を漏らし、頷く。
 力が入らないのか、身体をゆっくりと俺の腹の上に預け、また深い息を吐く。
 ちらと見れば頬はまだ上気しているものの、いつもの無表情に戻っていた。
「数分後、妖精炎への変換が開始すると思われます。子宮内射精をありがとうございました」
「いや、礼を言われることじゃない」
 面と向かって言われると流石に恥ずかしくて、つい視線を逸らす。
 ひとつ息を吐いて横目でちらと見ると、ノアはいつもの無表情でこちらを見ていたが、その口許に少しだけ笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。


 目を閉じ、掲げた洗面器を傾ける。
 ざば、と熱い湯が少しの痛みと共に髪に染み渡り、大きな流れの後に雫となって前髪や顎から零れた。
 ざっと濡れた前髪を払い視界を開ける。
 目の前にはこちらを無表情に見つめるノアと、妖精らしくすらりとして――下腹部だけは妊娠したかのように膨れているが――小さく華奢な一糸纏わぬその身体。
「――さ、次は君の番だ」
「了解」
 もう見慣れたはずのその身体にやはり見とれつつ、俺は座っていたバスチェアを彼女のために空けた。
 そこにちょこんと腰掛けた彼女の手を取り足を取り、泡立ったスポンジで丁寧に洗っていく。
 一切抵抗せず素直に洗われる彼女は、まるで人形のようだった。
「それにしても、綺麗な肌だよな」
 つう、と人差し指を彼女の背中に走らせる。濡れていることも手伝って、摩擦が殆どない陶磁器のようなその肌。見た目は大人の肌色だが、そのきめ細かさは新生児と言っても通用するかもしれない。
「原因は妖精炎の治癒法にあると思われます。妖精炎魔法による自己治癒は術者が記憶している自分の身体の情報を元に再構築を行うため、基本的には自己治癒を完全に習得する誕生初期から実質的な劣化が止まります」
「治す度に生まれ変わっているようなものなのか。でも、基本的に、って?」
「術者の記憶している自身の身体の情報に大きな影響を与える事象が発生した場合、その部位の再生は自身では不可能になります。記録によれば、眼球や片腕を失ったまま復元不能になった例が存在します」
「そう、なのか」
 やはり何事にも完全はないということなのだろうか。
 彼女達のことをまたひとつ知ることが出来たが、今回はあまりいい内容と呼べるものではない。
 戦いに身を置くシゥやネイのことがどうしても心配になってしまう。
 そんなことをふと考えていたから、次のノアの一言に俺は本気で驚いた。
「近日、復元不能になった例が私にも存在します」
「え!?」
 思わず声を上げると同時、彼女の肌に視線を走らせる。
 目に見える範囲に傷のようなものは無かったから、俺の驚きは不安になって声に出た。
「だ、大丈夫なのか?」
「私には判断は付きかねます。ミゥによれば問題ないとのことでしたが……」
「何処、なんだ?」
 そう問うと、ノアは少しだけ視線を虚空に動かしてから言った。
「処女膜、というのでしょうか」
「は?」
「ご主人様との最初の性行為の時点で裂傷したのですが、治癒で復元不能になっていたのです。確かに私はあの時のことを鮮明に記憶していますが、それが原因なのでしょうか?」
「いや、俺に聞かれても……?」
 驚きや不安は何処へやら。俺は思わず困惑する。
 あれって人間でも一度切れると元通りには治らない、よな……?
 自分には存在しない部分だけに、彼女の疑問をどう感じればいいのかがそもそも分からなかった。
「そ、それより、ミゥ遅いな」
「……肯定」
 あからさまな話題逸らしだったが、ノアは無表情に頷いて俺と同じく風呂場の出入口に視線を向けた。
 というか、本気で遅いな。
「所用って何か分かるか?」
「否定。薬品研究の最中のようではありましたが、ミゥの単独の行動は常に秘匿されますので」
「秘匿?」
「肯定。ミゥは特に薬品研究の記録などは書面に残すことを嫌っています。悪用、乱用を防ぐ手立ての一環のようです。栽培されている植物類も独自の品種改良が進み原型が把握不能な状態に到達していますので、薬品研究の最中ということは判別可能であっても、どのような薬品を作成しているかまではミゥ当人以外判別不能な状態なのです」
「ああ、そこまでは分からなくてもいいんだが…… 薬品研究か。長くなりそうだな」
「肯定」
 一度会話を切って、ノアの身体を洗うのを再開する。
 泡に塗れたスポンジを持つ俺の手は最後に残った部分、彼女の身体へ。小さくもなく大きくもないが張りの強い乳房、強く触れたら折れてしまいそうなほどに華奢さを感じる鎖骨、先ほど注いだ俺の精液を溜め込んで妊娠初期のように膨れた下腹、無毛で染みも色素の沈着もない無垢な縦筋。
「ん」
 それらに触れる度に少しだけ悩ましげな声を、しかし無表情で漏らす彼女に内心笑いを浮かべながら、最後に湯で泡を洗い流す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 最後に二人で抱き合いながら少し浸かって、揃って風呂を出た。ミゥには悪いが、これ以上いるとのぼせてしまいそうだ。
 自分の身体は大雑把に拭いておいてノアを手伝う。身体の方は彼女自身に任せ、綺麗な黒髪を丁寧に拭いていく。最後にドライヤーをかけてやると、早くも心が落ち着くようないい匂いが俺の鼻腔を刺激してくる。
 たまらずに俺は顔を彼女の髪に押し付けた。
「ん……」
 大きく鼻でノアの匂いを吸い込むと彼女もくすぐったげな声を漏らした。しかし一切の身動ぎはせず、俺にされるがままになっている。
 それに気を良くした俺は更に調子に乗ってもっと息を吸い込み、彼女の匂いを堪能する。
 気付けば腕は彼女の身体を強く抱き、下半身の節操もない肉の棒を彼女の形のいい尻に押し付けていた。
「ノア、もう一回部屋でやろうか」
「了解」
 自分の変態さ加減に、彼女達が蟲惑的過ぎるのが悪いと自分で言い訳をして呆れながらも、彼女から了承の返事が出るや否や、俺はタオル一枚だけ身に付けた格好で一糸纏わぬ姿のままのノアを抱きかかえて洗面所を出た。
 そのまま一直線に自分の部屋に。ベッドの上へノアをうつ伏せに寝かせ、背後からその綺麗な黒翅の上へ圧し掛かるように組み敷く。押し潰してしまわないよう気を付けながら。
「ん」
 断りもせずにノアの尻を左右から割り開く。綺麗な窄まりと、その下にある閉じた縦筋が俺の影の薄暗い中に見える。
「ノア、君の――あ」
「何か?」
「……いや、何でもない」
 思わず「恥ずかしい所が丸見えだな」などと言いそうになってしまった。ノアにそれを言っても自分が寒いだけだろう。
 苦笑して、さっさと愛撫を始める。
「……あ、っ」
 舌を柔らかい尻肉に這わせる。洗ったばかりの柔肌は美味しそうで、思わず食べたくなりそうだ。
 片手はノアの背と手を押さえ付けながら翅の付け根を弄り、もう片方は彼女の秘部へ。親指と中指でそっと縦筋を広げ、中の膣穴を人差し指で撫でる。少し沈めればもう濡れているのが分かった。
「もう濡れてる?」
「っ、あ、その言い方は正確では、ありません。風呂場での性交の時点から継続して、っ、濡れています」
 感じて言葉が途切れ途切れになりながらも律儀に返答するノア。一回ぐらいでは物足りなかったと解釈してもいいのだろうか。
「じゃあもう入れていいか?」
「肯、定……っひぁ!」
 返事を聞き終わる前に彼女の腰を抱え、一気に奥まで突く。これには流石に大きな声を漏らしてくれた。
 そのことが妙に嬉しくなって、最初からやや強いペースで挿送を繰り返していく。
「っ、あ、あ、っく、ひ、あ、は」
 目を閉じて、抑え目な喘ぎを漏らすノア。
 手はシーツを掴み、足は力なく落ちている。翅は黒い燐光を仄かに漂わせながら、ゆっくりと開き閉じ、時折跳ねるように震える。
 このぐらいが今の彼女ができる快感反応の限界なのかもしれない。
「気持ちいい?」
「肯、定」
「何が気持ちいい?」
「……ご主人様の、男性器が、あっ、私の女性器を擦って、っあ、快感が発生しています」
「そうか」
 何処までも丁寧な答え方に苦笑する。
 いつかノアに羞恥を感じさせられるような攻めをしてみたいな、と思いつつ、一心に彼女の中をこねくり回す。
 破瓜の時と比べても寸分の緩みもないノアの中は動くのにも苦労するが、外見の反応とは裏腹によく濡れているから不可能ではない。
 粘着質な水音が鼓膜に小さく響く度、俺の興奮も増していく。
「あ、うっ、あ、んん、う、あう、あ」
 抑え目ではあるが普段は聞けない声色が何とも艶かしい。
 もっとその声を聞かせて欲しいと思い、責め立てる勢いを上げていく。
 ノアはただ俺にされるがまま、拠り所を求めるようにシーツを掴み、顔を横に向けて時折こちらにちらと視線を向けるのみ。
 生物的に俺なんかよりも圧倒的に強い彼女をこうして思うが侭にしているというのは、傲慢ではあるが何とも言えない快感がある。
「っ、あ、イき、ます」
 きゅっきゅっと一際大きくモノが締め付けられる感覚とほぼ同時、やはり律儀な報告が来た。
 ノアの身体と翅が一瞬痙攣するように強く震えた後、くたりと脱力する。眉間に少し皺を寄せて目を閉じ、やや荒い吐息を漏らす様は綺麗とも思える。
 そんな彼女の顔を見つめていると、その瞼が薄く開き、中に嵌った黒曜石の瞳がこちらを捉えた。
「ご主人様」
「何だ?」
「口付けを、お願いしても宜しいでしょうか?」
 そう乞われて、そう言えば今日はまだキスをしていないな、と思う。
「お安い御用だ」
 ノアがわざわざそう言ってきてくれたのが嬉しくて、笑みと共にそんな言葉を返す。
 彼女の身体を起こして背面座位へと移行する。後ろから彼女の細く小さい顎に手を掛け、上に引き上げると同時にこちらからも首と背を折って顔を近付ける。
「ん……」
 唇に触れる、濡れた柔らかい感触。
 少しだけ舌を差し込んで――と言ってもサイズの違いの関係で、俺にとっては少しでも彼女にとっては貪られるような形になってしまうのだが――小さく狭い口内を舐める。
 舌に感じる彼女の唾液はやはり甘い。一度唇が離れた時につい喉を鳴らしてしまった。
「ん…… 美味しいのでしょうか?」
「ん、あ、ああ。美味しいよ」
 その音が聞こえていたのか、不意にそう聞かれて俺は少し気恥ずかしさを覚えながらも頷いた。
「了解」
 ノアはそんな俺の思いなどまるで知らぬかのように平然と頷き返して、再び唇を重ねてくる。と、今度は彼女の舌が積極的に伸びてきた。
 俺の口内まではどうやっても届かないそれを導くように俺の舌で絡める。すると、多量の唾液が舌に絡んでくるのが分かった。
 彼女の思惑を理解して内心苦笑すると共にその行為に甘え、遠慮なく彼女の唾液を自分の舌で絡め取り味わう。
「ん、ふ、あ……」
 ノアが喘ぎ混じりの吐息を漏らす度に、中に入ったままのモノがきゅっきゅっと軽く締め付けられる。
 常に俺への快感を途切れさせないためではなく、口付けで感じているのだとすると本当に可愛い反応だ。悲しいかな、彼女の性格を考えると前者だろうが。
 俺もお返しとばかりに軽く腰を揺すって、先端で彼女の最奥を刺激する。
「あ、あっ、んっ、あ、あ、ん、あっ」
 口付けの合間に漏らす短い嬌声が徐々に高いものになってくる。
 俺もそろそろ限界が近い。
「二回目、行くぞ?」
「了、解。出して、ください」
 一際強く突き込んで、最奥に先端を押し付ける。
「っ、あ」
 瞬間、ノアの中がぎちりと締まったのと同時に俺も堪えていたものを解き放った。
 どくり、どくりと脈動が背筋に走る。
「あ、う」
 絶頂の余韻か、蓄精の快感か、声にならない呻きを漏らすノア。
 閉じていた瞼は薄らと開き、口も半開きになって、俺の唇との間に唾液の糸を伝わせている。
 そんな様子の彼女に激しく愛おしさを覚えて、舌をその小さな顔の頬に近付け――
 その刹那、ぱしゃり、とそんな音がした。
「?」
 やけに擬音的だった妙な音に思わずその方向を向く。
 そこにあったのは、こちらに向けられた俺のデジカメと――それを呆れ顔で構える橙色の妖精――ニニルの姿だった。
 ……撮られた?
「……ニニル、いつからそこに?」
「あなたがそこの黒いのに何かを言いかけて、何でもない、と返した辺りからでしょうか」
 何やら疲労の見える声色で言って、ニニルはもう一度カメラを操作した。ぱしゃり、とシャッターを切った時の音を真似たデジタル音が流れる。
 それにしても、ほぼ最初から居たということか。行為に夢中になっていたから気付かなかったと。ノアが気付かなかったのは少し意外だ。それだけ俺との行為に夢中になってくれていたと考えると嬉しくはあるのだが。
「で、なんで撮ってるんだ?」
「それをあなたに言われたくありません。まあ私は純粋に、何かに使えるかなと。妖精種がこんな顔してるのは実際に見たことありませんでしたから」
 こんな顔、と言われて俺はノアの顔を見遣った。既に快感の余韻は消えたのか、彼女は視線をニニルの方へ――正確にはニニルの持つカメラに向けられている。その眼差しは心なしか鋭く冷たいものだ。
 それに気付いてか気付かずか、ニニルは更にシャッターを切る。今度撮影したのは顔ではなく、二度の蓄精に加えて俺のモノの深い挿入で妊婦のように膨れた下腹のようだ。
 その瞬間、ノアの手が動いた。
「おっと」
 闇色の燐光を纏いながら目にも留まらぬ速さで振り抜かれたノアの手を、ニニルは予想していたかのようにあっさりと回避した。仕事柄、手帳辺りを取り上げようとする相手には慣れているのだろう。
 空振った手をゆっくりと閉じて、俺の腕に回すノア。小さくない力が篭り、俺の腹と彼女の背中がより強く密着する。
 その様子を見てニニルは何故か、ふん、と鼻を鳴らし、
「それにしても、よくそんな気味の悪い妖精と一緒にいますね」
 なんてことを言い出した。
「気味の悪い?」
「そうでしょう。黒い妖精なんてありえませんよ。普通じゃありません」
 普通じゃない、と言われて思い出すのはノアの生い立ちだ。確かに普通ではないのだろう。それはもう分かっていることだ。
「黒い妖精がなんでありえないのか分からないが、そんなにおかしいことか? 黒い翅とか綺麗だと思うが」
「……こちらの人間からすればそうかもしれませんが、妖精にとって純粋な黒という色は破滅と死の象徴ですから。自然にはない色ですからね」
「破滅と死?」
「ええ。黒はカーランディアの司る色です。確かにアルズマティアとは密接な関係にありますが…… ああ、失礼。悠に幻影界の神々のことを話しても分かりませんよね」
 何やらよく分からない単語を二つほど口にした後、とにかく、と彼女は少し憤ったような様子で繋がったままの俺とノアに一歩近付き、
「破滅と死の象徴みたいな妖精と褥を共にするなんて、ありえないことです」
 などと言い放ってきた。
 そこまで言われて流石に俺も少なくない憤りを覚え、つい反射的に口を開く。
「そこまで言うことはないだろう」
「事実を口にして何が悪いんですか」
「あのな……!」
 例え事実でも言って良いことと悪いことが――
 そう言い掛けた瞬間、ノアがすっと俺の頬にその小さい手を寄せてきた。
「ご主人様、それ以上は結構です」
「え、しかし……」
「確かに事実です。それは相違ありません」
 そう俺の言葉を遮ったノアは俺の膝の上に乗せていた脚をベッドに下ろすと、自分の胎内から俺のモノを抜きにかかった。
 ぬぬっと半萎えのモノが多量の愛液と一緒に抜け落ちる。
 その感覚に艶のある声を少しだけ漏らしながら、彼女はベッドから降りた。
「ありがとうございました。気持ち良かった、と思われます」
「あ、ああ」
「服を着て参りますので少々お待ち下さい」
 妙な言い回しで一礼して、ノアはニニルの横を通り過ぎるとそのまま俺の部屋を出て行った。
 小さな扉が閉まる音とほぼ同時に再び、ふん、と鼻を鳴らしたニニルに俺はむっとした視線を向ける。
「ニニル、ここにいる以上はせめて皆と仲良くしてくれないか?」
「ですから、私はあくまで事実を述べただけですよ。それをどう受け止めるかはあの黒いのの勝手です」
「記者らしい言葉で結構だが、それは友人との関係じゃないだろ? 少しは気を使ってくれ」
「ふん……」
「それに彼女にはちゃんとノア・ダルクェル・ゼヴィナルって名前がある。黒いの、なんて呼ばないでくれ」
「はいはい、分かりましたよ」
 やれやれと言わんばかりに両手を広げて答えるニニル。少し不安を覚えるが、なんだかんだで善処してくれるだろうと希望を持ちたいところだ。
 彼女は口は減らないが、分からず屋ではないと思う。
「……それにしても、ダルクェル、ですか」
「ん、どうかしたのか?」
「普通、妖精に付けられる神色名ではないんですよ。まあ、些細なことですけど。それより、悠?」
 と、何やらニニルの表情が期待の笑みを湛えたものへと一転する。
「ど、どうした?」
「何か私に報告することがあるんじゃないですか?」
 そう言うニニルの口調は予測ではなく、確信に近い響きがあった。
 しかし、報告すること、と言われても……? あ――
「思い出した。そうそう、君に渡すものがあったな」
「思い出した、じゃないですよ、もう。そのまま忘れてたらどうするつもりだったんですか」
「思い出したんだからまあいいじゃないか。はい、これ」
 答えながら、俺はベッド横の棚に置いておいた紙袋から今日買ったデジカメの箱を取り出し、ニニルに差し出した。
 それを抱えるように両手で受け取った彼女は明らかに目を輝かせたものへと変える。
「これが私のですか」
「ああ。気に入ってくれると幸いだ。もしも何か気に入らないところがあったら言ってくれ」
「分かりました。まあ、その心配は不要だと思いますが」
「使い方はもう大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。一通り使って覚えましたから」
 言うと、ニニルは俺の目の前で箱を開け、取り出した彼女の髪色と同じ橙色の小さな筐体を笑みと共に一撫ですると、ほぼ澱みない手つきで使用準備を整えた。そしてそれを見ていた俺へ即座にファインダーを向けてくる。
 ちっ、と僅かな音がして、撮影が終わったことを知らせた。今時のモデルとしてはかなり小さい音だ。
 下りた筐体の向こうにニニルの得意げな表情が見える。
「まあ、こんなところです。問題ないでしょう?」
「そうみたいだな。大事に使ってくれよ」
「言われなくても」
 口調にはやや馬鹿にしているような響きがあるが、ニニルのその表情は喜びのものだ。
 そんなに嬉しそうな顔をされると俺まで思わず笑みが出てしまう。
「隣、失礼しますよ」
 言うが早いが、俺の隣に飛び乗って腰を掛けるニニル。
 俺の腕に寄り添うように肩を預け、床に着かない足を振っている様は彼女にしては子供っぽい仕草だ。
 思わずその小さな頭に手を伸ばそうとしたが、何か小言を言われるかもと思い自制する。
 しかし流石というか何というか彼女はそれを見逃さず、途中で止めた手を、じろ、と不満げに見つめてきた。
「何ですか、その手は」
「あー、いや。すまん」
「いきなり謝られても意味が分からないんですが。まあ大方、あの六人にいつもしているように髪を撫でようとしたんでしょう。断りもなく」
「う、む」
 ばっちり見抜かれていたことに俺は少しばつを悪くする。特に最後の言葉に込められた棘が痛い。
 そんな俺の様子にニニルは、はあ、とこれ見よがしに溜息を吐き、
「いいですよ」
 なんてことを言った。
「え?」
「だから、いいですよ、と言ったんです」
「本当に?」
「こんな簡単な返事を何回も言わせないで欲しいんですが」
 思わず聞き返すと、ニニルの言葉が瞬く間に怒気を帯びる。
 本当に怒りやすい子だ。いや、嫌いな相手にだけか。でも単純に嫌いだったら髪は触らせてくれないよな。
 一瞬の内にそんなことを考えつつも、俺の手は素直に動く。肌触りのいい彼女らの髪を撫でれるならどれだけでも撫で回していたいものだ。
 橙色の髪の上に手を翳し――
「――ご主人様、いらっしゃいますかー?」
 瞬間、部屋に届いたミゥの声に、ちっ、と舌打ちの音が聞こえたのは気のせいではなかったように思う。
「いるよ」
「入ってもいいですかー?」
「どうぞ」
 了承の返事を返すと、小さな扉が開いていつもの緑の服を着込んだミゥが入ってきた。その後ろにはいつもの黒い服を軽く羽織ったノアの姿もある。
 彼女はまず俺に視線を向け、そして隣で苦虫を噛み潰したような顔をしているニニルに移し、
「えーっと、何て言うんでしたっけー? こういうの」
 などと呟いた。
「大体言いたいことは分かったが、決して四人でやるとかそういうのじゃないぞ」
「あ、そうですか。ちょっと残念ですー」
 いずれやってみたいとは思うが、素面の俺には少し難易度が高い。
 酔っていれば嬉々としてやるのだろうが、それはまた別の話である。
 さておき、ミゥは背中の広葉樹の葉のような翅を揺らしながら俺の元まで歩いてくると、何やら凄い満面の笑みと共に俺に手を差し出した。
 その手の平の上にあるのは、薄緑色の液体が詰まった一本の試験管と、小さな紙片に盛られた輝く緑色の粉末。
 そしてやってくる、容易に予想できる言葉。
「これ、飲んでみて頂けませんかー?」
「……また唐突だな、君は。所用ってのはこれか?」
「えへへ、そうですー。あ、ご主人様のおちんちんを挿れて頂く準備もちゃんとしてきたので、安心してくださいー」
 そう口にするミゥの笑みは絶えない。まるで俺が拒否することを全く考慮していないかのようだ。
 勿論、害のないものであれば飲むことに躊躇はしないのだが……
「一応聞くが、効能は?」
「えへへ、秘密です」
 思わず眉が歪んでしまう。秘密、と来るとは流石に予想外だ。
「ちょっと、ウールズウェイズ。悠はあなたの、その、ご主人様じゃないんですか? それなのに薬の効能を教えないとか、ふざけているにも限度がありますよ?」
 と、不意に意外なところから援護が来た。
 声の方向に視線を向けると、目を吊り上げて怒りの感情を露にしているニニルがそこにいる。
 ミゥを相手にこれだけ声を張り上げるとは本当に意外だ。シゥに対しても口の減らないニニルだが、ミゥを直接目の前にすると薬による拷問のトラウマが蘇るのか声が震えていたというのに。
 そして更に珍しいことに、ミゥがその言葉に狼狽している。
「む、ふざけてはいませんよー。ただ、ちょっと……」
「そう思っているなら素直に言うべきです。まああなたのことですから、碌な薬ではないんでしょうけど」
 ふん、と鼻を鳴らしての追撃に、ミゥの顔にも少し怒りの表情が見えてくる。同時に、僅かに発光し始めるミゥとニニルの背中の羽。
 このままでは間違いなく喧嘩になる。勿論そう思った俺は、慌てて二人の間に割り込んだ。
「ま、まあ待てニニル。ミゥ、これはどういう薬なんだ? ちゃんと答えて欲しい」
 ミゥの鳶色の瞳に視線を合わせてそう問うと、彼女はやや言いにくそうに、しかも少し顔を赤らめつつ口を開いた。
「これはですね、そのー。粉末の方は…… ボクの妖精石を削って作ったものです。試験管の方は、ボクの妖精炎をちょっと通した…… まあ言わば吸収補助液みたいなものでしょうか」
「え?」
 ミゥの言葉に、視線を輝く緑色の粉末に向ける。
 ――妖精石は、ボク達の命と力の源です。もう一つの心臓と言っていいですね。むしろ、この身体の心臓よりも大事なものです。
 旅行中、風呂で彼女の妖精石を見せて貰った時の言葉が脳裏に蘇る。
 心臓に等しいものを――削って?
「あ、あなた正気ですか!? 妖精石を、削って!?」
 当然と言うべきか、俺よりも先にニニルが素っ頓狂な声を上げた。
 とても信じられないと言いたそうな声色に、憔悴の表情。
 彼女がそんな顔をするのは当たり前だろう。比喩でもなんでもなく、ミゥのそれはまさに命を削る行為だ。
 しかし、
「失礼ですねー。ボクは正気ですよ。確かに死んじゃうかと思いましたけど、ご主人様のためなら何だって出来ますから」
 ミゥはニニルに対し、そんな台詞を前半は膨れっ面で、後半は微笑みと共に返した。
「そんなっ…… 常軌を逸してます!」
「うるさいですねー。第一、ニニルさんにそんなこと言われる筋合いはありませんよ。ほっといてください」
「っ……!」
 尚もがなり立てるニニルに突き付けられる拒絶の言葉と鋭い眼光。
 それだけで彼女は突然トラウマを思い出したかのように、びしりと固まった。
 そして何事も無かったかのようにミゥは俺に向き直る。笑顔と一緒に。
「ええっとですね。秘密って言ったのはー、効果がはっきりしないからなんですよー」
「効果が、はっきり?」
「はいー。ニニルさんはああ言ってますけど、妖精石を削って服用すること自体はありうるんです。死亡した妖精が残した妖精石には、生前と比べれば微量とはいえ、並みの補給薬を大きく凌駕する量の妖精炎が篭っていますから」
「なんでそれを俺に?」
 少し話が見えない。
 ミゥの言う通りなら、俺が飲んでも効果はないに等しいはずだ。
 そう訝しむ俺に、ミゥはもったいぶるように一拍置いてから言葉を続けた。
「加えて、もうひとつ効果があるんですよ。ボク達は自分に備わった天性色に応じた形以外への妖精炎の変換を苦手としていますけど、妖精石の粉末を服用して一定時間の間は、服用した妖精石の色がその法則から外れるんです」
 ……なるほど。つまり、妖精炎への適応力が上がるということか。
 そう考えて、俺はミゥの意図を不確かながら理解した。つまり、いや、まさか――
「――俺でも、妖精炎魔法が使えるようになる?」
「確証はありませんけど、試してみる価値はあると思います」
 自分でもありえないと思いながら呟いた言葉に、ミゥはその返事とは裏腹に確信のありそうな声で答えた。
「妖精炎を注ぎ込めば、元々妖精炎を持たない物質でも妖精炎を帯びることは既に確認されているんですよ。ただそれが生物だった場合、妖精炎の力に適応がないと、妖精炎が滅茶苦茶な反応を起こして爆発したりしていたんですがー…… 妖精石を、まだ生きている妖精から削った妖精石を一緒に投与した場合はその限りじゃないんじゃないかって。上手くいけば、ご主人様でも戦えるだけの力が手に入ると思います」
「それは願ったり叶ったりの話だが…… もし失敗したら?」
「その場合はボクが全力で暴発を抑えます。ご主人様に危険が及ばないようにしますから」
 そう言って、俺を安心させるかのように笑うミゥ。
 今一度、彼女の手元にある薬品を見る。輝く緑の粉末に、薄緑色の液体。
 俺が断れば、彼女が命を削ってまで作り出したものが無駄になってしまう。
 そう考えると、もはや飲まないという選択肢は俺の中には無かった。
「分かった。貸してくれ」
「はいー」
 粉末の載った紙片と試験管を受け取る。
 ふと視線を横に向けると、ニニルが真剣な顔で俺の手元に視線を向けて一挙一動を見守ってくれていた。
 ミゥの横でノアも無表情に俺の顔を見つめている。
 三者三様の視線を受けながら、俺は緑色の粉末を口内に注ぎ込み、試験管の栓を抜き取って液体をその上に流し込んだ。
 ごくり、と喉が鳴る。
 味はやはり強烈に甘かった。
「……どう、ですか?」
 最初に問うてきたのはニニル。沈黙に耐え切れなくなったのだろう。
 俺はあまりの甘さに少し眉を歪めながら、それまでと変わらない意識で答えた。
「……いや、何ともない」
 力が湧き上がるような感覚もなければ、身体の内から爆発するような感覚もない。
 ただ、舌が痺れるほどの強烈な甘味を感じた――それだけだ。
「……では、失敗を?」
「そういう感じでもない、な。何の効果もなかった、ってのが一番しっくり――」
「いえ、成功です」
 自分の感覚を元に口にした言葉を、ミゥは小さく、しかしはっきりと遮った。
「え?」
「ご主人様の中に、火種ほどではありますけど、妖精炎の――ボクと全く同質の力を感じます。妖精炎の移植、成功です」
 その言葉と同時、ミゥが正面から力強く抱き付いてきた。細く小さいが柔らかく豊満な身体がぎゅっと強く押し付けられてくる。
「ふふ、これでボクがご主人様と一番近いですね。改めて、宜しくお願いします」
「あ、ああ」
 そう言われても感覚も何もないのだが、断言するように力強く言われては頷くしかない。
「でも、妖精石を削るようなことは止してくれ。力より、君の命の方が大切だ」
「ありがとうございます。ふふふ…… ねぇ、ご主人様ぁ、そろそろ」
 俺の言葉に微笑んだ後、声の調子を変えてミゥはそんな言葉を口にした。
 男を誘う、誘惑の口調。
 彼女のような小さい身体に幼さの残る顔立ちの少女が口にするには、あまりにも似つかわしくなく――だからこそ淫靡だ。
 それと同時に、わざとらしく尻を俺の太腿に擦り付けてくる。
「ん、分かった。元々そういう約束だしな」
「ありがとうございます」
 ミゥはどこか艶のある笑みを浮かべて一礼すると、俺の膝の上に跨ったまま自分の服に手を掛けた。
 いくつかボタンを外すと彼女らの服はコートのように正面から開く。緑の服の下から現れた身体に下着は一切なかった。
 豊満な胸の先端にある小さな乳首は既にその存在を主張し、すらりとした下腹の下にある見た目幼い縦筋は開いた太腿に引かれることもなくぴちりと閉じたまま涎を垂らしている。
「もう、乾いて乾いて待ち切れなくて、こんなになっちゃいましたよー…… ふふ、こーふんします?」
「まったく、ミゥはいやらしい子だな。どうして欲しい?」
「ご主人様のおちんちんをボクの下のお口に挿れて、激しく犯して欲しいです」
 全く澱みも躊躇もない、淫らな願い。
 ミゥにとって俺と身体を交わらせることは、もう特筆すべきものではなく日常的に行われるべきことなのだろう。
 正直に言えば、少し頭が痛い。だが、ここまで来た以上はひとまず気にするべきではない。
「じゃあ、どうすればいいか分かるな?」
「はいー」
 俺の問いに頷いて、ミゥは腰を上げて俺の元から離れた。
 ベッドの頭にある縁に片手を付き、胸同様に小さいが豊かな尻を上げて、そこにもう片方の手を伸ばす。
「ん、ふ…… ご主人様の、おっきなおちんちん、ボクの中にくださいー……」
 そんな口上と同時に、伸ばした手で尻と割れ目を開き、涎を垂らしている濡れた桃色の内壁と、まるで赤子のような、全く黒ずんでいない窄まりを俺とノア、ニニルの視界に恥ずかしげにしながらも躊躇いなく曝した。
 そんな彼女の背後に付き、片手で尻を撫でる。
「後ろの口ならどっちでもいいのか?」
「ん、あ、はいー…… しっかり洗ってきましたから、綺麗ですよー…… あふ、是非、犯してください」
 尻を開く彼女の手に添えるように親指を進める。窄まりと縦筋の間に指の腹を当て、どちらにしようかなとばかりに上下へ滑らせる。互いの縁に触れるたび、ミゥは、んっ、と悩ましげな声を上げた。
 それが面白くて、つい繰り返す。と、窄まりからつぅ、と透明な腸液が垂れて愛液に混じった。
「んっ、あっ、あ、ごしゅじ、さまっ、早くぅ……! じらさないで、くださいぃ……!」
 同時に辛抱堪らなくなったのか、催促の声を上げるミゥ。俺は笑いながら彼女の尻を手で張って、既に硬さを取り戻したモノをそこに押し当てた。
「ひうっ!?」
「んじゃ、いくぞ」
 張り手の衝撃に驚きの声を上げるミゥにどちらとは告げず、俺は腰を押し進めた。
 比較すれば到底入るとは思えない肉棒の先端が、彼女の尻の菊門を、きつい括約筋をこじ開けていく。
「あ、お、う、ああ゛あ゛あ゛ああっ、お、うい゛ぃっ!?」
 濁音が入り混じった、とても可憐とは言えない獣のような声を上げるミゥ。背中の翅も激しく燐光を放ち、まるで肛姦の衝撃から逃れようと強く羽ばたいている。
 これで非常に気持ち良いというのだから信じられない。何故こんな声が出るのか不思議ではあるが自分では知りたくはないと思う。
 きついながらも腸液の助けを借りて一度根元まで入れてから、半分ぐらいをぬっぬっと前後させる度、彼女のあられもない悲鳴が上がる。
 こんな声を上げさせているのは俺だと思うと、彼女を支配しているのだという想いが強くなる。だからもっと吼えさせたくなる。
「あっ、あ゛、はいってっ、おっ、あ゛あ゛っ、おなかっ、あ、あ゛、あ”ーっ! あ、ひっ、ひッ、あ゛、お、あ、あ゛ーっ! あ、あ゛ーっ!」
 同じ屋根の下に旧知の五人がいるどころか、ノアとニニルが至近距離で見ているというのに憚りもせずに快感に吼えるミゥ。
 声を抑えられずにはいられないのか、それとも彼女らを意識するだけの余裕がないのか。
 一息ついて片手をミゥの割れ目にやると、先程までとは比較にならない量の愛液がぽたぽたと雫になってベッドに落ちていた。
「は、ひ……」
「大丈夫か?」
 僅か数十秒で絶え絶えに息を漏らすミゥにそう問うと、弱々しい頷きが返ってきた。
 意識は朦朧としているが身体は大丈夫ということだろうか。
「じゃあ続けるぞ」
「は、い…… あっ、あう、ひっ、ぎっ、お、あ゛、めくれっ、あっ、あ、ひうっ!」
 ミゥの尻の穴の締め付けは前よりも更にきつい。括約筋による根元の締め付けだけでなく、肉の袋のような直腸がモノ全体に絡み、亀頭を撫でる。
 俺も彼女のことはそう言えず、気を抜けば情けない声が出そうなほどだ。
 だから射精までの時間も短い。まずは一発出してしまおうと、動きを加速させていく。
「あっ、あ゛、ごしゅっ、じんさまあっ、あ、あ゛あ”、きもち、いいですうっ!」
「くっ、ぬ、出す、ぞ」
「っはい、だして、だしてっ、あ、あ゛、あ、おっ、あ゛あ゛あ゛あっ!」
 いつもの脈動と同時に、ノアにあれだけ出したのにまだ少なくない精液をミゥの腸内に注ぐ。
「あっ、あ、でてる、ごしゅじんさまの、せいえきが、ボクの、おしりのなかっ、あっ」
 痙攣するように震えて絶頂に達しながら、感極まった声を上げる彼女。
 そんな様子を更に押し上げるように、捻り込むように腰を彼女の小さく豊満な尻に押し付ける。
 後背位ということもあって、まさに獣のような交わりだ。ノアの時とは性質の違う充実感がある。
 二人揃って肌の温度を交換しながら息を整える。
 ふと視線を向けると、こちらを顔を赤くしながら凝視しているニニルと目が合った。
「後で、するか?」
 俺の笑いを伴うそんな問いに、ニニルはしばし呆とした後、
「ばっ、馬鹿なことを言わないでください!」
 とやはり罵った後についとそっぽを向いてしまった。
 しかし気になるものは気になるのか、横目でちらちらとこちらを向いている。
 そんな彼女に苦笑して、俺は視線をミゥに戻す。
「続き、いくぞ」
「は、い…… ふあ、あ、あっ」
 まだ強い締め付けの残る尻穴からモノを抜いていく。
 腸肉が名残惜しげに絡み付いてくる様は何とも扇情的だ。
「いっ、あ、抜いちゃ、だめ、だめですっ、あ゛っ、出ちゃ、っ、漏れちゃい、まっ、ああ゛っ」
「気のせいだって。我慢しろ」
 恥ずかしげな声を上げて抵抗するミゥに一言だけ返して、俺は遠慮なくモノを抜いた。
 しばし開きっぱなしのまま、中の鮮やかな肉を晒す尻の穴。内臓が室内のエアコンで冷えた空気に直接触れたせいか、ひう、と声を漏らすミゥ。
 その間に腸液に塗れたモノをタオルで拭って、少しばかり綺麗にする。
「じゃあ、今度はこっちだ」
「っ、あ、ああうっ!?」
 今度も断りなく、先程から涎を垂らし続けている仕様のない縦筋にモノを合わせ、一息に突き込んだ。
 こちらもきついが、後ろの穴ほどではないし何より濡れに濡れているので難なく入る。ローションに塗れたボンレスハムに指を突き刺すような感覚と言えばいいだろうか。
「あっ、やっ、あ、あ、あっ、くんっ、ごしゅじ、さまぁ、あ、あっ、あんっ」
「気持ちいい?」
「っ、はいっ、はいっ、いい、いいっ、きもちいいですっ、あ、あう、ひっ、ひうっ!」
 先程とは毛色の違う可憐な悲鳴。こちらは聞いているとある種の心地よさがある。
 それだけにもっと鳴かせたいと思うのだ。だからどちらにせよ俺は責め立てる。彼女の声を聞きたくて。
「あう、あ、あっ、あんっ、おなかのおくもっ、むねもっ、いいですっ……! あっ、や、あっ、あ!」
 モノの先端で子宮を小突く。空いた片手で胸を揉む。
 もっとミゥを感じさせてやりたい。そう思って彼女の声を聞きながら愛撫に工夫を凝らす。
 もっと、もっと彼女を――
 そう願って指を動かしていると、ふと指先に妙な熱を覚えた。
「ん?」
 今までに感じたことのない、穏やかだが激しいとも思える熱。
 疑問に思ってミゥの胸から手を離し、眼前へ――
「な……」
 眼前に戻した手。異変は熱だけではなく、その指先に及んでいた。
 光だ。手の向こう、ミゥの背中にある翅から放たれているものと同じ、緑色の燐光。
 それが俺の右手、人差し指と中指の先端から僅かに零れ出していた。
「ゆ、悠、それは、その光は……」
 ニニルが、信じられない、と言わんばかりの呻きに似た声を漏らす。
 この独特の妖しい輝きは見間違える筈もない。妖精が使うことの出来る魔法の力――妖精炎だ。
 脳裏を過ぎるのはこの行為の前に成したこと。俺には感覚はなかったが、ミゥは確かに成功だと言った。
 では、これが――?
 そんなことを考えている間に緑の燐光は輝きを増して、不意に弾けた。
 緑の輝きが跡形もなく失せる。熱も消え、俺が首を傾げていると――その変化は起きた。
「――あっ、やっ!? あ、ひ、ああッ!? あ、ひっ!? なひっ、あうっ!?」
 俺に起きた変化に気付かずに腰を振っていたミゥが、突如として驚きの声を上げると、直後に激しく痙攣し始めたのだ。
 同時にぎちぎちとモノが締め付けられ、小さい痛みに襲われる。
「!? どうした、ミゥ!?」
「やっ、きひっ!? とま、やっ、あ、とまっ……あッ!? く、にあっ!? ひ、ぎっ!?」
 嫌々をするように頭を振りながらも、ミゥの腰は止まらない。愛液が結合部で飛沫を上げ、小水のようにベッドを濡らす。
 明らかに様子がおかしい。まるで、強制的に間髪入れずイき続けているような――
「悠! 早く男性器をウールズウェイズから抜きなさい! 精神を壊してしまいますよ!?」
「え!?」
「妖精炎魔法です! いいから早く抜きなさい!」
 ニニルの焦りを含む怒声に、俺は慌てて、前後するミゥの腰を掴まえて無理やり引き離した。
 ずるりとモノが抜けて、尾を引くように多量の愛液がぱたたとシーツに落ちる。
「あ、っひ……」
 虚ろな呻きを漏らしたミゥは、力なく上体をベッドに落とし、そのまま気絶した。


「――んふふー、ご主人様ぁー」
 胸板に頬擦りしてくるミゥの頭を苦笑いで撫でながら、俺はこっそり安堵の息を吐いた。
 あれから数分後。気絶したミゥは幸いすぐに意識を取り戻し、顔を真っ赤にして先程の自分の痴態を取り繕った。
 今日はここまでに致しましょう、というノアの珍しい提案を受けて、俺達はちゃんと服を身に纏ってゆったりと午後を過ごしている。
「しかし、さっそく暴走か」
 誰にともなく俺は呟く。
 あの時、俺とミゥに起きた現象はミゥ、ノア、ニニルの三者による見解によってすぐに解明された。
 端的に言うなら暴走。ミゥを感じさせたいという俺の願いが、身に付いたばかりの妖精炎を全て使って勝手に発動したらしい。
 元はミゥから分かれた全く同質の力であったが為に、ミゥも俺の妖精炎魔法が自分の身体に干渉したことに気付かず、気付いた時にはあまりの快感の衝撃に抵抗できなかったようだ。
「む、みっともないところをお見せして申し訳ないですー…… 見苦しいのはお嫌でしたよ、ね」
「いや、そういうことじゃないが……」
「同じフィフニル族とは思いたくない有様でしたよ。私だったらお近付きにはなりたくないですね」
「むぅ……」
「ニニル! そういうことじゃなくてだな、折角ミゥから貰った力を君に暴走させてしまったから。恩を仇で返すようなことになってしまって済まない」
 途端に顔を曇らせて謝罪するミゥにここぞとばかり追い討ちをかけるニニル。
 そんな彼女に凄んで、それから訂正する。
「それは仕方がないと思われます。むしろ妖精種としての生態から考慮すると、妖精炎を宿らせたその数分後に妖精炎魔法を発動したことの方が驚愕に値すると考えられます」
「まあ、そうですね。私も初めて妖精炎魔法の使い方を教わった時は、まともに効果を出すのに一日は掛かりましたから」
「そ、そうなのか」
 改めて自分の右手を見遣る。
 どうしても期待に心が躍る。ただの人間では得られない力。それを自分が使ったということに。
 優越感がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に思うことがある。
 この力があれば、いずれは彼女達の手を借りずに自己防衛が出来るどころか、彼女達の助けになれるのではないかと。
 シゥが暴走した時。ヅィを庇った時。ゴブリンのような生物に襲われた時。
 いずれの場面でも俺は不甲斐なかった。
 だから力が欲しかった。追っ手が現実に現れた今となっては、それは切実な俺の願いだ。
 それが叶うかもしれない。
 だが、そんなことを考えていたまさにその時、ミゥは微妙な――苦笑いに近い笑みを浮かべて言った。
「……ふふ、ご主人様。あんまり無茶はしないで下さいね? ボクと同じ力って言っても、まだごく僅かなんですから」
「あ、ああ」
 唐突に放たれる、何もかも見透かしたようなミゥの言葉。
 俺はそれに頷き、慢心は禁物だと心に誓う。
「明日からゆっくり訓練していきましょう。ご主人様はボク達の妖精炎に普段から触れてきましたから、感覚を掴むのもきっとすぐですよ」
「ふむ。何なら私が手解きをしてあげましょうか。こう見えても私は教えるのは得意ですよ?」
「あー、駄目ですよっ。ボクが教えるんですから」
「微力ながら私も協力したいと思います」
 そんな三人の暖かいやり取りに、俺は苦笑して全員の頭を撫でるのだった。
 

comment

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No title

いただきました。
さてさて、これからどんな展開になってくるのやら……。
とりあえず快楽漬けにされた娘がどうなったのか気になるところ。
体が疼いて大変になったりしないのでしょうか。
もしやハーレム参入?
本当に参入したら奴隷扱いとかされそうな感じですが。

>好意があからさまなツンデレの方が可愛いと思います。
激しく同意ですね。

No title

酒のときの暴走モードで完全にみんな開発されすぎてますね(笑)
このあとはミゥのターンなんでしょうが、どれだけ反動がくることやら・・・そして主人公の腰が心配に(笑)

No title

更新待ってましたあ!

勢いでコメントしてしまいました・・・。

更新待ってました!
特に自分のお気に入りのノア(黒)とニニル(舌打ち)の話しで大よろこびですよ。

No title

主人公、とうとう人外の力を得ましたね……。

ミゥも自分の妖精石削って飲ませてますけど、核である妖精石削って全くの無事とも思えませんし、自己再生能力あるんでしょうか? 無かったら後々厄介なことになりそうですけど。

これは、ミゥの愛の形なんでしょうかね? マッドサイエンティストの本能っぽいものも感じますけど。

ネイの話期待しています。

No title

主人公が順調に妖精側に引っ張られていってますねぇ。
それが本人にとって幸せなことなのかどうか…。

ま、離れられない様に籠絡すればいいだけだよねっ
プロフィール

fif

Author:fif

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