朝、七時半。
ご主人様の朝食とお弁当を作り終えた私は、洗面所に向かった。
私の全身を写す鏡の前に立って、身嗜みに乱れがないか確認する。
髪良し。服良し。下着良し。
確認を終えた私は、まだ眠っているであろうご主人様を起こしに廊下へと出て、ご主人様の部屋の前に立つ。
「ご主人様、起きてらっしゃいますか?」
まずはそう声を掛ける。だが、今日は珍しく返事がない。
いつもならこの時間には起きているはずなのだけれど。
「ご主人様? 入りますよ?」
そう前置いてから、私は羽を出して浮き上がり、ドアノブに取り付いた。
体重を掛けると同時、羽の力を使って引き開ける。
「ご主人様……?」
部屋の中に入ると、ベッドの上にご主人様の姿はあった。
起きてベッドに腰掛けてはいるものの、その表情は酷く疲れているように見える。
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「……ピアか」
まるで、シゥが二日酔いの時に出すような、不機嫌で重い声。
何か機嫌を損ねるような事をしただろうか、と私が不安になっていると、
「……すまんが、コレの後を頼む。シャワー浴びてくる」
「は、はい」
と、ベッドの上を指差した後、ご主人様は疲れた足取りで部屋を出て行った。
コレ? と思い、ベッドの上を覗き込む。
そこには――
「――ミゥ?」
「……ん。ピア、おはようございますー……」
若草色の妖精護服に同じ色の髪。垂れがちな目と柔らかい表情をした顔に、のんびりとした口調。
間違いなく、私の良く知るミゥ・グリーム・ウルーズウェイズだ。
「ミゥ、貴女そこで何を――」
しているの、と言いかけて、私は彼女の服が大きく乱れている事に気が付いた。
就寝の乱れではない。そもそも寝るのなら護服は脱ぐはず。いや、というよりも妖精は寝る必要が――
「……どうしたんですかー?」
「……何をしていたのですか?」
彼女の乱れた服装。
その乱れ方に見覚えがあって、私はそう問うた。
すると、彼女は幸せそうに微笑んで、
「えへへ、ご主人様に抱いてもらったんですー」
そう、本当に幸せそうに口にした。
その時、私の中に流れたよく分からない感情は、口で説明する事は出来ない。
ご主人様には安全を提供してもらっている。その代価として奉仕をするのは至極当然の事だ。
そしてその方法はご主人様が迷惑でなければ手段を問わない。
だからミゥが私と同じように身体を捧げたとしても何の問題もない――そのはずだ。
「……そうですか。しかし、取り敢えず身支度を整えなさい。ご主人様の前でみっともないですよ」
「そーですね、分かりましたー」
よいせっと、などという掛け声と共にミゥが身を起こす。
その姿を横目に、私にはよくわからない、しかし嫌な感情を抱いていた。
「……じゃあ、行ってくる」
「大丈夫ですか? お休みになられた方が……」
「単なる身体の疲れで休むわけにもいかん。ピア、後は頼んだぞ」
「は、はい…… いってらっしゃいませ」
頼む、と言われてはもう私が口にする事はない。
私は相当に疲れた様子のご主人様を玄関まで見送り、一つ息を吐いた。
「感心じゃのう、我が主は」
「確かに意思を貫く事は素晴らしいですが…… あれは流石にいかがなものかなと思いますが」
ヅィとネイのそんな会話が聞こえ、私は視線をリビングのソファの上に送る。
そこには、幸せそうに鼻歌なんか歌いながら薬匙を手にするミゥの姿があった。
「――で、何ゆえ主は疲弊しておったのじゃ?」
「ご主人様の話ですと、どうやらミゥに何か薬を盛られたと……」
「ほぅ、あ奴がそんな事を?」
「追求はしないでやってくれ、との事なので、詳しくは分かりませんが」
ご主人様の部屋に入った時に見た光景からして、間違いはないのだろう。
昨日の夕方にあった出来事でミゥがご主人様を好きになり、薬を盛って誘惑し、行為に至った――
彼女にしては、随分と短絡的な行動のように思える。
「……どうしたのじゃ、ピアよ。お主も随分と疲れた顔をしておるの」
「そうですか?」
「何か考え事でもしておるのかの」
「そうですね…… ヅィ、貴女は恋愛感情について考えた事がありますか?」
「恋愛感情、とな?」
「ええ」
ふむ、とヅィは頷いて、
「はっきり言って皆無じゃ。誰かをそこまで好きになったことはないの」
「そう、ですか……」
「恐らく、他の者と言わず、幻影界の妖精全体がそうではないかの。妖精は生殖の必要がない故、愛や恋といった他人を求める欲も薄いのかもしれん」
「……」
「……やはり疲れておるのではないか? 遠慮せずに休め。お主を欠いては動けぬほどわらわ達は愚鈍ではない」
「申し訳ありません。そうしますね。後は頼みます」
「頼まれた」
ヅィに見送られて私はリビングを出る。
先日、ご主人様に割り当てて貰った私達の部屋に入り、ふぅ、と息を吐く。
なんとなく横になりたくて、私は護服すら脱がずに自分のベッドに横になった。
「……恋愛感情、ですか」
呟いて、自分の胸元に手を当てる。
朝からここに渦を巻く、今までに感じた事のない嫌な感情。
それが知識としてだけ知っている「嫉妬」という感情なのだろうか。
「ご主人様にご奉仕する事は、安全の代価……」
問題はないのに、と呟いて、私は目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、あの夜――私が妖精としての一生を送る上で、決して貫かれる事のない所を捧げた、あの情事。
処女か、とご主人様は言った。
最初はその意味が分からなかったが、ノアの知識を受け取って初めて理解した。
処女――女として男に穢された事のない、純潔の証。
普通は大切な想い人に捧げるモノらしい。
私が処女である事、そしてそれをご主人様に捧げた事を、ご主人様はどう思ったのだろうか。
喜んだのだろうか。
それとも、悪く思ったのだろうか。
「ん……」
手が護服のボタンに伸びる。
前をはだけると、あの日ご主人様にも見せた、白の下着が私の目に入ってきた。
ご主人様が男で、私が人間で言う女だとするのなら。
あの日、私は初めて異性に全裸や下着姿を曝した、ということなのだろうか。
「っ……」
あの日とは少し異なる――出会って一日目の人間に肌を曝した、というものではない――恥ずかしさがこみ上げて来て、私は顔を赤くした。
何だか自分がとんでもない事をしていたような気になって仕方がない。
それに――
「ここに…… ご主人様のモノが、入ったんですよね……」
数日前までは、排泄の為の穴がある、という事ぐらいにしか気にしていなかった。
その排泄という行為でさえ、食事をしなければ滅多にする事はない。
膣や子宮といった器官は備わっていても生殖の必要のない妖精にとって、ある意味最も縁遠い場所。
人間は、あんな凄くて痛い事をして、子供を作るのだろうか。
あの夜の光景が脳裏に浮かんでくる。
あんなに太くて硬いモノを受け入れた自分のそこが一体どうなっているのかとても気になって、私は指を伸ばした。
「ん、っ……」
ショーツをずらし、姿を現した股間の縦筋を指で恐る恐る割り開く。
淡いピンク色の、少しばかり気味の悪い中身が見え、私は思わず眉を歪めた。
同時に、ごく、と生唾を飲む。
開いたそこにゆっくりと指を差し入れる。
柔らかい肉の感触と共に、くすぐったいような、違うような、奇妙な感覚が背筋を上ってくる。
「っ、ん、あ……」
けれど、決して気持ちの悪い感覚ではない。
その感覚に誘われるように、もっと指を伸ばす。
「っ、ふ…… あ、入る……っ!」
不意に、指先が少しばかり沈む場所を見つけた。
瞬間、私の背筋をより強い奇妙な感覚が襲う。
「な、なんでしょうか、今の……」
呟きながら、はたと思い出す。
ご主人様との交わりの時、僅かにこの感覚に襲われた事を。
「……」
驚きのあまりに抜きかかった指を、ゆっくりとそこに戻す。
今度は慎重に、肉壁を掻き分けて奥へと進ませる。
指が動くたび、私は断続的に背中を震えさせた。
「っ、あ……! これ、いい……」
いつの間にか強い湿り気を帯びてきたそこを、徐々に速度を上げながら掻き回す。
くちゃくちゃ、と脳に水音が響く。
その音が何故か私の興奮をより強く誘う。
「あ、あ、あっ! っ、ご主人、様、あ、っ、っっ!」
みっともない声を上げながら、私は三本の指を縦筋の中に割り入れ、穴に突き入れていた。
汗に濡れた下着が肌に張り付く感覚さえ、今この瞬間では心地よい。
そう思った瞬間、私の胎のある箇所を指が触れ――強烈な震えが身体を襲った。
「――っ!? あ、ああ、ああああああああっ!?」
震えが全身を駆け抜け、私は声を上げた。
たまらずベッドに伏し、依然として身体の中を駆け回る感覚に身悶える。
けれど、指は止まらない。
「あ、あっ! ご主人様っ! ひぁ、あ! んっ、ひ、あっ!」
ぐちゅぐちゅ、という重い水音が脳を犯す。
足が勝手に開き、まるで誰かにそこを見せ付けるような格好になる。
「っ、あ、っ――!」
その「誰か」が脳裏に浮かんだ瞬間、一際私の身体は大きく震えた。
そして脱力する。
突き入れたままの指先に生暖かい液体を感じながら、私は荒い息を吐いていた。
今までの生において感じた、どんな快感とも違う快感。
私はそれを全身で感じ、そして思う。
――まだ足りない、と。
脳裏を過ぎるのは、熱く、太く、硬い肉の槍が自分の胎を貫く感覚。
凄まじい痛みと、僅かな快感と、精が自分の子宮を満たす感覚。
そして心が満たされるような温かみ。
自分の指では、あの情事には至らない。
「っ……」
ベッドに伏しながら、私は視線を巡らせる。
指では足りない。少しでもあの情事の感覚を思い出せるモノが欲しい。
そして私の視界にある物が入った。
「……」
それは、酒瓶だ。
250ml程度の、人間からすれば小さなもの。
昨日、シゥがご主人様に買って来て貰った物で、既にその中身は飲み干され空になっている。
私はそれをしばし見つめ、ベッドから起き上がると、ふらふらと引き寄せられるように、その酒瓶を手に取った。
ベッドに腰掛け、酒瓶の口に手を当てる。
背中の羽を顕現させて、妖精炎魔法を使う。
白い光が酒瓶を包み、滅菌と人肌程度への加熱が完了する。
(私は、何をやっているのだろう)
そんな冷えた感情が脳裏を過ぎったのも一瞬。
私は再び縦筋を指で割り開き、まだ強い水気を帯びているそこへ酒瓶の口を押し入れた。
「っ、あ……!」
自分の大切な場所が広げられていく感覚。
私は痛みと僅かな快感に背筋を震わせながら、奥へ奥へと酒瓶を押し込んでいく。
酒瓶の細い口が全て胎に収まったところで、私は自分の姿を見た。
股間から酒瓶を生やしている姿はとても滑稽で、とても他人に見せられたものではない。
でも、望んでこうしたのは自分だ、という事実が、私の欲情を掻き立てていた。
「っ――!」
ぶるり、と震えて、胎が締まる。
以前なら、こんな事なんかしなかっただろう。
ご主人様と交わって、私は何かおかしくなってしまったのだろうか。
「あ、ぅ…… ご主人様……っ」
自分の指よりも遥かに太く、長く、硬い酒瓶。
ご主人様のモノには及ばないけれど、あの夜の情景を思い起こすには十分だった。
酒瓶を手に、ぐちゅ、ぐちゅ、と私の胎を掻き回す。
私は断続的な嬌声を上げながら、あの夜に意識を飛ばしていた。
「ご主人様、ご主人様ぁ、っあ、ご主人、様、あっ、あ……!」
三度、身体が強く震える。
酒瓶を胎に咥え込みながら、私は荒い息を吐いてベッドに伏した。
「――ア、ピア、起きぬか」
「ん……」
深いまどろみから揺り起こされ、私はゆっくりと目を開けた。
「ようやっと起きよったか。もう夕刻じゃぞ。我らが主を出迎える時間じゃ」
そんな声がして、私の意識は急速に覚醒した。
「す、済みません! 今――っ!?」
起き上がろうとした瞬間、胎をぐちゅりと硬い物が抉って、私は思わず悲鳴を上げそうになった。
そうだ、酒瓶を――!
「? どうしたのじゃ?」
ゆっくりと顔を声の方向に向ける。
ベッドの傍に立ち、私を見下ろしているヅィがそこにいる。
気付いてはいない……ようだ。
着っぱなしの護服が上手い具合に股間の酒瓶を隠してくれているらしい。
うつ伏せになっているので、はだけている前も見えていないのが幸いした。
「い、いえ。もう少しで行きます。ヅィは先に玄関を見ていてくれませんか?」
「分かった。早く来るのじゃぞ」
そう言って、ヅィは部屋を出て行き――
「時にお主」
「は、はい?」
思わず裏返った声を出すと、ヅィは何がおかしいのか苦笑して、
「寝る時ぐらい護服を脱いだらどうじゃ。寝所に到着するなり伏してそのまま寝込むなど、上の者がする事ではないぞ」
「あ、は、はい。そうですね…… 気をつけます」
「うむ」
私が答えると、彼女は一つ頷いて部屋を出て行った。
ふぅ、と安堵の息を吐いて、ゆっくりと身を起こす。
「んっ、あ……っ」
あそこから酒瓶を抜いて、ひとまず身なりを整える。
下着は後で変える必要があるかな、と思いつつ、私は先程まで自分の中に入っていた酒瓶を見遣った。
瓶の口は私の体液でてらてらと濡れて、中には同じ私の体液が少しばかり入っている。
「……本当に、何をやっているのでしょうか、私は」
非常に複雑な気分になりつつ、取り敢えずはベッドを立った。
まだ僅かに残る余韻の所為で心臓は普段よりも早い。
こんな状態でご主人様の姿を見て平然としていられるかどうか――
少しばかりはしたない事を考えながら、私は玄関へと向かった。