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フィフニルの妖精達17「悩める二人 -6thDay-」

「ん、ちゅ、んん……」
 特徴的な水音が、部屋に響く。
 俺はベッドに腰掛けてその音を聞きながら、眼下、両膝の間にある白髪をゆっくりと撫でていた。
「ん、ふ……」
 鼻に掛かった声を上げながら、俺の十分に勃起したモノを一心に舐めているのは白の妖精――ピア。
 じりじりとした快感を感じながら、しかし俺は複雑な心境で彼女を眺めている。
「……」
 窓から差し込む光は、まだ眩い朝の光だ。
 事実、俺は眠りから覚めてまだ数分しか経っていない。
 にも関わらずこんな事になっているのは、ピアが、朝の御奉仕に参りました、などと言って頬を染めながら歩み寄ってきたからだ。
「……ご主人様?」
「ん?」
「あの、お気に召しませんか?」
 その小さな手にモノを取ったまま、不安そうな顔で俺を見上げてくるピア。
 顔に出ていたか、と俺は表情を改め、大丈夫、と小さく微笑んで返す。
「気持ちいいよ。続けてくれ」
「はい…… ん、っ」
 ピアは少しでも俺を楽しませようと、技巧は多少拙いながらも真剣な面持ちで性奉仕に臨んでくれている。
 しかし俺の脳裏に浮かぶのは、昨日のノアとの事だ。
 あの事を思うと、どうしても小さな疑念が浮かんでしまう。
「っ、く」
 刺激に漏らした声に応えるように、ピアがモノの先端を小さな口内に咥え込む。
 亀頭をざらりとした舌の感触が撫で回してくる。
 カリの裏も綺麗に舐めてきて、その快感に流されるように、俺は不意に射精を始めた。
「くっ」
「ん、んん……」
 何をと言わずとも、ピアはその瞬間に動きを止めて、精の濁流を口内で受け止める。
 二度、三度。脈動と共に吐き出された精液を一滴も零さずに受け止め切ったピアは、半萎えしたモノをゆっくりと吐き出し、手を口許に遣った。
 目を閉じて、しばしの後に、ごくり、と一息に飲み干した音が俺の耳にも届く。
「……ありがとうございました。綺麗に致しますね」
 つい先程吐き出した半萎えのモノを再び手に取り、亀頭などに僅かに付着した白濁を舐めて綺麗にしていくピア。
 それが終わると、今度は小さなハンカチのような白い布で自身の唾液を拭き取っていく。
「なあ、ピア」
「はい、何でしょうか?」
 俺の呼び掛けに、ピアは手を止めずに応える。
 何処までも真剣なその顔を見つめながら、俺は一つの言葉を発した。
「無理に飲まなくてもいいんだぞ?」
 先日のノアの行為を思い出し、ピアの事を気遣いながらそう言う。
 するとピアは、手を止めて俺を見上げ、
「む、無理なんかじゃありません! ちょっと喉に絡みますけど、とても美味しいですし……」
 と、赤くなりながら否定してくれた。
 そんな反応に少し安心しながら、そうか、と呟くと、ピアがまた不安顔になる。
「ご主人様、やはり何かあったのですか?」
「ん、いや。大した事じゃないんだ」
「しかし、昨晩から少し落ち込んでいらっしゃるようですし……」
 ……なるほど。
 だから今日はこんな事をしてまで、様子を見に来てくれたのだろうか。
 彼女の優しさを感じながら、その白髪を撫でる。
「本当に大した事じゃないんだ。心配してくれてありがとう」
「……分かりました。もしも何か――ミゥやヅィ、ノアが粗相を致しましたら、遠慮なく私にお言いつけ下さい」
 一つ礼をして、行為の後始末を終えたピアが離れる。
 すっかり落ち着いたモノをパンツの中にしまい込んで、俺は腰を上げた。
「しかし、朝からこんな事をしてくれるとは、ピアも大胆になったな」
「ご、ご主人様の為ですから」
「別に、おかしいと思ったら普通に話をしてくれるだけでもいいんだが」
「このような性的な行為は、特別な行為と聞きましたから…… ご主人様は特別ですから、その、特別なんです。……笑わないで下さい!」
「すまんすまん」
 あまり説明になっていない説明に笑うと、顔を真っ赤にして抗議してくるピア。
 そんな彼女とのやり取りで、幾分かは心の重みが取れたような気がした。


 朝ご飯の時間になって、俺達は広間で食事を摂っていた。
 広間には一緒に来たマンションの住人達の朝食を摂る姿も見えて、たまに何人かがこちらを一瞥している。
 ちなみに今日の献立は米飯に味噌汁、焼き魚と六人にとっては初めての和食で、ピアやシゥ、ネイなどは箸の扱いに苦戦していた。
「こんなもんでよく喰えるな」
「慣れれば結構便利だよ」
「そうじゃな。この機会に習熟しておくがよい」
「ですねー」
 言うだけあって、ヅィやミゥは以前に使った事があるのか、見事に箸を使って魚を食べている。
「二人は使った事あるのか?」
「うむ。わらわは様々な料理を嗜んでおるからの」
「ボクはお箸を使うのは初めてですけど、実験器具に似たような物があるのでー」
「なるほど」
 二人の見事な手並みと、三人のぎこちない扱いを見比べて、思わず笑いが漏れる。
 すると即座にピアとシゥの抗議の視線が飛んできた。すまん、としかし笑いながら返す。
「ご主人、後で覚えてろよ」
 とは、眉を寄せて睨んでくるシゥの弁。
「食事を嗜む事すら出来ない脳味噌筋肉だから笑われるのです」
 と、そこに割り込んで来たのはネイの隣で箸を普通に扱うニニルの声。
「大方、味に拘らず軍食ばかり食べていたのでしょう。このような形式の料理など、味わう機会はあったはずですが」
「あ? お前には話してねえ。黙ってろ」
「私もあなたには話していません。この状況に対する独り言です」
「黙れ。その無駄な口を開いていいって言った覚えはないぞ」
「私は喋るのにあなたの許可を取る予定はありません」
「なら――」
「二人とも、止めなさい」
 エスカレートする口論を静止したのはピア。
 ふと気付けば、朝から何事かと広間に居る人々が揃ってこちらを見つめていた。
 その視線に気付いて、シゥもニニルも居づらそうに身を小さくする。
「食事中に揉め事は厳禁だと教わりませんでしたか。そんな基礎的な約束も守れないようでは妖精種として失格です。お箸以前の問題ですよ」
「……済みません」
「ちッ…… すまん」
 少なくとも言葉だけは謝罪して、互いにそっぽを向く二人。
 どこまでも仲の良くない二人だな、と思いつつ、俺も横目でノアの様子を窺った。
「……」
 ノアは先程の言葉の応酬など全く意に介していない様子で、箸を上手く使って食事を続けている。
 その顔はやはり無表情で、いつも通りと言えばいつも通りだ。
 まだ怒っているかそうでないかとかは全く判別できない。
 少し憂鬱な気分が戻ってきて、一つ息を吐いた。


 食事が終わると、部屋でじっとしているのも、と言ってヅィがネイやノア、ニニルを連れて旅館内の散策に行ってしまった。
 ミゥとシゥはやる事があるらしく部屋に。ピアは俺と一緒にいると言ったが、少し一人になりたかったので丁重にお断りして、俺は一人で旅館の廊下を当てもなく歩き回っていた。
「……」
 頭を掻きながら、様々な事を考える。
 ノアの事、ニニルの事、この後の事。
 緊急性があるのはノアの事で、あの後結局彼女の許しを貰えずにいるから、まだ彼女が少しでも思う所があるなら早急に解消しなければいけない。
 しかしあの無表情で怒っていないと言われてしまうと、取り付く島がない。
「どうしたものか……」
 俺が思うに、あの時のノアは確実に怒っていたはずだ。
 それが今も続いているかどうかは分からないが、とにかくあの時の許しを、彼女の言葉を貰う必要がある。
 その方法を考えながら、ひたすらに廊下やホールを歩く。
 気付けば、俺はある廊下の突き当りまで来ていた。
 目の前には少し広いスペースがあって、壁の看板には「遊戯室」とある。
 そこには今時珍しい古い型の筐体が並んでいて、こういった旅館にはありがちな光景だなと思う。
 しかし今は遊ぶような気分じゃないと踵を返しかけ――ふと、ある筐体の影に覗く小さな赤いシルエットに気付いた。
「……ネイ?」
 すぐに赤い妖精の彼女に思い当たって、そう声を掛けながら遊戯室のスペースに入る。
 少し奥で、やはりネイがクレーンゲームの筐体に張り付く形で、興味深げに中を覗いていた。
「ネイ?」
「え、あ、ご主人様!?」
 至近まで近付いてからそう声を掛けると、ようやく俺に気付いたネイは盛大に驚いて、すぐさま何処かに行こうとした。
 つい俺はその手を掴んで、彼女を捕まえる。
「何を見てたんだ?」
「いえ、あの、その」
 ネイは顔を赤くしてしもどもどろに口を開くばかりで、答えてくれる気配がない。
 仕方なく、彼女の向こうにあるクレーンゲームの筐体の中を覗くと、少し大きめの熊のぬいぐるみが目に入った。
 茶毛のもので、コートのボタンのような黒いつぶらな瞳がこちらを見つめている。
 大きさは三十センチぐらいで、丁度ネイの半分ぐらいだ。
「欲しいならそんなに恥ずかしがらずに言えばいいのに」
「あの、その、これは違いまして」
「要らないのか?」
「いえ、あの、ぬ、ぬいぐるみは確かに欲しいのですが」
「素直で宜しい」
 俺はネイを開放し、空いた手で財布から硬貨を取り出してクレーンゲームに投入した。
 安っぽい効果音と共にクレーンが操作可能になったのを見て、俺はボタンを押す。
 そんなに難しい設定にはなっていないのか、下がっていくクレーンはその頼りないアームで見事に熊のぬいぐるみの胴体を掴み、景品投下口に落とし込んだ。
「わ……」
「ほら」
「あ、ありがとうございます、ご主人様」
 熊のぬいぐるみを手渡すと、それを抱えて素直に喜んでくれるネイ。
 ぬいぐるみを抱いて目を輝かせている彼女を見ていると、やはり感情が分かりやすいのはいい、と思ってしまう。
「しかし、いきなり逃げなくてもいいだろうに」
「あ、あれは、その、済みません」
 それにしても、とさっきの事を掘り返すと、途端に身を縮こまらせるネイ。
 そんな反応がつい面白くて、彼女の顔を覗き込み、一つ問う。
「ネイは俺の事、嫌いか?」
「そ、そんなことありません!」
 そう首を振って力一杯否定してくれた彼女に、ありがとう、と言って笑うと、からかわれた事に気付いたのか、もう、と漏らして苦笑した。
 二人でしばし笑った後、ぽつりと彼女が口を開く。
「実は、少しヅィに言われてしまいまして」
「何をだ?」
「その、早くご主人様に、か、身体を捧げてしまえ、と」
 真っ赤な顔でそう恥ずかしげに言うネイ。
 なるほど、ヅィの差し金だったか。
「それで、俺を見たら恥ずかしくなって逃げたと」
「本当に申し訳ありません……」
「ヅィは仕方ないな…… 気にする必要はないからな、ネイ」
「はい……」
 頷いて、しかし眼鏡を直しながらネイは続ける。
「その、当のご主人様に言うのも何ですけど…… ご主人様は、素敵な方です。実は、こうしている今も、胸がどきどき鳴ってて…… 好き、なんだと思います」
 恥ずかしげに言って、でもですね、とその気恥ずかしさを振り切るように語気を強め、
「その、切っ掛けがないというか、何というか……」
 しかしまたすぐ恥ずかしげな口調に戻って、顔を俯かせるネイ。
 そんな彼女の頭を撫で、俺はつい笑ってしまう。
「ネイは随分、女の子なんだな」
「……それは、褒め言葉なのですか?」
「ああ。そういう考えは大事だと思うぞ」
 要するにネイの言いたい事は、身体を許すにもそれなりの切っ掛けとなる場面が欲しい、という事だ。
 例えるなら、窮地を颯爽と救ってくれた勇者との二人きりの夜。命を呈してまで救ってくれた恩人への夜を徹する看護。
 大袈裟であるが、つまりはそういう切っ掛けだろう。
 思い出すのは、ミゥと一緒に買い物に出掛けた時の事。
 あの時ネイは恋愛小説を頼んでいて、ネイはそういうの好きなんですよー、と言っていた。
 妖精風邪で寝込んだ時にも、ネイは溶けるように甘々なのが好き、とも。
 それらのミゥの言葉を考えれば、彼女の口からそんな言葉が出てきても不思議ではない。
「しかしそうなると、なかなか機会はなさそうだな。君達に格好いい所を見せられる時なんてそうそうないからな」
「格好いい、ですか…… ヅィの時みたいな感じですね」
「ああいうのがいいのか?」
「……いえ、確かに格好いいとは思いますが、出来ればご自重して欲しいです」
 頬を染めながら、自分の言葉に苦笑いを浮かべるネイ。
 俺も出来るなら痛いのは勘弁して欲しい。まあ、本当にいざという時は些細な事なのだが。
「デートにでも行くか?」
「でーと?」
「まあ、愛情を深める為の二人きりでのお出かけ、と言ったところかな。ネイが読んでる本の主人公達とかもたまに行ったりしてないか?」
 切っ掛けを作る為の突飛な方法など思い付かず、妥当な線から提案する。
 ネイはしばし記憶を探って、それらしいシーンを思い出したか、頬をより強く染めて、
「あ、ああ。公園で語らいあったり、喫茶店で軽食をしたり、最後にその、寝所で……」
「それはちょっと展開が性急過ぎるんじゃないか?」
 何というかまんま本で読んだ事をなぞるようなステレオタイプの答えに、笑いを禁じえない。
「え、違うのですか?」
「違わない事も無いが、それはまともな恋愛にはなりにくいケースだと思うぞ」
 むしろ失敗に終わりやすい、とまでは言わないでおく。
 差はあれど、やはりこういった事に関して彼女達の知識は歪だと改めて感じる。
 実体験無しに文面だけから得た知識では、この程度が普通なのかもしれない。
「では、どういった事をするのが普通なのですか?」
「そもそも、普通は云々って考え方からしてちょっと歪だな。あえて言うなら、お互いが楽しめれば何でも良いんだよ」
「そうなのですか……」
 素直に頷いてくれるネイ。
 その頬はまだ少し赤いものの、表情は真面目なもので、真剣に俺の話を聞いているのが分かる。
 ノアも、せめてもう少し変化を面に出してくれれば、まだ話し易いのだが……
「……ご主人様、やはり何かあったのですか?」
「ん?」
「いえ、今もそうでしたが、昨晩から少し元気が無さそうでしたので」
 また顔に出ていたか、と苦笑し、彼女達の洞察力に感服する。
 目の前にある、眼鏡を掛けた真面目な顔をしばし見つめ、
「実はな」
 彼女になら話してもいいかと思えて、俺は言葉を選びながらそう切り出した。
 行為の事は極力伏せて、簡潔にノアとの遣り取りを話す。
 俺がノアに嫌がるような事をしてしまった事。
 ノアに謝っても怒っているようで話を聞いてくれない事。
 それらを全て聞いて――ネイは、何故か苦笑した。
「何か、おかしかったか?」
「いえ…… 済みません」
 ネイは口許を押さえて笑いを沈めると、真面目な顔に戻り、
「多分、ご主人様は何か勘違いをしてるんじゃないかなと思うんですが」
「勘違い?」
「はい。ノアは自分の事で嘘を吐かない、いえ、吐けないようになってるそうです」
「吐けない?」
「はい。以前、ノア自身がそう言っていましたから。だからノアが『謝られる意味が分からない』って言ったなら、ご主人様がした事は別に嫌がってなかったんじゃないでしょうか」
 それなら、あれは何だったのだろうか。
 ノアが精液を受けて、その直後に部屋を出て行った時の前後を思い出す。
 一度目の時、精液を口に含んでいたから、別段精液を飲む事を嫌がっていたとは思えない。
 しかし、その後――
「……あ」
「何か思い当たりましたか?」
 ひょっとして、アレだろうか。
 俺がその後に口にした言葉と、その遣り取り。

『自分で言うのもなんだが、俺には相変わらず青臭い匂いだ』
『そうなのですか』
『ああ、あまり気分のいい匂いではなくて―― ノア、何処に?』
『一度、身体を洗浄してきます。申し訳ありませんが、しばしお待ち下さい』

 まさか俺が、気分のいい匂いじゃない、って言ったからか?
 あまりに神経質すぎる話だが、ノアのあの性格を考えれば昨日の彼女の行動に全て説明が付く。
「……そう、だな。多分、きっとそうだ」
「悩みは解決しましたか?」
「ああ。ありがとう、ネイ」
「お礼を言われるほどの事はしてませんよ」
 小さく笑ってネイは続ける。
「ノアとは何事も無かったかのように話すといいでしょう。あの子はあんな性格ですから、何事もないと思います」
「まあ、言ってみれば俺の一人芝居だった訳だからな」
 もし俺の考えが正しければ、何とも恥ずかしい話をしたものだ。
「君達は本当に凄いな。お互いに以心伝心で、相手の事がすぐに分かる」
「妖精種は感情の機微には聡いと言われていますから」
「ふむ」
 確かにそう思える場面が幾つか脳裏を過ぎり――
「というか、ひょっとしてノアも、なんですね……」
「ん?」
 呟きのような言葉に振り向くと、ネイは憂いのある顔をして、
「いえ、その…… ご主人様に身体を捧げたのですよね、ノアも」
 と、口が上手く滑らないというよりは戸惑いのような様子で、確認するように言った。
「あ、ああ。捧げた、というには少し語弊があるが」
「あ、いえ。分かってます……」
 ネイはそう呟くように言葉を綴り、俺が取ってやった熊のぬいぐるみのつぶらな瞳を見つめると、はあ、と一つ息を――元気が抜け落ちていくような息を吐いた。



 女心と秋の空、とはよく言ったものだ。
 ネイはそれ以降沈んだ調子で、はあ、と頻繁に溜息のような息を吐いていた。
 そうなる少し前まで普通に談笑していたのが嘘のようだった。
「飲むか?」
「あ、はい……」
 ソファに腰掛ける俺達二人以外には誰もいない、静かなロビー。
 買ってきた缶ジュースのプルタブを引き開け、ネイに渡す。
 素直に受け取ったネイは口を付け少し飲むと、また一つ息を吐いた。
 俺はそんな彼女の横顔を見つめ、何故そんなに落ち込んでいるんだ? と問うべきかどうか思考する。
 こんな状態になった発端は、ノアの話を終えてからだ。
 ノアが俺に身体を捧げたか、という事を確認するように聞いてきて以降、こうなっている。
 つまり彼女が憂いているのは俺かノアの事になる。
 もしも俺の事で憂いているのなら、その俺が何故、と聞くのは無神経にも程があるだろう。
 やはり導き出される選択肢は、様子を見る、の一点だ。
 せめて俺以外の誰かがいれば、この沈黙を打開出来るのだろうが――
「――六番目、かぁ……」
 と、不意にそんな呟きがネイから漏れた。
「それに…… でも、私は……」
 続いて、ぶつぶつと無意識であろう独り言が綴られる。
 最後にまた、はあ、と一つ息を吐いて、言葉が終わった。
 そんな彼女の様子を見ていると、人間臭い、という言葉が思い浮かぶ。
 ピアやミゥ、シゥやヅィ、ニニルが人間臭くない、という訳ではないが、彼女達はやはり人間ではない為か何処か必ず欠けている部分があるように思う。
 比べてネイはあまりそう思えない。まさに年頃の女の子といった感じだ。
「……」
「……」
 下手に口を出す事も出来ず、沈黙のまま時間だけが流れていく。
 無難な話題で乗り切ってみるか、と口を開きかけたその瞬間だった。
「何をやっているのですか。こんなところで深刻そうな顔をして」
 聞き覚えのある声と、幾分高圧的な口調。
 振り向けば、橙の妖精――ニニルがすぐ傍まで来ていた。
「あ、ニニルさんですか…… あれ? 誰も付いてないんですか?」
「心配しなくても、これがある以上普通には逃げれませんよ」
 言って、忌々しそうに首に嵌った拘束具を示すニニル。
 それは仄かな青い光を放っていて、今も彼女の妖精炎の発現を阻害しているはずだった。
「悩みがあるのなら、誰かに話した方がすっきりする事もありますよ」
「いえ、別に悩みというほどの事ではないんですが……」
「とてもそうは見えない顔ですよ。私の観察眼を馬鹿にしないで下さい」
 僅かに息を詰まらせる音がする。
 苦しげに視線を逸らし、ネイが見た先は――俺。
 やはりネイの悩みとは、俺に関する事なのだろうか。
「席、外そうか?」
「いい提案ですね。話が済んだらこちらから探しますから、しばらく何処かに行ってて下さい」
「あ、あの、ご主人様、その……」
「いいですから。さっさと何処かに行きなさい」
 慌てて引き止めようとするネイに反して、手を払って何処かに行けと命じるニニル。
 俺はせめて微笑みを浮かべ、ロビーを後にした。
 再び一人になり、俺は当てもなく廊下を歩き回る。
 途中、先日の庭の近くを通りがかった時、風に乗って誰かの声が二つ、聞こえてきた。
 片方はよく聞き覚えのあるものだ。
 つい気になって、そっと曲がり角から顔を覗かせると、丁度こちらを向いていてばっちりと視線が合ってしまった。
「よう、坊主」
「おはようございます」
 縁側に座っていたのは、藤田さんと飯田さん。
 藤田さんは、紺のジーンズに白のシャツといういつもの格好。飯田さんも、いつも見ているスーツ姿だ。
「おはようございます」
 俺も返事を返し、何気ない風を装って質問する。
「お二人はお知り合いなんですか?」
「まあな。腐れ縁ってやつだ」
「そうなりますかな」
 髭は生やしているが顔はまだ十分若い藤田さんと、白髪な上に顔に少なくない皺がある飯田さん。
 ぱっと見は三十歳以上の開きがあるように見えるが……
 そんな疑問を浮かべていると、それを見抜くように藤田さんの声が薄笑いと共に放たれる。
「まあ、色々あるんだよ。坊主もんな所に突っ立ってないで、ここに座れ」
「あ、はい」
 藤田さんの隣を示されて、俺は素直にそこに腰掛ける。
 先日も見た庭。その向こうには、よく分からない生物と戦いを繰り広げた竹林がある。
「――で、どうなんだ? 最近は」
「可もなく不可もなく。まあ、ぼちぼち、と言ったところでしょうか」
 俺が来る前までの会話を再開したのか、そう言葉を交わす二人。
 内容から察するに、収益か何かの話だろうか。
 ……それにしても。
「もしかして飯田さんも、夏美さんと?」
「ええ、そうでございます。この仕事も夏美様から紹介されたものでして」
 やはり予想通りだ。
 ちなみに俺はこの台詞を過去二回聞いた事がある。山田さんと藤田さんだ。
 一体、夏美さんとこの三人はどういう関係なのだろうか。
「という事は、山田さんともお知り合いなんですよね?」
「はい。同じく腐れ縁でございます」
「一体貴方達は、夏美さんとどういった経緯で?」
 前々から少し疑問に思っていた事を、思い切って断られる覚悟で聞いてみる。
 すると二人は、互いに視線を合わせて、
「あれ、言っていいのか?」
「構わないのではないですか。直接言わなければ」
「そうだな、じゃあ頼む」
「仕方ありませんね」
 などと相談を交わし、では、と飯田さんが口を開いた。
「適当に説明するのと、例立てて説明するのと、どちらが宜しいでしょうか?」
「え、じゃあ…… 例立てて」
「分かりました。では、一軒家をご想像下さい。広い…… そう、とても広い一軒家です」
 一度、何かに想いを馳せるように飯田さんは宙に視線を遣り、そう言葉を綴り始めた。
「我々三人は、その一軒家に住んでおりました。ですが、仲は非常に悪かったのです」
「何故?」
「思想の対立、ですな。まあ馬が合わなかったのです。そこへ、ある敵がやってまいりました」
「敵?」
「はい。性質の悪い悪党です。悪党はある日突然やって来て、家から我々を強制的に追い出して我が物にしようとしました」
 眉を寄せ、その額の彫りを更に深くする飯田さん。
「我々は敵対を一時止めて、悪党に立ち向かいましたが…… 何分、今まで非常に仲が悪かった者同士が急に協力するなど、すぐに成しえる物ではありません。結局は足の引っ張り合いとなり、悪党が強かった事もあって、我々は家を追い出される寸前まで追い詰められていました」
「そこに夏美さんが?」
「察しがようございますね。その通りです。夏美様は我々をすぐさま纏め上げると、悪党に反撃を開始致しました。瞬く間に悪党は我らの家を追い出され、我々は夏美様に敬意を抱く事になったのです」
 最後には微笑を浮かべて満足げにそう語った飯田さん。
 一体、何処がどういう喩えになっているのだろう。全部か、あるいは一部分か。
「そう言えば、彼女達はどうなさったのです?」
 と、そんな俺の思考を中断する、飯田さんの疑問の声。
「彼女達?」
「あのちっこいのだよ」
「ああ、ピア達ですか」
「はい」
 言われて苦笑すると、続く飯田さんの声。
「彼女達を、大切にしてあげる事です。今現在、彼女達には貴方の元にしか拠り所がないのですから」
「あれ? 事情、知ってらっしゃるんですか?」
「夏美様から少し」
 飯田さんは微笑を浮かべ、俺から視線を外して宙を眺める。
 何かを懐かしむような、そんな視線。
「確かな拠り所がないというのは、心細いものです。いつ崩壊するか分からない蜜月に、不安は募るばかりでしょう」
「……」
「その不安を取り除けるのは、現状、貴方だけです。他の誰にも務まらないという事をしっかりと胸に刻み、行動を起こすとよいでしょう」
 しっかりとした、重い言葉。
 それを受け止めて、俺は頷く。
「ありがとうございます。気を付けます」
「お礼を言われるほどの言葉ではありません。何せ、事実を述べただけです」
 そう言って微笑を浮かべる飯田さんに、無言だが薄い笑みを浮かべる藤田さん。
「事実とは、揺らぎなくそこにあるもの。そこにあるという事を知るのは容易ですが、真っ直ぐに見つめるというのはなかなか容易ではない。そのお手伝いをしたまでです」
「相変わらずそういう小言が好きなんだな、お前は」
「まあ、こちらが本職のようなものですから」
 色の異なる笑みを浮かべながら、そう言い合う二人。
 そこには遠慮のない、確かな絆が感じられた。
「……お話、ありがとうございました。じゃあ、そろそろ失礼します」
 何だかそんな二人を見ていると、無性に彼女達の顔が見たくなって、俺は腰を上げた。
 そろそろネイとニニルの話も終わっているだろう。任せっぱなしはまずい。
「ああ、ちょっと待って下さい」
「はい?」
「彼女達はお酒が好きでしたね」
「そう、ですが」
「藤田さんばかりに負担させるのも何です。今度は私から幾つか差し上げますよ」
 飯田さんからそんな事を言われて、思わず一昨日の出来事が脳裏に蘇る。
 まあ流石に、次は大丈夫だろうが……
「あ、ありがとうございます」
「少々付いて来て頂けますかな。お渡し致しますので」
「分かりました」
 腰を上げ、ゆっくりと歩き出す飯田さん。
 背筋はしっかりとしていて老いを感じさせないその歩みに追従すると、背後から藤田さんの声。
「嬢ちゃん達に宜しくな!」
 分かりました、と返して、飯田さんの後を追う。
 飯田さんはひたすら廊下を進み、朝食を摂った広間を抜けて、厨房と思しき場所に入る。
 そこから裏口らしき扉を開けて、外に出た。
「外なんですか?」
「ワインセラーのようなものでして。少々広いので、外から――む?」
 と、外に出て数歩進んだかと思うと、訝しげな声を上げる飯田さん。
 何かと思って飯田さんの視線を辿ると、そこには無残に壊れた木製の扉があった。
「……少々、お待ち頂けますか」
 言って、飯田さんは壊れた扉に近寄り、その中を覗き込んだ。次いで近くの壁面の高い所に設置されている、小型の機械――監視カメラに手を遣る。
 その行動に一つの可能性を覚え、俺は飯田さんに問う。
「どうしたんですか? まさか」
「そのまさかでございます。物取りのようですな」
 困った様子のまま、飯田さんは壊れた扉を押し退けて中に入っていく。
 どうすればいいのか検討も付かずに、取り敢えず言われた通りにただ待っていると、飯田さんはその手に四本ほどの大瓶を抱えて戻ってきた。
「とにかく、こちらを差し上げます。部屋でゆっくりとお過ごしになってください」
「しかし……」
「お気になさらず。多少、私の仕事が増えるだけです」
 苦笑いの表情で俺に大瓶を手渡す飯田さん。
 せめて何か手助けが出来ればいいのだが、こんな時にどんな手助けをすればいいのかよく分からない上に、そんな力は俺には――
「――探しましたよ、悠」
 そう思った瞬間だぅた。
 まるで計ったように、ニニルとネイが開けっ放しの裏口から姿を見せたのは。
 俺に相対するなり、背後で恥ずかしげに顔を俯かせるネイを一瞥して、どこか呆れたような表情で口を開こうとするニニル。
 その唇の動きが寸前で止まり、俺と、その後ろの飯田さん、壊れた扉を順に視線が巡って、
「何かあったのですか?」
 と、流石の洞察力でそう問うてきた。
「物取りでございます」
「物取りって…… ご主人様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。犯人に直接遭遇した訳じゃないし、大丈夫だ」
 物取りと聞いた途端、俯いていたネイは顔を上げて、不安を一杯にした表情で俺に詰め寄ってくる。
 少々オーバーだと思わなくもないが、これはこれで嬉しいものだ。
「して、貴女は?」
「ニニルです。そうでしたか…… あれは?」
 訝しげな視線でニニルが示したのは、先程飯田さんも調べていた監視カメラだ。
「監視カメラでございます。何分、入口がこのような場所にありますので。こういった事態に備えての物でしたが、あまり役には立たなかったようです」
「というと?」
「レンズが潰されております。恐らく、大したものは記録出来ていないでしょう」
「……いえ、大丈夫です。私が見ます」
 そう不明瞭な事を言ったかと思うと、ニニルはこちらを振り向き、何かを要求するように手を突き出した。
「鍵を」
「鍵?」
「こいつの鍵です。逃げ出したりなんかしませんから、早く」
 示したのは、彼女の首に嵌っている、彼女の妖精炎を封じる首輪。
 何か魔法を使うつもりなのだろうか。
 鍵を持っているであろうネイに視線を向けると、彼女も同時に俺を見つめていて――ややあって、彼女は懐を探り、小さいが精巧な青い鍵を取り出した。
 ネイがニニルに鍵を手渡すと、彼女は手馴れているかのようにすぐさま首輪を外す。
 そして橙色の翅を顕現させると、その感覚を確かめるかのように二度、三度羽ばたき、ふわ、と宙に浮き上がった。
「うん…… よし。では、失礼しますよ」
 言って、ニニルは壁の監視カメラの元まで飛んでいき、そっとその黒い筐体に触れた。
 一拍置いて、彼女の翅から橙色の燐光が激しく散り始め、その輝きを増していく。
 一体何をするのか、と息を殺して見守っていると、不意にニニルが呟くような声を漏らし始めた。
「なんでしょう、こいつは…… ゴブリン? いや、違いますね…… なるほど」
「何か見えるのか?」
「ええ」
 俺の声に応えるように、ニニルの翅の輝きが止まる。
「言うならば『借眼過去視』という魔法です。ニーゼスタスの属が最も得意とする妖精炎魔法で、視覚がある相手なら生物無生物関わらずにその視界を借り、その眼に映った過去を知る事が出来ます。 ――例え、眼が潰れていたとしても」
 別段何でもない事のように凄い魔法を披露したニニルは、地面に降り立ちながらそう説明してくれた。
「という事は、犯人が?」
「勿論です。しっかり映っていました」
 頷いて、ニニルは近くに広がる鬱蒼とした森のある一方向を迷いなく指差した。
「逃げたのはあちらの方角です。およそ十分前の事ですし、まだそんなに遠くへは行ってないと思います」
 そうして彼女は、俺を、睨むような、笑っているような、しかし真剣な表情で、
「当然、追いますよね?」
 そう問うてきた。



 そこそこに視界の開けた森を、ニニルの示す方向に向かって一直線に突き進む俺とネイ。
 ネイの手には巨大な金槌「血歌の盟約」が既に呼び出され、携えられている。
「後どれぐらいですか?」
「一分も掛からないでしょう。犯人は大きい酒樽を抱えています。動きは鈍い」
 言って、ニニルは犯人への恐れなど無いかのように先を行く。
 その直ぐ後ろにネイ、少し離れて俺という隊列だ。俺が離れているのは速度の問題もあるが、それ以外に――
「ニニル。犯人は、ゴブリンみたいな奴だったんだよな?」
「ええ。最も、あれはゴブリンではないようですが。極めて似ていますが、別の生物です」
 その答えを得て、思い出すのは一つの光景だ。
 ニニルの鞄を取りに行った時の事。無数に現れ、俺達を包囲した、あの怪物達。
 あれともう一度戦うのだろうか。それも、ヅィ抜きで。
 ネイの力を信頼していない訳ではないが、やはり恐怖は拭えない。
「……何ですか、悠。もしかして怖いのですか?」
「ああ。こういう事には慣れてない」
 僅かに嘲りの色があったニニルの声に、そう素直に返す。
 彼女達の前で強がっても無意味だ。ニニルだって、フィフニル族である以上、俺よりは強いはずだ。
「君はどうなんだ? ニニル」
「未知の物が怖くて新聞屋は務まりません。それに、私だって軍人ではなくともフィフニル族の端くれです」
「それもそうか。じゃあ、頼りにしてる」
「……全く、これだから人間は―― いたッ!」
 言葉を中断し、ニニルが短く叫ぶ。
 彼女の少し前方、木々がやや開けた場所に、俺でも一抱えはある樽を担いでいるあの怪物の姿があった。
 ニニルの声が届いたのか、こちらを一瞥すると慌てて駆けて行く。だが、その動きは鈍い。
 逃がさぬとばかりに、ネイが急激に加速した。同時、血歌の盟約が赤い燐光を纏い、その輝きを強くしていく。
「せッ!」
 気を込めたネイの一声。同時、猛烈な速度で血歌の盟約が横薙ぎに振り抜かれる。
 敵との距離は二十メートル以上。通常なら当たる道理は無いが、血歌の盟約はその距離を、振り抜かれた軌跡から炎の矢を生み出す事で克服する。
 十発以上の炎の矢が、一拍の間を置いて放たれる。赤い残像が見えるほどの速度で二十メートル以上の距離が一瞬で詰まり――しかし敵には当たらなかった。
 寸前で振り向いた怪物が、その手に持っていた白い紙切れのような物を炎の矢に叩き付けた瞬間、薄い青色の空気のようなものが壁となって立ちはだかり、矢を全て消し去ってしまったからだ。
「っ!?」
 攻撃を消された事に驚いたか、ネイが警戒して速度を落とす。
 そこへ怪物が、腰に提げた小弓を素早く構えて放った。
 だが、ネイの懐にその先端が飛び込む寸前で瞬時に赤熱し、塵になる。
「けっけっけ! 相変わらずあちーなぁ、娘っ子!」
「貴方は……!」
 怪物の歪な口から漏れたのは、独特の笑いと――確かな日本語。
「覚えててくれたかぁ」
「忘れる訳がないでしょう!」
 予想は出来ていたが、現実に目にするとやはり驚きがある。
 あの日、襲撃してきた奴らの中で、言葉を交わしたリーダー格の怪物だ。
 まさか、ヅィのあの攻撃から生き延びていたとは……
「一応、警告します。盗んだ物をその場に置いて、すぐに失せなさい。そして私達の前に二度とその姿を見せないで」
 血歌の盟約を突き出し、炎を滲ませてそう警告するネイ。
 貴様など何時でも焼き尽くせる、と言わんばかりの気迫だ。
 しかし怪物は、けっけ、と笑って、その歪んだ口を開く。
「無理な話だなぁ」
「何故です」
「けっけ。決めたんだよぅ、赤い娘っ子。お前さんを、美味しく頂くってな」
「――っ、死になさい!」
 怪物の言葉に嫌悪を露にしたネイは、構えた血歌の盟約を縦に振り下ろした。
 当然、当たる距離ではない。だが今度は、振り下ろしたその軌跡から拳大の火球が放たれた。
 火球は陽炎を撒き散らしながら一直線に飛び、しかし怪物の眼前にある青色の空気の壁に直撃。小爆発を起こして霧散する。
 壁には傷一つ見当たらない。
「お前さんは本当に美味そうだ。声もいい。さぞかしよく鳴いて、楽しませてくれそうだぁ」
「このっ……!」
「ネイさん、落ち着いて下さい。闇雲に攻撃しても、今は無理です」
 ネイの後ろに位置するニニルは、同様に怪物を見据えながらそう口にする。
 俺は二人の更に後方。表情は見えないが、ネイもニニルも怪物の言葉に嫌悪の色を浮かべているように思える。
「んん? そこの橙色の娘っ子も美味そうだなぁ。ようし、赤い娘っ子を食い終わったら、次はお前さんだ」
「やってみるといいでしょう、できるものなら。その符術がなければ私達の攻撃を防ぐ事も出来ないのに、どうやって触れるのか聞きたいものです」
「けっけっけ。分かるのかい、こいつが。あの巫女は忌々しいが、実力は確かだなぁ。お前さんらの妙な術を、完全に防いでくれる」
「ですが、それで私達に触れる事は出来ないでしょうに」
「ああ、お前さんらに触れる方法ねぇ…… 聞きたいかぁ? それはな、ああするんだよ」
 言葉と同時に、怪物は指を指した。 ――俺に向かって。
 俺は何故俺が指されたのか意味が分からず息を呑み、直後、その意図を察した。
 だがその時には既に遅く。俺は背後から痛烈な一撃を受け、揺れる視界と共に力なく地に伏してしまった。
 もう一人、いたのか……!
 考えれば別におかしい事でも何でもない。あの怪物が一体だけでないのは、以前の遭遇で分かっていた事だ。
 それを失念していただけに過ぎない。
「っ!? ご主人様!」
「悠!」
「おおっと、動くな! 余計な動きをしたら、あの人間の喉を掻っ切るぜぇ」
 貰った一撃の衝撃ではっきりしない聴覚の中、そんな声が聞こえ、同時に喉に冷たい物が当たる。
 一息を吐いてから首だけで見ると、俺の隣に、俺の腕を踏み付けて座り、果物ナイフのような刃物を喉に押し付けてくるもう一体の怪物がいた。
 げへげへと笑って、俺の喉に強く刃を押し付け、お前も動くな、と牽制してくる。
 これは、まずい。
「けっけっけ、じゃあお楽しみの時間と行こうかぁ」
 下碑た言葉と共に、怪物が二人に向かって歩を進める。同時、奴を護っていた青い壁が霞むようにして失せた。
「ち、近寄らないで下さい。私にはあの人間を人質にとっても、効きませんよ」
「ならお前さんの好きにしたらいいだろうによぅ。この赤い娘っ子の後で美味しく喰ってやるから、焦るな」
「く……」
 怪物の接近に対し、ネイは顔を強張らせ、しかし微動だにしなかった。
 血歌の盟約を構える事もせず、棒立ちに近い状態で怪物を睨んでいる。
「けっけ、いい目だぁ」
 ついに怪物の節くれ立った歪な手が、ネイの首元に届いた。
 褐色の肌をした、見た目感触の悪そうな指先がネイの顎を撫でる。
「く……!」
「動くなよぉ。あの人間が血ぃ噴き出してくたばってもいいんなら、別だけどなぁ」
「……分かり、ました」
 ネイは頷いて、血歌の盟約を地に落とした。
 抵抗の意思はない、という表明の行為に、怪物が笑みを強くする。
 怪物がネイの左の二の腕を掴み、抱くように引き寄せる。
 そして首元から指先を差し込むと、勢いよくその腕を引いた。
「っ」
 布を裂く音と共に、ネイの服が首元から左胸まであっさりと裂ける。
 露出した肩と、服と同じ赤い下着。
 怪物は、けっけ、と笑いを上げ――ネイの露出した肩に勢い良く噛み付いた。
「ぐ、うっ!」
 ネイの顔が苦しげに歪む。
 まさか比喩でも何でもなく、本当に彼女を食べるというのだろうか。
 ややあって、怪物が口を離す。
 凶暴な乱杭歯には、ネイの物に違いない鮮血が滴っていた。
「っ、は、は! すげぇな、娘っ子! お前さんの血は、今までのどんな人間の血よりもうめぇ!」
「く、うっ……」
 不気味に細長い舌が伸びて、ネイの肩に開いた傷口を舐める。
 彼女の血を、吸っているのか。
 奴の頭を叩き潰してやりたい衝動に駆られるが、それすらも出来ない程に俺は無力だ。
 自分の頭を叩き潰してやりたい。
「あ、いっ、くぁ……!」
「は、は、は! いいぞぉ、いい……! もっとだぁ……!」
 怪物は笑って、ひたすらにネイの血を吸っている。
 その手は彼女の身体に伸びて、柔らかさを確かめでもするかのように這っている。
 不意に、また布を裂く音がした。
「っあ、や……!」
 今度は彼女の服が落ちた。
 赤いブラとガーターベルト、ショーツにニーソックスだけを纏った姿になる。
 そして柔肌を直に怪物の手が弄っていく。
「っ!」
「動くんじゃねぇ!」
 俺が堪らず腕を動かすと、即座に刃が強く押し当てられ、同時、踏まれている方の腕がぎちりと痛んだ。
 見上げれば、俺の傍にいる怪物の歪な顔がすぐ近くにある。
 彼女達と同じぐらいの身長だが、美醜では天と地ほどの差があった。
「黙って見てなぁ。てめーの大事なオンナが泣き喚くところをよぉ」
 げへげへ笑う怪物。
 こいつさえ跳ね除けられれば、ネイ達を助けられる。
 だが、恐らくはこいつをどうにかするより、ナイフが俺の首を切る方が速いだろう。
 それでも、彼女達がこれ以上辱められるぐらいなら――
 そう思い、行動を実行に移そうとしたその時だった。
「――?」
 奇妙なものが視界の隅、怪物の歪な顔の向こうにあった。
 それは、緑色の蔦。
 蔦は森の土の上を、蛇のように鎌首を擡げたまま、するするとこちらに近付いてきていた。
「あぁ? なんだぁ人間。悔しいか?」
 怪物が笑う向こうで、蔦はどんどん近付いてくる。
 やがて怪物の背後まで蔦はやってきて、その擡げた鎌首を強く捻り――
 びし、と。
 僅かな血とそんな貫通音を飛び散らせて、怪物の額から、その先端を覗かせた。
「お――」
 後頭部から額までを一撃。
 まるで怪物の頭を豆腐か何かとでも言うように容易く貫通した蔦は、ゆっくりと倒れていく怪物の頭からその先端を抜き、纏わり付いた血を払うように宙を一閃した。
 どさり、と怪物だったものが地に倒れる。
 その音と共に、俺の身体も跳ねた。


「うおおおおぉぉぉッ!」
 肺から空気を絞り出しながら、拳ともに僅か数メートルの距離を駆ける。
 ネイのショーツの中に手を侵入させようとしていた怪物の笑みを浮かべた顔を、確かに拳に捉える。
 怒りと共に、全力で腕を振り抜いた。
「げばあっ!」
 ネイの身体から怪物が引き剥がされ、宙を舞って木に直撃する。
 俺は一つ息を吐いて、ネイを怪物から隠すように抱き締めた。
「ネイ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫、です……っ」
 ネイは俺の顔を驚きの表情で見た後、瞳に涙を滲ませて、俺の首元に顔を埋めてきた。
 怪物に噛み付かれていた肩には無残にいくつもの穴が開いて、赤い肉に多量の血が滲んでいる。
「ネイ、まず傷を。まだ終わってない」
「……っ、はい」
 ネイが頷くと共に、血塗れの肩を赤い燐光が覆う。
 それを見届けて、俺は地面に落ちているネイの服を取って、土を払ってから彼女に手渡した。
 服は破れて使い物にならなかったが、ネイが纏うと彼女の傷同様に、破れ目を赤い燐光が覆う。時間を巻き戻すように、塞がっていく破れ目。
 およそ数秒で、ネイは以前の姿を取り戻した。
「ご主人様、下がっていてください」
「ああ」
 涙を服の袖で拭い、血歌の盟約を拾い上げるネイ。
 その視線の先で、俺が殴り飛ばした怪物がゆっくりと身体を起こした。
「く、くは…… やるじゃねぇか、人間。だがな、娘っ子の血を喰った以上、俺に負けはねぇ」
 そう言いながら、ふらりと怪物が立ち上がる。
 ネイは冷たい視線で怪物を睨み――血歌の盟約を、ゆっくりと突き出した。
 同時、声が響く。
(許さぬぞ、矮小なる鬼よ)
 威厳のある、重い声。
 血歌の盟約がその打撃部にある皹から強く赤い炎を滲ませ――瞬間、特大の炎が怪物を覆った。
「ああぁぁぁあああああがあああがががああああああああぁぁぁぁぁ!」
 業火に包まれて、悲鳴と共にのた打ち回る怪物。
 その激しさは、火炎放射器の炎など生温いと言い切れる輝きを持ちながら、まるで熱を感じなかった。周囲の木にも全く飛び火していない。
 まるで、炎が意思を持って、怪物だけを焼き尽くしているかのようだった。
 やがて怪物の動きが止まった。息絶えたのだろう。しかし、炎はまだ怒り治まらぬとでも言うかのように燃え続けている。
「……終わり、ましたか」
 青ざめた顔で、ネイと、未だ燃えている怪物を交互に見遣っていたニニルが一つ息を吐く。
 その呟きに答えて、ネイは首を振った。 ――横に。
「いえ、まだです…… ニニルさん、ご主人様と一緒に下がっていてください」
 言って、血歌の盟約を構えるネイ。
 その視線の先――炎に包まれている怪物は、あれだけ苦しげに叫び声を上げてのた打ち回っていたのが嘘のように、ゆっくりと身体を起こした。
「け、は、は、けけけけけけけ!」
 炎に包まれたままの口から、高温の吐息と共に笑いが漏れる。
 不意に、その輪郭が崩れ始めた。
 塵になった――のではない。炎に包まれた輪郭は、その大きさを加速度的に増していく。
 炎の怪物は、あっという間に背の丈二メートルを超えた巨人となった。
「け、け、け、いくぞぉ、娘っ子!」
 声と共に、口から炎の息が漏れる。
 まさか、ネイの血を吸った事で、炎と共存出来るように進化したとでもいうのだろうか。
 あまりにもファンタジーに過ぎるが、そうとしか思えない変遷だった。
「……来なさい!」
「らあああああぁぁぁっ!」
 雄叫びを上げて、怪物が拳を振り上げる。
 ただの拳ではない。十分に離れていても激しい熱気を感じるほどの炎を纏った、灼熱の一撃だ。
 それを、ネイは血歌の盟約で迎撃する。
「っ、ぐ!」
 下から上へ振り抜いた血歌の盟約と、上から下へ突き下ろした拳が直撃する。
 瞬間、凄まじい炎が炸裂した。
 爆弾の爆発に似た衝撃に、両者が共に弾かれる。
 先に回復したのはネイ。弾かれた腕を振り上げ、背中の翅を強く輝かせて跳躍する。
 怪物の顔面目掛け、縦に一撃。
「はあっ!」
「ぬうん!」
 遅れて衝撃から回復した怪物が、すんでのタイミングでネイの一撃を丸太のような腕で防ぐ。
 またもや小爆発。衝撃でお互いが弾かれ合い、
「けはあああああぁぁぁ!」
 その隙を逃さぬとばかりに、怪物が凄まじい呼気と共に炎を吐いた。
 噴き出した炎は一瞬でネイを包み、しかし何事もなく彼女の背後へと抜けて空気を焦がす。髪の毛一本たりとも焦げた様子はない。
 一瞬冷や汗を掻いたが、よくよく考えれば炎だけで一撃が通る訳がないのだ。
 そう、お互いに。
「せいッ!」
「うらあッ!」
 再び血歌の盟約と炎の拳が激突する。
 双方、威力も速度もほぼ同等で、お互いに全く譲っていない。
 これでは消耗戦だ。先に腕を振るえなくなった方が敗北する、体力勝負。
 そしてこの戦いは、身体の小さいネイが不利なように俺には見えて――実際、その通りだった。
「く、っ!」
 また衝突。
 だが、最初に比べてネイが反動から回復する速度は明らかに落ちていた。
 怪物の攻撃に血歌の盟約を合わせるのが精一杯といった様子で、完全に後手に回っている。
「まずいですね」
 同じ結果を予想したのか、ニニルも呟く。
「攻撃の相殺一回に付き、相当量の妖精炎が飛んでいます」
「じゃあ、このままではいつか尽きて?」
「そう、なると思います。恐らく血を吸われた時に、かなりの量の妖精炎を奪われたのでしょう。それが痛いです」
「君からの援護は?」
「無理、ですね…… あの強さの妖精炎の衝突し合いとなると、私の妖精炎魔法では援護すら出来ずに弾かれます」
 二撃、三撃。
 翅で飛ぶ事を止め、地面に靴をめり込ませて着地したネイが、横薙ぎに血歌の盟約を振るう。
 その軌道はネイに向かって飛んで来ていた炎の拳を横から殴りつけ、攻撃を中断させる。
 爆発、反動――ネイが衝撃から回復する前に、怪物はもう拳を振り上げている。
 防御しなければ、間に合わない。
 それでもネイは動けなかった。
 体力が限界を迎えたのだろう。血歌の盟約を振り上げようとしたところで、動きが止まってしまった。
 もう、間に合わない。
「けるあああああぁぁぁ!」
「――ネイ!」
 その瞬間は、やたら時間が遅く感じられた。
 炎を纏った灼熱の拳がネイに迫り、彼女はなすすべなく血歌の盟約の柄で防御の体勢を取って、
 こちらを一瞬だけ、一瞥して――
「があっ!?」
 突然、怪物の拳が爆発した。

「――え?」
 その瞬間は、何が起きたのか分からなかった。
 怪物は明らかな痛恨の一撃を受けて、よろよろと後退する。
 そこへ、再び爆発が起きた。
「ぐあッ!」
 今度は左腕の付け根。
 血歌の盟約と拳の衝突とは性質の違う――小規模ではあるが、圧倒的に密度の違う爆発。
 爆破の後は肉が抉れ、茶色い骨のようなものが覗いている。
「く、誰――」
「わらわじゃよ、この下種が」
 怪物の漏らした声に、答えたのは威厳のある老獪で、しかし若い声。
 誰か間違えるはずもない。気付けば、俺とニニルの隣にヅィとシゥ、ピアが立っていた。
 三人ともに、翅を生やし武器を手にした戦闘態勢。
「貴方ですか。我々一族だけでなく、ご主人様にも害を成そうとしたのは」
 落ち着き払った、しかしよく通る声でピアがそう口にした。
 かつてないほど鋭い視線が、一直線に怪物を見据えている。
「け、は、は、小せぇ娘っ子が、何を――」
「答える能もないようですね」
 怪物の声に、即座に言葉を割り込ませるピア。
 一つ息を吐いて、俺を見て、ネイを見て、怪物を見て――
「では、死になさい」
 そう宣告した。
 瞬間、傍に無言で控えていたシゥが動いた。
 瞬時に怪物との距離数メートルを詰め、下段から氷の剣を一閃する。した。
「ぐうッ!?」
 目にも留まらぬ、防御も回避も出来ない一撃。
 斬られながら怪物は数歩後退して、その手に炎を宿す。
 シゥは動かない。相手に反撃を許すように、剣を振り抜いた姿勢で硬直している。
「らあああああぁぁァ!」
 雄叫びと共に、炎の拳をシゥに打ち込む。
 そこでシゥは動いた。瞬時に攻撃体勢を完了し、拳に合わせて一閃。
 怪物の拳から爆発が生まれ、氷の剣を爆砕する。
 反動と共に氷の礫が四散し、怪物が続く攻撃の為に腕を振り上げ、
「っせぇッ!」
 そこを、既に反動から回復し氷の剣を再生して再度の攻撃体勢を整えたシゥの一撃が見舞った。
 腕が千切れ飛び、
 もう片方の腕が爆発し、
 脇腹の半分が断たれ、
「死ね」
 吐かれた炎の息と共に、怪物の頭が胴体に別れを告げた。
 状況を仔細に観察するまでもない、圧倒的な勝利だった。

「あ、が…… こんな、くそ、が……」
 頭だけになっても、怪物は喋る。
 巨大化する前よりも小さくなった怪物を、俺を含めて六つの視線が見つめていた。
「言い残す事はそれだけかの」
 金色の錫杖ノーガンウェモルを怪物に突き付け、最後の言葉を掛けるヅィ。
 怪物は一瞬震えて、それでも口を歪めて言葉を並べる。
「けは、けはは……! 紫の娘っ子よぅ…… 今度は、お前さんを、喰ってやる。青いの、お前もだ……!」
 言い終わって、けっけっけ、と声高に笑うと、怪物は突然その動きを止めた。
 ややあって、輪郭がぶれる。
 怪物は歪んだ笑いのまま、その顔を黒い砂のようなものへと変じさせていった。
 地に伏した胴も、千切れた両腕も。
 生まれた黒い砂は宙に寄り集まって、一つの形を形成していく。
「これは……」
 それは、一枚の紙片。
 黒い砂が宙に寄り集まって完成した黒い紙片は、次の瞬間に白へとその色を変じて、ふわりと空気に舞った。



「……何なんだろうな、これは」
 部屋に戻って洋室のベッドに腰掛け、白の紙片を手にそう呟く。
 紙片は紙だか布だかよく分からない手触りをしていて、片面には筆で達者な文字とよく分からない図形が書かれている。
 お札に似ている気はするのだが。
「これは、符術に似ておるの」
「符術?」
 俺の背中から手元を覗き込んできたヅィに、鸚鵡返しで問う。
「うむ。幻影界にある魔術の一種でな。紙や皮などに予め術式などを書いておくのじゃ。後は投げ付けるだけで発動する」
「じゃあ」
「似ておる、と前置いたじゃろ。この達筆すぎてよう分からぬ文字が術式なのじゃろうが、これは幻影界にはない文字じゃ。それに符術は通常使い捨て。このように元に戻りはせぬ」
「そうか……」
「気が済んだら戻しておくがよい。何の拍子に再召喚してしまうか分からぬでな」
「そうだな」
 言われて、俺は小瓶に紙片を入れ、蓋を強く閉めた。
 俺の握り拳ほどの大きさのこの小瓶はミゥの持ち物で、魔力や妖精炎が入り込まないようになっているらしい。本来は特殊な薬品を保管する為のものなのだとか。
「そう言えば、よく俺達の場所が分かったな」
「あれだけ派手に妖精炎を行使しておれば流石にの。間に合って本当に良かったわい。流石のミゥでも精神面の治癒はそう容易にはいかんからな」
 そこは主頼りじゃ、とからから笑うヅィ。
「では、後は頼んだぞ、悠。あ奴の性格からして、思い切り泣き付いて来るじゃろう。慰めて、ついでに手篭めにしてしまうがよい」
「手篭めって、なぁ」
「それがネイの為じゃ。くふ、六人制覇の祝いは準備しておく故、安心せよ」
 笑みを残してヅィが洋室を出て行く。
 一つ息を吐いてベッドに寝転がると同時、控えめに洋室の扉が叩かれた。
「……どうぞ」
 ネイの姿を思い浮かべながら、そう声を掛ける。
 ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、やはりネイ。
 湯上がりなのか、髪はしっとりと濡れ、タオルをその身に纏っている。
 露出した肩に傷跡はもうない。その事に安堵しながら、言葉を紡ぐ。
「どうした? ネイ」
「……」
 返事はない。
 顔を俯かせたまま、扉から一歩の所でじっと立っている。
 よく見れば、その小さな身体は小刻みに震えているようだった。
「こっちにおいで、ネイ」
「……は、い」
 そう手招きすると、一瞬の間の後に返事が返ってきた。
 上体を起こし、ベッドに腰掛ける。隣を示すと、ネイもゆっくりとやってきて俺の隣に腰掛けた。
「肩、綺麗になったな」
「は、い」
「良かった。痕になってたら大変だからな」
 ネイの頭を撫でる。少し濡れた赤の髪は、手触りを損なっておらず心地がいい。
 しかし、しばらくされるがままだったネイは、不意にベッドから降りてやや早足で部屋を去っていこうとする。
「ネイ」
 すんでの所でその腕を捕まえると、呟くような声で抵抗があった。
「済みません、放してください」
「どうして」
「だって、私、ご主人様に、触って貰えるような、資格、なっ……!」
 最後の言葉は嗚咽となって零れた。
 無理やり抱き寄せる。彼女の頬には涙の跡があって、紅玉の瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「そんな事ないだろ」
「でも、私、汚れて」
「汚れてなんかない」
 何ともお決まりの台詞に内心苦笑しながら、彼女の涙を拭う。
「落ち着いて。ネイは汚れてなんかない。綺麗なままだ」
「っ……」
 泣き顔の彼女にそう言って聞かせると、ややあって顔を俺の胸板に押し付けてきた。
 未だ涙が溢れているのか、服が濡れる感覚がある。
 しかし構わずに、俺は彼女の頭をしばらくの間撫で続けた。
「……は、は。やっぱり、私は駄目ですね」
 ややあって漏れる、そんな自虐的な声。
「何が駄目なんだ?」
「だって、昼間にあんな事言っておいて、こんな様……」
 切っ掛け、の話か。
 会話の内容を思い出し、俺はあえて笑う。
「丁度いいじゃないか」
「丁度、って」
「じゃあ言うぞ。ネイ、俺は君が好きだ。君が欲しい。いいかな?」
 問いに、ネイは顔を上げて俺を見つめた。
 まるで、信じられない、とでも言いたげな顔。
「信じられない、って顔だな」
「あ、いえ、その」
 あまりに分かりやすい反応だったので反撃してみると、ネイは頬を染めて言葉にならない呟きを発し、慌てて目を逸らした。
 俺は小さく笑って、答えを促す。
「駄目か?」
「い、いえ。そんな、事は。でも、私は」
「だから汚れてなんかないって。どうしても気になるなら――」
 ネイの身体をしっかりと捕まえて、露出した肩に口を寄せて、
「あ、え、何を」
「こうする」
「――っ!?」
 舌を伸ばして、つう、と肩から首元までを鎖骨に沿って舐めた。
 舌先に感じるのは、高めの体温と、仄かに甘い彼女の汗。
「ん、あ、駄目、です……!」
「いい舌触りだ。ん、ネイは美味しいな」
 言葉だけで、ネイは俺の舌を行動で拒絶しようとはしない。
 微動だにせず、ただ俺に舐められるがままだ。
「そ、そんな、駄目です、食べちゃ……」
「駄目か?」
「駄目とか、そんな…… っあ!?」
 鎖骨を甘噛みし、湯上がりの柔らかな身体に唾液を塗りたくる一方、ネイの身体を包むタオルの中に手を忍ばせていく。
 脇腹に触れ、上がって肋骨を撫でる。と、今度は少し抵抗があった。
「やっ、駄目です、胸は」
「何で?」
「その、私、胸なくて、触っても、硬いだけですから」
 確かに、ネイの胸はお世辞にも豊満とは言えない。ミゥやヅィと比べると悲しいほどだ。
 しかしながら俺は巨乳好きという訳ではない。だから無視して触れた。
「んっ、駄目です、駄目ですってば……!」
「まあそう言うな。それに、揉めば大きくなるらしいぞ」
「え…… んっ、本当、ですか?」
「嘘を吐いてどうする」
 ……本当のところは、大きくなるかどうかは分からないそうだが。
 俺の言葉に希望を持ったのか、抵抗が弱まる。
 その隙に、ゆっくりと円を描くように、彼女の小さな乳房を撫でていく。
「っ、ふぁ……」
 漏れる、心地よさげな吐息。
 たっぷりと時間を掛けて刺激してやると、その息も徐々に荒くなってくる。
 俺は舐める場所をネイの首元、鎖骨の根元辺りに移動させながら、片方の手をネイの閉じた太腿の間に差し込んでいく。
「あ、っ、や……」
 縦筋に触れると、ぬちりとした粘性のある液体の感触があった。
 同時、ネイから抵抗の声が上がるが、太腿を閉めて俺の手を邪魔する訳でもなく、動こうとはしない。
 ならばと、指の腹で縦筋を割って、柔らかい秘肉を撫でる。
「あ、んっ、あ、あ、い……」
 ネイの小さな身体が小刻みに震え、俺の太腿を掴む手に力が篭る。
 反応から、自慰に慣れているな、とは思ったが、ネイ相手に口にする事はない。
 何度も往復して擦ってやると、縦筋の端から愛液がとろりと零れるのが分かった。
「そろそろ、いいか?」
 ネイの長い耳にそう囁く。
 もう息をするのに精一杯といった様子のネイは、俺の言葉に、ごく、と唾と息を呑むと、小さく頷いた。
 脇を抱えて、ネイの身体を俺の身体と向かい合わせる。
 その拍子に、彼女の身体の半分を覆っていたタオルが落ちて、ネイの裸身が露になった。
「あ……」
 ノアほどではないが、決して肉付きがいいとは言えない細い身体。
 乳房もあまりない所為で、凹凸の目立たないプロポーションになってしまっている。
「見ちゃ、だめです…… 貧相な、身体ですから」
「ネイはネイだ。気にする事なんかないさ」
「……ありがとう、ございます。ご主人様」
 手を俺の胴に回して、きゅっと強く抱き付いてくるネイ。
 小さな声だが、確かに了承があった。
「私の初めて、奪って下さい」
「分かった」
 短く答えて、ズボンの中から既に硬くなっているモノを出す。
 先端をネイの縦筋に宛がうと、んっ、小さな声を漏らした。
 ぎゅっと目を瞑っていて、襲ってくるであろう痛みに耐えようとしているのが分かる。
「いくぞ」
「はい…… っ、あ、いっ……!」
 濡れた縦筋をモノの先端が割り、そのまま小さな膣口へ突き立っていく。
 ぐ、と肉を押し広げる感触。
「あ、ぐ、いっ、っ――!」
 途中、軽い抵抗があって、しかし構う事なく突き破った。
 一旦ネイの胎に俺のモノの形を覚えさせなければ、いつまで経っても辛いままだ。
 だから、一息に最奥まで割り開く。
「――っ、あぐッ! っは、はぁ、はぁ…… 入り、ましたか?」
「ああ」
 モノの先端が彼女の最奥を押し上げて止まった。
 余りは三分の一ほど。
 軽く動かすと、彼女の下腹が動きに合わせて小さく盛り上がるのが分かる。
「すごい、ですね…… これが、ご主人様の、なんですか」
「大丈夫か?」
「はい、ちょっと苦しいけど、大丈夫です…… ご主人様は、どうですか? 私の身体……」
 ネイが苦しげに息を吐く度、きゅっきゅっと締まる彼女の膣。
 加えて、高い熱を持っているのか、モノ全体が非常に暖かい。
「気持ちいいよ。ネイの中」
「っ……」
 ネイの顔を見つめてそう返すと、彼女は真っ赤になって俺の胸に顔を埋めた。
 返された後で恥ずかしい質問だと気付いたのだろう。俺はそんな彼女に可愛さを覚えながら、再び愛撫を再開する。
「あっ、は、っく、はぁ、あ、あっ」
 尻を抱えて円を描くようにさわさわと撫で、広がってモノを咥え込んだ縦筋の上、淫核に触れる。
 初めてのネイに合わせるように、強過ぎず、弱過ぎない快感を与えていく。
「気持ちいい?」
 問うと、ネイは俺から視線を逸らし、頷く。逸らしたその顔はとても赤いのだろう。
 今更恥ずかしがっても、と思うのだが、これはこれで可愛い。
「っあ、あっ、ひ、ふあ、あっ、は、んんっ」
 快感を否定するように頭を振るネイ。
 そろそろ頃合かと、愛撫の中にモノの動きを加えていく。
 僅かに眉が歪むが、すぐに愛撫の快感に打ち消されて声を上げるネイ。
 そうして徐々に腰の動きを大きくしていく。
「く、ああっ! あ、あく、はっ、ひっ! あ、あ、あっ、は」
「っ」
 やはり処女肉の締まりは強過ぎる。
 ネイの綺麗な喘ぎ声を聞きながら、俺はあっという間に射精まで到達しようとしていた。
 腰の動きを抑え目にして、必死に我慢する。
 喘ぎの声色からして、初めてでもネイは達する事が出来る筈だ。
 ならば、せめて一緒に。
「あ、あ、あっ、あっ、んんッ…… く、あッ! ひ、は、あ、あッ、あッ、は、あッ!」
 俺の身体に強くしがみ付き、喘ぎに合わせて小さな額をぐりぐりと強く押し付けてくるネイ。
 こちらも片手で彼女を抱き締めながら、もう片方の手で、すっかり硬くなった淫核を潰すように撫でる。
 それに合わせて、濡れた膣肉の絡み付いてくるモノを、浅く前後させ――
「あっ、んっ、あ……! おちんちん、気持ちいいですッ……! ごしゅじんさまの、おちんちんッ……! あああッ!」
 感極まったようにネイが叫ぶ。
 気付けば、腰を動かしているのは彼女の方だった。
 もう完全に痛みはないのか、モノの先端を自らの最奥に押し付け、腹が歪に膨らむのも構わずに刺激を求めてくる。
 ただでさえきつい締まりに、彼女の激しい動きと合わさって僅かな痛みを覚えながら、俺は脳裏が白くなるのを感じた。
「っ、ネイ、出る……っ!」
「っあ、あ、あっ、あッ……! あああああぁぁぁッ……!」
 俺が達すると同時、ネイも達した。
 ぎち、と一際強く締まった小さな膣内に、多量の精液を吐き出していく。
 ネイはそれを、緩やかな吐息を漏らしながら貪欲に飲み込んでいく。
「っ、あっ…… あ、はぁ…… あー、っ」
 俺にしっかりとしがみ付き、精の脈動を噛み締めるように、注がれるのに合わせて小さく膣を締めるネイ。
 凹凸の少ない身体の、下腹がゆっくりと膨らんでいく。
「あ、は…… せいえき、すごい…… ごしゅじんさまのが、私の中に……」
 ネイは心地良さそうな吐息を漏らし、膨らんだ下腹を撫でてそう呟いた。
 その視線は僅かに焦点が合っておらず、虚ろなものを感じる。
 俺は急に不安になって、そっと声を掛けた。
「……ネイ?」
「はい……」
「ネイ、大丈夫か?」
「……は、い……? ……え、は、あ、ご、ご主人様?」
 声を掛けるのに合わせてネイの視線が正常なものに戻り、途端、うろたえ始めた。
 視線が合って、何をしている最中なのかを思い出したかのように一秒足らずで顔が真っ赤になり、視線が逸れる。
 まるで、夢でも見ていたかのような反応だ。
「どうした?」
 苦笑して、そう声を掛ける。
 ネイは長い耳の先まで真っ赤にして、恥ずかしげに呟いた。
「あの、その、私、たまに意識飛んじゃう事があるようでして……」
「ほう…… ネイは気持ちよくなると、ああなるのか」
 どうやら絶頂手前の三十秒ほどでトリップする癖があるらしい。
「あ、ああなるって…… な、なにかヘンな事言ってましたか……?」
「いや、別に? 普通の事しか喋ってなかったよ」
 おちんちん気持ちいい、というのは行為の最中ならまあ普通の台詞だろう。嘘は吐いてない。
 俺は小さく笑いながら、ネイの赤い髪を撫でた。
「う、うぅ…… 絶対何か言ってましたよね? 私」
「いやいや。俺も気持ちよかったよ、ネイの身体」
「っ……」
 恥ずかしさに目一杯視線を逸らすネイ。
 けれども彼女の小さな身体はしっかりと、痛いぐらいに俺に抱き付いてきていて、それがとても暖かく、心地よかった。 

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No title

更新お疲れ様です
とうとう今回でネイも毒牙に・・・・・(笑)
そういえばニニルの属性って何なんでしょう?
他は火とか水とかで分かるのですが・・・・^^;

No title

更新オツカレサマデス
なんかニニルが大ポカしそうで今からwktk
色々散布してるアレらの回収をニヤニヤしつつ待機

四月一日勇鬼

今回もとっても面白かったです^^
ネイが甘~いのが大好きなのが可愛すぎてよかったです!
いや~なんか可愛いです!可愛い!ニヤニヤfがとまりませんw
なにやら面白そうな事件も発生して自次回が楽しみです!

すごく面白いです。
ふと思ったんですが…。これはロリコンになるんですか?幼児並みの身長だけどプロポーションはそうじゃありませんよね?

No title

完成お疲れ様です
とうとう6人制覇しましたねwww
やっぱネイいいですね^^
プロフィール

fif

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