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フィフニルの妖精達07「紫電の想い」

「のぅ、我が主よ」
「ん?」
「暇じゃ」
「……そう言われてもな」
 朝、八時半。
 朝食のパンを齧っていた俺に、紫の妖精――ヅィはそんな事を言い放った。
「主から頼まれる仕事も最近は慣れて、すぐに済むからの。暇でしょうがないわぃ」
 腰まである、美しい紫電の長髪を弄りながらそう言う彼女は本当に暇そうだ。
 確かに、俺一人の家事手伝いに六人もいれば飽和状態になるのは当然の事かもしれない。
「それに殆どはピアとミゥ、ノアがやってしまうからのぅ。何かわらわにしか出来ない、任せられない仕事などないものかの?」
「そんなのがあったらとっくに頼んでるさ。済まないな」
「じゃろうな。言ってみただけじゃ。気にするでない」
 言って、小さく欠伸を噛み殺す彼女。
「何か本でも買ってきてやろうか?」
「いや、主に金銭的負担を掛ける訳にはいかぬ。それに今は本を読みたい気分ではないの。身体を動かしたい気分じゃ」
 ふむ、と俺は彼女の小さな身体を見つめる。
 安易に外に出る事の出来ない彼女達にとって、身体を動かしたい、というのは自力では叶え難い難問だ。
「学校が終わったら何処かに行くか?」
「それはなかなか魅力的な提案じゃの。主と一緒なら危険も減るじゃろうしな」
「ん、それなら――」
「駄目です」
 と、散歩案が纏まりかかったその瞬間、聞き覚えのある声が会話をぶった切った。
 振り向くまでもない。彼女達を取り纏める白の妖精――ピアの声だ。
「ヅィ、貴女は自分の今の状況が分かっているのですか?」
「分かっておるよ」
「ならご主人様の負担を大幅に増やしかねない我侭は止めなさい。それに貴女がご主人様と外に出掛ける、なんて言ったら、ミゥも付いていくとか言い出すに決まっているのですから」
「そうじゃのう」
「俺的には全然構わないんだが、二人でも」
「しかしご主人様、許可しますと、ミゥに続いてシゥも、ネイも、という事になりかねませんから」
「お主も勿論行きたいしのぅ、ピア」
「黙りなさい」
 くっく、と笑いながらピアの本心を突いたヅィを、ピアは顔を少しばかり赤くしながら睨む。
 そんな光景を見て小さく笑うと、俺は時計を一瞥した。
「そろそろ時間だ。行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「気をつけてな、我が主」
 二人に見送られ、俺はリビングを抜けて玄関を出た。
 途端、蒸し暑い、夏真っ盛りの日差しが俺を照らす。
「さて、行くか」
 誰にともなく呟き、通路を行く。
 ――そんな今日、あれほどの出来事が起こるとは、俺はこの時点ではまるで予想していなかった。


 チャイムの音と共に、一限目が終了する。
 途端、弛緩した教室内の空気に誘われ、俺は一つ伸びをした。
「悠」
 と、聞き覚えのある級友の声が耳に通る。
 振り向くと、何やら面倒くさそうな顔をした信也の顔があった。
「何だ?」
「ちょっと来てくれないか」
 言って、俺の返事も待たずに教室を出て行く信也。
 後を追って廊下に出ると、廊下の突き当たりにある空き教室の前に信也は立っていた。
「何なんだ、一体」
「ああ、ちょっと先生からの頼まれ事なんだが」
 言いながら、信也は懐から取り出した鍵で空き教室の扉を開ける。
 二人揃って中に入ると、やや埃臭い空気が鼻を突いた。
 中はカーテンが閉まっていて薄暗く、様々な物が所狭しと積まれていた。
 信也はその一角にある、古ぼけたパソコン数台を軽く突付いて、
「これをエレベーター前まで運び出してくれってさ。頼めるか?」
「……仕方ないな」
 ぼやきつつ、パソコンの前に立つ。
 ディスプレイと本体で一セットのようだが、ディスプレイは箱型だし、本体も旧型のせいか今時の物より一回り大きい。
 まぁ言っても始まらないが。
「信也、お前はそっちから頼む。俺はこっちから運ぶ」
「おっけ」
 山の右側と左側に別れ、取り敢えず一台目に手を掛ける。やはり重い。
 信也を見ると、流石というかなんと言うか超インドア派の俺とは違い、軽々と本体を担いでいた。
「っ、よっと」
 負けていられず、足に力を入れてディスプレイを持ち上げる。
 軽くふらついたが、ゆっくり行けば問題ない重量だ。
 そのまま教室を出て、エレベーターホールへと向かう。
 途中、同級生の視線に見送られながら、ディスプレイを運び終えた。
 ひとつ息を吐いて、来た道を折り返す。
 扉のところで早くも二つ目を運び出している信也とすれ違って、俺は再び埃臭い教室へと戻った。
「……」
 ふと、俺が担当するであろう一角をじっと見つめて、急激に疲労感が増す。
 あと七往復。終わった時には休み時間はほぼ残っていないだろう。
 信也に対する呪詛を少しばかり吐きながら、俺は先程のディスプレイの片割れの本体へと手を伸ばし――
「難儀しておるのぅ、我が主よ」
 ――なんていう、この場に聞こえてはならない、歳若い、しかし老獪な口調の少女の声がした。
 背後を振り向く。
 俺の三分の一ほどしかない小さな身体。しかし十分に女性としての形を持った容姿。
 腰まで伸ばした艶やかな紫電の髪に、強い意志を秘めたアメジストの瞳。
 朝に言葉を交わした紫の妖精、ヅィが何故かそこに立っていた。
「ヅィ? どうしてここに?」
「あまりにも暇での。飛び出して来てしまったのじゃ」
 笑いながら言い、羽を顕現させるヅィ。
 紫の燐光が散って、幻想的な淡い光が薄暗い闇を照らす。
「誰かに見られたら――」
「大丈夫じゃ。この建物全体に特殊な魔法を掛けたでの。見て驚きはしても、すぐ忘れてしまうじゃろう」
 からからと実に愉快そうに笑うヅィ。
 どう言ったものか迷っていると、携帯の着信を知らせる振動が腰に響いた。
『ご主人様!? あの、その、ヅィが――!』
 通話を押した途端、耳に響くネイの慌てた声。
 俺は面白そうな笑みを浮かべているヅィを見て、一つ息を吐いた。
「大丈夫だ。今こっちにいる」
『え!? あ、そ、そっちにいるんですか? ヅィが?』
「ああ」
 言うと、何やら受話器の向こうでどたばたと騒がしい音がした後、電話の主が変わった気配があった。
『ご主人様、申し訳ありませんが、ヅィに……』
「分かった」
 実に申し訳なさそうな声は予想通り、ピアのもの。
 携帯をヅィに手渡し、彼女がそれを耳に当てた瞬間、離れていてもよく分かる怒声が響いた。
『何やってるんですか貴女はッ! 今朝に釘を刺したでしょう! しかもご主人様の許可も取らずにッ!』
 ヅィが思わず顔をしかめ、携帯を耳から遠ざける。
 それほどまでに、受話器越しでもよく通る怒声だった。
「すまんのー。どうにも我慢できなくての」
『すまんで済むと思ってるんですかッ!?』
「思っておらぬ」
 どうやら本気で切れているらしいピアに、ややふざけた調子で返答するヅィ。
 受話器の向こうから小さく、ピア、声、声、などというネイやシゥの声が聞こえてくるのがややシュールだ。
『――ッ! そこで待っていなさい! 今すぐその首根っこ捕まえて――』
 と、そこまで怒鳴った途端、受話器の向こうで再び騒がしい音。
 再び電話の主が変わった気配があって、
『ヅィだけずるいですー! ボクも行きますー!』
 なんていう、もう誰かを確認するまでもない、妙にのんびりとした怒声が響いた。
 思わずヅィと顔を見合わせ、携帯を受け取る。
「……ミゥ、流石にミゥまで学校に来られるのは困る。何かあった時にカバーしきれない」
『でもご主人様、ボクもずっと我慢してたんですよー!?』
「それは分からないでもないが…… 駄目だ」
 うぅー、なんていう悲痛な唸り声。
 俺だって我慢してるんだから。シゥは黙っててください。ボクもご主人様の通ってる学校を見に行きたいんです。
 ――なんて、受話器の向こうでのやり取りが聞こえた後、再び電話の主が変わった気配。
『ご主人様、誠に申し訳ありません……』
「いや、一人ならまだ何とかなるだろう。大丈夫だ」
『しかし……』
「だから、そんなに怒らないでやってくれ。君達が喧嘩している姿は見たくない」
『……はい。申し訳ありません。ヅィを宜しくお願いします』
 失礼致します、と言って通話が切れる。
 ひとつ息を吐いてヅィを見る。全く悪びれた様子のない彼女に、俺は再び息を吐いた。
「迷惑じゃったかの?」
「そうじゃない。君の安全が保障できないから、非常に不安なんだ」
 例えば、と呟いて、部屋の扉に目を向ける。
 そろそろ戻ってくるはずだ。あいつが。
「例えば?」
「例えば、この世の中には君達のような妖精の存在を、見た事もないのに熱心に信じていて、かつ愛でたいと思っている輩がいる」
「は?」
 彼女がそう呟いた瞬間、部屋の扉が開いた。
 級友、佐藤・信也は埃臭い空き教室に再び足を踏み入れようとして、一歩目で停止した。
 その前には、信也を見上げるヅィ。
 両者はしばし見つめあって――不意に信也は頭を掻きながら俺の方を見た。
「なぁ悠。俺の目の前に妖精さんがいるように見えるんだが、ひょっとしてこれは俺の夢か?」
「かもな」
「そうか」
 信也は再びヅィに向き直り、
「――妖精さあああああああぁぁぁん!」
「ぬおッ!?」
 ル○ンも驚きの見事なダイビングを開始した。
 瞬間、超絶的な速度で顕現したヅィの錫杖が、飛び込んできた信也を迎撃する。
 部屋に響いた鈍い打撃音と共に、信也の身体はボロ切れのように床を転がった。
「な、なんじゃこやつは……」
「俺の級友だ。佐藤・信也。趣味は察してやってくれ」
 取り敢えず両手を合わせておく。
 直後、信也は何事もなかったかのように勢い良く上体を起こした。
 息を詰まらせて、僅かに後退するヅィ。
 彼女を見て、再び信也は俺に視線を向けた。
「なぁ悠」
「なんだ」
「ちょっとしばいてくれるか」
「……了解」
 信也の元に歩み寄って、その頬に思い切り張り手を見舞う。
 小気味いい音がして、信也の目線が揺れる。
 それが落ち着くと、信也はゆっくりと立ち上がった。
「落ち着いたか?」
「ああ。で、彼女は誰なんだよ、悠」
 目を輝かせて聞いてくる信也。
 俺はヅィを一瞥し、口を開いた。
「ヅィ。妖精だ。訳あって俺のところに住んでいる」
「お前のところに!? いつから!?」
「一週間以上前からだ」
「ま、まさか最近弁当を持ってくるようになったのは……」
「そのまさかだ」
 言うと、信也はぶつぶつと何かを思案するように呟いて、
「どうやったら来るんだ!? 妖精さんが、俺の家にッ!」
「知らん」
「なら、彼女を貸してくれッ! 少しだけでもいいから!」
「彼女はモノじゃないぞ」
「ああそうか、俺のアホ! 悠に交渉しても意味がねぇ!」
 壮絶な勢いで苦悩した後、信也はがばりと床に伏せ、ヅィに目線を合わせた。
 本能的な恐怖を感じたのか、一歩下がる彼女に信也は早口で言う。
「ヅィちゃん、俺のところに――」
「い、嫌じゃ」
 即座に断るヅィ。
 信也はがくりと肩を落とし、しかしそれも一瞬。生の妖精さんが見れただけでもいいや、と何やら彼女を拝み始めた。
「……まぁ、こういう奴もいるわけだ。これ以上もな。分かったか?」
「……よぅ分かった」
 ヅィを拝み始めた信也に、どうしたものかと信也と俺を見るヅィ。
 俺は二人を見て、本日何度目になるか分からない溜息を吐いた。


 ――いかん。これは、うざい。
 昼休みに入り、彼女や信也と一緒に食堂で昼食を取るに当たって、俺は本気でそう思い始めていた。
 勿論、彼女や信也の事ではない。遠巻きにヅィを見つめる外野達の事だ。
「見物人が多いのぅ」
「ヅィちゃんが珍しいからだよ。可愛いし」
「ふむ。まぁ満更ではないの」
 誰、あの娘、とか、マジ? だとか、ちっせぇなー、等々。
 無数の呟きが周囲から聞こえてくる。
 正直、食事の邪魔である。
「――済まぬな。我が主は食事中に騒がしいのは嫌いじゃったの」
「いや、大丈夫だ」
 顔に出ていたのか、ヅィが申し訳なさそうに言う。
 俺が無理やりに小さく笑いを作って返事をすると、何が意外だったのか信也がほぅ、と声を漏らした。
「知ってるかヅィちゃん」
「何をじゃ?」
「悠はな、滅多に笑わないんだぜ。愛想笑いなんか特に。親切だし、気のいい奴なんだけどな」
「ほっとけ」
 確かに、彼女達の前では自然に笑える事が多い。
 基本的に来る者は拒まずのスタンスを取っているが、笑いかけた事のある相手はあまり多くはない。
「そうなのか?」
「ああ。俺もあまり見た事ないな。姉貴の前では比較的良く見てたけど」
「ほう……」
 言って、彼女特有の、人を喰ったような笑みを浮かべ、俺を見るヅィ。
 なんとなく恥ずかしくなって、俺は平常心を装いながら弁当をかき込み始め――
「何か騒がしいなーと思ったら…… 可愛い子じゃない、ゆーくん。これが噂の新しい彼女?」
「げ」
「ぬ?」
 と、そこに聞き慣れた――温和で、しかし少しからかうような調子の――声が耳に入ってきた。
 同時、両の頬を暖かい手が撫でる。
「先輩ですか。何故ここに?」
「通りがかっただけなんだけど、あんまりにも騒がしいから覗きに来たの」
 空になった弁当箱を置き、ほぼ真上を見遣る。
 後頭部が先輩の柔らかで豊満な乳房に埋まる感覚と同時、真上から俺を覗き込む先輩と目が合った。
 長く艶のある黒髪が俺の額を撫でる。
「で? この子が私の推理した新しい彼女? んー、流石にゆーくんが愚弟と同じ妖精さん属性じゃ勝てないかなぁ」
「違います。色々な意味で」
 佐藤・瑞希。
 信也が言うところのバカ姉貴だ。
「誰が愚弟だ、バカ姉貴」
「悪いものを悪いと言って何が悪いの。それより貴方、ゆーくんの彼女に変な事してないでしょうね」
「だから彼女ではありませんって。俺のところでお手伝いをして貰ってるだけですよ」
 そう弁明すると、ふぅん、と意味ありげな視線で俺を見る先輩。
「確かゆーくん、私がゆーくんの所にいた時も、お手伝いをーって夏美さんに言ってたわよね」
「確かにそんな事もありましたけど」
 見破ったり、と得意げな顔をする先輩。
 どうしてこの人はやたら人をくっ付けたがるのだろうか。
「まぁ冗談はこのぐらいにして。こんにちは!」
「うむ。元気な娘っ子じゃの」
 ぱっと明るい雰囲気に切り替え、ヅィに話しかける先輩。
 冗談云々はともかく、こういう切り替えの速さは素直に凄いと思うのだが。
「私は佐藤・瑞希。そこの佐藤・信也の姉です。ゆーくんがお世話になってるみたいで」
「いやいや。むしろお世話になっているのはわらわの方じゃて。名はヅィじゃ。宜しくの」
「こちらこそ」
 ヅィの小さな手と先輩の大きな手が握手を交わす。
 それが終わると、先輩は俺の頭を軽く撫でて踵を返した。
「じゃあ私はちょっと用事があるからこれで。ゆーくん、あんまり無茶しちゃ駄目よー?」
「何が無茶ですか?」
「さーねぇ?」
 言って、先輩が人込みを掻き分けて食堂から消える。
 俺がまたひとつ息を吐くと、ヅィは何やら笑みを浮かべて言った。
「さてゆーくん、何か面白いところはないかの?」
「……」
 俺は天を仰ぎ、再び息を吐いた。


 何とか四限目が終了し、俺とヅィ、信也は学校のエントランスにいた。
「なかなかの暇潰しになった。礼を言うぞ、ゆーくん」
「……ヅィ、頼むからそれは止めてくれないか」
「ははは。すまんの、我が主。 ――これでよいか?」
 からからと笑いながら言い直すヅィ。
 ……彼女はあまり先輩に会わせないようにしようと思う。
「信也とやらも世話になったの」
「いやいや、ヅィちゃんの為ならこれぐらい何ともない。むしろ一生お世話したいぐらいだ」
「それは遠慮しておく」
 すっぱりと断られ、少しばかり肩を落とす信也。
 これで少しは薬になればよいと思うのだが。
「じゃ、じゃあ今度悠の家に行っていいか?」
「あー……」
 ヅィに視線を向ける。
 彼女は少しだけ真剣な表情になって、首を振った。横へ。
「すまん、駄目だ」
「ぐっ……」
「そう気を落とすでない。また暇になったら遊びに行ってやる故」
「そ、そうか」
 そうだよな、会えなくなる訳じゃないもんな、と必死に自分を慰める信也。
 ……ヅィ以外に五人もいると知ったら、こいつ悶絶死するんじゃないだろうか。
「ではそろそろ帰るかの、我が主」
「だな。じゃあ信也、また明日」
「おうよ」
 学校のエントランス外で信也と別れ、反対側の道を行く。
 しばしヅィと並んで歩いていると、やや遠慮がちにヅィが声を掛けてきた。
「のぅ、主よ」
「ん?」
「その、あれじゃ。怒っておるか?」
 ヅィにしては、酷く自信のない声。
「怒るって、何をだ?」
「その、だからあれじゃ。主に無許可で付いてきてしまったじゃろ。その事じゃ」
「ああ……」
 何だそんな事か、と思う。
「そりゃ、怒ってないといえば嘘になるが」
「や、やはりか」
「まぁ、それは君達が心配だったからであるわけで。ミゥみたいな事が起きないとも限らないしな。何も起きなければ結果オーライだよ」
「結果おーらい、とな?」
「問題ないってことだ」
「そ、そうか」
 ふぅ、と安心の吐息が彼女から漏れる。
「繰り返すが、すまぬの。人間の世界には興味があっての。ノアから知識を得れば得るほどこの目で見たくなってしもうて、な」
「百聞は一見に如かず、というからな」
「そう、それじゃ」
 小さな笑みを浮かべ、ヅィが俺の二、三歩前へ出る。
「人間の世界は広いの。そして実に興味深い。わらわは――」
 実に、とそうヅィが言葉を続けようとした瞬間だった。
 俺の前へ出て、俺に視線を向けるヅィ。
 ふと視線を右に向けた俺は、その小さな身体の横、小さな路地から猛烈な速度で赤い車が突っ込んでくるのが見えてしまった。
「――ヅィ!」
「む――?」
 間に合わない。
 俺はそう咄嗟に判断して――


 どん、と。
 突然の浮遊感に攫われたヅィは、次いで猛烈な衝撃に襲われた。
「ぬ――!?」
 だが、それほど致命的な衝撃ではなかった。
 故に咄嗟に羽を展開し、空中で体勢を立て直す。
 速度を殺し切れずに硬い地面の上を転がったが、護服のお陰で傷も打ち身も貰う事はなかった。
「く、なんじゃ――」
 地面から視線を上げたヅィの視界に飛び込んできたのは、地面に横たわる我が主の姿。
 そして前面をそれなりに凹ませた車と、自分と同じように地面に転がる、主が背負っていたはずの荷物。
 そして、その一瞬の混乱をかき消す、猛烈なエンジンの音。
「ぬ、ま、待て――!」
 小さな彼女など目に入っていないかのように、車が走り去っていく。
 咄嗟に追おうとして、しかしヅィは思い止まった。相手などどうでもいい、まずは――
「主、主、しっかりせんか!」
 ヅィは地面に転がって微動だにしない主の元に駆け寄った。
 まるで壊れた操り人形のように、右手と右足が明らかにおかしな方向へ曲がってしまっている。
 そして黒い頭髪の中に滲む、多量の血。
「っ…… この、しっかりせぬか!」
 言いながら、ヅィは必死に考えた。
 周囲には何やら野次馬が集まり始め、遠巻きに何事かを口々に言い合っている。
 この状況では、魔法が――
「っ、ぐ……」
「主!? 大丈夫か!? しっかりせよ!」
 小さく身動ぎした我が主に、ヅィは再び声を掛ける。
 その瞳がうっすらと開かれ、小さく開いた口から弱々しい言葉が綴られる。
「ヅィ…… 君こそ、なんともないか……?」
「馬鹿者! わらわの心配をしておる場合か! 喋るでない!」
「あ、ああ…… それなら、いい……」
「うつけ! 何が良いものか! もう黙れ、喋るな!」
 ヅィの言葉に従ったのかどうかは分からなかったが、それきり彼女の主は瞼と口を閉ざした。
 しかし、彼の命の灯火が消えかけているのはもう明らかで。
「く……! ふざけるでない……! もうどうにでもなるがよいわ!」
 言って、ヅィは手を掲げた。
 その手の内に金色の錫杖が顕現し、同時、紫の羽が虹色の輝きを放つ。
 りん、と。
 錫杖の豪奢な飾りが澄んだ音を立て、その柄が強くアスファルトの上に叩き付けられた。
「我、ヅィ・パルミゥル・ウルズワルドが命ずる! 緑の力司りし精霊マヌスグの娘達よ、この地にその力、顕現せよッ!」 
 そう謳い終えた瞬間だった。
 錫杖の柄が突き立てられたアスファルトの周囲から、無数の緑が芽吹いたのは。
 周囲の喧騒を他所に、アスファルトから突き出した無数の草花や樹木が、瞬く間に成長し、花を実をつける。
 それを少し睨んで、ヅィは空いた左手を、我が主の血に染まった額へと当てた。
 そして再び謳う。
「我は命の収穫者! 我に注げ、森羅万象の命! そして移ろえ! 我が望む者へ!」
 ――瞬間、芽吹いた緑の全てがその色彩を失った。
 生命力に溢れていた若葉も、花も、実も、全てが枯れ、腐り落ちる。
 それは緑の傍に残されたアスファルトにまで及んだ。
 まず土色に変じ、その形が屑折れた直後、灰のように色褪せ、塵へと姿を変える。
 凝縮された「命」そのもの全てがヅィの羽へと集約し、彼女の身体を伝って彼女の主へと注がれていく。
 時間にして十秒足らずの出来事。
 そんな僅かな時間で、彼女と、彼女の主の周囲には、これより先何年も命が芽吹く事はないであろう灰色の土が出来上がっていた。


「――離せ、離しやがれ! 一発ぶん殴ってやるッ!」
「駄目です! 抑えてください、シゥ!」
 意識のはっきりしない頭に、そんな怒声が流れ込んでくる。
「離せミゥ! お前は、お前は怒ってねぇのかよッ!」
「怒ってますけど、駄目です! 今ここでヅィを怒っても意味ないです!」
 聞き覚えのある、もうすっかり慣れた妖精達の声。
 ……俺は、生きているのか?
「……あ、ご主人様が、目を覚ましました!」
 聞こえたのは、嬉しそうな、しかし少しばかり泣きそうなネイの声。
 薄らと目を開けると、視界に飛び込んでくる五人の妖精達。
「大丈夫ですか、ご主人様!?」
「ピア、か…… ここは?」
 言って、周囲を見渡す。
 真白い清潔感漂う部屋。少し鼻に匂う独特の匂い。
 言われるまでもなく気付いた。ここは学校から一番近い病院だ。
「ご主人様、ヅィを助けようとして車の前に飛び出したらしくて…… 覚えてます?」
「ああ…… なんとなく、な」
 とは言っても、正直ヅィを抱えようとして身を投げ出した辺りで記憶は途絶えているのだが。
 そう思って、ふと気付く。
「……ヅィは?」
「……おるよ、ここに」
 言うと、五人の合間からとぼとぼとヅィが歩み寄ってきた。
 ぱっと彼女を見る。どこも怪我をしている様子はない。
「その様子だと、どこも怪我はしてないみたいだな。良かった」
「良かった…… じゃねぇだろうが!」
 そう言って怒鳴ったのはシゥ。
 俺に歩み寄ろうとしたヅィの前に立ちはだかり、進路を塞ぐ。
「ご主人に近付くんじゃねぇ。今後、一切だ」
「……分かっておるよ」
 凄まじいまでの怒気。
 そんなシゥに押されて、ヅィは悲しげに顔を伏せ、視線を逸らした。
「でも、ヅィがいなかったらご主人様は……」
「そもそもこいつが付いていかなきゃ、ご主人が怪我する事は無かっただろうがッ!」
「そ、そうですが……」
 ネイが助け舟を出すも、シゥの怒気の前には無力だった。
 次いでシゥは、その怒りの矛先をピアにも向ける。
「ピア、お前もだッ! お前言ったよな? 出て行かない方がいいってなぁ!?」
「ですが、それは私達の……!」
「黙れッ!」
 瞬間、シゥの氷の翅が顕現する。
 今までの、鳥のような羽ではない。四枚の、まるで羽虫のような薄い翅。
「てめぇがそこまで合理的な奴だとは思わなかったよ。所詮は人間一人、ってか? 恩も忘れて?」
「違います、シゥ、私はただ――」
「はいはい、そこまでそこまで」
 ぱんぱん、という手を打ち合わせる音と共に、俺にとっては聞き慣れた声が病室に響いた。
「ここは病院で、ましてや病室なのよ? そんな騒がしくしちゃ駄目」
 声の主は、腰まである髪を首元で束ねた、整った顔に柔らかい表情を浮かべた妙齢の女性。
「夏美、さん…?」
「そう、貴方の代理お姉さんの夏美さん」
 瀬川・夏美。俺の住んでいるマンションのオーナー兼管理人。
「どうしてここに?」
「どうしても何も。ゆーくんに何かあった時は私の出番なのは昔からでしょ?」
 言って、夏美さんは六人をぐるりと見渡し、
「取り敢えず。貴女達はどうでもいい喧嘩するなら今すぐこの病院から出て行きなさい。貴女達が喧嘩してゆーくんが喜ぶとでも思ってるの?」
 そんな一喝に、シゥとピア、ヅィが小さくなる。
 その様子に、よし、と満足げに呟いて、夏美さんは傍の椅子に腰掛けた。
「ゆーくん、身体はどう?」
「え、ああ…… 特に問題ない感じです」
 ヅィが無事という事は、俺の身体は思い切り車に直撃した筈なのだが…… 全く何ともない。
「そう、なら大丈夫ね。面倒な手続きとかは全部終わってるから、これ以上変な噂が広がる前にこの子達と一緒に帰りなさい」
「変な噂って…… あ」
 そこで初めて気が付いた。
 六人全員、何故ここにいて、かつ夏美さんが平然としているのかを。
「まぁお察しの通り。ちょっとした騒ぎだったわよ」
「済みません夏美さん。色々とご迷惑を掛けたみたいで」
「それは言わなくていいの。さ、早く帰りなさいな。迎えは用意してあるから」
 言われて、俺は六人と一緒に病室の扉を潜り、
「あ、そうそう」
「はい?」
 夏美さんは思い出したようにこちらを向いて、
「ゆーくん、部屋に住む人が増えたなら、ちゃんと正規の手続きを踏んでくれないと困るわよ?」
 なんて、小さな笑みを浮かべて言った。


 夏美さんの知り合いだという医師にマンションまで送って貰い、俺と六人は家に帰り着いた。
 時刻はもう夕方。
 取り敢えずはミゥとノアに食事の用意を頼み、ネイに風呂の掃除を頼んで、俺は残りの三人を部屋に招いた。
「さて」
 部屋の扉を閉め、ベッドに並んで座っている三人を見遣る。
 ちゃんとこっちを向いているのはピアだけで、ヅィは俯いているし、シゥに至ってはそっぽを向いていた。
 その様子に小さく苦笑して、俺はまずヅィの顔に目線を合わせる。
「ヅィ」
「……済まなかった」
 呼びかけると、俯いたままヅィは謝罪の言葉を口にした。
 俺は少しだけ笑みを浮かべて、彼女の小さな身体を優しく抱き締めた。
「――っ!? な、なんのつもりじゃ?」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。俺を助けてくれてありがとう、ヅィ」
「し、しかし、わらわがいなければ……」
「俺は自分の意思で車の前に飛び出したんだ。ヅィがいたかどうかは、関係ない」
 そういう事にしておいてくれ、と耳元で囁く。
 彼女が小さく首を縦に振ったのを見て、俺は彼女を解放した。
 次にピアと視線を合わせる。
「ピア」
「っ……」
 声を掛けると、びくり、と震える彼女。
 察しは付く。恐らく、怖いのだろう。
 彼女が言った事は分かる。俺を助けに出て行けば、人目に姿を曝す事になる。それは私達にとって危険だと。
 そう、自分たちの事を考えて言ったのだろう。
「っ、申し訳、ありませんでした……」
 声を震わせて、しかし視線を逸らさずに、彼女は言った。
 ヅィと同じ、謝罪の言葉。
 けれど俺は首を左右に振って、先程ヅィにしたように、彼女を抱き締めた。
「気にする事じゃない」
「で、ですが……」
「ピアは、君達全員の事を考えて言ったんだろう?」
「は、はい…… 私、ご主人様から受けたご恩を忘れるような……」
「いや。それほどの恩を掛けた覚えはない。だから、気にする事じゃない」
「しかし……」
「いいじゃないか、自分本位で。それに、俺はまだまだピアに認められてないって事が良く分かった。だからこれは俺の責任だ」
 それだけ言って、彼女を解放する。
「あ……」
 小さな声を上げる彼女に笑いかけて、今度はシゥへ。
「シゥ」
 だが呼びかけても、シゥはこちらを向いてくれない。
 仕方ない。俺は一つ息を吐いて、両手で彼女の頬を取った。
 そして無理やりにこっちを向かせる。
「っ、何すんだ!」
「そんなに怒るなよ」
 言って、頭を撫でる。
 彼女は不満そうに、しかし俺にされるがまま、
「……怒っちゃいけないのかよ」
 静かにそう訴えてきた。
 少し考えて、首を横に振る。
「いいや。シゥは俺の為に怒ってくれたんだろ?」
「あ、ああ……」
「なら、俺はシゥが怒ってくれた事に礼を言わなきゃいけない。ありがとう。嬉しいよ」
 でも、と続け、
「さっきの話、聞いてたよな?」
「……」
「聞いてたなら分かってくれ。ヅィも、ピアも、悪くないんだ。言うなれば悪いのは俺だ」
 だから、折角怒ってくれたのに悪いが、怒る必要はないんだ、と。
 彼女はしばし納得のいかなさそうな顔をしていたが、ややあって一つ息を吐くと、
「……分かったよ。ご主人がそう言うなら」
 そう言って、諦めるように大きく静かに息を吐いた。
 ありがとう、と言って、彼女の頬から手を離す。
 瞬間、彼女の小さな手が離れていく俺の手を捕まえた。
「……待てよ」
「ん?」
「ヅィやピアだけに、ずるい」
 言葉の意味を察して、ああ、と呟く。
 小さく頬を染めるシゥに、俺は小さく笑い掛けて彼女を抱き締めた。
「ん……」
 目を閉じて、甘い吐息を漏らす彼女。
 小さな顎を俺の肩に乗せ、身体を預けてくる。
 たっぷりと十秒ほど。
 最後にその頬に軽く口付けて、彼女を解放した。
「――さ、話は終わりだ。ミゥやネイを手伝いに行ってやってくれ」
「ぅ…… わ、分かった」
 何やら名残惜しげな声を上げつつ、シゥが退室する。
 まだ残っている二人に視線を向けて、俺は笑みをやや真剣な表情に戻した。
「で、だ。ピア」
「は、はい」
「実際、どれぐらいの問題になった?」
 彼女達にとって、自分達の存在がこの世に露呈する事は好ましくないはずだ。
 「問題」の意味を察して、ピアの表情が落ち着いていなかったものから真剣なものへと変わる。
「そう、ですね…… ヅィ、一応聞きますけど、幻惑結界は?」
「……流石に、我が主を治癒するのに精一杯での。途中から霧散してしもうた」
「そう、でしょうね……」
 ピアは難しい顔で瞳を閉じ、口元に手を当てて唸る。
「この世界には私達の世界にはない情報伝達手段がありますから…… 正直、どれだけ広まったかは……」
「ヅィ。君が学校で使ってた、すぐ忘れてしまう魔法ってのは使えないのか?」
「つまり幻惑結界の事じゃな? あれは認知される前から使っていないと意味のないものなのじゃ」
「そうか……」
「その気になれば、過去数時間に及んで記憶を消去する魔法もあるにはあるが…… 今からでは弊害が大きすぎる」
 三人で視線を交錯させながら考え込む。
 ……言うなら今かもしれない。
 そう思って、俺は前々から願っていた事を口にした。
「――本当のところ」
「ぬ?」
「俺としては、折角だから君達と一緒に色々な場所へ出掛けたり、様々な風景を眺めたりしたいんだけどな」
「ご主人様……」
「ぬ……」
 二人が眉を歪める。
 一呼吸置いて、俺は本題を切り出した。
「よければ、教えてくれないか。姿を隠す事に拘る、その理由を」

 以前、ノアから耳にした彼女達の名前。
 その中でも、この二人は特殊なように思えた。
 ピア・ウィルトヴィフ・フィフニル。
 ヅィ・パルミゥル・ウルズワルド。
 フィフニルは彼女達の種族の名前。
 ウルズワルドは彼女達がいたという帝国の名前だった。
 そして、彼女達がこちらの世界――自然界に来た理由。
 帝国がクーデターによって倒れ、亡命してきたと。
 それらを考えると、この二人は「姿を隠さなければならない理由」に最も近い場所にいるはずだ。

 しばしの沈黙の後。
 ピアは俺から視線を逸らし、ヅィを一瞥した。
 ヅィは眉を歪め、俺を見て――ピアの視線に小さく、しかし力強く頷いた。
 その応答にピアは少しだけ悲しそうに視線を伏せ、ややあってひとつ息を吐くと、再び俺に向き直った。
「ご主人様」
「ああ」
 ピアの放ったその言葉に、今までとは違う響きを感じて、俺はやや語気を強めて返答した。
 俺の返答を確認して、彼女が次の言葉を紡ぐ。
「――ご主人様は、最後までご主人様でいてくださいますか?」
 最後までご主人様でいてくれるか。
 理由を聞いても、最後まで彼女達を見捨てないか、という事だろうか。
 それならば、答えは勿論――
「ああ」
 彼女達との日々を思い出す。
 出会ってから、今日までの日々を。
 まだ一月にも満たない時間だが、俺の中で彼女達はかけがえのない存在になりつつあった。
 理由は色々挙げられるが、大きいのはやはり、彼女達が家族のように思えた事だろう。
 いつも傍にいてくれる、暖かい関係。
 それにあまり縁のなかった俺の渇きを、彼女達は癒してくれた。
「――勿論だ」
 一拍置いて放った答えに、ピアとヅィは僅かに顔を綻ばせる。
 しかしすぐに真剣な表情に戻り、そしてピアが続けた。
「では、お話します。私達が姿を隠す理由を」


 ウルズワルド帝国は、エルフと妖精が人口の八割を占める妖精国家だった。
 そしてその妖精の実に六割が、フィフニル族の妖精だった。
 ウルズワルド皇帝は、フィフニル族を完全に支配下に置いて国家基盤を盤石なものとする為に、二つの手を打った。
 一つは、フィフニル族の種族長を軍組織の中に組み込む事。
 もう一つは、側室としてフィフニル族の妖精を傍に置く事だった。
 つまり、その種族長と側室としての妖精が――
「君達、という訳か」
「はい」
 フィフニル族種族長、ピア・ウィルトヴィフ・フィフニル。
 ウルズワルド皇帝側室、ヅィ・パルミゥル・ウルズワルド。
 そうなると、隠れなければならない理由が読めてくる。
「なかなかに賢明な我が主の事じゃ。分かるじゃろう?」
 ヅィの問いに、俺は曖昧ながら頷いた。
 ウルズワルドが滅びたならともかく、クーデターによって転覆したのなら……
「君達二人がここにいるのは…… 新政権にとって非常に都合が悪い、という事か?」
「はい……」
 新政権が安定してフィフニル族を治めるには、種族長の存在が不可欠だ。
 つまりピアが新政権の手許にいる必要がある。
 そしてこの事態は、ピアが、皇帝の元側室でありウルズワルドの姓を持つヅィと共にいる事で非常に悪化する。
「新政権――何と名乗っているかは知らぬが――が恐れているのは、わらわとピアによって旧ウルズワルド勢力が蜂起する事じゃの」
 まるで他人事のようにそっけなく言うヅィ。
「一つ聞くが。ヅィ、君にその意思はあるのか?」
「ない」
 大変不満げに、彼女はきっぱりと即答した。
「わらわはウルズワルド皇帝に恨みこそあれ、恩義は欠片ほどもないからの。帝国の再建など頼まれてもやらぬわ」
 王などという退屈な役目をする気もないしの、と呟くヅィ。
「じゃが、わらわの意思に関わらず、わらわは存在するだけで邪魔なのじゃ。故に――」
「――向こうから追っ手が来る可能性が高い?」
「その通りじゃ」
 言って、ひとつ息を吐く。
「そういう訳で、危険じゃぞ? 我が主よ」
「そう、みたいだな」
「……悪い事は言わぬ。今すぐにでもわらわ達を放り出すがよい」
 今ならまだ間に合う、とヅィは言う。
「短い蜜月じゃったが、少なくともわらわはお主の事を忘れぬ」
「……私もです。貴方のこと、絶対に忘れません」
 決意を固めて、二人は言う。
「さあ、命じるがよい。ここを出て行け、と――」
 その言葉に、俺は短く、
「嫌だ」
 と、そう返答した。
「知ったからには、そんな事言えるものか」
 それ以外の言葉など、出ようものか。
「し、しかし――」
「なら、命令する。ここにいるんだ」
 しばしの沈黙。
 ややあって口を開いたのは、ヅィ。
「本当に、よいのか?」
「ああ」
「後悔するでないぞ?」
「ああ」
 答えると、二人はもう一度、表情を綻ばせて言った。
「……そうか。そう言うなら、命令に従おう。我が主」
「――宜しくお願い致します。ご主人様」


 夕食が終わると、これからの事について会議をすると言い、彼女達は部屋に行ってしまった。
 特にやる事もないので、先に風呂に入っておくことにする。
「それにしても、種族長に元皇帝側室か……」
 程よい温度の湯に浸かりながら、ふと呟く。
 全く馴染みのない単語に、頭が少し混乱してきた。
「……まぁ、いいか」
 何にせよ、彼女達との溝がまた一つ埋まった事は、喜ぶべき事実だ。
 例え、これから先に大変な試練が待ち受けていたとしても、彼女達となら乗り越えられる気がする。
 だが慢心も禁物だ。
 彼女達を何とか護るまでは、彼女達の正式な主とは言えないのだから。
「それに、まだ来ると決まった訳じゃない」
 そう呟いて、自身を奮わせる。
 あの日に見た、シゥやネイ、ヅィの――妖精の力。
 普通の人間を遥かに凌駕する、魔法のような力。
 あれが自分に襲い来る可能性があると思うと、どうしようもなく怖くはある。
 だが、もう決めてしまった以上、立ち向かわなければならない。
 俺を助けてくれるであろう、六人の妖精達と一緒に。
「――主、まだ入っておるかの?」
 ふと気付くと、風呂場のノックの音と共にヅィの声がした。
 俺は思考を止めて、一度息を吐いてから答える。
「入ってるよ。会議は終わったのか?」
「まあの。わらわも入ってもよいか?」
 少し遠慮がちな彼女の声。
 前にも似たような事があったな、と思いつつ、俺は出来るだけにこやかに返事を返した。
「君が構わないなら」
「ふむ。では失礼する」
 返事があって、衣擦れの音が扉の向こうから響く。
 しばしの後、扉がゆっくりと開いて、一糸纏わぬヅィが俺の視界に入ってきた。
「……ふむ」
 思わず頷いてしまう。
 外套に包まれていないヅィの裸体は、見事に均整の取れた肉体をしていた。
 大きくもなく、小さくもない、しっかりとした釣鐘型の乳房。
 なだらかなラインを描いている腹部と、ゆるやかな曲線を描くように括れた腰。
 手足はほどよい肉付きをしていて、無駄な筋肉や脂肪がない。
 やや色白い肌は若々しい張りと艶を持っていて、まるで洗練された硝子細工のようだった。
「なんじゃ。人の素肌を必要以上に眺めるものではないぞ」
 俺の視線に気付いた彼女が、しかしその身体を隠そうともせず、少し笑って非難してくる。
「あまりにも綺麗だったからつい」
「褒めても何も出ぬわ」
 からからと笑いながら言って、洗面器を手に取る彼女。
 俺からすれば手桶一杯分程度の湯で身体全体を流し、湯船に入ってくる。
「ふぅ。少し温くないかの?」
「そうか? 俺はこのぐらいがいいんだが」
「そうか」
 互いに少しだけ微笑みながら交わす、他愛もない会話。
 俺は一つ頷いて、素直に思った言葉を口にした。
「やっぱり、ヅィはそうやって笑ってる方が可愛いな」
「む、何じゃ、その言い方は。まるでわらわが普段笑ってないように聞こえるがの」
 僅かに頬を膨らませて反論してくる彼女。
「いや、結構影のある笑い方してる時もあったからな、さっきみたいに。そうやって素直に笑ってるのが一番いい」
「……そうかの」
 言って、彼女は再び笑った。
「主よ、そっちに行ってもいいかの?」
「ん? ああ」
 了承すると、彼女は器用に湯船の中で少し泳いで、俺の胸板に掴まってきた。
 身体の向きを変えて、俺の太腿の上に腰を下ろしてくる。
「ん、主の身体は暖かいの」
 呟くように言って、小さな両手を俺の首元に伸ばしてくる。
 それを助けるように、俺も彼女の乳房の下へと腕を回した。
 彼女の身体が少し持ち上がって、届くようになった両腕が俺の首元に絡みついてくる。
 腹部に感じる、彼女の小さく柔らかな尻肉の感覚。
「ん……」
 彼女が静かに息を吐く。
「どうした?」
「いや、の。不思議なものじゃな。我が主は」
 言って、彼女の頭が胸板に当たる。
 艶のある紫電の髪が俺の肌の上を流れ、くすぐってくる。
「そう言えば、まだ言っていなかったの。恩に着る、と」
「何がだ?」
「惚けるでない。主が怪我をしたのは、わらわを庇ったからじゃろうが」
 言って、胸板に頬を寄せてくる。
「我が主が庇ってくれていなければ、今頃わらわはこの世にいなかったやも知れぬ。命の恩人、という訳じゃな」
 また一つ息を吐いて、彼女は続ける。
「ほんに不思議なものじゃ…… こうして身を寄せているだけで、全てを委ねたくなる……」
「そうか?」
 俺の問いに、そうじゃ、と小さく笑って答え、彼女は続ける。
「これがピアの言っていた、恋というものなのかも知れぬの」
「恋、か」
「そうじゃ」
 彼女がまた身体の向きを変える。
 俺の胸板にその形のいい乳房を押し付け、首に手を回し、上目遣いで俺と視線を合わせて。
「わらわ自身、恋や愛というものが何か、今はまだ明確には分からぬ」
「ああ」
「しかし、今この胸の内にある想いが、それなのだとするならば――」
 彼女はそこで笑いを消し、真剣な表情で俺を見つめて、告げた。
「――好きじゃ、我が主。わらわは、お主を、愛しておる」
 一つ一つ、確認するかのように区切って告げられた愛の言葉。
 どう答えたものかと思案していると、彼女は頬を少しばかり染め、やや視線を逸らしながら口早に続けた。
「わらわのような者に、ましてや妖精に、愛しておる、と言われても、対処に困るのは当然じゃろうと思う。じ、じゃがの、悪いものではないと思うぞ、異種族間の愛というのも」
 俺の沈黙を困惑と取ったのか、少し慌てた様子で自己弁護を始める彼女。
 その普段の態度とのギャップに、思わず笑ってしまう。
「わ、笑うでないわっ! わらわは真剣なのじゃぞ、これでも……」
「いや、すまんすまん」
 謝罪して、俯いた彼女の顎を手に取る。
 俺と彼女の視線が重なって、サファイアの瞳の中に俺の顔が映り込む。
「好きだ。俺も、ヅィのこと」
「そ、それは、まことかの?」
「ああ」
 頷く。
 すると彼女はより一層頬を染めて、ぎこちなく視線を逸らした。
「そ、そうか。ならばわらわも言った甲斐があったというものじゃな、うむ、うむ」
 よほど恥ずかしかったのか、声を激しく吃らせながら俺からそそくさと離れる彼女。
 一刻も早くここから逃げ出したくなったらしく、早々に浴槽から出ようとする。
「で、では、言いたい事も言ったし、わらわはここらでお暇すると――」
「ちょっと待った」
「っ、お!?」
 彼女の腕を掴み、俺の腕の中へと引き戻す。
 抵抗される前にその小さな身体をぎゅっと抱き締めて、細長い耳に口を寄せる。
「折角なんだ。好きな人同士の愛の営み方ってのを教えてやるよ」
「あ、愛の営み方、とな?」
「そう。可愛いヅィを見てたら、ちょっと我慢出来なくなってきた」
 言って、その小さな尻の割れ目に俺のモノを擦り付ける。
「ぬ、な、なんじゃ? この熱くて硬い物は……」
「俺のモノだよ」
「も、もの? んっ、これ、そのようなところに擦り付けるでない」
 既に少しばかり硬くなったモノを、彼女の尻の穴や縦筋を往復するように擦り付けると、彼女は眉を顰めて身を捩った。
 何か違和感を覚えて、俺は彼女に問う。
「もしかして、ヅィ。俺が今から君に何をするか検討付いてるか?」
「あ、愛の営み、とやらじゃろ? 何をするのかはよう分からぬが……」
「……ほぉ」
「な…… 何じゃ、その目は。何か怖いぞ」
 性について何も知らない、無垢な妖精の少女。
 そんな彼女を俺の好きなように出来るという事実に、否応なく男としての支配欲が燃え上がる。
「そうか。ヅィには分からないか…… 仕方ないな、俺が一から丁寧に教えてやるよ」
「そ、そうか。すまんの。では宜しく頼む」
 頼まれた俺は、まず彼女の手を取って、俺のモノへと導く。
「これが俺の――男のおちんちんだ」
「おちんちん、とな?」
「そう。今は勃起してて硬くて長いが、普段は小さい」
「ほう……」
 頷きながら、モノの形を確かめるように手を這わしてくる。
「何だか、槍のようじゃのう」
「まあな。で、これを――」
 今度は彼女自身の縦筋へと導く。
「ここに挿れるんだ」
「い、挿れるとな? ここは小用を足すところではないのか? 汚いぞ?」
「違う違う。その下にもう一つ穴があるだろ? そこに挿れるんだ」
「穴?」
 言って、彼女が自分自身の指で縦筋を割り開き、指で膣穴の存在を探る。
「な、何かくすぐったいの」
「あったか?」
「んっ…… こ、これかの? 確かにあるが……」
 彼女は俺のモノと自分の縦筋を触り比べ、
「到底、このおちんちんとやらが入るとは思えぬぞ?」
「ああ。そのまま挿れると結構痛いと思う」
「痛いのか…… 何か怖いの」
「大丈夫だ。痛みを和らげる方法がある」
「ほう? どのような方法じゃ?」
 それはな、と言って、彼女の両手を取る。
 そして右手を縦筋の少し上に。左手を乳房へと導いた。
「ここと、ここを触ってると、何だか心地よくなってくるはずだ。それを探していけばいい。簡単だろ?」
「ふむ…… 心地よい、というのが今一よく分からぬが」
「やってみれば分かる。見ててやるから、やってみな」
「ふむ、分かった」
 拙い動きで自分自身への愛撫を始める彼女。
 俺は小さく笑いながら、彼女の下腹と太腿に手を這わす。
「ん、ふ……」
 さっと撫でただけでくすぐったそうに身を捩る彼女。
「こ、これ。あまり触るでない。気が散る」
「気にするな。ほら、手が休んでるぞ」
「分かっておる。まったく……」
 一息吐いて、彼女は自身の釣鐘型の乳房に手を這わせ、撫で始めた。
 最初はゆっくりと。時折指の隙間から覗く小さな乳首が情欲を誘う。
「ん…… あ……」
 吐息と共に零れる、小さな声。
 撫でる速度がやや速まり、湯船の水面が波立つ。
「どうだ?」
「ふ…… んっ、これは確かに、心地よいの……」
 小さく頷くと同時に、手の動きが更に早まる。
 速度だけでなく、機動も変化しつつあった。
 単調な動きから、乳首が円を描くような運動に。
「ん、あ…… っ、ふ、んっ……」
 やがて乳首が描く円は徐々に大きくなり、手の動きそのものが撫でる動きから揉む動きへと変わる。
 気付けば、ヅィは自身の乳房を揉むのに一心不乱になっていた。
「んっ、あ…… あっ、あ、ん…… の、のぅ、主よ……」
「ん?」
「何か、物足りぬ、ように…… ん、ふ……」
 眉を八の字にして、切なげに俺を見上げてくる彼女。
「何か、足りぬ…… んっ、どうすれば、よい……?」
「下、触ってるか?」
「あっ……」
 両手で胸を揉んでいた所為で縦筋を触っていない事に今気付いたかのような彼女は、慌てた様子で右手を縦筋へ伸ばし、
「ぬ……」
 と、弱ったようにおずおずと右手を乳房に戻した。
「どうした?」
「下を触っては…… ん、胸が、触れぬ……」
「諦めるしかないだろ。左があるからいいじゃないか」
「む…… それは、嫌じゃ…… っふ、ん……」
 乳房を揉むのを止めずに、彼女はまた俺を見上げてくる。
「主よ…… 触ってくれぬか……」
「何を?」
「わらわの、空いた胸を…… んっ、わらわの代わりに……」
「いいのか?」
「別段、んっ、どうということではなかろうに…… わらわの代わりに、触るだけじゃ…… のぅ、頼む……」
 自分の胸を揉むのを他人に頼むという事がどういう事なのかを知らずに、彼女が哀願してくる。
 滲み出る嗜虐心を抑えながら、俺は応えた。
「分かった。ほら、手をどけて、下を弄るのに専念しろ」
「すまぬの……」
 彼女の両手が自身の乳房から離れ、代わりに俺の手が彼女の胸全体を覆う。
 いくらそこそこの大きさで形がよいと言っても、人間と妖精の体格差なら掌に包むのは容易だ。
 掌で乳房全体を揉みつつ、指でほどよい刺激を与える。
「んんっ…… よいぞ、主の指…… あ、ん……」
 しばし俺の指を堪能した後、彼女の両手がゆっくりと縦筋に近付いていく。
 まずは右手を縦筋に。触れた瞬間、彼女がびくりと小さく痙攣する。
「な、なんじゃ…… いまのは」
「気持ちよかった?」
「う、うむ……」
 少しばかり吐息を荒くして、もう一度縦筋に指を伸ばす。
「筋があるだろ? その筋に沿って、指を擦り付けるといい」
「こ、こうかの…… ん、ああ……」
 早くも切ない声を上げる彼女。
「あ、ぁ、よいの…… すごい…… んっ、胸よりも、心地よい……」
 指の動きはすぐに激しくなり、一心不乱に縦筋を弄る。
「あ、あっ、すごい……! かような、心地よいことが、あったとは……」
「知らなかった?」
「う、む……! あ、んっ、あ、すご、あぁ……!」
 いつの間にか、右手に添えられた左手が縦筋を割り開き、右手の指の動きを助けていた。
 陰門の中で激しく動く指に合わせて、俺も彼女の胸を強く揉んでいく。
「っあ、すご……! あ、あ、っあ! くる、なにか、くるのじゃ……っ!」
「それはイく、って言うんだ」
「あ、あぁ……! あ、主、主ぃ……! イく、イってしまう……!」
 瞬間、縦筋を弄っていた彼女の指先が、勃ち始めていた淫核を弾いた。
「――っ!? あ、あぁ……」
 電撃でも走ったかのように、一度だけ、彼女の小さな身体が俺の腕の中で激しく痙攣した。
 そして荒い息と共にくたりと脱力し、その軽い体重の全てを俺に預けてくる。
「っ、はぁ、はぁ、あぁ…… これで、愛の営みとやらの準備が、整ったのかの……?」
「それはまだ分からないな。触るぞ」
「うむ……」
 俺が彼女の縦筋に指を伸ばすと、触りやすいように太腿を大きく開く彼女。
 絶頂の余韻で僅かに花開いている縦筋へ、指を潜り込ませる。
「んっ……」
 指先に感じる、水とは明らかに違う粘度の高い液体。
 それが彼女の花弁全体を包んでいるのを確かめて、俺は指を引き抜いた。
「ど、どうじゃった……?」
「大丈夫。多分行けるだろう」
「そ、そうか……」
 彼女の喉がごくりと鳴る。
「の、のぅ……」
「ん?」
「準備であれほどなら、その、愛の営みとやらは、もっと凄いものなのかの?」
「あー……」
 呟いて、彼女の頭を撫でる。
「多分、最初は無理だと思う。痛い」
「そうか……」
「でも、慣れてきたら、さっきの何倍も凄いぞ」
「ふ、ふむ……」
 興味津々、といった色を露わにする彼女。
 もう一度唾を飲み込んで、彼女は言った。
「よ、よかろう。わらわの身体を好きにするがよい」
「……喜んで」
 応えて、彼女の腰に手を添える。
 彼女の縦筋と俺のモノの位置を調節して、ぴたりと合わせる。
 亀頭が彼女の縦筋に浅く潜り込んで、はぁ、と彼女が甘い吐息を吐いた。
「準備、いいか?」
「あ、ああ…… いつでも来るがよい」
「じゃあ行くぞ。力を抜いて、楽にして」
「うむ……」
 彼女の身体から強張りが抜けたのを確認して、俺は彼女を捕まえている手にゆっくりと力を込めた。
「う、く…… ほ、本当に入るのじゃな……?」
「大丈夫」
 モノの先端が縦筋を完全に割り開いて、彼女の膣穴が当たる。
 徐々に増す圧力に少しばかり不安が出るが、問題なく入るはずだ。
「く、あ…… 少し、痛くなってきたのじゃ……」
「我慢してくれ」
 圧力に負けて、亀頭の先端が彼女の膣穴に潜り込む。
 それを確認して、俺は彼女の身体を一気に引き下げた。
「――っ!? いああッ!」
「く……」
 入った。
 幹の丁度半分ほど。
 亀頭の先端が子宮口に当たる感触と共に、処女肉の凄まじい締め付けが俺のモノを襲っている。
「大丈夫か?」
「っ、あ…… は、入ったの、じゃな……?」
「ああ」
 俺の呼びかけにこちらを見上げてきた彼女は、サファイアの瞳の縁に一杯に涙を溜めて、泣き喚くのを堪えていた。
「我が主が、わらわの中にあるのが、分かるの…… それを思えば、かような痛みなど…… っ、く」
「無理するな」
「無理など、しておらぬわ……」
 涙を溜めたまま、無理やりに笑顔を作る彼女。
「っ、ふ……、愛の営みとやらは、これで終わりかの?」
「いや、まだだ。後は二人で息を合わせて動いて、一緒にイく。それが一般的だな」
「そ、そうか……」
 彼女は少し辛そうに眉を歪め、
「心地よさは確かにあるが、痛みの方が強くての…… っ、わらわはさっき一度イっておるから、今度は我が主がイくがよい。わらわはまだ、無理そうじゃ」
「分かった」
 一息吐いて、彼女の腰を掴み直す。
「動くぞ。力を入れると痛いだろうから、なるべく楽にしてろ」
「あ、ああ……」
 先程と同じように、彼女の力が抜けて、モノへの締め付けがやや弱くなったのを確認して、俺はゆっくりと腰を動かし始めた。
 中の狭さの関係で小さい動きしか出来ないが、十分な締め付けのお陰で非常に気持ちいい。
「っ、く、ぐ…… 腹の中が、どうにかなりそうじゃ……」
「くっ、ぬ…… 大丈夫、か?」
「っあ、なんとか、の。気にせず、動くがよい。っく……」
 彼女の苦悶の声を聞きながら、俺は徐々に絶頂への道を登る。
 結合部を見れば、小さな縦筋を貫いている俺のモノに、彼女の処女の証である赤い液体がまとわり付いて、湯の中に溶けていっていた。
「っ、血が…… どこか、やってしもうたかの……」
「いや、初めてはそういうものなんだ」
「そうか…… っ、初めて、か」
 痛みを堪えながら、小さく笑う彼女。
「ということは、人間風に言うと、わらわの初めての男は我が主、という訳かの……?」
「そう、なるな」
「ふふふ……」
 嬉しさを隠さずに、彼女が笑う。
 その笑い声に釣られるように、俺の限界が近くなる。
「っ、く、出るぞ」
「ぬ、な、何がじゃ? ――っ!?」
 答える間もなく。
 俺はヅィの小さな子宮の中に、多量の精を吐き出していた。
「っ、あ、な、何じゃ!? 何が出ておるのじゃ!?」
 戸惑う彼女を尻目に、その身体を束縛するように強く抱きしめ、どくり、どくりとその胎内に精を注ぎ込む。
 ややあって射精が終わると、俺は荒い息を吐きながら彼女を解放した。
 見れば、彼女の下腹も俺のモノと精液に圧迫されて、妊婦のように膨れている。
「わ、我が主よ…… 何じゃ? 何をわらわの中に注ぎおったのじゃ?」
「精液。妖精にはあんまり関係ないが…… 人間はこうすると子供が出来るんだ」
「精液……? 子供の、種か……?」
 呟くように言って、下腹を撫でる彼女。
「これが、人間の、我が主の子供の種か…… 愛の営みとは、そういう意味なのじゃな」
「ああ」
 答えると、彼女は本当に幸せそうに微笑んで、俺の胸板に顔を埋めてきた。
「のぅ、一つ、願いがあるのじゃが……」
「ん?」
「我が主のこと…… 悠、と呼んでもよいか?」
 言って、おずおずと俺を見上げてくるヅィ。
 そんな彼女に見つめていると、何だか急に恥ずかしくなってきて、俺は視線を逸らしながら、ああ、と答えた。
「ふふ…… これからも宜しくの、悠」
 そんな俺を見て、また笑う彼女。
 俺は彼女の頭を撫で、艶やかな紫電の髪の感触を楽しみながら。
 今日何度目になるか分からない一息を吐いて、少しばかり温くなった湯に深く肩を沈めた。

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